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私のお母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました  作者: れんキュン
2章 物事は何時だって転がる様に始まる
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やらない善よりやる偽善



 それはセシリア達が一通りデートを楽しんで、三時のお茶と洒落こんでいた時に起こった。


「はい、あーん」

「んっ……」

「どう? 美味しい?」

「えぇとっても美味しいですよ。お返しに、あーん」

「いただきまーす。ん~! まいう~!」


 まるで付き合いたての恋人の様に、お互いの甘味を交換し合う。

 母娘のやり取りにしては甘すぎるが、二人にとっては日常なのだ。

 穏やかに紅茶を嗜み、甘味に頬を綻ばせ、大好きな母と娘と幸せなひと時を味わう。

 誰もが美しい親子に見惚れていたが、微笑まし気に頬を緩める。


「えへへ~、美味しーね」

「ええ、ラクネアさんには感謝ですね」

「だねー、あ、すいません」


 ややアンティーク調のクラシカルな店内は、ダンディーなドーベルマンのマスター一人しかおらず、隠れた名店という感が滲んでいる。

 セシリアの呼びかけに、ドーベルマンのダンディーなマスターは慇懃に傍に寄る。


「紅茶のお替りをお願いします」

「畏まりました、そちらのお客様はどうなさいますか? ……ワン」

「私もお願いします」

「お二人とも、同じ銘柄でよろしいですか? ……ワン」


 取って付けた様な語尾が台無しだが、それでもダンディズムは損なわれないのが不思議だ。

 セシリアとマリアはやや頬を引き攣らしてるが、他の客はそれも良いと言う様にうっとりしてる。


「え、えぇ、それでお願いします」

「だ、大丈夫です」

「畏まりました……ワン」


 お手本の様なお辞儀をしてマスターは去って行く。

 これも込みで魅力があるんだろうが、二人は彼には惹かれなかった。


「なんか、キャラの濃い店主さんだったね」

「ですね、流石にちょっとびっくりしちゃいました」


 マスターのキャラの濃さに驚きつつも、二人は残りのケーキを美味しそうに食していく。

 季節の果物を使った美味しいケーキだ。後日もう一度来ようと思う位には、美味しい。


「あ、セシリア、ここ」

「?」


 マリアが頬を指す。

 セシリアの口元にクリームがついてると指したのだが、セシリアは首を傾げ反対の口元を拭う。

 その姿に、マリアの母性本能が擽られて苦笑しながら、セシリアの柔らかな唇に指を当てる。


「あ……」


 そしてそのまま指についたクリームを自分の口に運ぶと、指を口に含むように軽やかに舐めとる。

 セシリアは反射的に硬直してしまった。

 唇に触れたマリアの嫋やかな指、指を舐めとって細めた目元、そしてクリームで少し照らされた唇。

 何故だか分からないが、顔が燃える様に熱くなって胸が張りさけそうに脈打つ。

 良く分からない動悸の乱れと、マリアを直視できない恥ずかしさの様な何かで逃げる様にセシリアは紅茶を飲み干す。

 だが慌てて呑んだ所為で気管に流出し、セシリアは激しくむせてしまう。


「!? げほっ! ゴホッ!?」

「あわわ、大丈夫ですか!?」

「だい、ゲホ、だいじょう……!!」


 突然激しくむせたセシリアに、マリアが慌てて隣に駆け寄る。

 背中を撫でられて、落ち着きを取り戻して来たセシリアだが、目の前にマリアの柔らかな少し色素の薄い唇があるのを見て、大きな音を立てて席から跳ね上がる。


「だい! 大丈夫! 大丈夫だよ!」

「そう……ですか」

「あ……」


 突然飛び退かれた事で、マリアは少しだけショックを受けた様に微笑む。

 その表情をみてセシリアの心が刺された様に痛み、何か言おうと思ったが突然ドアが激しく開かれ、意識がそれる。


「セシリアちゃん!」


 息を荒げて飛び込んだヤヤに、店内全員の視線が集まる。

 当然、息を荒げながら名前を呼ばれたセシリアも、驚きつつも汗ばんだ肩に手を添える。


「どうしたのヤヤちゃん、そんなに焦って」

「はぁ、はぁ、えっと……」

「これ、水を飲んでください」

「んっんっ……ありがとうデス! それよりセシリアちゃん、急いで組合に欲しいデス!」


 余程走り回っていたのか息も絶え絶えなヤヤは、マリアから水を受け取ると一息ついて少しだけ落ち着きを見せる。

 だが焦りは変わらず、セシリアの手を小さな体いっぱい使って引っ張る。

 その慌てぶりにさしものセシリアも、マリアを優先することを忘れて腰を浮かして狼狽えた。


「え、えっと、ごめんお母さん! ちょっと行って来る!」

「気を付けて下さいね」

「うん、先に帰ってて!」


 ヤヤに手引かれて、セシリアは街中を駆ける。

