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私のお母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました  作者: れんキュン
2章 物事は何時だって転がる様に始まる
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はいろーの一日



 これはセシリア達が蜂蜜熊の間引きに向かう、数日前の話だ。


 コケコッコー……という鳴き声が、一日の始まりを告げる。

 春先の肌寒い朝は、あったかい布団から出るのを躊躇われる。

 だが起きなければ、奴らが来る前に。


 ペタペタペタ……。


 来た。

 足音は二つ。


 足音が近づくにつれ、それがドタドタでは無くペタペタと、まるで弾性の強いゼリーと肉球を叩くような音だと分かる。

 それは、ベットで眠る少女にとっては悪魔と言っても良い。天使の様に可愛らしく無邪気な悪魔だ。

 ベットからはみ出た、灰色の尻尾がふりふりと揺れる。


 起きなければ、だがもう少しギリギリまで眠りたい。


 ダンッ! と扉が勢いよく開かれた。

 不味い! と思った時には、そのピンと立った大きな耳に地面を蹴った音が聞えた。


「ヤーヤ~~……」

「チャ~……」


 反射的に毛布を勢いよく剥ぐ。

 そして見た。

 笑顔で飛び込む二人の少女。


「「ン!!」」

「デスッ!?」


 腹部に走る強烈な衝撃に、ベットで眠る少女―灰色の狼耳と尻尾を持ったヤヤ―は一瞬呼吸が詰まる。

 白目を軽く剥くも、ヤヤはすりすりと身体に抱き着く二人に目を向ける。


「お……おはようデス。スーちゃんにイヌちゃん」

「オハヨー」

「早く起きて! 朝ごはん出来てるよ!」

「分かった、分かったからどいて欲しいデス」


 すりすりと擦りついて来る二人に苦笑をうかばせながら、ヤヤは頭を撫でる。


 飛び込んできたのはスーとイヌ。

 青色の半透明の人型スライムと、猫の見た目の獣人、二人とも12歳のヤヤと変わらない見た目だ。

 ヤヤの記憶する限り15歳の筈なのだが、内外共に幼い。


 スーのゼリーの様なひんやりとした中毒性のある感触と、イヌのふわふわとした毛並みにほわぁっと腑抜けた声を出してしまう。


「ヤヤちゃん今日はお仕事?」

「うぅん、今日は休みデス」

「ナら今日ハアソぶ!」

「デスデス」


 ヤヤは二人に両手を引かれながら部屋を出る。

 ヤヤ達は騒々しい食堂へ足を運ぶと、10数人の少年少女たちがわちゃわちゃと集まっていた。

 上は16、下は新生児と幅広く共生している。


 そんな二人を纏めるのは二人の大人だ。


「おや、ヤヤちゃんおはようさね」

「おはよ、悪いね二人を止められなくて」

「おはようデス二人とも。大丈夫デスよ、ラクネアさん」


 一人は老婆なシスター。柔和な笑顔で赤子を抱いている。

 もう一人はシスターではある筈だが、礼拝服は纏っておらず谷間と腹部を見せる様にシャツを崩したアラクネアの女性、アラネアが蜘蛛の部分に年少の子供たちを乗せていた。


「ラク姐さーんごはんー」

「ごーはーんー!」

「分かった分かった! 分かったから髪引っ張るな!」


 ラクネアは子供たちに髪の毛を引っ張られながら、朝食を長机に並べていく。

 それを見ながら、ヤヤは子供たちで騒々しい食堂の席に着く。


「主の寛大な慈悲に感謝と敬意を、我ら主の子は今日も貴方様の愛に生かされてます」


 食前の挨拶が済むと食堂は一気に騒がしさを増す。

 食事が貧層では無い。パンに具沢山の温かいスープに野菜に王子焼き、ごく普通の朝食だ。

 だが寝起きからフルスロットルに入れる子供たちは、静かに食べるという事が出来ない。


「あー! それミーのりんご―!」

「スーちゃん野菜あげる」

「こら! 好き嫌いしないで野菜も食べな! スーも甘やかすんじゃないよ!」

「パン落としちゃったーあぁー」

「泣かないで、ヤヤのパン上げるデスよ。だからゆっくり食べて欲しいデス」


 年少の騒々しさにヤヤもラクネアも真面に食事が出来ない。

 だが二人とも、煩わしさを感じている様子は無く呆れや疲れはあるも、慈愛の色が浮かんでいる。


「それじゃ、手の空いている子達は赤ちゃんたちの寝かしつけを手伝っておくれ?」

「はーい!」


 年少組の食事を終えると、老齢のシスターは赤子を抱えながら何人かの子供たちと食堂を後にする。

 他の子供たちも片づけを当番の者に任せ、有り余る元気で飛び出していく。


 一気に食堂が静かになる。寂しさを覚える程に。

