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私のお母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました  作者: れんキュン
2章 物事は何時だって転がる様に始まる
32/146

弱さの代わりに得た物



 バキバキッ!!


 一匹の熊が激しく木に叩き付けられる。

 体長3mを超える巨大な筋肉の塊だ、下手人はどんな化け物なのか。

 熊達は忌々し気に目の前の少女を睨みつける。

 蒼銀の長い髪をたなびかせ、真紅の瞳が熊達を捉え漆黒のコートに身を包み、腕を振り抜いている美しい少女だ。

 

 だが魔獣たる蜂蜜熊たちにはそんな事は欠片も興味が無い。

 あるのは自身の縄張りに足を踏み入れた敵を、目の前の脆弱な筈の人間を殺せという殺意のみ。


 蜂蜜熊達は己を鼓舞するように、相手を委縮させる咆哮を上げる。

 目の前の少女は四方八方から響く、自身を囲みながら轟くその咆哮に顔を顰めながら拳を構える。


「セシリアちゃん! 囲まれてるデスよ!」


 セシリアは蜂蜜熊の肉壁の向こうから聞こえる仲間の声に、生存を知り安堵の息を零す。


「私は大丈夫! ヤヤちゃんは自分を優先して!」


 セシリアは自身の生存を伝えると目の前の自身を囲む10数体の、狂暴な、涎を垂らし目を血走らせ唸りを上げる魔獣達に厳しい視線を向ける。


「流石にこの数は予想外なんだけど、なに? 蜂蜜パーティーでもしてた?」


 セシリアは余りの絶望的な状況に、泣きそうになりながら自分を騙す様に軽口を叩くが、緊張で心臓が張り裂けそうな程激しく悲鳴を上げている。


そしてその軽口を切り火に、蜂蜜熊達は雄たけびを上げながら突進しだす。

100㎏を超える巨体だ、ぶつかるだけでも重傷は避けれない。


 一匹の蜂蜜熊が突出し、セシリアの前に豪爪を振りかざす。

 それに対し、セシリアは一歩深く踏み込み握り込んだ右拳を勢いよく振り抜く事で、攻撃が自分に届く前に吹き飛ばした。


「うおらぁっ!」


 めきゃっ。と鈍い音を響かせ、蜂蜜熊は鳩尾を穿たれ後方に土埃を上げながら派手に吹き飛ぶ。

 仲間が一人やられた事で蜂蜜熊達は怒りに燃え、雄たけびを上げる。


 セシリアは己に迫る蜂蜜熊達の攻撃を掻い潜り、地面を蹴って包囲網に出来た隙間に駆け込み、背後に敵が居ない状況を作る。

 クマを殴り飛ばせる程の力を持つセシリアとて、四方八方から囲まれては太刀打ち出来ない。

自身が有利に戦えるように状況を崩し、ファイティングポーズを構える。


「グオオオオ!!」

「うるさい! いい加減にしてよ!!」


 迫りくる蜂蜜熊の群れを吠えながら迎え撃つ。

 拳を振り抜いて一体を殴りつけ、振り下ろされる爪を紙一重で避けカウンターに後ろ回し蹴りで脇腹を蹴りつける。

 物量と己の巨体を武器に迫る熊達に、致命の一撃を叩き込めずに数を減らせず、確実に追い込まれる状況に疲労の色を濃くしながら応戦する。


「くっ! こいつらなんなの!? なんでこんな殺気立ってるの!?」


 そもそも、セシリア達の目的は間引きだ。

 ある程度蜂蜜熊を狩ればそれで終わりの筈が、中層に入った瞬間いきなりセシリア達は蜂蜜熊の群れに襲われ窮地に陥った。


 そして現状、セシリア達は分断され厳しい状況に追い込まれている。

 しかし幸か不幸か、蜂蜜熊達はセシリアだけにしか興味が無いのか、群れの大部分をセシリアが相手している。

 その事だけが、荒んだ心を慰める。


「吹っ飛べ!!」

「ガァァァ!!」


 窮地を脱しようとセシリアは、一息ついて渾身の一撃を蜂蜜熊に叩き込む。

 一体、また一体とセシリアは蜂蜜熊の臓器を破壊する様な強力な一撃を叩き込んでいる。にも関わらず、蜂蜜熊達は立ち上がり、セシリアに襲い掛かる。


 普通の魔獣ならある程度痛めつければ逃げるであろう、にも関わらず相対する蜂蜜熊達は、まるで正気でも失ったかのように咆哮を上げながら襲い掛かる。


 そんなゾンビの様な姿に冷や汗をかきながら、一体、また一体と拳を奮う。


「ヤバ!」


 息つく暇も無い戦闘で集中力が途切れて来たセシリアは、拳を振り抜きすぎて致命的な隙を晒してしまう。