 相当焦っていたのだろう、ヤヤは息を切らしながら道すがら説明する。


「さっき……瀕死の冒険家達が運ばれたデス」

「それって治癒士ではダメなの?」

「もう虫の息で、ヤヤは急いでセシリアちゃんを探したデス」

「そっか……」


 ヤヤにとって、組合に運ばれた重傷者達は知り合いでも顔見知りでも無かった。

 それでも目の前で死にかけた人が居て、それを助けられる手段を知り得ているなら、ヤヤにとって見捨てるという選択肢は無かった。

 休みを満喫しているであろう、セシリアの事を探す為に街中を駆け回って探していた。


 二人は全力で走り、組合に着くと人垣が出来ており、何か問題が起こっているのが一目で察せられる。

 人垣となっている冒険家達は、皆緊張や困惑に戸惑った表情を浮かべている。


「すいません! 通してくださいデス!」


 ヤヤが人垣の中を通り、セシリアがその後を追う。

 人垣から抜けるとそこには血だらけの、死体と言っても差し支えない重傷者が4人地面に横たわり治癒士の治療を受けていた。

 

 動かす事も出来ない程の重傷、虫の息とはこの事で身体の下に敷かれた白い布は端を除いてどす黒く染まっていた。

 治癒士も脂汗を滲ませ必死で治療しているが、余程絶望的なのか諦めの色が滲んでいる。


「セシリアちゃん! あの人達を助けてくださいデス!」

「……」

「……セシリアちゃん?」


 ヤヤは黙して答えないセシリアを不安げに見上げる。

 自分を助けてくれたセシリアなら、この人達も助けてくれると思っていた。だが、セシリアは逡巡するように野次馬の一人と化している。


(こんな人前で、回復魔法使ったらお母さんに迷惑が行くかもしれない。だからって動かそうにも、あんな死にかけじゃ確実に途中で死ぬ)


 セシリアはアイアスに言われた事を思い出していた。

 セシリアの回復魔法は、対象を正常な状態に戻す希少魔法。

 患者の自然治癒力を活性化させて、外科手術や薬と併用しないと治療の出来ない治癒魔法と違う。まさに奇跡の御業。


 そんな魔法を人前で使えば、教会や国はセシリアを求めるであろう。

 だからこそアイアスは人前で使わないようにと言い含め、セシリア自身もそれがあるから幼いヤヤ以外とは仕事をせず、信頼のおける者以外の前で使う事は控えていた。


 幸いにして、この五年で目の前の様な光景は無かった。だから悩まずにはいられたのだが今は違う。

 助ける力を持っている、ほんの少し手を伸ばせば失われかける命を救える。


 見知らぬ赤の他人を助けてマリアに危害が及ぶくらいなら、ここでどれだけ心を殺してでも無視を決め込むべきだろう。

 セシリアはマリアを第一としていた筈だ。……筈なのだ。


「あなた! あなたぁ!」


 冒険家の一人の妻だろうか、血に汚れる事も厭わず、女性は横たわる男性に縋りついて泣いている。

 その脇にはまだまだ幼い幼女が、何が起こったのかも分からないのに、悲しそうに膝をついて父親である男性を起こそうと頬を叩いていた。


「ぱぱ、起きて……ぱぱぁ……ぱぱぁ“ぁ”ぁ“!! ……」


 反応が無い父親に泣きべそをかき始め、決壊する。

 女性だって覚悟の上だったろう、冒険家など自分の命を賭金に稼ぐ仕事なのだ。

 死体すら拝めないことだってザラでは無い。

 周りの人々だって、仕方ないと言わんばかりの表情を浮かべている。


 幼女だって、父親の死を目の当たりにしてトラウマになるだろう。

 だが時間がその傷を癒すだろうし、その内何気なく語れる日が来るかもしれない。


 セシリアに赤の他人を助ける義理なんて無い。

 寧ろ自分と母の安寧の為に、見捨てた方が賢明だろう。


 見捨てろと理性が言う。

 目を逸らして、適当な理由を付けてこの場から離れるのが一番穏便だ。

 ヤヤとは関係が切れるかもしれないが、今のヤヤならどこかのパーティーに入れて貰う事だって出来る。

 そうするのが一番賢い生き方だ。


(人助けして損をするのはバカだよね)


 前世の死因を忘れたのか。

 前世より幸せな日々とはいえ、見知らぬ子供を助けて死んだでは無いか。

 転生と言う奇跡が無ければ、セシリアの今は無かった。

 人助けをして良い事なんてまず無い。

 損をするのが目に見えている。

 賢く生きるなら、赤の他人など切り捨てるのが正解だろう。


 ぎゅっと胸元の、大事な人から貰ったネックレスを握りしめる。


「主よ……お願いします、夫を、夫をどうか……」

「えっぐ……ばばぁ……ぱぱぁ……」


 だが、その姿が嘗てのセシリアと重なった。


「っくそ」


 ため息を吐きながら、セシリアは重傷者達の傍に歩み寄る。


(馬鹿だよね、日本人精神抜けきってないのかな)


 非情になり切れない自分に呆れる。

 だが、それでも心のどこかで見過ごしたら絶対に後悔すると思った。


(お母さんなら見捨てない)


