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私のお母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました  作者: れんキュン
2章 物事は何時だって転がる様に始まる
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大成よりも望むべきちんけな願い




 セシリアがアイアスの元で修業を始めてから、5年の歳月が経った。

 新生歴662年。

 出会いと別れの門出の日。


 二人の女性が、やや古びた家の玄関先で見つめ合う。

 朝の静謐な空気と相まって、二人はまるで森の中で愛し合う二人の妖精の様に。美しく、穏やかに。

 肉厚の安っぽい大剣を背負った長身の若い少女はやや寂しそうに、女性は穏やかに微笑みながら少女を見上げる。


「それじゃ行ってくるね」

「気をつけてくださいね」


 アイアスの庵の前で、セシリアはマリアと抱擁を交わし、マリアがセシリアの額にキスをする。

 それに対してセシリアは、花咲いた様にはにかんだ。


「おっきくなりましたね、セシリア」

「いっぱいご飯食べてよく寝たからね、でも胸だけは全然変わらないけど」


 この5年でセシリアは、美しく成長した。


 女性の平均身長より高い背のセシリアは、マリアよりも頭一つ高くなり、マリアは娘の額にキスをするのに、背を伸ばさなければいけない事に僅かばかりの不満を感じる。


 セシリアの鍛えられた身体は引き締まり、服の下の腹筋ははっきりと割れていて、それでいて女性らしい柔軟性を兼ね備えている。

 蒼銀に輝く髪も腰まで伸び、自然にたなびかせ、真紅の瞳を嬉しそうに細める。


 ただ唯一、セシリアは平らも平らの胸部と目の前の母の豊かな胸を見比べて、不満そうに唇を尖らせた。


「お尻にばっかお肉いって恥ずかしいんだよね……」

「セシリアに恥ずかしい所はありませんよ? それに胸がおっきくても良いことは無いですよ、肩凝りなんて酷いですし」

「むぅ。せめて、お尻のお肉がバランスよく胸に行けばまだ良いのに」


 臀部にばかり集まる肉を恨めし気に掴むセシリア。

 巨乳が欲しいとは言わないが、それでもバランス良く成長して欲しい物だ。

 そんなセシリアに近づく影が。

 影は高く手を翳すと、そのまま勢いよく下ろす


 パァン!


「んひぃっ!?」

「何してるんだい、さっさと行かないと待ち合わせの時間に遅刻するんじゃないか?」

「だ、だとしても叩くのは無しですよ! これ以上お尻大きくなったらどうするんですか!?」


 影の正体はアイアス。

 セシリアと初めて出会った時より少しだけ白髪が増えてるが、それでも年を感じさせない立ち姿で、セシリアとのやり取りに気安さが滲んでいる。

 セシリアはひりひりと熱もつ臀部を抑えながら、涙目で睨みつける。


 マリアと違って切れ長の瞳は、美形と相まってそれなりの迫力を持つが、アイアスはどこ吹く風と鼻で笑う。


「今でも充分大きいんだ、少し位大きくなった所で構わないだろ?」

「構いますよ! そんな事言ったら師匠だって、結構お尻大きいじゃないですか!!」

「年寄りと張り合ってどうするんだい。ほら、それより待ち合わせしてるんだろ? さっさと行きな」

「あっ! そうだった! それじゃママ、師匠。行ってきまーす!!」


 セシリアは諸手を振りながら、慌ただしく森の中へ駆けていく。

 そんなセシリアの背を見送りながら、マリアとアイアスは苦笑気味に嘆息する。


「全く、朝から騒々しいんだから」

「ふふ、元気があって良いじゃないですか。それより私は二度寝したいですね」

「まぁね。あたしも、昨日の酒盛りの酒が抜けて無いからキツイな」

「なら、二人で二度寝しちゃいましょうか」

「そうさね。天使様に倣って怠惰に過ごすのも、悪くないね」


 マリアとアイアスは、非常に砕けたやり取りで庵の中へ帰っていく。

 二人は昼過ぎまで寝てしまった事を、起きてから後悔するだろう。



 ◇◇◇◇



 冒険家組合。

 嘗てセシリアが訪れ、苦汁を飲んだその場所に今セシリアは訪れている。

 その表情を過去の思い出に悲しむでも無く、憤慨するでもない。至って普通の顔、寧ろ面倒くささすら覚えている様な疲れ顔だ。


「はぁ、働きたくないなぁ……でもマ……お母さんを養いたいし、頑張ろ」


 頬を軽く叩き気合を入れ、中の騒々しさが漏れる冒険家組合の重厚な扉を開く。


 セシリアがその扉を潜った瞬間屋内の騒々しさは鳴りを潜め、建物中の視線がセシリアに集まり、仲間内で顔を寄せて話し合う。


『あれが母親狂いの悪魔……』

『綺麗だが、母親に手を出した奴は潰されるって……』

『俺見たぜ、一角象竜を殴り殺してるの。あれはマジで悪魔だよ』


(うるさいなぁ)