 残ったラクネアとヤヤは、すっかり冷めてしまったスープを食しながら苦笑を浮かべる。


「ほんと悪いね、いつも子供たちの相手見て貰って」

「いえいえ、住まわして貰ってるんだからこれ位、安いものデス」

「ホントたすかるわ~、お婆ちゃんは年だからちびっ子達の相手は出来ないし、年長組もめんどくさがってさっさと飯食って逃げるし、ホント毎日が戦争だよ」


 ラクネアは肩を落としながら残った野菜を食べているが、その母親っぷりにヤヤは苦笑を浮かべる。

 ヤヤだって面倒くさいとは思わなくも無いが、子供たちとのこの生活を気に入ってる所もある。


「しっかし、ヤヤちゃんがここに来てもう二か月か。あっという間だったねぇ」

「デスデス、あの時にセシリアちゃんに会ってなかったらヤヤは多分死んでたデス」

「否定できないのがなぁ、あの時はうちに来る孤児より酷かったし」


 二人は当時を振り返る。


 ヤヤがこの辺境の街に来た当初、碌な仕事にありつけず、かと言って単身で土地勘のない森で魔獣を狩れる程でも無かった。

 その上で故郷への仕送りがあった為、ヤヤは自分の食費や消耗品に掛かる必要経費を削りに削って、少ない報奨金を仕送りに充てていた。


 そしてセシリアに出会い割りの良い仕事に有りつき、普通に宿屋に泊まるよりも格安の寝床を紹介して貰えた。


 ラクネアとしても、今更子供が一人二人増える事に問題は無かった。


 その時にはもうセシリアからの仕事と言う形で、援助も幾らかあった為元々貧相は無かったが、節約の為慎ましやかな生活をしていた孤児院はそれなりに余裕が出来ていたから。

 だがラクネアは、殆ど骨と皮の様なヤヤを見て驚き二つ返事で泊める事を決めた。寧ろ普通の孤児より手を掛けて、ヤヤの健康を戻す事に専念していた。


 そのお陰で、今のヤヤは年相応に健康的な身体に戻っている。


「今日は仕事?」

「お休みデス。イヌちゃんとスーちゃんに遊びに誘われてたけど……」

「ありゃ忘れてるね」


 ラクネアの視線を辿ると、イヌとスーは木陰で大の字で眠っていた。

 スーなんて人型を保っておらず、大口を開けるイヌのタオルケットの様になっている。

 ほとほと自由なその姿に、脱力しながら最後の野菜を食べ終える。


「ま、偶の休みなんだしっかりと休みな、ただでさえ週に一日かそこらしか休んでいないんだから。仕送りするのは偉いけど、身体を壊したらそれこそ本末転倒だろ?」


 ラクネアはそう言って食器を手に去っていく。

 ヤヤはそれを見送りながら、空になった食器に視線を落として寂しく、意図して微笑む。


「大丈夫デス、ヤヤは倒れる訳にはいかないデスから」


 ポケットの中で、紙がくしゃりと擦れる音が嫌に響いた。



 ◇◇◇◇



 その後、暇になったヤヤは街中をぶらついていた。

 矢などの仕事に必要な物は節約の為自作していた為、基本的に休日と言えどすることは無い。

 依頼を受けようかなとも思うが、流石に一日くらいはゆっくりと休む日を取らないといけないだろうと、無意識に組合に向かっていた足を止め踵を返す。


「う~ん……何するデスかねぇ……」


 孤児院に戻る?逆に体力を使うから無しだ。

 お買い物? 買いたいものは特にないし節約だ。

鍛錬?伝手も無いしお金を使う訳には行かないから、筋トレ位しか出来ない。


 そんな風にどうしたものかと考えていると、遠目に見知った後姿を見かける。

 遠くからでも分かる、良い意味で存在感を放つ蒼銀の腰まで届く髪と、平均より少し低めの背。

 その後姿にヤヤは駆け寄る。


「マーリアさーん!」


 声を掛けられたマリアはゆっくりと振り返ると、それがヤヤだと認識しふわりと微笑む。


「おはようございます、今日も元気ですね」

「ふわぁ……今日は尻尾デスか……こしょばゆい……」


 挨拶しながらマリアに尻尾を撫でられ、ヤヤは恍惚と呆ける。

 その手つきは先日のセシリアと同じで、確かに親子なのだと肌身で感じる。


「なんだい、あたしには挨拶は無しなのかい?」

「あ! ごめんなさいデス、そんなつもりじゃなくて。おはようデスアイアスさん」

「冗談だよ、おはよう」


 マリアの隣で不機嫌そうに肩眉を上げていたアイアスに気づき、ヤヤは慌ててお辞儀する。

 マリアと違い、そこにはまだ気軽さは無く顔見知り程度の硬さだ。


 事実、ヤヤとアイアスは二度三度しか顔を合わせていない。

 セシリアと行動する事が多いため、マリアとは必然的に多く顔を合わせ、彼女の性格や好奇心も相まってすぐに打ち解けたが、アイアスに関しては遠縁の親戚の様な、一応顔と名前だけ知っている程度の距離感だ。


