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私のお母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました  作者: れんキュン
1章 お母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました
3/146

どうして、お母さん

 


「愛衣君! コスプレは何したいかね!?」

「私は千夏ちゃんと合わせで良いよ」

「いやいや! 前回も千夏と合わせしたんだから、今回は先輩である僕とでしょ!」

「なら同じ先輩であるわたくしとしますか?」

「ダメでーす、愛衣はもう私と合わせする事がきまってるんでーす」

「何を! 先輩に譲れよ後輩!」


 愛衣は三人の友人に囲まれて、柔らかな笑みを浮かべながら帰り道を進んでいる。

 二年生の騒がしく愛衣がヲタクになるきっかけになったメガネの女性の先輩と、三年生の上品で物腰柔らかで一つ上の()()()()()


 所謂レズカップル。


 千夏と同様、この二人は愛衣に対して自然に接してくれた。だから愛衣は懐いた。

 そんな先輩と千夏が愛衣のコスプレの合わせの座をめぐって言い争うも、それは気心知れた間柄なのが感じられるやり取りだった。


「愛衣さんこれ。おすすめの母子百合アクション物なんですが、良かったら感想聞かせてください」

「あ、ありがとうございます」


 愛衣が三年の先輩から借りた漫画は、一昔前に流行った異世界を舞台にした母子百合のハードコアアクションもの。

 少し絵がくどいが、ガンアクションに異常に拘りのある作者が母子百合と絡めた人気の作品。

 愛衣はずしりと重いそれを受け取ると、喧嘩していた二人が会話に混ざる。


「ホント愛衣君は母親物好きだよね、なかなかに業が深い」

「それにガンアクションもね、この前なんてジョンウィックズを劇場で三周したしね」

「この前のコスプレもBRSだったし、中二病だよね~」

「モデルガンとか買って家で妄想してそう」


 散々な言われ様に、愛衣は思わず不機嫌そうに唇を尖らせて反論する。勿論、内心はかけらも怒ってはいない。


「別にいいじゃん。それに寝取られ愛好家とドMには言われたくないです」

「「性癖は違うでしょ!!」」


 息ぴったりの二人に愛衣は苦笑を零す。


「それに銃が好きなのは別に中二病じゃないですし、モデルガンも買ってません」

「まぁ気持ちは分かる。私なんて異世界で銃作って俺TUEEする妄想とかするし」

「否定できないのがキツイ。でも愛衣なら異世界でもマジで銃作りそうだよね」

「流石に道具も無いし無理だよ」

「道具あれば出来るのか、流石学年一位の秀才」


 千夏の賞賛に愛衣はあえて無視して先へ進む。


「あ、私此処だから」

「おー! また明日ー!」

「何のコスするか考えといてねー!」

「感想待ってますね」


 笑顔を浮かべたまま温かい気持ちで玄関をくぐる。

 楽しい会話をしたから、そこまで寂しさを感じていないのが嬉しかった。


 玄関に入った愛衣の携帯に着信音が轟く。

 愛衣は画面を見てすっと笑顔が引き、着信を取るために耳元に寄せる。

 躊躇いがちに、震えながらも、拒否しなかったのは電話の相手が縁深い相手だったからだろう。


『久しぶりね、愛衣』

「……久しぶり、お母さん」


 その声は固い。

 今のその姿を友人達が見たら、驚きで目を剥いてしまうだろうと言う位声は固く、その顔には一切の感情が浮かんでいない。

 しかし電話越しの愛衣の母親である彼女はそんな愛衣の変化に気付かないのか、能天気に会話を続ける。


『そっちはどう、元気にしてる?』

「うん、至って健康そのものだよ」

『そう』


 愛衣は一切の感情をシャットアウトしているお陰で、自分でも冷静に俯瞰できた。

 一体どうして彼女が連絡してきたのだろう、もしかしたら何かあったのだろうか。

 様々な憶測が脳裏によぎるが、それとは別に益体の無い事ばかり電話越しに語られる。


「それで、一体どうして電話を掛けてきたの?」


 愛衣自身自分でも驚くほどに冷たい声が出たが、それに対して画面の向こうで戸惑う気配が感じられた。


『な、なにも用が無いと掛けちゃダメだったかしら?』