 周囲の視線や囁き声に煩わしさで顔を顰めながら、ゴッ、ゴッ。と、鉄板を仕込んだ厚底ブーツの音を響かせながらセシリアは目的の受付へ向かう。

 嘗てセシリアを出迎えた眼鏡の知的な受付嬢は、セシリアを笑顔で迎え入れる。


「おはようセシリアちゃん」

「おはようございますミラさん。今日も日帰りで済む依頼をお願いします」


 セシリアの言葉に、ミラと呼ばれた受付嬢はメガネの向こうの眉を不満げに寄せ、可愛らしく唇を尖らせる。


「また日帰りー? 偶にはちょっと遠くの依頼にしてみない?」

「いえ、日帰りでお願いします」


 に別も無いセシリアの言葉に、ミラは肩を落としながらもへこたれず笑顔を浮かべる。


「これなんてどう? ローテリア帝国との国境沿いで雹牙狼の大群が出たらしくて、今A級パーティーが……」

「お断りします」

「な、なら……こっちの今街に来てる貴族のごえ……」

「無理です」


 落ち込むミラを尻目に、セシリアはため息をついて追い打ちを掛ける。


「そもそも、そこら辺の依頼はA級以上だけが受けれる物ですよね? 私はBなんですが」

「……でもセシリアちゃん強いでしょ? それに一角象竜を一人で倒せるならA級になれるって!」


 ミラの言葉に、セシリアは心底嫌そうに顔を顰める。


「絶対嫌です、A級になったら有事の際国から招集を掛けられるんですよね」

「そ、そりゃぁ国防だからね?」

「なら嫌です。お母さんの傍から離れて、長期の仕事をするつもりは無いんで」


 その言葉に、とうとうミラは突っ伏して泣き出してしまう。


「もぉ~! 上司には『優秀な人材をB級で遊ばせておくな』とかねちねち言われるし! セシリアちゃん全然お願い聞いてくれないし、彼氏は浮気してたしぃ~!」


 受付嬢ミラ、御年32歳。

 聡明な印象の美人ではあるのだが、嫌味な上司と男運の無さで毎夜一人寂しく酒を手に床に着く彼女に、セシリアは僅かな罪悪感を抱いてしまう。

 だがそれはそれ、マリアの傍から離れて遠方で仕事をしようなど微塵も思わない。


「あ、これ禁忌の森の依頼ですね。これでお願いします」

「あっ! ちょっと待ってよセシリアちゃ~ん!」


 泣きの入った三十路女性の声を背に、セシリアは受付を離れる。

 そのまま、組合内の宴会机に座り待ち合わせの人物を待つ。


 セシリアは、普段一人で仕事をする。

 仕事と言っても、禁忌の森関連の仕事ばかりで主に討伐を行っている。


 何故禁忌の森ばかりかと言えば、日帰りで済むため。

 何故A級に上がらないのかと言えば、A級以上には勇成国の国防に引っ張り出される為。マリアの元から離れて仕事をする気は欠片もセシリアには無い。


 それにセシリアは秘密にしている事が多い。

 魔法や、武器など。


 だがそんなセシリアも、一人だけではあるが共に仕事をする仲間がいる。

 今はその相手を待っているのだが。


「セシリアちゃ~ん」


 席について数分と経たぬうちに、セシリアは自分を呼ぶ可愛らしい声に腰を浮かせる。


弓を背負った、12歳ほどの灰色の狼耳と尻尾を生やした少女がニコニコと駆け寄って来る。


「ヤヤちゃん!」

「おはようデス!今日もカッコいいデスね!」

「あ~、うん。ありがとう」


 目の前の、狼耳と尻尾の生えた灰色の髪色に、青みがかった灰色の瞳を持つセシリアよりも幼い見た目のヤヤの言葉に、セシリアは嬉し恥ずかしそうに彼方へ視線を向ける。


 自分で選んだ格好だが、指摘されると頬が熱持ってしまう。


「ん? やっぱりその恰好嫌なんデスか?」

「嫌……ではないよ、うん。カッコいいと思うよ、でも……言われると恥ずかしいというか……」


 セシリアは今一度、自分の格好を見下した。


 上質な革製の漆黒のロングコートに、黒を基調としたシャツ。

 そしてファッションとして緩く垂らされた真紅のネクタイ。

 コートは常に腕まくりし、指ぬきグローブが両手に嵌められている。

