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私のお母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました  作者: れんキュン
2章 物事は何時だって転がる様に始まる
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自由業労働者の憂鬱




「……?」

「あ! 起きたデスか!?」

「ヤヤちゃん? ……ここは」


 視界一杯に写るヤヤの可愛らしい顔。

 セシリアと目が合うとヤヤは嬉しそうにはにかむ。


 鈍く痛む頭を抑えながら身体を起こすと、馬車の中に横たわっていた事を知る。

 そして自分が黒狼との戦闘が終わった瞬間、気絶したのを思い出して硬い床に横たわって凝った身体を解す。


「大丈夫デスか? 痛くないデスか?」

「うん、大丈夫。それより私どれくらい寝てた?」

「5分かそこらデス、魔獣を全部倒したと思ったら、いきなり気絶したデス」

「そっか」


 黒狼を倒した時ギリギリ腕は治したが、ダメージによる精神の疲弊までは治せなかった様だ。

 蜂蜜熊の時は自分の中の何かが侵食してきて、意識が曖昧になり気分が高揚したから気絶こそしなかったが、基本的にセシリアは痛みに慣れていない。

 何度傷を負おうと、あれに慣れることは無いだろう。慣れたくも無い。

 両腕を見下ろして、手の調子を確かめて完治したと確認しつつ痛みの残滓に顔を顰めていると、ヤヤに袖を小さく引っ張られる。

 見れば申し訳なさそうに、ヤヤは俯いていた。


「セシリアちゃん、さっきは助けてくれてありがとうデス。それと、ヤヤの所為で怪我さしてごめんなさい」

「え? あぁ、うん、気にしないで? 結果的にほら、傷一つなく済んだんだから万事オッケーでしょ?」


 そういってセシリアは、見にくいが袖が血濡れた両手をひらひらと晒す。

 痛いのは嫌だが、結果的にこうして五体満足で居られているのだ、特に思う所なんて無い。

 だがヤヤの表情は晴れない。きゅっと唇を噛む。


「でも、ヤヤがちゃんと魔獣を倒せばセシリアちゃんは怪我しなかったデス」

「えー? そうかな。まぁだとしても、別に良いんじゃない? 私達は仲間でしょ、仲間ならお互いのミスをカバーし合うものだし、実際ヤヤちゃんの援護は役立ってたじゃん」

「そうデスか?」

「そうそう、多分ヤヤちゃんの援護があったから、最後だけの負傷で済んだんだよ?」


 どうしてそんな事を言い出したのか、セシリアには分からなかった。

 確かに最後のあれはヤヤの所為と捉えられないことも無いが、そこに至るまでにヤヤはセシリアを助けている。

 セシリアからすれば持ちつ持たれつの良い関係だと思うのだが。

 その言葉にヤヤは少し笑顔を取り戻すと、頬を叩いて気合を入れる。


「ならこれからはもっと頑張るデス! それでセシリアちゃんを追い越す位強くなるデス!」

「言うねぇ、でも例え私を倒しても、第二第三の私が待っているよ」

「その時にはヤヤは、ボンキュッボンなお姉さんになってるデス! セシリアちゃんなんてイチコロデス!」

「な……!? あの純粋無垢なヤヤちゃんからそんな言葉が……一体誰に教えこまれた!?」

「え? ラクネアさんデス、セシリアちゃんにはこう言えって言ってたデス」

「ラクネアさーん!!」


 笑顔で談笑しだした二人が冗談を言い合っていると、馬車が止まる。

 御者台の男が顔を出して、満面の笑みを浮かべた。


「着いたぜ、鉱山村だ。さっきはありがとな、あの街の冒険家だろ? 謝礼を入れとくから受け取っておいてくれ」

「助けてくれてありがとうねぇ、貴女達に主の加護があらんことを」


 目的地に着いたようで、二人は御者や同乗者達から口々に礼を言われながら、セシリア達は馬車から降りる。

 あっさりしたものだが、どうやらセシリアが眠ってる間にヤヤが洗礼を受けたようで、ポケットからは飴やらなんやらが詰め込まれている。


「セシリアちゃん、飴食べるデス?」

「私は良いや。それより、依頼に行く前に少しでも情報を聞き出しとこ?」


 組合では情報の一つも無かったが、それでも現地でなら何か少し位、噂の一つ位はあるだろうと思った。

 それに、鉱山内部の地形も分からないのは危険だ。少なくとも、案内人の一人もいないと依頼達成どころか、帰る事すら出来ないだろう。


 その言葉にヤヤは美味しそうに、まるでリスの様に頬に沢山飴を頬張りながら頷く。


ほれはら(それなら)あほこがこうじゃん(あそこが鉱山)ほうしゃのふへふけ(労働者の受付)らひいでふ(らしいデス)