 大事な人ならどうするだろうか。

 目を逸らすだろうか。

 しないだろう。


 もしセシリアが、目の前の悲劇から目を逸らしたら、彼女はなんて言うだろうか。

 恐らく何も言わないだろう。

 ただ悲しそうに微笑むだけだろう。

 それならば、馬鹿だと他人に笑われようと愚行を貫いた方がマシだ。


「退いて下さい」

「な、何するんですか貴女」


 困惑する治癒士を押しのけ、抗議の声を無視しながらセシリアは風前の灯火の患者の男性の肩に手を当てる。

 そして全身の魔力を魂に注ぎ魔法を起動し、明確なイメージを持って願う。


「治れ」


 患者の男性が淡く白い光に包まれると共に、息を呑む気配が至る所からする。

 光に包まれた男性の傷が逆再生の様に塞がり、男性は規則正しい呼吸をしだす。


「え!?」


 治癒士の困惑の声が木霊する。

 当たり前だろう、治癒魔法ですら絶望的だった患者が、見るも瞬く間に傷一つなくなったのだから。


 そのまま、セシリアは次々と冒険家達の身体を傷一つない正常な状態に戻しす。

 お陰で、全員が穏やかな寝息を立てだし、その命を繋ぎ止められる。


(これで招致でもされたら国外逃亡かな)


 申し訳なさそうに耳と尻尾を垂らすヤヤに苦笑する。

 頭の中では明日からどうしようと考えながら、逃げる算段を付けていると、泣きついていた母娘がセシリアに声を掛ける。


「あ、あの! ありがとうございます!」

「ありがとうございましゅ」


 涙ながらにお礼を言われ、セシリアは複雑に笑う。

 結果的には助かったが、それでも保身を優先して直ぐに助けなかったから。

恐らく、この母娘がいなければセシリアは見捨てていただろう。


 お礼を言われたというのに気持ち良くない心境のセシリアは、ざわざわと、静かにうるさい人混みへ向かう。

 人垣は、モーゼの様に裂かれた。


 人々は突然の奇跡に、目を丸くして呆然としてしいた。

 当然だろう、治癒魔法ですら絶望的と思われた怪我を、腫物の様なセシリアが突然完治させたのだから。

 そして漸く彼らの命が助かったのだと理解した瞬間、爆発音の様に歓声が響く。


 その歓声をセシリアは早々に立ち去っていた為、組合の外で聞いていた。

 ヤヤは慌てて追いかけ、心配そうに寄り添う。


「セシリアちゃん……ヤヤ……悪い事しちゃったデスよね」


 セシリアが自身の魔法の事を、秘密だと言って教えてくれたことを思い出し、不安げに見上げる。

 そんなヤヤに、セシリアは苦笑しながら頭を撫でる。


「気にしないで、助けようと決めたのは私なんだから。ヤヤちゃんは純粋にあの人達を助けたいと思って、私を呼んだんでしょ?」

「デス……でもそれで、ヤヤはセシリアちゃんとの約束を破ったデス」


 悔しそうにヤヤは唇を噛む。

 冷静になって考えれば、セシリアにこの事を伝えなければ良かったのだから。

 そうすれば、後日冒険家が4人死んだ。というさして珍しくも無い話になるだけ。

 恩人に苦しい選択をさせた後悔を、今更ながらに噛み締める。


 そんな俯くヤヤを見て、セシリアは何と声を掛けるか悩む。

 助けて尚、助けなければ良かったと思う。

 これで何も起こらないと思うのは、楽観的すぎるだろう。


 自分の所為で、マリアに危険が迫ったり肩身の狭い思いなど欠片もさせたくはない。

 お互い何といえば言えば良いのか分からず、しんみりとした空気が流れる。


 そんな空気に耐えられず、セシリアは無理やり空元気で明るい声を張る。


「あーあ! ヤヤちゃんのお陰でデートが台無しだよー」

「えぇ!? し、尻尾撫でていいんで許してくださいデス……」

「安売り! でもお言葉に甘えて!」

「あ! 雑に撫でないで欲しいデス!」


 空元気にセシリアはヤヤの尻尾を雑に撫でる。

 毛並みを乱されヤヤも反射的に声を張る。

 少なくとも、そのお陰でヤヤもセシリアも表情から翳は抜けた。


「……帰ろっか」

「……デス」


 一安心して、それぞれが、それぞれの帰る場所へ向かう。

 ヤヤは騒がしくもあったかい孤児院へ。

 セシリアは愛しの母の待つあの家へ。


(でも、お母さんになんて言おう……とりあえず準備して、様子見てからにしようかな)


 だがセシリアも、ヤヤも、殆どの人も気付かなかった。

 セシリアが回復魔法を使って治療した時、特に敬虔な人間の何人かが、セシリアの影を見て慄いていた事を。


 彼ら彼女らは囁く。


『悪魔』と。


 たまたま、ほんの偶々見てしまったのだ。

 回復魔法を使った瞬間、セシリアの影が揺らめき、悪魔の様に歪に変質したのを。


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