 その瞬間を待っていたかのように、蜂蜜熊達は大挙してセシリアに襲い掛かる。


「っ!? かっ!!」


 一匹の爪が左肩を抉る。一匹の腕が左足を砕く。一匹の牙が右腕を貫く。一匹の突進が背骨を砕く。

 その内一匹が腕に食らいつき、蜂蜜熊は首を振るい薙ぎ払って傍の樹に叩き付ける。


「ぐふっ!? ……っぅう」


 立ち上がる事すら出来ない重傷に、致死量の出血。


 余りの痛みと熱に脳が処理しきれず、まるで自分の身体では無い様な感覚になる。


 呻き声を上げて痛みと出血で意識が明暗するセシリアの、ピンクの柔らかな肉を食そうと熊達は顔を寄せ、ダラダラと涎を垂らし獣臭い荒い息を吐き出す。

 立ち上がる事も出来ず、倒れ伏して血の池を作るセシリアに、蜂蜜熊達は甚振る様にゆっくりと近づく。


 セシリアがどうしようもない弱者だと、食われるだけの肉だと言うような魔獣達の目が、セシリアを射抜く。


 蜂蜜熊達は嗤う。

 震えて死を待つしかないであろう、目の前の脆弱な人間を、その悲鳴が食欲をそそると言わんばかりに。


 だがそんな中で、セシリアは嗤った。


 死神の鎌を首に掛けられ、意識が薄れる中で何かが弾け、魂が黒い何かに包まれる。

 セシリアは血の池を作りながら、口元に弧を描いて、それを呟く。


「治れ」


 セシリアの呟きが届くと同時に、ひしゃげていた肉体がまるで白く淡く光り、逆再生するように正常な状態に戻る。

 裂けた肩も、砕けた脚も、半ば千切れかけた腕も、砕かれた背骨も何もかもが無かったかのように

 唯一、漆黒のコートに出来た黒ずみと穴あきだけが、そこに傷があった事を物語る。

セシリアは緩慢に立ち上がると、ほっと一息ついた。


「あー痛かった。ホント勘弁してよ、服が血だらけになったらお母さんに叱られるじゃん」


 どうして目の前の人間は立ち上がってるのか、死に体では無かったが、どうして笑ってるのか。

 蜂蜜熊達は目の前の有り得ない光景に、思わず一歩後ずさってしまう。

 そんな熊達を一瞥して、セシリアは嘲笑を深める。


「何? 弱いと思ってた人間が立ち上がってビビってるの?」


 まるで人が変わったような物言いと雰囲気。

 肩や首を回しながらセシリアは一歩踏み出し、比例するように熊達は一歩下がる。

 セシリアは波引くように、表情から笑みを消すと人形の様な無表情に変わる。


「死ぬわけ無いじゃん、お母さんが待ってるのに。お前ら如き畜生に殺されてたまるかよ」


 セシリアは腰を落としてファイティングポーズを構える。

 一歩踏み出しあぐねてる熊達を一瞥して、鼻で笑う。


「来ないならこっちから行くよ」


 セシリアは地面を蹴って肉薄する。

 低く、弾丸の様な速度で懐に突っ込むと、身体を捩じりながらまるでロケットの様に右の拳を振り抜く。


 メキャ。


 一匹の熊の顔面が完全に潰れる一撃が炸裂する。

 明らかに先ほどよりもキレと威力の増した一撃だ。

 死に瀕したはずの人間が、突然更に強くなった事に驚き見せる暇も無くその蜂蜜熊は意識を闇の中に溶かす。


「まだまだぁ!!」


 そのまま身を翻し、後ろ回し蹴りで隣の熊の顎を揺らす。

 脳が揺れて隙だらけになったその胴元に、セシリアは右の拳でレバーブローを叩き込み中の臓器を肋骨の上から叩き潰した。


「グオオォォ!!」


 背後から迫る一体の振り下ろしを、足首を捩じって避けるとその勢いのまま高く右足を掲げ、熊の脳天に鉄板を仕込んだ厚底ブーツの踵を叩き落とす。


 眼球が盛り上がる衝撃に、脳を完全に破壊された熊はよろめきながら背後に倒れる。


 一転攻勢のセシリアに、残った熊達は恐怖から足踏みしだす。


 だが風は変わったとはいえ、未だ多勢に無勢。

 今は蜂蜜熊達も怖気づいているが、このまま戦っていれば戦意を取り戻されるだろう。ならその前に片を着ける。


 セシリアは一歩距離を取りながら壊れかけのリボルバー取り出し、右の親指でシリンダーを横に晒すと、左手でガンベルトから抜き取った弾丸を一発ずつ弾を装填する。


「もう完全に壊れても良いや、ヤヤちゃんを助けに行かないとだし」


 右手をスナップさせシリンダーを装填すると、リボルバーを正面に掲げる。

 残りの熊の数は7体、セシリアしっかりと照準に一番手前の熊の眉間を捉えると、躊躇いなく引き金を引く。


 ドパァン!

