赤い目の悪魔
ダリアさんの名前をダキナさんに変えました。
ダリアとマリアって似てるよね
悪魔。
それは人類の住む世界の裏側、魔界と呼ばれる世界に存在する者達。
それは時に人の姿をし、時に獣に、時には悍ましい化け物の姿だった言われている。
そんな悪魔と人類は、300年程前に大陸を、世界を食らおうと魔界から大挙して現れて戦争を起こした。
魔界の瘴気に充てられたからか、悪魔によって操られたからか、元々存在していた魔獣と共に人類の生存圏を確実に奪っていった。
悪魔についての情報は少ない。
そも、当時の戦争の状況を記した書物すら少なく、殆どが嘘か真かも分からぬ口伝ばかりだった。
悪魔がどういう存在で、どういう意図で、そもそも個人と言う人格があるのかすら定かでは無かった。
だが唯一、悪魔に共通した事が一つあった。
鮮血の様に、鮮やかな真紅の瞳。まさにセシリアの持つそれと同じだ。
だが、だからと言って赤が絶対に悪魔かと言われればそうではない。
元々存在していた、吸血鬼と呼ばれる亜人も赤の瞳を持つし、人間の両親から赤目の子供が生まれる事もあった。
人種至上主義で、教会の威光が強いスペルディア王国では迫害や嫌悪される色だが、様々な亜人が共存し教会の存在が弱い勇成国では、その情報の浸透性の低さも相まって個性の一つとしか見られていない。
事実セシリアも、赤い目が悪魔の瞳だとは知らない。
そして現在、薄着の男性は怯えと怒りが滲んだ目で、悪魔の目と呼ばれるセシリアの赤い目を見ない様に語りだしている。
「俺たちが坑道を掘り進めていると、突然変な遺跡に当たったんだ。それで、報告する前に何人かの調子の良い奴らが好奇心から探索しようって言いだしたんだ……本当に……殴ってでも止めて居れば……」
男性はその光景を思い出したのだろう、小さく震えだす。
それでも、何度も何度も深呼吸して落ち着かせて震える声で話しを再開する。
「俺と、さっき叫んだ奴は後ろから距離を空けてついていったんだ。あいつがビビりでな、その癖帰ろうとしなかったから、置いていくわけにもいかずに俺がついていたんだ。それで、先頭の奴らが奥に消えた瞬間、突然悲鳴が聞えたんだ……それで慌てて駆け寄って……見たんだ……仲間たちの死体と……その……赤い瞳を」
震えながらセシリアを指さす。
頭を抱えて「悪魔だ……あれは悪魔だ……」と呟きながら震えだした男性を、つなぎの男性が外へ連れていき、部屋の外で他の人に任せると、男性は戻ってきて椅子に座る。
「どうもその掘り当てた穴から出て来たのか、坑道の中で作業していた他の作業員にも犠牲者が出て、今は作業員全員が怖がって碌に仕事にならないんだ。私も正直どうしたら良いのか……」
責任者であろう男性も、憔悴しきった表情を浮かべる。
先ほどの男性の話を聞いても、だから? と思ってしまう程有益な情報が無かった。
別に情が無いわけではない、ヤヤもセシリアも「可哀そう」だとは思うが、思うだけだ。当事者ではない彼女達には寄り添える事は出来ない。
彼女たちに出来る事と言えば、これ以上犠牲者を増やさない為に早期の問題解決、基魔獣退治を成功させるだけだろう。
「あの、道案内は……」
「あぁ、それならその遺跡までの道は分かりやすい様に封をしてるから。悪いが案内人を付けるのは……」
男のそれは懇願だった。
誰だってそうだろう、何人も死んだ場所にそれの解決の為とはいえ向かいたくなんて無い。化け物が居るんだと分かってるなら尚更だ。
セシリア達も理解してるから、特に何も言わずに頷いた。
念のためクリスティーヌを一瞥したが、異論は無いのかはたまた話に参加する気が無いのか優雅にお茶を嗜んでいる。
セシリアの視線に気づくとニコリと笑った為、同意と解釈する。
「ヤヤちゃんもそれでいい?」
「良いデス。道にさえ迷わなければ良い訳デスし」
「今回来たのはお嬢ちゃん達だけか」
「えぇ、私達が魔獣を討伐しに来ました」
セシリアは敢えて魔獣と言った。
悪魔という言葉に同調するよりは、まだ魔獣と言った方が存在が確かだからだ。
相手を安心させようというのもあったが、何より自分の為でもある。
悪魔なんて良く分からない物よりは、獣だと思った方がマシだ。
「……そうか。頼む……」
思う所はあるのだろう。セシリアは15歳、ヤヤに至っては12歳だ、薬指に指輪をはめる彼の子供と同じほどの歳だ。
