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私のお母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました  作者: れんキュン
2章 物事は何時だって転がる様に始まる
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叡智の道



「お嬢様、最悪の事態とは?」


 扉を抜けた一行はセシリアとヤヤを先頭に、クリスティーヌとヴィオレットを引き連れてその中を進んでいる。

 中は洞窟の岩肌では無く、人工的な地面や壁で、それでいて無機質な、まるで四角を繋ぎ合わせた様な長く、二人が並んだら一杯になる一本の廊下となっている。

 

 通路の至る所には白骨化した、白衣を纏った遺体が転がっており、その遺体の具合は素人のセシリアには分からないが、少なくとも十年やそこらの遺体ではない様に思えた。

 

 いつガーゴイルや、他の敵が襲って来るか分からない緊張の中、セシリア達は逃げ場の無い一本道をただ歩いている。


「ワタクシも何となくでしか分からないわ、そも人魔大戦以前の記録は殆どが消失していて、ワタクシですら朧げにしか知らないの。でも、叡智への道については幾つか我が国でも残っていて、幾つか知り得た知識からの推測ですわね」


 クリスティーヌは念入りに周囲を観察しながら、思案気にヴィオレットの質問に答えていく。

 だがその表情から、憂いの色は晴れない。


 セシリア達も警戒しつつ耳を傾ける。


「叡智への道というのは生物工学……魔法や魔道具と生物の融合を主に取り扱っていて、彼らはその分野では特筆した成果を上げていたとされているわ」


 その言葉に、誰もが直前に見たガーゴイル型のゴーレムを思い出す。

 あれは生物と言うより、人間の動きに近かった。


「そして彼らの命題は賢者の石の生成と、完璧な人間の創造」

「賢者の石?」

「完璧な人間?」


 ヴィオレットとセシリアは首を傾げる。

 ヤヤはそもそも何を言ってるのか理解出来ず、頭がこんがらがってきて耳を抑えだしていた。

 セシリアも賢者の石と言う言葉に、何となくイメージは付くが完璧な人間と言うのは分からない。

 そんな存在が果たしてあるのか?


 そんな三者三様の反応に特に反応せず、クリスティーヌは傍の遺体の胸元の個人を示すカード型のタグを手に取り、それが腐敗してしまってるのを見てため息をつく。


「詳細は分かりませんわ。ただ叡智の道は数少ない史実の資料にまで、研究の為なら道理や倫理に反する事をしていたと残っていましたの。そして彼らが本当に、その命題を達成したのかを知る前に魔導歴は終わりを迎えた。少なくとも、ワタクシが知り得る限りではこれが全てですわね」


「それで、どうして最悪の事態って言ったの?」


 元は滅菌室だったのだろう、廊下に現れた境目を、セシリアは通り抜けながら肩越しに質問する。

 クリスティーヌは宝石の嵌められた指輪を幾つか取り換えながら、翠の瞳を向ける。


「……叡智の道に限らず、魔導歴の遺産はどれも現代ではオーバーテクノロジー。もし、あのゴーレムが軍事用で、あれが他にもあれば? それだけじゃないですわ、この施設が研究施設だとしても、何らかの生産施設なら? もしあのゴーレムが追い込まれて何かを起動したら? ワタクシ達だけでは対処できない事態が巻き起こった時、被害がワタクシ達だけで収まるとも限らないでしょう?」


