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私のお母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました  作者: れんキュン
2章 物事は何時だって転がる様に始まる
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主人公は移動すらままならない



 セシリアは西門にて、ヤヤと合流を果たした。

 あの後、遅れて組合に依頼を受けに来たヤヤもミラから話を聞くと二つ返事で受諾した。

 勿論、ミラから危険性は重々押された上での決断だ。


「誘ったのは私だけど、本当に良かったの?」

「二人で折半しても金貨15枚、これだけの大金見過ごせないデスよ」

「でも気を付けてね? 森以外での依頼とか、私受けた事ないから」

「大丈夫デス! ヤヤもデスから!」

「あ、うん」


 ヤヤは故郷への仕送りという理由がある為、危険なのは百も承知と大金に目を眩ます。


「……これでお母さんが……」

「何か言った?」

「お腹空いたなーって言ったデス!」


 違うような、とセシリアは小首を傾げるが流す。

 一瞬だけ、ヤヤが思いつめた様な顔をしていたのは気のせいだろう。


 依頼の場所は少し遠めな為、二人は乗り合い馬車にて目的地へ向かっている。

 ヤヤはこの街に来る時に死ぬほど乗ったが、セシリアにとっては初めてだ。物珍しく眺める。


「へぇ、馬車って初めて乗ったけど、生き馬じゃないんだ」

「ゴーレムだと休憩の必要が無いから、馬の為に水や食料を積む必要が無いって言ってたデスよ」

「へー、物知りだね」

「この街に来るまでに幾つも乗ったから、嫌でも覚えたデス」


 馬車の中は六人ほど、嘶き一つしない土魔法によって作られた馬型ゴーレムが引く馬車は、整備された街道という事もあって揺れが酷いとはそこまで感じない。

 それでもガタガタと揺れる車内で、ヤヤはセシリアが武器を持っていない事に気づき問う。


「セシリアちゃん、剣無いけど、またあの煩い武器と体術だけデスか?」

「うん。あっても無くても大して変わらないしね」


 セシリアは別に剣を主に使ってる訳では無い。

 アイアスは武芸者ではない為、戦闘の指南を受けたと言っても簡単な体術の基礎程度しか教えられなかった。

 拳で戦えるようになるまでは、適当な武器を使ってはいたがどうもしっくりこず、終いにはアイアスから「剣や槍はセンスが無い」とのありがたいお言葉を頂いていた。


 それでも大剣を使ったのは、単純にカッコいいからというだけ。

 勿論普通の両手剣というのも考えたが、セシリアの力を活かすには大剣などの重量武器の方があってるだろう。


 そんな事を考えながら、流れる外の風景を眺めつつ目的地へ着くのを待つ。

 黄昏るセシリアを余所に、幼いヤヤは他の乗客と朗らかに会話する。


「へー、じゃあ故郷への仕送りの為に、態々冒険家に?」

「デス! 最初は大変だったけど、今はセシリアちゃんのお陰で充分な仕送りが出来てるデス!」

「偉いわね~、そっちのセシリアちゃん? もどぅぞ」

「え、あっはい」


 ヤヤと会話していた老夫婦に突然話しかけられて、セシリアは戸惑いながらも差し出された紙に包まれた飴を手に取る。

 手に取ったはいいが、ぎこちない笑みを浮かべてそれをポケットにしまった。


 その様子を見ていたヤヤは、不思議そうに飴の所為で片方の頬を膨らませながらセシリアに顔を寄せる。


「どうしたんデス? 食べないデスか?」

「あー、うん。後で食べよっかな。酔ったら嫌だし」

「成程デス」


 セシリアはヤヤにはそう説明したが、本当の所は単純に警戒に依る物だった。

 流石に親切心からの行動に、この場で信用できないからと口にするのが憚られた為言わなかったが、セシリアは貰った飴を食べるつもりは無かった。


 幼少時の妖精の止まり木での接客で人見知りは改善されたが、嘗てダキナとロンと言う二人の犯罪者によって、マリアは死の淵を彷徨った過去がある。

 そしてそうなってしまった一因として、セシリアが赤の他人を信用したのが原因だった事が、今こうして他人の厚意に素直に甘えられない原因となっている。


 流石に、ヤヤの様な年端も行かない子供ならセシリアもそこまで警戒はしないが、見知らぬ大人に対してはセシリアは決して信用をしないと誓っている。


 今もセシリアは、少しでもヤヤに異変が訪れたら即座に魔法で正常な状態に戻せるようにしてる上、他の乗客がいつおかしな事をしても対応できるように、長椅子に深くは座っていない。


