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私のお母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました  作者: れんキュン
1章 お母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました
24/146

愛衣との別離



「あれ?」


 愛衣は柔らかなベットの上で目が覚める。

 真っ白な天井に、朝日と共に部屋に響く雀の鳴き声。


 物が少なく本棚だけが特徴の私室は、確かに愛衣の部屋だ。

 だが何だろうか、愛衣にはその部屋が全くの他人の部屋に思えた。


「愛衣―! 起きなさい!!」

「え?」


 部屋の扉を騒々しく開けた女性に、愛衣は目を丸くする。

 そこには愛衣の母親がお玉を片手に立っていた。


「早く起きなさい、遅刻するわよ」

「え? お母……さん?」


 目の前の女性は愛衣の母親の筈だ。

 だが何故だか、愛衣には違和感しか感じない。


「寝ぼけてるの? 早く起きない」

「え? あ、うん」


 違和感しか感じないが、愛衣は言われるがままにベットから這い出て制服に着替える。

 慣れ親しんだベットに、肌触りの良い服。どれも16年間生きた愛衣には慣れ親しんだ物の筈だ。

 だが何故だろうか、愛衣にはこれが夢なのか現実なのか区別がつかなかった。


「お、お寝坊さんの登場だ」

「やっと来た。どうせ夜更かししたんでしょ、そんなんだとお肌荒れるわよ」

「ははは、愛衣は母さん譲りだからな。そこまで気にしなくても充分綺麗だぞ?」

「そうやって直ぐ甘やかすんだから!」


 まただ、食卓に着いて母親の作った朝食を美味しそうに食べる父親。口では怒っている風だが満更でも無さそうな表情の母親。

 どこにでもある幸せな家族の光景の筈だ。

 だけれども、愛衣にはそれがまるで画面の向こうの光景の様な、作られた物の様に思えてしまう。


「どうした愛衣? ぼーっとして」

「え? あ、うぅん。何でもない」

「あらもうこんな時間! 遅刻するわよあなた」

「あぁ本当だ。それじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい♡」


 娘の前だというのに、フレンチキスをする夫婦。

 二人は近所でも有名なおしどり夫婦で、こんな事日常茶飯事だった。

 愛衣は鈍く痛む頭を抑え、こみ上げてくる吐き気の様な物に耐える。


「あら、どうしたの愛衣」

「ごめん、もう行くね」

「ちょっと! お弁当忘れてるわよ!」


 強烈な不安感に襲われた愛衣は、大声を出す母親の声を無視して外へ駆け出す。

 街に出ても違和感は拭えない。愛衣にとって見慣れた街の光景なのに、愛衣は膨れ上がる不安に押しつぶされそうになりながら走る。

 その道中でも、誰もが愛衣に挨拶する。


 多少の気遣いはあれど、誰もが愛衣に好意を持ち気にかけている。

 気安く声を掛ける者、心配する者、愛の告白をする者。誰も彼もが愛衣には歪に感じる。


(おかしい! 何かがおかしいのに何がおかしいのか分からない! 怖い……お母さん!)