「あー、喉に詰まらせないようにね」


 聞き取れないが察したセシリアは、ヤヤが指さす三階建ての立派な石造りの建物へ向かう。

 コクコクと頷くヤヤの頭を撫でながら、目的の場所へ向かう。


 建物に向かうと何やら話あっている声が聞こえる。

 ノックをしても反応が無いため、失礼だとは思うが一言断って扉をくぐる。


「あの……」

「だからあれは悪魔なんだって!!」


 入室した瞬間に男の悲痛な叫び声が響く。

 何かあったのか? と二人で顔を覗かせると、丁度叫んだであろう憔悴しきった男とセシリアの目が合う。

 その瞬間、男は化け物を見たかのように、実際彼からしたらそうなのだろう。さぁっと血の気を引かせ目を限界まで見開いて指さす。


「あいつだ! あの目だ!! 悪魔の目だ!!」


 その声に、部屋に集まっていた4人の視線が一気にセシリアに集まる。

 だが当のセシリアも訳が分からず狼狽える。


「え?」

「あれだよ!! 洞窟の奥にあの赤い目が光ったんだ!! その瞬間仲間たちがどんどん……早くあいつを殺せ!!」

「落ち着け! おい、嬢ちゃん悪いが一旦出て行ってもらえるか?」

「あ、はい」


 暴れ出した男を、傍にいた男が抑えセシリアに厳しい目を向ける。

 訳が分からずもいきなり悪魔と叫ばれ、悲しい気持ちになるが自分が錯乱の一因なんだと察し言われた通り外に出る。

 ヤヤも突然の大声に青みがかった灰色の目に膜を張りながら、セシリアの袖を掴む。舐めてる飴が美味しくなくなった。


「セシリアちゃん……」

「大丈夫。ちょっとびっくりしちゃっただけだから」


 安心させようと笑みを浮かべるが、悪魔と突然罵られたショックで引き攣ってしまう。

 セシリアだって普通の女の子だ、いきなり怒鳴られて怖くない訳が無い。


 表情に翳差すセシリアを見上げながらヤヤは残った飴をかみ砕いて、セシリアの左手を握る。


「ヤヤはセシリアちゃんが悪魔じゃないって、知ってるデスよ?」


 ヤヤにとってセシリアは恩人で、仲間だ。

 出稼ぎの為、故郷の集落を出て今の街カルテルに辿り着いて最初の頃は、自分の食い扶持を稼ぐ程度しかなかった。


 雪に閉ざれた故郷で狩りをしていたとはいえ、剥ぎ取り報酬を期待できる森の強力な魔獣にヤヤ一人で敵う筈も無く、薬草採集や街中の依頼などの安い仕事しか出来なかった。

 無理して稼ごうにも、ヤヤに不幸があればそれだけ故郷への仕送りが減る。結局食費を切り詰めるしかなかった。


 そこに手を差し伸べてくれたのがセシリアだ。

 そんなセシリアが悪魔と呼ばれるのは、悲しいし嫌だ。


「ありがとね」


 セシリアはヤヤの優しさに、落ち込んだ心が癒される。

 そして空気を変えようと、意識して明るい声を出してヤヤのしっぱや耳をやや乱雑に撫でる。


「ヤヤちゃんは優しーねー! よーしよしよしー!」

「ちょっ! 止めるデス!! 撫でても良いけど優しくするデス!!」

「あー、めっちゃきもちー」

「あっあっ……軟骨こりこりはらめぇ……」

「良いではないかー良いではないかー」

「あー、二人ともちょっと良いか?」

「「……!?」」


 居心地悪そうに佇む男性の声に、二人は我に返ると恥ずかしさで声にならない悲鳴を上げる。


「……中に入ってくれ」


 そのまま見なかったことにして何も言わず入室を促す男性の後を、二人は耳まで真っ赤にして俯きながら部屋に戻る。


 入室したセシリア達を出迎えたのは、先導した男性を除いて三人の男女。

 一人は筋骨隆々の薄着の男性、因みに先導した男性は青い繋ぎのドワーフだ。

 そして正面のソファに座るのは、セシリアがつい最近出会った少女。


「ご機嫌よう。ミスセシリア」

「……どうして貴女がここに?」


 そこには金髪碧眼で立て巻きツインテールが特徴の、黒を基調に赤を添色とした詰襟の軍服に身を包み、少し緩めのズボンとロングブーツに包まれた足を綺麗に組んだ、クリスティーヌ・フィーリウス・ローテリアが優雅に座っていた。


 当然、その後ろには明るい紫のボブカットに紫の切れ長の目尻が特徴で、凛とした落ち着いた印象を受ける侍従であるヴィオレットが、肌を見せないメイド服に身を包んで佇んでいる。


