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私のお母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました  作者: れんキュン
2章 物事は何時だって転がる様に始まる
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宝石魔法



「お待たせいたしましたわ」


 一冊の本を手にしたクリスティーヌが合流したことで、一行は本来の目的であるゴーレム討伐に赴く事が出来る。

 遅れて来たクリスティーヌに、ため息をつきたいのをぐっとこらえ、セシリアは腰かけていた壊れた台車から尻をはたきながら立ち上がる。


「それじゃ、行こうか」

「あ、ちょっと待ってくださいな」


 出鼻を挫くクリスティーヌにセシリアは苛立ちを堪える様に目を瞑り、それでも相手が依頼主な事と、横にヤヤが居る事を思い返して深く深呼吸して気持ちを抑える。


 もうセシリアの中で、早く帰ってマリアに会いたいという欲求が増すばかりだった。


「これをご覧いただけます?」


 手渡されたのは一冊の本だ。

 だが余りに劣化が酷い。

 手触りは砂の様で、少しでも乱雑に扱えば紙くずと化してしまいそう。


「……これは?」

「魔導歴の言葉で、観察記録と書かれていますわ。言語は似ているから読めるはずですわよ」


 聞きたいのはそうじゃないんだが。と口の中で転がしながら、セシリアは慎重にそれを開く。

 中には日記の様な文体で、何かの経過を書き記していた。


『経過観察24日目。

 検体に施術をした場合の、検体の妨弱性に熟考の必要あり。

 対応策として、以前議題に挙げられた新生児を使ってみようと思う』


 書き出しの時点から、セシリアは眉を潜める。


 形態は違うが、今セシリア達が使っている言語に似ている為、文字が読めないという事は無かった。

 多少読み取れない所はあるが、そこは前後の文章から推測すれば何とかなる。


「これは何?」

「それは禁忌の道と言う、魔導歴に発展した研究組織の記録ですわ。さっきお話ししたでしょう? よく言えば天才の集まり、悪く言えばマッドサイエンティスト共」


 その言葉にセシリアはページをめくる手が止まるも、一息ついて捲る。

 だが殆どが破れていたり、虫食いだったり、読める部分が少ない。

 それでも、読めそうな部分を見つけて読み進める。


『経過観察48日目。

 素体に新生児を使う案は、現状から脱する妙案に成り得た。

 元々、素体に施術をした場合の人格の破壊が問題が挙げられていた。だが、素体に人格が無いのであれば、新生児の魂さえ用意すれば肉体である器は別の物で代用する事で問題解決した。