 腰にはごついガンベルト、美しい脚線美を見せるように締め付けられた黒いズボンと脛まで覆う厚底のハイブーツ。


 一言で言うなら『中二病』。


 非常にかっこいいとセシリアは思う。

 性能や着心地の良さもあるが、とても気に入ってる。

 特にコートに関しては、アラクネアの糸を編まれて出来た高級品で防刃性能が高い。

 衝撃に対しては残念ながらそこまででは無いが、セシリアの戦闘スタイルや対魔獣を考えるとこれ以上は望めない。

 

 それにここは現代日本では無いのだから、似た様な格好をしている人々は結構いる。


 だがそれを指摘されると途端に恥ずかしさが湧いてしまい、セシリアは「せめてコートだけでも脱ごうかな」とも思ってしまう。


「そ、それより今日もヤヤちゃんの尻尾はふさふさだね! 触ってもいい?」

「うぅ~。会う度いっつも言って来るデスよね、そんなにヤヤの尻尾()好きなんデスか?」


 セシリアは話題を変えようと、朝の挨拶をする。

 そんなセシリアにヤヤは頬を桜色に染め、恥ずかしそうにしながら上目遣いでやや語気を強めて問う。

 セシリアはそれに気付かず、ふりふりと揺れる灰色の尻尾に視線が釘づけだ。


「当り前じゃん! ヤヤちゃんのこの犬の尻尾……」

「犬じゃないデス! 誇り高い灰狼デス!」

「あはは、ごめんごめん」


 ヤヤの逆鱗に触れてしまったセシリアは、慌てて両手を上げ謝る。


 狼種であるヤヤは犬と言われる事を嫌う。

 12歳児がセミロングの灰色の髪を逆立てて怒る様は、本人には悪いが非常に愛らしい。


 恰好も、斥候職のヤヤは黒のシャツにボレロタイプのジャケット。

ホットパンツから覗くスパッツが太腿を包み、大きめの黄色のスニーカー系の靴がワンポイントだ。

 防具も斥候職らしく、軽装の胸当てに関節や節々を守る程度。


 セシリアが謝った事で溜飲の下がったヤヤは、恥ずかしそうに、おずおずと背を向け綺麗に手並みの入った灰色の狼の尻尾をセシリアの前に晒す。


「その……優しくしてくださいデス」


 ゴクリ……。


 セシリアだろうか、はたまた周りの男や女達からだろうか。

 いたいけな少女が涙目で顔を真っ赤にしながら、恥ずかしそうに上目遣いでお尻を向ける。

 そんな犯罪臭のする光景に、誰もが目を奪われ生唾を呑む。


「そ……それじゃ失礼します……」

「んっ……」


 さわさわと、セシリアの滑らかな手がヤヤの尻尾に触れる。

 ふわりとした柔らかな毛の感触が一瞬でセシリアの手を包み、セシリアは恍惚とした表情を浮かべる。


「ふぁぁ……やっぱこれ気持ちいい……お母さんがハマるのも分かる~」

「んっ……セシリアぁ……つけねはだめデスぅ…」


 声を押し殺してる所為で、艶めかしい声が出るヤヤ。

 敏感な部分を触られ、とろんとした表情を浮かべるその姿に、良識ある大人たちは音速で顔を背ける。

 セシリアはその魔性の感触に、辺りやヤヤの様子に気付かず撫でまくる。


「ラクネアさん達やお母さんはこれを毎日味わってるのかぁ……孤児院に行く頻度上げようかなぁ……」

「あっ……せしりあぁ……ダメ……ダメですぅ……っ!?」


 ヤヤの背筋がピンと伸びてヤヤが口を押えた瞬間、セシリアは正気に戻り慌てて手を離す。


「ご、ごめんヤヤちゃん!」

「ふぇっ……? なんで止め……る……」


 セシリアもヤヤも、自分達が今どういう状態でどういう目で見られてるかを悟る。

 セシリアはまだ良いが、ヤヤは自分の痴態を思い出して耳まで真っ赤にして「あ」だか「う」だか零す。


「ヤヤちゃん行こ!」

「ふぇ? はっ!? はいデス~!」


 二人は慌てて外へ飛び出した。

 朝から締まらない始まりだが、程よく緊張がほぐれ目が覚めた二人は、逃げる様に森の方へ走った。


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