 クリスティーヌはセシリアの質問に直ぐに答えず、静かに、洗礼された所作で紅茶を飲む。

 唇を艶やかに湿らせると、微笑みながら対面の空いているソファに座る様に促す。


「まずは席に着いて? 諸々、お話し致しますわ」


 セシリアとクリスティーヌのやり取りに、不安そうに交互に顔を見上げるヤヤを連れながらソファに座る。

 セシリアの交友関係は広くない、狭いと言ってもいい。

 そんなセシリアが明らかに貴族と分かる様な、それもヤヤの故郷の属する帝国の軍服を着た少女と顔見知りな事に不安がよぎる。


「セシリアちゃん、この人達知り合いデスか?」

「知り合いって言うか……」


 何と説明すれば良いか言いよどむセシリア。

 知り合いという程でも無い。先日いきなり街中で、母子共々侍女にならないかと誘ってきた変人だ。

 だがそれを説明するのは場が相応しくない。


「あー、今回の依頼人だよ」

「え!? ……じゃ、じゃあこの人が金貨30枚の……」


 セシリアの少しずらした回答に、ヤヤは尻尾と耳を緊張にピンと立たせて背筋を伸ばす。

 それを横目に、セシリアは真紅の瞳を目の前のクリスティーヌに向ける。


「喋ってもよろしくて?」


 律儀に待っていたクリスティーヌは、セシリアの頷きに紅茶をテーブルに戻す。

 そして右手で髪をかき上げ、右目に添えられた泣き黒子を晒して口を開く。


「まずは、どうしてここにワタクシが居るかですが。それは単純に、ワタクシ自ら今回の問題解決に乗り出したからですわ」


 その言葉にセシリアは懐疑的に眉を寄せる。

 そも、今回の依頼を出したのは目の前の少女だ。


 依頼と言うのは自分で出来ない、やりたくないから金を出してするのであって、自分の脚で赴き手ずから行うというのなら依頼をする必要なんてない。

 これが森の案内人等と言った、補助の依頼ならまだ分かるが鉱山労働者では無いセシリアにそれは務まらない。


 クリスティーヌはセシリアの疑問に答える様に、微笑みながら続ける。


「貴女を指名したのは……そう、先日もお話しした侍女の件。あれの延長の様な物ですの」

「どういう事?」

「お母君であるミスマリアは、母の美しさがありましたが。貴方にはまた別の美しさがあると直感が囁きまして、その美しさが何かを見極める為に今回依頼した次第ですの」


 美しさ?

 マリアが美しいというのは理解できる。

 身内贔屓でもマリアは母性を体現したかのような、母の暖かみと女神の如き美しさがある。


 だが容姿的な話であればセシリアも負けていない。

 平均的な身長で垂れ目の優し気なマリアとは逆に、平均より少し高めの背でセシリアの目尻は鋭く上がっていて、恰好や引き絞られた筋肉質な身体も相まって女性が好くタイプの美人だ。


 だがクリスティーヌは別の美しさと言った。

 それが何かは分からないが、セシリアの聞きたいことはそれでは無いと思う。

 ただでさえ道中で時間を費やしたのだ、早く依頼を済ませてマリアの元へ帰りたい。

 気にならないことも無いが、本題に入る。


「つまり、貴女も私と一緒に来るって事?」

「ええ、足手纏いを懸念してるなら杞憂です事よ? これでも戦闘は一通りこなせますし……あぁ当然依頼金もいりませんわ、元々ワタクシが出すお金ですもの」


 信用ならない。

 セシリアはどうしても、赤の他人を信用する事は出来ない。

 ただでさえ普段と違う場所で、どういう魔獣かもわからない依頼なのだ、不確定要素は出来るだけ排除したい。

 だが依頼主の意向を無下にして、金貨30枚を逃すには惜しい。


 どうしたものかと悩んでいると、ちょいちょいとヤヤがセシリアの袖を引く。


「セシリアちゃん、ヤヤは連れて行っても良いと思うデス」

「どうして?」

「上手く言えないけど、悪い人には思えないデス」


 幼い12歳故の直感か、ヤヤは少なくとも目の前の少女が悪い人には感じなかった。

 何を言ってるのかは分からないが、単純に戦力が増える事を良しとも思う。


 その言葉に、チラリとクリスティーヌを見る。

 嘘というにはあれだが、嘘を付いている可能性もある。

 悪意の様な物は感じない。

 嘗てのダリアやロンの目と比べても、クリスティーヌの翡翠の目は澄んでいて僅かにだが、信じても良いかなと思ってしまう。


 それに、いざとなったら戦えばいい。もう嘗ての弱いセシリアじゃない、戦う力を手に入れたんだ。

 そっちが何かするなら容赦はしない。


「分かった、よろしくお願い」

「お願いされましたわ」


 握手は交わさない。

 警戒心を浮かべるセシリアに、クリスティーヌは微笑みながら答える。

 そしてクリスティーヌとの邂逅がひと段落すると、セシリアはここに来た目的を果たす為、隣の青いつなぎのドワーフの男性へ顔を向ける。


「すいません蚊帳の外にして」

「あ、あぁ大丈夫だ。話を聞いてたがお嬢ちゃん達は冒険家で、あの坑道を何とかしようとしに来たのか?」

「はい。道中の案内と、何か情報でも無いか聞きたいんですが」


 セシリアの言葉に、難しそうな顔をしながらつなぎの男性は「さっきも少し話してたんだが……」と前置きし、後ろの薄着の男性が前に出る。


「あの坑道には悪魔が住み着いてるんだ。そいつに皆殺されたんだよ。丁度、お嬢ちゃんみたいな血の様に真っ赤な瞳の悪魔にな」


 怯えと怒りの混ざった目で、男性は語り始める。


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