だが、セシリア達が冒険家である以上口出しする事は無い。
赤の他人の人生を背負えるほど、彼の人生は軽くない。
結局、苦い物を呑みこむしかないのだ。
「お話は終わりで?」
「うん、早く行こう」
セシリアは立ち上がり、仕事へ向かいだす。
焦ってる訳ではないが、夜にならない内に帰りたかった。はやく帰ってマリアに会いたいという気持ちが溢れていた。
◇◇◇◇
「そう言えば、そちらの子とはまだ挨拶していませんでしたわね」
セシリア達はカンテラを片手に坑道を進んでいる。
狭くない坑道だ。
ギリギリ四人が横に並んで歩けるし、天井も高く飛ばなければ頭がつかない。
更に道がきちんと分かる様に、天井には導線に沿って緑鉱石が埋められていて暗闇を感ない。
先頭を進むのはセシリアとヤヤ、そしてその後ろに付くクリスティーヌとヴィオレット。
クリスティーヌはヤヤを見ながらそんな事を言う。
ヤヤは相手が金貨30枚の依頼主、それも故郷のある帝国の貴族と聞いて緊張で両手と両足を同時に出しながら、クリスティーヌの言葉に小首を傾げる。
「初めまして、クリスティーヌ・フィーリウス・ローテリアですわ。こっちは侍従のヴィオレット、貴女の名前を教えて下さる? 灰狼種の可愛らしいお嬢さん」
歩きながらな為軽く一礼するクリスティーヌに倣い、ヴィオレットも慇懃に一礼する。
そんな二人に、ヤヤは緊張に尻尾をふらふらと揺らしながらセシリアを不安げに一瞥し、答える。
「えっと……ヤヤデス、初めまして」
失礼の無いようにとしてはいるが、狭い集落で過ごしてきて来たヤヤに貴族に対しての正しい対応など知らない為、居心地悪そうにおずおずとお辞儀する。
クリスティーヌはそんなヤヤの可愛らしい姿に微笑み、後方でヴィオレットが鼻を抑え空を仰ぐ。
「可愛らしいですわね、持ち帰ってもよろしくて? ミスセシリア」
「ダメに決まってるでしょ、ヤヤちゃんは玩具じゃない」
クリスティーヌの冗談にセシリアは冷たく言い放つ。
既に仕事の意識に切り替えて警戒してるのだ、緊張でジワリとカンテラを持つ手が汗ばむ。
そんな状態で冗談を言われたら、緊張感の無さに少しイラっとしてしまう。
「いけず。残念でしたわね、ヴィー」
「お嬢様と一緒にしないで下さい。可愛いのは確かですけど、私は持ち帰りたいなんて言わないです」
クリスティーヌの弄るような目に、ヴィオレットは否定するがその眼はしっかりとヤヤの尻尾と耳に注がれていて、反射的にヤヤは怯える様にセシリアを盾にするように隠れる。
セシリアは苦笑しながらヤヤの頭を撫で、しゅんとするヴィオレットに上品に笑うクリスティーヌを横目に見ていると、二つに別れた分かれ道が現れる。
「これは……こっちデスよね?」
「だね、立ち入り禁止って書いてあるし、張り付けてある紙にもそうあるね」
板を並べて作られた柵の前には立ち入り禁止と立札が置かれ、更にその上から紙が貼られ「死者多数。悪魔の住処」と書かれている。
奥から風が吹き抜ける。
その風に乗った匂いに、嗅覚が鋭いヤヤだけでなく4人は顔を顰めた。
「……確定だね」
「不快ですわね」
腐った生ごみを連想させる濃密な血の匂い。
文字通り目に染みる様な不快な匂いに、ヤヤは鼻を抑えて涙ぐむ。
無意識にセシリアも拳を握り、その先を睨みつける。
クリスティーヌは不快気に眉を潜め腕を組む。
唯一ヴィオレットだけが、相も変わらず表情を変えずに凛と澄ましていた。
「ヤヤの風魔法で風向きを変えるデス。このままじゃ血の匂いで頭痛くなるデス」
「お願い」
「ウィンドカーテン」
ヤヤが呪文を呟くと追い風に変わり、脳を腐らせるような濃密な血の匂いが和らいで一息つく。
「ミスヤヤは魔法が使えるのですわね」
クリスティーヌは純粋に驚いたように問うた。
それに対してヤヤは慎ましやかだが、成長の余韻を感じられる胸を張る。
「デス! 魔力があんまりないから多用は出来ないデスけど、これ位ならちょちょいのちょいデス!」
「凄いのね、お陰で鼻を摘まみながら歩く羽目にならずに済んだわ、ありがとう」
「えへへ……」
「……かわいい」
褒められた事ではにかむヤヤは、クリスティーヌが思ったよりも接しやすかったからか、緊張が良い感じにほぐれた様だ。
そのままニコニコと話しかける。
「フィーリウス様は、何か魔法が使えるんデスか?」
「クリスティーヌで良いわよ。そうね、私も魔法は使えるわ、とっても美しい魔法よ」