「ヤヤちゃんは偉いねー!」

「ふへへ、そんな事ないデスよー」

「よーしよしよし」

「あふん……耳はこしょばゆいデス……」


 ヤヤと老夫婦のやり取りに車内は朗らかな雰囲気に包まれ、これなら多少は問題は無いとセシリアは少しだけ肩の力を抜く。

 暫くは長閑な雰囲気の中、振動によるお尻の痛みを覚えながら馬車は進んでいく。


「うわっ!」

「きゃ!?」


 突然、馬車が急停車し車内は大きく傾く。

 突然の事に警戒していたセシリアを除いて、全員が床に叩き付けられるように倒れてしまう。

 馬車の急停止に、セシリアは慌てて支えながら立ち上がって窓から顔を出し、何があったのかを御者に尋ねる。


「一体どうしたんですか!」

「ま、魔獣が!! なんでこんな所に魔獣が現れるんだよ!」


 御者の言葉に辺りを見ると、狼系の魔獣が馬車を取り囲んでいた。


 通常、街と街を繋ぐ街道と言うのはそこまで危険ではない。

 整備が進んでいるならそれは顕著だろう。でなければ護衛も無しに、非戦闘員も多く使う乗合馬車など危険すぎて誰も使わない。


 今は理由はどうでも良い、直ぐにセシリアは後方の扉から外へ飛び出す。


「ヤヤちゃん! 援護をお願い!」

「了解デス!」


 即座に体勢を立て直したヤヤは、弓矢を片手に馬車の上に陣取って索敵と援護に移る。


「お、おいあぶねぇぞ!」

「危ないから中に隠れていて下さい!」


 セシリアの言葉に御者は慌てて従い、姿を消す。

 それを横目に見送り、セシリアは厳しい視線を正面に向ける。


 改めて見て分かったが、囲むのは6匹の狼。

 たった六匹の魔獣すら出ない程安全なのか、護衛代をケチったのか分からないが草原に佇む馬車を囲む、6匹の魔獣を相手できるのはセシリアとヤヤしか居ない。


 戦いなくないな。とため息をつきながら、セシリアは拳を構えて腰を落とす。

 武術の洗礼された型では無い。

 前世のボクシングのファイティングポーズ。

 と言ってもセシリアにはボクシングの経験なんて無い、別にどんな型だって良いのだが、これが一番しっくりくるからそうしてるだけだ。


 固く地面を踏みしめ、肉体を魔力で強化すると一気に駆けだして目の前の一匹に肉薄する。

 その突進力に狼達は驚くも、先日の蜂蜜熊と違い狩りで生きる魔獣たち、すぐさま鍛えられた反射神経と四肢でその場から飛び退く。

 だが僅かに逃げ遅れた狼の顎を、セシリアの回し蹴りが掠るが、僅かに脳を揺らすばかりで決定打には成り得ない。


「後ろ!」

「っ!?」


 だが出来た隙をつこうとセシリアが、再度地面を踏みしめて飛び掛かろうとするが、背後から一匹の狼が飛び掛かって来るのをヤヤの警告で知り、慌てて横に転がって避ける。


「ガウッ!」


 その隙をリーダー格であろう、一匹の黒い一回りも体躯の大きい狼が見逃す事は無く、一声鳴くと三匹の狼が三方向から突進してくる。