 そんな二人の硬さのあるやり取りを余所に、マリアは目線を合わせて笑顔で小首を傾げる。


「ヤヤちゃん今日はお仕事お休みですか?」

「デス、でも特にやる事思いつかなくて……」

「そうなんですか、普段の休みは何をしてるんですか?」

「一日寝てるデス」

「そ、そうですか……」


 なんてことなく答えるヤヤに、反応に困って引き攣った笑みを浮かべてしまう。


「そうそう、いつもセシリアと一緒に仕事してくれてありがとね」

「寧ろお礼を言うのはこっちデス。セシリアちゃんにお世話になってるのはヤヤデスから」


 マリアの言葉に、ヤヤは頬を掻く。

 ヤヤ自身としてはお礼を言われる筋合いなんて無い。

 寧ろお礼を言うべきはこちらだ。

 セシリアと比べて、ヤヤの戦力不足は自覚している所である。にも拘らず共に居てくれるセシリアには感謝の念が絶えない。


「それでも、セシリア一人で戦わせるのは心苦しいんです。ヤヤちゃんが仲間で私は少し安心できるんですよ。ホントは戦ってなんて欲しくないんですけどね」


 親なら自分の子供が危険な戦いに身を置く事ほど、心苦しい物は無いだろう。

 それでも、本人の意思を尊重している上、何の力も無いマリアにセシリアを止める事は無い。

 だけれど、少なくとも娘が一人で無い事を思えば、多少気は楽になるという物だ。


 仲間と言う言葉に、ヤヤの表情が僅かに曇るが、直ぐに笑顔を浮かべる。


「任せて欲しいデス! ヤヤは誇り高い灰狼デスから、仲間は絶対に守るデス!」


 狼は常に群れで行動する。

 仲間意識が強い種族だ。

 ヤヤは自分を鼓舞するように胸を叩いて胸を張った。


 その小さくも勇ましい姿に、マリアは微笑ながら頭を撫でる。

 そして何か良い事を思いついたように、一つ手を叩く。


「そうだ! これから私達とお茶しませんか?」

「え?でもセシリアちゃんとアイアスさんが」


 申し出自体はありがたいと思うが、お邪魔虫になるのは申し訳ない。

 それにマリアがいるのだ、必ずセシリアだっている筈、嫌な顔はされないだろうが即答は出来ない。


「セシリアなら、今日は宿題をやらないといけないのでお留守番です」

「そうなんデスか?」

「あぁ、今頃泣きべそを掻きながら、あたしが出した課題をやってる頃だろうね」

「一緒にお出かけ出来ないのは残念ですけど、宿題を後回しにしたあの子の責任ですね」


 にやにやと笑うアイアスの言葉で、ありありとその光景が脳裏に浮かぶヤヤはクスリと笑う。


「ま、あたしが育てた弟子なんだ、そう時間はかからないでその内合流してくるだろうさ」


 アイアスは得意げに鼻を高くして、この場にいないセシリアを褒める。

 ヤヤは初めて会った時から、鋭利な雰囲気を纏っていたアイアスがこうして誇らしげにしているのを見て目を丸くする。


「ふふ、普段からそうやって褒めてあげたら、あの子は喜ぶと思いますよ?」

母親(マリア)が散々褒めてるんだ、これ以上あたしが褒める必要は無いだろう?」


 アイアスは冷たくとも取れる言葉を放つが、まだ続く。


「それにあの子は錬金術の筋が良いし、体術のセンスも悪くない。でもなまじっか、力とセンスだけがそこそこあるだけに、技術が無いから下手に褒めて天狗になったら危ないしね、あたしはストッパーでいいのさ」


 そこで、ヤヤが居たのを思い出して居心地悪そうに咳払いをして顔を背ける。

 白髪交じりの暗い茶髪から見える耳は赤く染まっていた。

 その姿に、セシリアを大事にしてるんだな。とヤヤの緊張がほぐれる。


「アイアスさんはセシリアちゃんが大事なんデスね」

「……まぁ、大事な、たった二人の弟子だからね」

「二人?」


 ヤヤは首を傾げたが、アイアスは話は終わりとばかりに手をおざなりに払う。

 ヤヤの記憶にある限り、アイアスの弟子はセシリア一人だった筈だ、ならもう一人はマリア?と思った所でヤヤの手が引かれる。


「それより早く遊びに行きませんか? 中央区の新しいお店が人気なんですって」

「あの野菜が器から溢れる麺だろ? 年寄りに食わせる物じゃないだろうに」

「ささ、行きましょー!」

「え!? っちょ、まって欲しいデスー!」


 ヤヤの叫び虚しく、轢きずられる様に連れていかれる。


 その後ヤヤは、自分の顔よりも大きく熱々の、野菜もりもりの味の濃い麺料理をひーひー良いながら食べ、けろりとした顔でアイアスの分まで食べたマリアに戦慄した。

 当然、必死で宿題を終わらしたセシリアに羨ましがられて、母娘共々息も絶え絶えになる程尻尾と耳をもふられてしまう。


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