 その言葉に、誰もが口を噤んだ。

 なんと言えば良いのか分からなかったからだ。


 重くなった空気に、クリスティーヌは苦笑を浮かべて手を叩く。


「ごめんなさいね、気落ちさせるつもりは無いのよ? ただ心構えだけはしておいて欲しいの……あら?」


 クリスティーヌの言葉が切れたそのタイミングで、一行は行き止まりに当たった。

 いや、行き止まりでは無い。それは両開きの、ガラスの様に黒い光沢を放つ扉だった。


 だがそれを即座に扉だと理解したのは、前世の現代日本で自動ドアを見慣れていたセシリアだけだが。

 他の三人は首を傾げている。


「これは……扉ですの? でも取っ手もなにもありませんわね」

「多分、これで開けるんだと思う」


 セシリアは、扉の横に付いた手のひらサイズの液晶を指す。

 そこには乾いた血が掌の形で張り付いていて、生体認証で扉が開くのだとセシリアはかいつまんで説明する。


「随分詳しいですのね」

「想像だよ」


 クリスティーヌの驚きに苦笑して答える。

 まさかこことは違う世界で、似た様な物を見たことがあるだなんて言える筈も無い。


「そうなんデス! セシリアちゃんは凄いんデスよ! 魔法も凄くて……」

「ヤヤちゃん!」

「むぐっ!」


 胸を張って魔法の事を喋ろうとしたヤヤの口を慌てて塞ぐ。

 ヤヤはセシリアが秘密にしたかったのだと思い出して、尻尾と耳を垂らす。

 だがギリギリ聞こえていたクリスティーヌは、興味深そうに見下ろしている。


「へぇ、ミスセシリアは魔法が使えるんですの」

「……大したことない魔法だよ」

「ふーん。ま、良いですわ。今はこの扉を開ける事が先ですわね、ヴィー」


 クリスティーヌはヴィオレットと共に扉を開ける術を探る。

 試しに認証パッドに手を当てるが、うんともすんとも言わない。


 扉そのものも、相当硬いのか叩くだけで厚みを感じられる。


「ヴィー、貴女の魔法で動かせません?」

「ダメですね、理由は不明ですが弾かれます」

「そう、ワタクシの魔法で壊せるかしら」

「どうでしょう、私としては博打は打つべきでは無いかと」

「そうね、この子達の数にも限りはあるし、無謀はよしましょうか」


 クリスティーヌは指にはめた色とりどりの、質素ながら品のある宝石の指輪を、まるで自分の子の様に慈しみ撫でる。

 それを横目に、セシリアとヤヤは壁にもたれかっていた。


「セシリアちゃん、さっきはごめんなさいデス」

「大丈夫、でも気を付けてね? ヤヤちゃんを信用してるから教えたんだから」

「はいデス……」


 会話が途切れると、手持ち無沙汰になったセシリアとヤヤは何となく認証パッドに近づく。


「これって、どういう仕組みなんデス?」

「さぁ、でも決まった人じゃないと反応しない筈だよ。電源が生きてればだけど」


 セシリアは自分で言ったが生きているだろうと思った。でなければここまでの一本道、ガーゴイルと遭遇しないのはおかしい。

 あのガーゴイルがここを通ったのは自明だろう。


「うーん、ダメっぽいデス」


 ヤヤが戯れに手をかざしたが反応しない。ならばとセシリアも手をかざしてみる。

 まさかこれで開く筈なんて無いだろう。

 ただの好奇心だ。


 ピピッ。


「え?」


 セシリアが手をかざした瞬間、軽快な電子音が響く。

 突然の音に、クリスティーヌとヴィオレットが勢いよく振り返った。


『生体……ザザ……個体ザザザ……ト……ザザ』


 シャッと勢いよく扉が開かれる。


 予想外の事に、全員がそれに反応する事ができずに呆然とする。


「……は?」


 貯め切った息を吐きだす様に、セシリアが第一声を零す。

 そしてそれに続くようにクリスティーヌ、ヴィオレットにヤヤと正気を取り戻した。


「どういう事ですの? 何故、ミスセシリアに反応して開いたんですの?」

「そ、そんな事私が聞きたいよ」


 動揺するセシリアは答えを問う様に、他の二人に目を向けるが二人も同様に瞳を揺らしている。

 誰一人として答えを持ってなどいないのだから。

だが一足先に冷静さを取り戻したクリスティーヌが、興味深そうに扉の先に潜りながら足を運ぶ。


「とりあえず、中に入りましょう。ここに居ても仕方ありませんわ」

「待ってくださいお嬢様! 敵が中に居るかもしれません!」

「あ! 索敵するデス!」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 一行はクリスティーヌの先導の元、慌てて入室する。

