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私のお母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました  作者: れんキュン
2章 物事は何時だって転がる様に始まる
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未知との邂逅




 四人がその足音を、岩肌が削られて出来た坑道の中に重く響くその足音を捉えた瞬間、迎撃の為身構える。


 セシリアは拳を構え両足は肩幅に開く。

 ヤヤも狩人が使うようなシンプルな弓を構え、矢を番えながらウーっと唸る。


 クリスティーヌは指に嵌めた幾つもの宝石を確認し、程よく脱力する。

 ヴィオレットは鎖が付いたナイフを右手に、逆手に構える。


「お手並み拝見ですわ」


 その言葉を背に受けながら、夜目の効くセシリアが前衛として一歩前に出る。

 それでもカンテラの明かりが手前にある為、明かりの届かない暗闇の向こうまでは見えない。

 だからと言って、セシリアが前に出ない選択肢は無かった。


 拳を構えながら、ズシッ……ズシッ……と響かせながら近づいてくる足音に耳を傾ける。


 一体それは何なのか。

 本当に悪魔なのか。見たことなどないそれに生唾を呑みながら、嫌な汗が背筋を伝う。


「! 来たデス!」


 ヤヤの接敵の声に、拳を握り直して正面を睨みつける。


 そして暗闇に、赤いそれが浮かんだ。


「ひっ」


 ヤヤの小さな悲鳴が坑道に木霊する。

 内心セシリアも悲鳴を上げたかったが、幸か不幸か喉が詰まっただけで、それを凝視していた。


 暗闇から現れたのはまさに悪魔だった。

 2m程の体躯で石の様にひび割れた灰色の肌、蝙蝠の様な羽、頭蓋骨の様な頭には後付けの様に真紅の球体の様な黒目の無い瞳がはめ込まれ、鋭い爪と牙を携えている。


 名前が無いのなら、セシリアならそれをガーゴイルと名付けるだろう。


 その異形の姿に、セシリアとヤヤは息を呑むのを忘れて気圧されしまう。


「気圧されるな!」


 クリスティーヌの叫びを皮切りに悪魔が飛び出す。

 そのタイミングで漸く正気を取り戻した二人は慌てて構えるも、僅かに出遅れセシリアは懐に入られてしまう。


 高く右手を振り上げ、その僅かに血と肉片のこびりついた鋭い五本の爪でセシリアを袈裟掛けにしようとする。


「セシリアちゃん!!」


 慌ててヤヤは弓矢を構えるも間に合わない。

 迎撃を諦め頭だけでも守ろうと、セシリアは両腕で衝撃に備える。


「彼女を守ってあげて、小さな騎士さん」


 まるで演劇のようなセリフ。それでいて戦闘が始まったとは思えない程の落ち着いた、静かな声。

 それがクリスティーヌの声だと、セシリア達は気付かなかった。


「オブシディアン」


 ガキッィィン!! ……。


 来るべき衝撃の代わりに、何か固い物に鋭い物を叩きつけた不快な高音がセシリアの鼓膜を揺らす。


 目を開ければ、目の間には半透明の黒い壁がガーゴイルの爪を阻んでいた。

 いや、黒い壁では無い。オブシディアン、鉱石が騎士が持つ大盾の様に広がりセシリアを守っていたのだ。


 ガーゴイルは突如現れた宝石の盾に、癇癪を起した子供の様に何度も拳を叩き付ける。

 絶対の硬度は無いのか、徐々に罅が広がっているが立て直すには充分な時間だ。


「まったく情けないですわね、例え相手が悪魔であろうと、戦闘中に呆ける等美しくありませんわ」


 後方に下がって来たセシリアに、クリスティーヌの呆れのため息が届く。

 ガラスが割れる様な音を立てて、オブシディアンの盾が割れると「ごめんなさいね」とクリスティーヌは呟き、セシリアに流し目を送る。


「貴女の実力はその程度ですの?」

「な訳。でも助けてくれてありがとう!」

「援護するデス!」


 お礼を言いながら、セシリアは地面を蹴ってガーゴイルに突撃する。

 それをヤヤが援護し、クリスティーヌは嬉しそうに目を細めた。