 三匹は飛び掛かる。

 その僅かに攻撃のタイミングをずらした攻撃は、例え最初の一匹が避けられても二匹目が、そして三匹目と確実にセシリアの命を刈り取れる連携技だ。

 狼たちの視線はセシリアの健康的に焼けつつも、未だ白さを失っていない真っ白な柔らかく美味そうな首に注がれている。


「させないデス!」


 だが横合いからヒュ……と矢が先頭の狼の右目に突き刺さり、脳髄まで侵食し何が起こったのかも悟らせずその命を刈り取る。

 その攻撃に警戒し、狼達は風魔法を使い空中を足場にして後ろに下がって攻撃を中断する。


 迎撃しようと身構えていたセシリアは、ヤヤの援護に口角を上げ、お礼と片手を上げる。

 ヤヤはそれを横目に、二の矢三の矢を撃ち狼を撃ち抜こうとするが、狼達は軽々と避けると黒狼の元へ下がる。


 小高い丘の上から、5匹の狼がセシリアを見下ろす。

 セシリアはそれを見上げながら、どうやって戦うべきか生唾を呑みこむ。


「こんな事なら無理言ってでも、森林黒狼達との戦いを何回か経験しとくべきだったかな」


 禁忌の森の深部を縄張りとする、嘗てセシリアとアルという帝国の皇子を追い詰めた森林黒狼達とは、アイアスが深部に立ち入る事を禁じていた為会う事は無かった。

 体術の基礎しか習っていない、素人然とした戦い方のセシリアにとって狼との戦いは辛いものでしかない。


 蜂蜜熊や一角象竜など、パワーファイターならセシリアでも戦える。攻撃される前に攻撃をすればいいのだから。攻撃が遅いのも理由だ。


 だが狼達は違う。

 自然の暗殺者ともいえる、殺しを、狩りを生業とする狼達は卓越した連携と素早い動きでセシリアを翻弄する。

 更に少しでも気を抜けば死角から、セシリアに致命の一撃を与えようとしてくる。


 攻撃が当たりさえすれば倒せるのに。とはやる気持ちを何とか抑える。

 再度無策に突っ込んだ所で、同じような目にあうだけだろう。どうしたものかと考えていると、狼達が先制を取る。


「ガウッ!」


 黒狼を中心に、扇形に広がった狼達は180度からセシリアを狩ろうとする。

 ファイティングポーズを構えながら、どの狼が一番に攻撃してくるかを緊張に口内を渇かせながら待つ。

 ヤヤも少しでも邪魔をしようと矢を放つが、駆け抜けたまま避けヤヤなど脅威では無いという様に一瞥するのみ。


 そして一番右手の狼がグンッと加速してセシリアに突っ込む。

 それを左の拳でタイミングを合わせて迎撃しようと身を捩じるが、狼はセシリアの間合いの直前で身を剃らす。

 それがフェイントで背後から狼が迫ってると気づいた瞬間、全力で前に飛びながら空中で反転し、並行する様にそのまま首筋に食らいつこうとした背後の狼の頭を掴むと、脇に抱き込むように下敷きにして倒れ込む。