「どんな!? どんな魔法なんデスか!? みたいデス!」
少々ほぐれすぎな気もするが、クリスティーヌは気にした素振りを見せない。寧ろヤヤの無邪気さに癒されるように、微笑みながら人差し指を唇に当てウインクする。
「それはこれからのお楽しみにしましょう? 因みにヴィーも魔法が使えるわよ、結構面白い魔法なの」
「そうなんデスか!?」
興奮して身を乗り出すヤヤに、ヴィオレットは一瞬美人が台無しになるだらしないにへら顔を浮かべるが、一瞬で引き締めると、微笑みを浮かべる。
「えぇ、見たいですか?」
「デス!」
「分かりました。セシリアさん、少し止まっていただけますか」
その言葉にセシリアが立ち止まると、うきうきするヤヤとセシリアを観客に、ヴィオレットは演技がかった仕草でメイド服の長い裾を軽く摘まみ一礼する。
「では僭越ながら、不肖の傀儡魔法を披露させていただきます」
ヴィオレットはそう言って、長いメイド服のスカートの中から一体の人形を取り出す。
「クマさんデス?」
「えぇ、この子を使って索敵します」
「クマさんが?」
それは二頭身のデフォルメされたクマだった。
ふわふわと肌触りの良さそうなそれを、地面に置くとヴィオレットは何か幾何学模様が掛かれた紙を取り出し、クマの背を開く。
そして自分の親指をやや鋭めの犬歯で噛み切ると、滴った血をその紙に擦り付け、自身の血が付いた紙をクマの背から中に入れる。
「立ちなさい」
そしてヴィオレットがそう呟くと、クマの人形がプルプルと震えだしたと思ったら、ゆっくりと立ち上がった。
「わわわ! クマさんが立ったデス!?」
「おぉ可愛い、お母さんに見せてあげたいや」
「ふふん」
目を丸くして驚き、はしゃぐ二人にクリスティーヌが誇らしげに胸を張る。
ヴィオレットはその反応に目尻を和らげながら、指揮棒の様に長い人差し指で円を描く。
するとクマの人形はやや安定性に欠けるも、右手を胸に添えた一礼を披露する。
「凄いすごい! お人形さんがお辞儀したデス!」
その様子にヤヤは飛び跳ねながら興奮する。
セシリアも内心興奮著しいが、15歳の矜持でそれを表には出さない。だがうずうずして目を輝かせている。
「ふふ、まだまだ驚くのはこれからですよ。この先に進んで索敵しなさい」
ヴィオレットの言葉にクマは敬礼すると、とてとてと先へ進む。
その可愛らしい背を見ながら、クリスティーヌが口を開く。
「ヴィーの魔法は傀儡魔法。あの様に自身の血などを媒介に対象を意のままに操り、五感を共有できるのですわ。因みにさっきの敬礼もヴィーが狙ってやった事ですのよ」
「お嬢様、余計な事は言わないでください」
「ごめんあそばせ」
ネタ晴らしをされて恥ずかしそうにそっぽを向くヴィオレットに、クリスティーヌは楽しそうに目を細める。
セシリアもヤヤも、クリスティーヌの言葉に素直に感心する。
見た目はクマだが、その魔法の強力性を理解したからだ。
「ヴィオレット様は凄い魔法を使えるんデスね」
「ヴィーで良いですよ、ヤヤちゃん」
「そうデスか? ならヴィーさん! あんなクマさん初めて見たデス!」
「……っぐ、なんて破壊力……」
興奮冷めやらず尻尾をブンブンと振り回すヤヤに、ヴィオレットは鼻を手で覆いながら湧き上がる抱擁欲を必死で抑える。
それを横目に、先に興奮から覚めたセシリアは冷静に分析していた。
「この魔法……人も操れるの?」
その呟きにヴィオレットは平静を取り戻し、ヴィオレットの代わりに楽しそうに口元に弧を描いたクリスティーヌが答える。
「えぇ、操られると不思議な感覚ですわよ」
「だからと言って、やらないですけどね」
実体験を元に答えるクリスティーヌに、苦笑しながら答えるヴィオレット。
セシリアとしては、マリアが操られたらという場合を考えて、やはり侍従になるという選択肢は無いと思った。
「! ……皆さん」
坑道に響くヴィオレットの警戒を促す固い声。
その声に三人は浮ついた空気を霧散させる。
話ながらも先行したクマの、共有した視界でヴィオレットは索敵を行っていた。
そしてそこで目的であろう存在の姿を確認したのだが。
「30m程先で、先行させたクマが何者かに襲われました」
その言葉を皮切りに、何かが近づいてくる足音を四人の耳が捉えた。
姿を現すは真に悪魔か、それとも獣か。
誰もが緊張に固唾を呑んで警戒する。