 空気を震わす炸裂音と共に、一体の熊の脳髄が花咲く。

 ダブルアクションなのに回らないシリンダーに、苛立たせながら撃鉄を倒し手動でシリンダーを回す。


「あと5発くらいは耐えてよね」


 そのまま、引き金を引き続ける。

 五発の激発の音が森に鳴り響くと、脳髄に花咲かせた蜂蜜熊達は地響きを上げながら地面に倒れ込み、一面を血とピンクの肉塊で彩り濃密な血の匂いを充満させる。


 残響の中、セシリアの手の中の銃は完全に役目を終えたとばかりに、銃身の罅が一層深く裂け物言わぬ鉄塊と化し放り捨てられた。


 残された一匹は余りの光景にしり込みしながらも、仲間たちの仇を取ろうと唸り声を上げる。


「はっ、どう?見下してた人間にボコボコにされる気分は」


 セシリアは嗤う。

 凄惨な光景を前に、興奮してるかの様に、酔ってるかの様に大仰に手を広げ一歩一歩距離を縮める。

 真紅の瞳を爛々と輝かせ、セシリアは拳を握る。


 最後の蜂蜜熊は蛮勇を決めると、自身の恐怖を押し隠す為に雄たけびを上げながら突進する。


「甘いよ」


 セシリアは笑いながら、蜂蜜熊の突進を正面から受け止める。

 受け流すでも迎撃するでもなく、正面から受け止めた。


「ガァ!?」

「フギギ……」


 純粋なパワーファイトだ。

 常識的にありえない、2mの大熊と165㎝の少女。

 だが現実としてセシリアと熊は、相撲の様に張り合う。


 そしてそのまま、蜂蜜熊の身体が浮いた。

 セシリアは青筋を浮かべながら、蜂蜜熊の首を万力の様な力で掴み上げると天高く掲げる。


 自身の身体を持ち上げられるという、人生で初めての体験に蜂蜜熊は狼狽え、手足をバタつかせるが、セシリアは天高く掲げたまま、背後に倒れて蜂蜜熊を地面に叩き付ける。


「ガッ!?」


 空を仰ぐ蜂蜜熊が最後に見たのは、視界一杯に迫るセシリアの靴底だった。


「……ふぅ~」


 発汗し、蒸気を上げるセシリアが一息つくと突然ガクッと膝を折る。

 そのまま頭の痛みを堪えるかのように顔を顰め、被りを振って立ち上がりため息をついた。


「またこれだ……興奮すると意識が曖昧になる。しかも魔力を結構使っちゃたな、まだまだ余裕はあるけど気を付けないと」


 そのままヤヤ達が居るであろう方に歩み出そうとするが、ガサガサッと傍の草むらが揺れた事で慌てて拳を構える。


 新手か? と迎え撃つ準備をしていると、草むらから可愛らしい子熊が顔を出した。

 その子熊は呆然とするセシリアに目もくれず、鼻をスンスンと鳴らすと親熊だろうか、最早個別を識別できない死体の一体に近づくと悲し気な声を上げ始める。


 セシリアはその姿を見ていられずに顔背け、踵を返す。


「……ほんと、こういう時は日本が恋しいや」