「っふ!」


 即座に身を起こし、脚で挟んだ狼の頭に握り合わせた両手を槌の様にし頭蓋に叩き落す。


 今度は左右から挟みこむように狼が突進してきて、慌てて避けようと立ち上がるも、左手の狼が一歩踏み込んだ瞬間にヤヤの矢が狼の後ろ脚に刺さり連携が崩れた。

 一方向に絞られた事で、セシリアは右手の狼に飛び掛かり左足で蹴りつける。


 だがそんなフェイントもない攻撃は、軽々とバックステップで避けられる。

 だが構わない、動きさえ止まれば良いのだから。

 蹴りの遠心力を殺さずに右手を懐に突っ込み、銃を引き抜きながら零点射撃する。


 激発の音と衝撃が轟き、狼は未知の武器を前に物言わぬ肉塊と化す。


「くそ、やっぱ壊れそう」


 改良を重ねたお陰で一発は耐えたが、それでも損傷の気配を感じて歯噛みする。

 こんな道中で切り札たるこれを使いたくは無かった。が、チャンスをふいにするのも違うと、反射的に使ってしまった。


 懐に仕舞いながら残りの狼に目を向ける。

 太腿に矢が刺さった狼は、いつもの間にか身体に幾つもの矢を刺しながら死んでいた。


 銃の轟音に竦んだ黒狼は攻撃の手を止め、注意深く唸りを上げながらセシリアを観察する。

 仲間は半数以上死んだ。残るは自分と一匹のみ、果たしてこのまま戦っていて良いのだろうか、と言わんばかりに。


 狼が警戒してるのを察し、このままどっか行ってくれと願う。

 セシリアは戦闘狂では無い。冒険家だって金の為にやってるだけで、戦わないで済むなら戦いたくない。

 じっと、決して弱みを見せない様に願いながら黒狼の黒い瞳を睨みつける。


「ガウ……ガウァ!!」


 だがその願いは、黒狼の仇討とでも言わんばかりの突撃によって砕かれた。

 黒狼はセシリアに残りの一匹をヤヤへ向かわせ、己はまるで一騎打ちの様に単身で突撃する。


「こっち来るな! 援護が出来ないじゃないデスか!」

「援護は良いから自衛して!」


 狼の強みはその俊敏性と連携力だ。

 相手が一人ならセシリアでも何とかなると、視界の端で応戦するヤヤを一瞥して目の前の黒狼に集中する。


 グングンと速度を上げながら突撃する黒狼に、セシリアは腰を落とし右の拳を握りながら待つ。

 今か、まだだ。あと少し、あと少し。


「うらぁ!!」


 限界まで引き絞った拳を構えながら、黒狼が間合いに入った瞬間に、一歩踏み込んで拳を撃ち込む。

 セシリアの拳は黒狼の眉間に吸い込まれる。

 避けられる筈は無い、その為にギリギリまで引き付けたのだから。

 このまま呆気なく終わるだろうと。


 だが黒狼に拳が届く瞬間、黒狼は羽の様に身を翻してすり抜ける。


「くそ……っ!?」


 そう上手くはいかないと歯噛みした瞬間、左肩に走る鋭い熱に顔を顰める。

 黒狼はすれ違う瞬間に、その長い爪でセシリアの肩を抉っていた。

 完全に向こうが一枚上手だ、即座に回復魔法を使い傷を治す。


 白く光りぐじゅりと肉が塞がると、冷や汗が垂れる。


 黒狼は攻撃を見切って直前で避ける反射神経がある。

 それに対してセシリアは技術では無く、力だけでゴリ押している。それでは一日中やった所で当たらないだろう。


 銃を使うべきか?

 だが依頼の危険性を考えると、道すがらであるここで使うのは憚られる。こんな事ならもう一本作って持って来ればよかったと後悔する。


 どうやって戦うべきか、ヤヤの援護は期待できない。

 黒狼はセシリアに考える隙を与えないかの様に、再度突進してくる。


「くっそ」


 当然、セシリアもタイミングを計って横蹴りを放つが、まるで羽の様に擦り抜けられて当たらない。

 それどころか、軽傷ではあるが爪で傷を作られる始末だ。


「あーもう! 鬱陶しい!!」


 まるでおちょくる様に黒狼はじわじわと削ってくる。

 セシリアだって負けてられないと、自分から接近して攻撃するも、黒狼は軽やかに避ける始末。

 持久戦に持ち込もうとしているのか、黒狼は決め手に欠ける回避を主体とした攻撃ばかりしてくる。


 対してセシリアとの武器と言えば、使用制限のある出来損ないの銃と当たれば強い格闘。

 前者は先の事を考えて使うのを惜しまれる上、使いどころがない。

 後者は当たらなければ意味が無い。


「しっ! 逃げるなってば!」


 今だってセシリアのハイキックが黒狼の鼻先を掠めるが、それだって最低限の動きで避けたが故の接触だ。

 苛立ちが募る中、セシリアは息を整える。


「めんどくさいな。ていうか全然攻めてこない?」


 とうすれば攻撃を当てられるか、それを考えながら自分から攻めてくる気配の無い黒狼を睨みつける。

 相手は獣とはいえ生物だ。何か考えがある上での戦法だとしたら、それはなんだ?