 ヴィオレットは援護しようと一歩踏み出したが、クリスティーヌが手を掲げて止める。

 クリスティーヌの語った通りこれは見極めなのだ、過剰な援護はする気は無い。おあつらえ向きに相手は一体、まずは様子を見たいと小さく囁く。


「本当、筋金入りで呆れますね、お嬢様は」

「あら? ワタクシが存外気に入ってるのよ」


 そんな二人の会話をヤヤは聞こえていたが、セシリアの援護をするべきだと意識を正面に向ける。

 既にセシリアはガーゴイルと肉薄していた。


「うおぉりゃっ!!」


 セシリアは下からすくい上げる様な、強大な腕力によるアッパーカットを放つもガーゴイルは身を翻して避ける。

 逆に隙だらけの脇にガーゴイルは三日月の様な膝を撃ち込もうとするが、ヤヤの矢が迫り攻撃を中断して飛来した矢を鷲掴む。


 その隙をセシリアは拳を振り抜いた反動を用いて、空中で身体を捻ると後ろ蹴りでブーツの底の鉄板を胸部に叩き込む。


「かっった!?」


 土埃を上げながらガーゴイルは後ずさるも、さしてダメージを食らった様子を浮かべない。

 セシリアは足先からジィン……と、まるで高所から両足で着地したようなガーゴイルの硬さに顔を顰める。


 今まで殺した作業員たちと違って、セシリアただの餌では無いと悟ったのかガーゴイルは表情を一切変えはしないが、様子を見る様にその場から動かない。


 セシリアも一旦、呼吸を整える為に一歩下がる。


「ダメだあいつ、結構いい蹴り入ったと思うけど手ごたえ無い」

「ヤヤも、正面から魔法も無しで矢を撃ってるから当たる気がしないデス」


 二人は決定力の無さに歯噛みする。

 銃を使うべきか。と脳裏をよぎるがセシリアのリボルバーは強力だが、それ以上に音が途轍もない。

 狭くは無いが広くも無い坑道の中で使えば、轟音が反響してヤヤの耳にダメージを入れてしまうだろう。

 今更だが、一度帰って威力を抑えた銃を持って来ればよかったと思う。


「……ていうか、見てるだけなら手伝ってよ」

「あら、もうギブアップですの?」


 意地悪そうに笑うクリスティーヌを、セシリアは睨みつける。

 もし裏切るなら容赦はしないが、そこに何もせずつっ立られているのも気に触る。


「っち」


 舌打ち一つして諦めた。

 今は戦闘中だ、余計な事はしていられない。

 不安そうにセシリア達を横目に見ながら、ガーゴイルを警戒するヤヤに一言謝って一歩前にでる。


「ヤヤちゃん魔法で攻撃できる?」

「一瞬だけなら出来るデス、匂いが辛いけど……」

「ごめんね、でもお願い」

「了解デス!」


 あの匂いを嗅ぐのか。と顔を顰めるも直ぐに切り替えて矢を構えたヤヤを横目に、セシリアは肉体を強化して飛び出す。


 ガーゴイルは腰を落として迎撃の姿勢を取り、飛び込んでくるセシリアへ右の拳を突き出す。


「っふ!」


 それを紙一重で避けると、そのまま懐に入り込み、突進の勢いを乗せた肘を鳩尾に叩き込む。


 だが肘から走る、骨に響く鈍い痛みに顔を顰める。

 それでも鳩尾に確実に入った。

 ガーゴイルもダメージが入ってるだろうと思ったが、左腕を振り上げ爪を振り下ろしたのを見て慌てて地面を蹴って避ける。


 空を裂いた一撃だが、ガーゴイルは即座に地面を蹴って距離を詰める。

 そのまま横薙ぎの蹴りを振るうが、セシリアはそれをしゃがんで回避する。


 反撃に出ようとしたセシリアだが、それは蹴りの回転力を殺さずに一回転しながらのストレートパンチによって阻まれる。


「っこいつ!」


 まるでボクサーの様な苛烈な猛攻。

 ストレートパンチを首を傾けて避けたセシリアに迫る、スピードを重視したパンチの数々。


 左のジャブが反撃のチャンスを潰し、右のフックが防御を崩す。

 ファイティングポーズで頭と急所への攻撃だけは防ぎながら、ガーゴイルの岩の様に固い拳が入らない様にギリギリで身を捩じって避ける。


 反撃が出来ずに一方的に嬲られるだけのセシリアだったが、ガーゴイルが大振りのアッパーを繰り出そうと身を沈めた瞬間に、ポケットに手を突っ込み銃の副産物をガーゴイルの目に向ける。