「別にダメとは言わないけど、不思議に思って」

『そ、そうかしら』


 意識して明るく言うと、明らかに安堵した声が聞こえる。

 それに対して更に胃の奥が冷える様な感覚すらしたが、努めて冷静さを保つ。


『ちょっとね、お母さん再婚することになったの』

「…………そうなんだ」


 思わず一瞬目の前が暗くなったが、一息すって落ち着かせながらリビングのソファに座る。

 この後何か言われても大丈夫なように。


『それでね、新しい旦那がもしよかったら貴女も一緒に住まないかって話してて』


 もう愛衣は、自力で姿勢を保つことが出来ずにソファに身体を沈めた。

 段々と気管が狭まって息がしづらくなった気すらしてきた。


『どうせあの人の事だから、殆ど家に帰ってこないで愛衣は実質一人暮らしでしょ?ならこっちでお母さんと一緒に暮らしましょ?』


 この人は何を言っているんだろうか。

 段々と言葉が理解できなくなって来た。いや、理解はできるのだが脳が理解するのを拒もうとする。

 思わず手で目元を覆う。


『結構遠いから学校も変わっちゃうけど、愛衣なら新しい環境でも上手くやっていけると思うの。だから、ね?』


 何かを言おうと思った。

 でも喉が震えるだけで声が出ない。

 落ち着かせようと、何度も何度も深呼吸して漸く声が出そうな気がした。


『愛衣? 聞いてる?』

「ねぇお母さん」


 聞いてないのかと少しだけ苛立ちを込めた声は、愛衣の声を聞いて安堵のため息を零す。

 だがその声は今の愛理には届かない。そんな余裕などなかったから。


「どうして、今更そんな事を言うの?」

『どうしてってそんなのお母さんだか』

「でもお母さんは私を捨てたじゃん」

『っ!』


 相手の声を遮って吐き捨てた一言に息を飲む様子が聞こえ、愛衣の中でふつふつと、暗く濁っていてネバついた、吐き出しても吐き出してもいつまでもこびりついていて異臭を放つ何かが込み上げて来た。


「それに私が優秀、みたいに言ってるけどホントにそう思ってる? お母さん私の何を知っているの?」

『そ、そんなの当たり前じゃない。貴女は昔から勉強出来てたし習い事も一生懸命』

「そんなのとっくの昔に止めたよ」

『え? は?』


 愛衣の中で言いたいことがぐちゃぐちゃと交わって上手く言葉が出なくなってくるが、努めて冷静さを保とうと呼吸を深くして、支離滅裂な事を言わない様に頭を冷やす。


「今は習い事なんて全部やめた。やることが無かったから勉強だけはしてるけど、最近じゃ漫画とか映画とかにハマってるんだ」

『は? え? 何を言ってるの、そんなもの』

「友達も、少ないけどいるんだ。でもそれも向こうから話しかけてきてくれたからで、私から話しかけるのは上手くいかないんだ」


 お前の所為だ。と言葉の裏に滲ませながらも、そんなことは無い。と言って欲しいと言うジレンマに苛まれながら、舌は滑らかに滑る。


「お父さんは昔に比べて家に帰ってくるようになったよ。遅くなったり帰れなくなる時は連絡してくれるし、何不自由ない生活をさせてくれる」


 電話の向こうでは唖然としている気配を感じるが、それをお構いなしに愛衣は喋る。抑えようと思っても止まらない。


「それに新しいお父さんってあの時の人? だったら私は嫌だな」


 毅然と言い放つと沈黙と愛衣の軽く荒い息だけが支配した。

 暫くして、意識を取り戻した電話越しの母親が金切り声を上げて喚きだす。

 殆どが言葉として成り立ってない、慟哭ともとれる声だった。


『何よ貴女まで私が悪いって言うの!? 私は悪くないわよ!! 愛してくれないあの人が悪いし可愛げのない貴女も悪いのよ!!』


 ヒステリックに喚く母親に、愛衣は悲しいや寂しいと言った気持ちがそこまで湧いてこない事に気が付いた。

 そしてそれに反比例するように、優しかった母親との思い出が走馬灯の様によぎる。



 ため息をつきながら電話を切った。もうこの金切り声を聞いていたくなかったから。

 電話を切ったお陰で静かになったが、どっと疲れが押し寄せて来た。


 涙は出なかった。どこかスッキリしたような、胸の中の一部に冷たい風が吹いた様な気がする。


 目を閉じると途端に眠気が訪れて、そのまま抵抗することも無く意識を手放す。



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