 持久戦?

 それならばヤヤが援護してくれればこの均衡も崩れる。

 背後のヤヤが気になるが、黒狼から目を離すのは気が引ける為、その戦闘音でしか状況が分からない。


「きゃぁ!?」


 と、丁度良いタイミングでヤヤの悲鳴が聞こえる。

 反射的に振り返れば、最初に戦っていた位置より離れた位置にセシリアは立っており、更にヤヤは馬車の屋根から滑り落ちているのが見える。


「ヤヤちゃん!?」


 やられた。

 いつの間にか馬車から離されていたのか、これでは助けが間に合わない。

 地面に落ちるヤヤに、狼が飛び掛かるのが見える。

 ヤヤは反撃の手段が無いのか、両手で顔を覆っている。


 だが舐めるな。

 スローモーションになった世界で、セシリアは懐からリボルバーを抜きだす。

 抜き出した勢いのまま、四角形が横に三つ並ぶ照準で狼の横っ腹を捉え、引き金を引く。


 ドパンッ!!


 激発の轟音と共に50口径炸薬徹甲弾が、螺旋を描きながら狼の横っ腹を目指して空を切る。

 弾丸は綺麗にど真ん中に着弾した。

 弾頭の液体爆薬が表面を破壊し、弾丸の面積よりも大きい風穴を開ける。

 狼は衝撃によって鮮血を撒きちらしながら、横に吹き飛ばされる。


「っ!!」


 ホッと一安心したのも束の間、首筋に当たる生暖かい息と、生存本能が起こす反射神経が働き、セシリアは左手を盾にするように後ろに投げ出す。


 左腕を投げ出した先、背後には黒狼が首筋を狙って飛び掛かっていた。

 セシリアの左手が黒狼の口の前に晒される。

 食べてくださいと言う様に。


「っ! がぁっ!!」


 当然黒狼はセシリアの腕に食らいつき、歯を突き立て骨を砕く。


 熱い。

 痛い。

 怖い。


 形容しがたい激痛が腕を、脳を焼く。


 叫び出したい恐怖を、歯を食いしばって堪える。

 泣くな、腕の一本位なんだ。お前の魔法があれば治るだろう。

 チャンスではないか。

 あの黒狼が動きを止めている。

 腕に食いついてる。

 ならするべきことは一つだろ。


 狼の生ぬるい鼻息を感じながらセシリアは歯を食いしばって、残った右手で黒狼の頭蓋を掴む。

 肉を切らせて骨を断つ。


 死ななければ、回復魔法でどんな傷も治せるセシリアだ。

 早くこの痛みから解放されたければ、この黒狼を殺せ。


 涙で視界が滲み、歯がガチガチと煩い中でセシリアは右手に全集中しありったけの魔力で強化する。

 限界を超えた強化に、右腕は裂け血を吹きだす。それでも、欠片たりも力を緩めずに握りつぶそうと力を籠める。


「はっやく! しねぇぇ!!」

「ググ……」


 最早左腕の感覚が無い。千切れてると言われても信じられる。

 それでも、セシリアは必死で黒狼の頭蓋を握りつぶそうとする。


 パキッと軽快な音が響いた。

 それはセシリアからか、黒狼からか。


 セシリアの右手が限界を超えた強化に耐えきれず神経が千切れ、だらんと垂れる。

 そしてそれと同時に、黒狼が牙を突き立てたまま白目を剥いてドサリと倒れた。


「やった……治れ」


 黒狼が死んだんだと理解し、感覚の一切ない両腕を魔法で治す。


「セシリアちゃん!!」


 ヤヤが駆け寄ってくるのを聞くと、漸く緊張から解放され、痛みと疲れて疲弊したセシリアの意識があっさりと闇に落ちた。


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