 子熊の悲し気な遠吠えを背に受けながら、セシリアは逃げる様にその場を去る。


「セシリアちゃん!」

「ヤヤちゃんごめん! 遅くなった!」


 ヤヤとは直ぐに合流を果たせた。

 元々、群れの大部分をセシリアが相手していた事で、ヤヤは二体しか相手してなかった。

 細かい傷を節々に作るヤヤは、必死で逃げ回りながら蜂蜜熊二体を相手に立ち回り続けていたが、決定打を撃ち込めず時間稼ぎに徹していた。


 セシリアが来た事で安堵するが、悔しそうに唇を一瞬噛む。


「うぉぉりゃぁぁ!!」


 セシリアはすぐさま自分に背を向ける蜂蜜熊の背に飛び掛かり、その脳天に踵落としを決める。

 眼球を噴出す衝撃に、蜂蜜熊は白目を剥き倒れ伏した。


 もう一体も突然のセシリアの登場に慌てて、狙いをセシリアに変える。

 だがそれが失敗だったと気づいたのは、ヤヤが片膝をついて矢を構えていたのを視界の端に捉えた瞬間だった。


「バーストアロー!!」


 風魔法によって空気抵抗を極限まで削った矢は、蜂蜜熊の喉笛に食らいつくとドリルの様に回転し血しぶきを上げながら肉を、骨を抉り風穴を開ける。


「ヤヤちゃん大丈夫?」

「大丈夫デス……」


 最後の魔獣を倒し終え、二人は安堵のため息をついてお互いの無事を確認する。

 だが、ヤヤは悔しそうな表情を浮かべてセシリアを見上げた。


「セシリアちゃん、助けに行けなくてごめんなさいデス」

「大丈夫だよ? 結果的に何とかなったし」

「でもセシリアちゃんは沢山相手したのに、ヤヤはたった二体すら倒せなかったデス」


 ヤヤの言葉にセシリアは肩を竦める。

 セシリアは五年もこの森で、アイアスの元で修業をしていたんだ。それに年齢差や相性もある。


「う~ん、っていってもヤヤちゃんはまだ12歳だし……」


 くぅ~……。


 気負う必要なんて無いよ。と言おうとした所で、セシリアの言葉を遮る様にヤヤから腹の虫が鳴りだし、ヤヤは慌ててお腹を抑えるも羞恥に耳まで真っ赤にする。

 セシリアはクスリと笑い、ヤヤの背を優しく押して帰宅を促す。


「帰ろっか」

「で、デス。あ、そう言えばラクネアさんが、マリアさんを誘って欲しいって言ってたデスよ」

「おっけー」


 二人は、熊達の討伐証明の剥ぎ取りを手早く済まし歩き出す。

セシリアは、おもむろに足を止めると背後を振り返った。

 恐らくまだあの子熊はいるだろう、セシリアは胸に湧く罪悪感で表情に翳差す。


「何してるデスか~」

「あ、今行くー!」


 被りを振ってその事を考えない様に駆け出す。

 

(大丈夫、私はお母さんを守れる)


 どうしても、あの子熊がセシリアには自分自身に見えて仕方が無く、ツンと鼻が梳いた。


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