 これで新しいステージに臨める』


「あのゴーレム、まるで人間みたいだったでしょう?ここは死者転生を研究する組織だったようですわ」


 クリスティーヌは読みこむセシリアを前に、独り言の様に語る。

 セシリアは視線を向けずにページを捲るが、読める所はもう無い。


 それを見ながら、セシリアはクリスティーヌの言葉に遅まきながらに反応する。


「死者転生って、そんな事出来るの?」

「さぁ、そこまで分かりませんでしたわ。ただその為に色々やったようですわね」

「色々……これもその一つって事?」


 そして周囲に立ち並ぶ繭のような、損壊しきった培養筒の用途を想像する。

 確証は無かったが、想像する事は出来た。

 その想像を、クリスティーヌもしたのか神妙に頷く。


「確証はありませんが、禁忌の道ならしてもおかしくないでしょう」

「最低な組織だね」


 吐き気を催すが、最早過去の残骸な事で溜飲を下げる。

 そしてセシリアは、転生。と言う言葉に考え込んだ。


「……ねぇ、この死者転生って、例えば違う世界から魂を呼ぶみたいな事は出来るの?」

「違う世界? ……そうですわねぇ、一通り記録には目を通したけれど、読み取れた中にはそう言った記述はありませんでしたわ」

「そっか……」


 少なくとも、この組織によって自分が転生した訳では無いと安堵する。

 愛衣として生きて死に、そしてセシリアに生まれ変わってから今日までどうして転生したのか定かではない。


 神様に会ってチートを貰っただとか、勇者として召喚されただとか、愛衣として培った異世界知識に有りそうなことは無かった。

 普通に優しい母の元に生まれて、生まれつき人より力が強いのが特徴なだけだった。


 もしその禁忌の道が転生について知っているなら、自分を呼んだのは彼ら彼女らなのか知りたいと思わなくもないが。


「ま、いいや。さっさとあのゴーレム倒してお母さんの所に帰ろ」


 だがセシリアにとって、愛衣は前世。

 終わった事をいつまでも考える気は無いし、仮に何か特別な理由があって転生したとしても、母を放ってやらなければいけない事などなかった。

 深く考える事はせず、セシリアは早く仕事を終わらしてマリアに会う事だけを念頭に気合を入れ直す。


「どうヤヤちゃん、音はする?」

「デス。相変わらずゴリゴリって音と後、ピッピって音がするデス」


 扉に耳を当てて、先の警戒をするヤヤはその不思議な音に首を傾げるも、とりあえず扉付近に気配はしない事を伝える。


「それじゃ、開けるよ」


 セシリアが傍の認証パッドに手をかざす。

 すると当然の様にピピッ。という軽快な音が鳴る。


『生体……ザザ……個体ザザザ……ト……ザザ』


 砂嵐混じりのアナウンスと共に開かれる扉。


「……誰か、この言葉を聞き取れました?」


 訝し気に眉を潜めながら、クリスティーヌは全員に問う。

 だが雑音混じりのそれをまともに聞き取れるはずもない。

 全員が首を横に振ると「それもそうね」と肩を竦める。

 だが、ノイズの中に混じる言葉に何か聞き覚えがあり、言いようの無い違和感が拭えなかった。


「居たデス」


 ヤヤの言葉にクリスティーヌは考えるのを止めた。


 その言葉にいざなわれる様に、全員の視線が正面を向く。

 円形の、棺桶の様な物が多数壁際に並べられているだけの殺風景な部屋の中央に、ガーゴイルが背を向けて座っていた。

 体育座りで、ユラユラと頭を揺らしている。


「ねぇ、さっきの本に書いてあった事なんだけど」

「奇遇ですわね、ワタクシも似た様な事を考えていましたわ」


 二人は直前に呼んだ手記の内容を思い返す。

 それほどに、目の前のガーゴイルの姿は人間―子供臭かった。

 だとしても倒さないという選択肢はなかった為、距離を詰めようとセシリアとヤヤは一歩踏み出すが、それをクリスティーヌが手で抑える。


「約束しましたからね、ワタクシが相手しますわ。ヴィー」

「やっと出番ですか」


 クリスティーヌは指輪を直しながら、ヴィオレットは柄の尻に鎖で分銅を繋げたナイフを構えながら前に出る。


 その気配にガーゴイルも気付いたのか立ち上がると、緩慢と振り返る。

 だが、その纏っている雰囲気は先ほどまで逃げていたそれとは違っていた。

 明らかに敵意の窺える姿、爪を立て身体を沈め、今すぐにでも飛び出そうとしている。


「幾つか、話が出来るなら伺いたい事があったのですが……その様子では無理そうですね」


 発声器官が無いからだろう、声はしなかったが叫ぶように口を開きながらガーゴイルは勢いよく飛び出す。

 正面に立つクリスティーヌに、ガーゴイルは袈裟掛けにしようと残った左腕の爪を振り下ろす。


「クリスさん!」

「大丈夫ですわ」


 ヤヤの悲鳴が響くが、クリスティーヌは毅然と立っている。

 避ける気も防ぐ気も無いその姿に、避られないのだと判断してセシリアとヤヤは慌てて駆け寄ろうとする。


「お嬢様には触れさせないですが……回避行動位とってくれると楽なんですが」


 だがそれはヴィオレットが間に入って、刃渡り15㎝程のナイフによって阻まれた。

 相当な威力だったろう。

 火花と轟音を奏でた一撃にも関わらず、ヴィオレットは気圧された雰囲気を一切感じない声音で、胡乱気に紫の瞳をクリスティーヌに向ける。


「そんな物ワタクシには不要ですわ。それに、ヴィーが守ってくれるのでしょう?」

「まぁ……仕事ですし」

「ふふ、照れちゃって」


 くすくすと笑う二人に戦闘の緊張感は無い。

 鍔ぜり合っていたガーゴイルは、自分に注目しろと言うかの様に再度手を振りかざす。

 だがその手が振り下ろされるより先に、その場で足を捩じったヴィオレットの後ろ蹴りによる靴底が鈍い音を立ててガーゴイルの胸元に叩き込まれる。


「ふむ、やはり戦闘力はそこまででも無いですね」


 地面を削りながら衝撃で後ずさるガーゴイルを、冷静に分析しながらヴィオレットはナイフの柄に付いた1.5m程の、先端に分銅が付けられた鎖を振るう。


「明らかに最初の戦闘に比べて動きは鈍いし、これを避ける反射神経も無い。そこらの魔獣より弱いですね」


 まるで鞭の様にしならせながら、ヴィオレットは鎖を振い分銅で殴りつけ続ける。

 一方的に殴られ、土塊を削られながらガーゴイルは頭を守る様に両手で覆うも、その間も何度も何度も殴られている。


「反撃してこないなら!」


 ヴィオレットは一際強く腕を振るい、分銅を左腕に叩き付ける。

 

 バガッ!