 それは中に加工した緑鉱石が内蔵された、異世界版ハンドライトだ。

 持続性に難があり、明暗を切り変えられないという問題があるが、ガーゴイルの視界を奪うには充分であろう。


 ガーゴイルは突然視界を潰した緑の強烈な光に、攻撃を中断して顔を両腕で覆う。

 そしてその隙を見逃さない。


「ヤヤちゃん!」

「バーストアロー!」


 その隙を待っていたヤヤの空気を裂く、螺旋の様に風を纏った一撃が炸裂する。

 ガーゴイルはそれが致命傷に成り得ると察し、大げさに後方へバックステップして避ける。


 バックステップによって出来た隙を見逃さず、セシリアは地面に落ちていたこぶし大の石を拾い、一歩踏み込んで大きく投げつけた。


 ゴウッ! という音をさせながら、石はまるで吸い込まれるようにガーゴイルの胸のど真ん中に向かう。


 ヤヤの一撃も、避けきれないガーゴイルの片腕へ向かった。


 やった。と誰もが思った。

 致命傷は避けられないだろうと。


 だがゴガッ! という、まるで岩にぶつかったような音が坑道内に響く。


「……は?」


 始めは肌が岩の様に固いのかと思った。だが違う、ガーゴイルの胸は確かに抉れている。

 だがその抉れ方はまるで彫刻の怪我その物。


 血など出ていない、ぽろぽろと岩の破片がこぼれ落ちるだけだ。


 右腕も同様だ。

 肘から先が失われているというのに、そこから血が溢れ落ちる事は無い。


「ゴーレム……」


 それが示す存在の名前を口から零す。

 土魔法によって作られ、移動用の馬や農耕用の牛などの代わりなどを務める人造の土塊。


 だが彼女たちが驚いたのはそこでは無い。

 例に挙げた通り、ゴーレムの主な用途は馬や牛だ。


 なぜそれらの家畜なのかと言えば、必要な命令が「止まれ」と「進め」だけな上、二足歩行は安定しないからだ。

 つまり複雑な命令は出来ない。戦闘などもっての外だろう。


 術者が近くに居ればまだもう少し違うだろうが、ヤヤを一瞥するとふるふると驚きを顔に張り付けたまま顔を横に振る。

 ヤヤもその事実に気づいたが、どれだけ人間より鋭敏な耳を澄ましても命令を与えているであろう術者の音はしない。


 まだ風下で、血の匂いがしなければもっと正確に気配を探れるのだが、濃密な血の匂いを嗅ぎたくないがために風魔法で風上にしている現状では耳しか使えない。


 だがそれはそれとして、目の前の土塊が敵と言う事実は変わらない。

 何人もの、罪の無い鉱山作業員を殺した敵だ。


 まるで自分の身体が、血の通った生物で無い事に驚いたかの様に呆然と見下ろすガーゴイルへ向かってセシリアは地面を蹴る。


「おりゃぁ!」


 宙に飛んだセシリアはガーゴイルの首に横蹴りを繰り出すも、はっと顔を上げたガーゴイルは明らかに繊細さを欠いた動きで大げさに後方へ飛ぶと、そのまままるで正者の様に無くなった右腕を抱えながら踵を返して闇の中に消えていく。


「逃げるデス!」

「お待ちなさい!」


 慌てて追いかけようとしたヤヤに、クリスティーヌの制止の声が響く。

 クリスティーヌは何かを思案するように腕を組みながら、片手で口元を抑えて難しい顔をする。


「相手が逃げたのなら慌てて追いかけるのは危険ですわ。それに、少し調べる必要が出来ました事ですし」

「でも!」


 だがヤヤは明らかに冷静さを欠いた声で、突出しようとする。

 それをセシリアは抑えつつ、ヤヤを背に庇う様にクリスティーヌに向き合う。

 真紅の目には、警戒の色がありありと浮かんでいる。


「ねぇ、何か知ってるの? それに戦闘に参加する気が一切なかったし、一体何のつもり」


 クリスティーヌの驚きが、セシリア達と違うのは一目見て分かった。

 セシリア達の驚きよりも浅く、それでいて最後の言葉だ、何かを知っていると疑われても仕方ない。


 戦闘に無理やり参加させようとは思わないが、当たり前の様に後方にいられるのも少し苛立ってしまう。

 そんなセシリアをクリスティーヌは一瞥するも、ガーゴイルの去って行った方向に少し厳し翠の瞳を向ける。


「なら次の戦闘はワタシクがしますわ。それよりも先に行きますわよ、どうもただの魔獣討伐では終わらなさそうですし」

「あ、ちょっと!」


 セシリアを余所に、カンテラを手にクリスティーヌはすたすたと歩きだす。

 申し訳なさそうにヴィオレットが頭を下げるも、クリスティーヌを止める様子は無く後についていく。


 残されたセシリアは追いかけようとするも、ヤヤは項垂れた様に足取りが重い。


「ごめんなさいデス、倒しきれなくて」


 ヤヤは悔しそうに、左手に握られた無骨な弓を握りしめた。

 確かに、ヤヤの一撃が急所に当たっていれば仕事はここで終わりだったかもしれない。

 だが同じように戦い、致命傷を与えられなかったセシリアにヤヤを非難など出来るはずも無い。


「大丈夫だよ、私も弱くてごめんね?」

「セシリアちゃんは弱くないデス! 弱いのはヤヤデス……前の狼との戦闘もヤヤがもっと強ければ、セシリアちゃんは怪我しなかったデスし……」


 ヤヤの悔やみの言葉にセシリアは苦笑を浮かべる。

 狼を二頭も倒したのだ、決して弱くは無い。

 それにセシリアが怪我したのは、自身の選択の末だからヤヤがどうのこうのは関係ない。

 どうして突然そんな事を言い出したのか、セシリアには分からなかったがむず痒さを覚えながら頭を撫でる。


「弱いとか強いとか気にしないよ? 私だって戦闘に関してはまだまだだし。それよりも、あの人達を見失う前に早く行こ?」


 セシリアの言葉にヤヤは動き出す。

 言葉なく歩きだしたヤヤを横目に、セシリアはふと先の戦闘で思った事を思い返す。


「そういえば……さっきのガーゴイル、なんだか人みたいだったな」


 セシリアは握った拳を見下ろす。

 手ごたえは確かに土のそれだ。だが、去り際に見せたあのガーゴイルの目は、血の様な真っ赤な目は、確かに怯えの目だった。


「いや、あれは人じゃ無い、ただのゴーレム」


 セシリアは、無理やりそう思い込んだ。

 そうじゃないと戦意が鈍ってしまいそうだから。


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