 全員が通り抜けると背後で扉が閉まる。


 その音にヤヤは肩を撥ねさせるが、室内に敵がいないかどうか耳をピンと立てる。


「どうです? 敵の気配はします?」

「……大丈夫そうデス。ただ向こうのドアの方から音がするデス」


 ヤヤは正面、部屋の中央に位置する入った時と同じような両開きの扉を指す。


「そう、ご苦労様」

「それより、ここは一体何なんデス?」


 ヤヤは物珍し気に辺りを歩く。

 警戒こそしているが、見た事の無い物の数々に好奇心が勝っている様だ。


「恐らく、何らかの培養施設ですわ。これに似たのを我が国で見たことありますの」


 辺りには白い光が所々でしか点いていない辺りには、まるで繭のような、ガラスの容器が立ち並んでいた。

 だがどれも使われなくなって久しいのか、苔むしていたり埃を被っていたり、だが殆ど残骸となっている。


「培養……?」

「家畜の繁殖施設の様な物ですわ」


 クリスティーヌはヤヤの疑問に浪々と答えていく。

 何も知らないヤヤは素直に感心してたが、現代日本の—愛衣—知識を持つセシリアは眉を潜めた。


 直接その眼で見た記憶は無かったが、そこらに並ぶガラス体の数々は明らかにセシリアとして転生した、この世界の文明を遥かに凌ぐ技術の数々だった。


 ガラス筒だけではない。半壊したモニターに大量のケーブル、大量の注射器に瓶の数々。

 どれも、セシリアとして生きてきた中での文明レベルを遥かに超えている。


「そこの部屋は……これは書室かしら?」

「ちょっと、勝手に離れないで」


 近くにあった10畳ほどの、壁面を本棚に埋め尽された一室をクリスティーヌが見つけて一つ頷く。


「ワタクシは暫くここの本を漁ってますわ、ヴィー手伝いなさい」

「それは構いませんが、先にゴーレムを追わなくて良いんですか?」


 クリスティーヌは本来の目的も忘れて、道草を食っている。

 ヴィオレットも本気で咎める気は無い様で、既に言われた通り本を手に取り始めている。


「今はこっちの方に興味がそそられますわ。ミスセシリアはどうします?」


 クリスティーヌは本を手にしながら、扉の傍にいるセシリアに声を掛けた。


「どうするって……先へ行こうって言ったら、ついて来てくれるの?」


 問われたセシリアだが、クリスティーヌが自分の言う事を聞いてくれる気はしない。

 早々に帰りたいとは思うが、だからと言って列を乱してまで先行する無茶はしない程度の分別はある。


 だからこそ、皮肉を込めて答える。


「申し訳ないですが、ワタクシの知的好奇心を満たすほうが先ですわね」


 一切申し訳なさそうなクリスティーヌに、セシリアはため息をついて培養筒のある部屋を散開する。


「セシリアちゃん、見てくださいデス」

「ん? なにこれ」


 セシリア達が会話している間も部屋を見て回っていたヤヤは、何やら手のひらサイズの、四角くて半透明の箱をセシリアに見せて来た。


「分からないデス。でも触ったら音がしたデスよ」

「んん? ……これは……歌?」


 耳に寄せて微かに聞き取れるそれは、何か、鼻歌の様な歌だった。

 だが歌詞どころか、リズムさえノイズ混じりで歌なのかどうかすら、正直定かではない。

 良く分からないそれに首を傾げながら、セシリアはそれをヤヤに返す。


「これは何処にあったの?」

「そこの骸骨さんが持ってたデス」

「……返してきなさい」

「えー? でも珍しい物かもしれないデスよ? 高く売れるかもデス」

「あー、じゃあ持って帰ったらいいんじゃないかな」

「えへへ、他にも何かないか探してくるデス!」


 自分は死体の持ち物を耳に当てていたのかと、気分が悪くなったセシリアは片手で目元覆う。

 元気よく走り去っていくヤヤの背を見ながら、セシリアは片手をコートで拭い「勘弁してよ……」と呟く。


 そんな二人を、ヴィオレットは微笑まし気に眺めながら、必要そうな本を埃被った執務机の上に並べる。


「そう言えばお嬢様」

「何かしら?」


 クリスティーヌは本棚の前で立ちながら、古びた本を読み進めている。

 ヴィオレットは余りの本の劣化状態に顔を顰めながら、次の本を手に取る。


「セシリアさんの何処に興味を惹かれたのか、見極める事は出来ました?」

「……ふぅ、まだですわね。というよりも、先ほどの戦闘だけでは大して分かりませんわ」


 丁度読み終えたのか、クリスティーヌは目頭を揉みながら乱雑に本を放り捨てる。

 ヴィオレットは癖で拾うかとしたが、捨てるような物なら価値が無いのだろうと判断して止め、スカートの中から水袋を取り出してクリスティーヌに手渡す。

 それを受け取り乾いた喉を潤わせ、凝った肩を回す。


「じゃあ、何処に興味を抱いたんですか? 容姿?」

「さぁ?」

「さぁって……」


 質問に答えながら、クリスティーヌは次の本を開く。

 本から視線を外さずに首を傾げる主の姿に、ヴィオレットは肩を落とす。


「お嬢様って、美しいものが好きなんですよね?」

「えぇ、美しさこそ全てですわ」

「ならセシリアさんの容姿に反応しないのは、おかしくないですか? あ、それならマリアさんは?」

「ミスマリアは母の美しさですわ。全てを包み込む無上の母性、そこに居るだけで心落ち着かせる清廉さ、彼女の美しさは一目見て分かりましたわ」


 余程興味深い事が掛かれているのか、クリスティーヌは何かを考え込みながら真剣に読み進めていく。


「ま、そこら辺は追々知っていきましょう。二人にお待たせしたと伝えて来て」

「そうですか。それじゃ、先に行ってますね」


 ヴィオレットは苦笑を浮かべて退出する。

 手に取った本を読み終え、一人残されたクリスティーヌはヤヤと戯れるセシリアの横顔を眺める。


「ミスセシリア、貴女は一体何者なんですの」


 クリスティーヌは机の上から一冊、そして手の中の一冊の本を懐に仕舞った。


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