 ガーゴイルの左腕が砕け散る。

 だがガーゴイルは痛みに悶える様子を一切見せず、大振りによって出来た隙をついて駆け出す。


「援護するデス!」

「ご安心を」


 両手を失って尚、飛び蹴りを繰り出そうと飛び跳ねたガーゴイルに向かってヤヤが矢を構えるも、ヴィオレットの冷静な声が止める。

 

 突然、まるで意思を持つかのように跳ね返っていた分銅が空中でガーゴイルに飛び掛かり、背後から頸椎に叩き付けられる。


「―――!?」


 ガーゴイルにとっては理解の及ばない攻撃だったろう。

 ヴィオレットは腕を振り切ったままなのに、背後にはだれも居なかった筈なのに。

 空中で態勢を崩したガーゴイルの顎に、ヴィオレットは突き上げるハイキックで顎を蹴り上げる。


「これで終わりです」


 空中でのけ反り返ったガーゴイルの上に飛び乗る様に、ヴィオレットは膝を折ってジャンプし、着地と同時にガーゴイルの頭蓋を全体重をかけて叩き潰す。


 抵抗の一つさせずに、ヴィオレットはあっさりとガーゴイルを制圧してしまった。


「す……凄いデス……」

「うん……あんなあっさりと倒しちゃった」


 片腕を潰したとはいえ、自分達が倒しきれなかった相手をあっさりと倒したヴィオレットに慄く二人。

 そして戦いに身を置くが故に察する、ヴィオレットと自分たちの実力の差。


 ヴィオレットの体術は洗礼され切っていた。

 セシリアの様に、力任せに硬い所を狙うものでは無い。

 身体捌き一つに、無駄な要素が無いように感じられた。


 だがヴィオレットは未だ警戒の姿勢を崩さない。


 訝しんだ二人の耳に、ガコンッという音が届く。だが音はそれだけでは終わらない。


 ガコンガコンガコンッ!


 何かの蓋が外れる様な音。

 その音の発生源。部屋の壁と言う壁へ目を向ける。


「!?」


 まるでハチの巣をついたかの様に、部屋中の壁に立て掛けられていた棺桶の様な箱から、先ほど倒したガーゴイルと同じ個体がぞろぞろと姿を現す。


 その数目視できるだけでも20は下らない。いや、未だ増えている所を見るにそれ以上だろう。

 セシリアとヤヤは、慌てて出入り口へ向かって踵を返す。


「っちょ! 何してるの! 早く逃げないと!」

「危ないデス!」


 だがクリスティーヌとヴィオレットは、逃げる素振りを見せない。

 それどころか、これから散歩にでも行こうというかの様に脱力している。


「お嬢様、お二人に説明しないと、心配してますよ?」

「あらそう? 大丈夫よ、約束したでしょう? 良い所見せるって」


 まるで気負った様子の無い微笑で、クリスティーヌは声を掛ける。

 だがそんな言葉でセシリア達が納得する訳もない。

 慌てて連れ戻そうと駆け出す。


 だが突然、まるで金縛りにあったかのようにピタリと身体が動かなくなる。

 セシリアとヤヤは己の身体を、不可視の糸が巻き付いてるかのような感覚を覚え、そしてヴィオレットの魔法を思い出して驚愕の視線を送る。


「ごめんなさい、でも危ないからそこで静かに見ていてね?」


 ヴィオレットは申し訳なさそうに苦笑している。

 そしてクリスティーヌは、まるで舞台役者の様に演技かかった仕草で両手を広げた。


「さぁご覧あそばせ! これより披露するは女神イシュタリアの如き美しく! 苛烈で!慈悲深い蹂躙ですわ!!」


 そのまま、右手を胸に、左手を腰に当て深く一礼する。


「刮目しなさい! ワタクシの宝石魔法を!!」


 クリスティーヌは30を超えるガーゴイルを前に、笑った。


「出番ですわボルツ」


 その指に嵌められた黒色の宝石が輝く。まるで命を与えられたかの様に。


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