 愛衣は無我夢中で走る。

 混乱の極みに陥る頭で、必死に学校を目指す。

 なぜ学校なのかは分からないが、そこに行けば愛衣は安心するという思いがあった。


「……あれ?」


 校門を過ぎたあたりから違和感を感じていた。

 いつもならここで誰かが声を掛けてくれる筈なのに……大事な。


「いた!?」


 その誰かを思い出そうとするも、その人影は朝霧の様にも靄が掛かり、更に深く思い出そうとすると鋭い頭痛が走る。

 大事な人であったはずだ。なのに思い出そうとするのを拒むかのように痛みが走る。


「大丈夫? 愛衣さん」

「……大丈夫」


 痛みを堪えるために蹲っていると、クラスメイトであろう女の子が愛衣に話しかける。

 瞬間、その女の子が顔を真っ赤にして言葉をつっかえさせている姿が脳裏に浮かぶが、目の前の少女はそんな様子はない。至って平常な心配そうな顔をしている。


 愛衣は言い様の無い違和感だけを抱えながら、悶々と席に着く。


「ねぇ、ちょっと聞いて……」


 愛衣の席は窓際の列の最後尾。

 振り返った所で誰も居ない。

 愛衣はどうして自分の後ろに誰かが居ると思ったか、それを考えようとするとまた頭痛が襲った。


「ちょっと、ゴメン。保健室に行ってくるって先生に伝えといて」

「え!? だ、大丈夫ですか?」

「ちょっと寝不足かも、休んでくるね」

「は、はい」


 堪えきれなくなって愛衣は、安息を求めて保健室へ向かう。

 痛む頭を堪えながらたどり着いた保健室には誰もおらず、愛衣はベットに腰かける。


「訳が分からない……いったい何なの……お母さん」


 無意識にお母さんと呟いて首を傾げる。

 自分は今お母さんと呟いて誰を連想した? 愛衣の母は黒髪だ、蒼銀ではない。


「誰? ……っ!」


 その人物を思い出そうとしても頭が割れる様に痛くなる。

 まるで思い出すなと言っているかのように。

 腔内が乾き、喉が張り付く。起き上がっている事も出来なくなった愛衣はベットに横になる。


「眠……いや、ダメだ」


 愛衣は眠りに着こうと目を閉じかけたが、強烈な拒絶感が湧き上がり目を見開く。

 どうしてかは分からないが、今ここで眠りについたら二度と目を覚まさないような不安が押し寄せる。


「職員会議だるいわね~ってあら? 貴女」

「ひっ!」


 扉を開けて入って来た人物に対して、愛衣は反射的に悲鳴を上げてしまう。

 白衣の下の服はやや露出が激しく、褐色の肌の女性、ダキナ先生。

 保健室を利用しない愛衣は直接面識が無かった筈だ。にも関わらず愛衣は恐怖と、殺意の様なネバついた物が浮かんでくる。


「なによ、人の顔見て悲鳴なんて上げちゃって」


 愛衣の反応にダキナ先生は機嫌を損ね、職員会議で溜まっていたストレスも相まって表情に出してしまう。


「あ、す、すいません」


 愛衣は初対面なのに失礼な態度をしたと謝る。

 だがどうしても、目の前の女性に対して警戒心を抱いてしまう。


「まぁ良いわ。それで? 朝から保健室に来るなんてサボり?」

「あ、いえ。ちょっと頭痛が酷くて」

「頭痛? 低気圧って訳でも無いし。生理?」

「……では無いと思います」


 ダキナ先生のストレートな物言いに思わず答えるも、やはり愛衣は違和感を覚える。


(あれ? 私生理なんて来てたっけ)


 首を傾げるも違和感が拭えない。

 そうしていると、ダキナ先生が痛み止めと水を手に近づく。


「ほら、とりあえず痛み止めでも飲んどきなさい」

「ありがとうございます」


 水を飲んでもセシリアの暗雲は晴れない。寧ろ焦燥にも似た何かが募っていく。


「落ち着いたら教室に戻りなさい。でも本当に辛かったら無理しちゃだめよ?」

「……はい」


 すこしだけ落ち着いた愛衣はお礼を言って保健室を出る。

 理由は分からないが、早くダキナの傍から離れたかった。


 保健室を出たが、愛衣は教室に戻る気が起きずにそのままふらつく。


「夢? ……にしては痛いし、でもなんだろう。早くなんとかしなくちゃって思う」


 焦燥だけが募っていく。

 それが何を意味しているのか分からず、ただストレスだけが高まっていく。


 分からない、何がわからないのか分からない。と苛立ちが募っていく。


 ふと、愛衣は鏡に映る自分の姿が違う事に気づいた。


「これ……私?」


 鏡に映る人影は愛衣の黒髪では無く、蒼銀の髪に鮮血の様な真っ赤な瞳。愛衣より遥かに幼い。

 だが愛衣と同じ動きをする。


「いったい貴方はだれ?」

「私はセシリアだよ」

「うわっ!」


 返事が帰ってくると思っていなかった愛衣は、突然の怪奇現象に驚いてのけ反る。

 先ほどまで鏡映しだったその少女は、今は能面の様な無表情で愛衣を見つめている。


「……いや、そうじゃなくて。どうして私じゃなくて貴女が鏡に映ってるの?」

「それは私が貴女だから」

「は?」


 目の前の女の子が私?

 髪も年齢も顔立ちだって違う。何一つ共通点なんて無いのに、不思議と愛衣はその言葉がストンと胸に収まった。


「それより、いつまで眠っているの?」

「眠ってる?私は起きてるのに?どういうこと?」


 愛衣は口では否定したが、頭では否定しきれなかった。

 今愛衣が覚えている違和感は全て夢だから、そう思うのが妥当に感じる


 目の前のセシリアと名乗る少女は、愛衣の様子に怒った様に眉間に皺を寄せる。


「ふざけてるの? お母さんはどうするの」

「お母さん? どうするって、なんの事?」


 愛衣は朝の母親の姿を思い起こそうとする。が、何故が砂嵐の様に記憶が途切れ途切れになり、朝見た母親の姿とは別の姿が浮かぶ。

 愛衣に対して興味を失ったかのように一瞥すらしない、果ては憎々しげに睨む姿。


「あ、あれ?お母さん……あれ?」


 頭を抱えて狼狽える。

 それを起点に、今日の光景の全てが朧気に移り変わってゆく。

 世界が壊れ出す中、鏡の中でセシリアが睨んでいる。


「全てを忘れて夢に逃げるなんて許さないよ。貴女は私の人生を奪ったんだから」

「奪っ……た? っ!?」


 頭痛が増していく。

 割れる様な頭痛の中で、セシリアの泣きそうな、怒ったような複雑な表情が愛衣には印象的だった。


「……ア……リア」


 誰かの声が聞こえる。

 柔らかくて、温かい。触れると心地の良い不思議なそれ。

 愛衣の世界が壊れていく。


 鏡が割れ、光が差し込み、セシリアの姿が歪んでいく。


「待って!! どこに行くの!」

「あるべきところに戻るだけ。安心して、別に貴女を恨んではいないから」


 光に包まれるセシリアの姿は美しく、困った子供を見る様な苦笑を浮かべている。

 愛衣は意識を保つのが精一杯で刺すような頭痛の中、必死で手を伸ばす。

 しかしまるで磁石の様に愛衣が手を伸ばすだけセシリアが離れていく。


 そんな愛衣に苦笑を浮かべながら、セシリアは何かを放り投げる。


 それは空の様に澄んだ青色の宝石のネックレス。一体それが何を意味して、誰から貰った物なのかは愛衣は分からない。

 だけれど、それを握っていると愛衣は胸の奥が温かくなるような幸せな気持ちに包まれる。


「ホントに手のかかる子」


 その姿に安堵したのか、セシリアは光の中に溶けてゆく。


「じゃあね、馬鹿妹」

「まっ!!」


 その言葉を皮切りに、愛衣の視界は光に塗りつぶされる。


「待って!!」

「うおっ!」


 セシリアは叫びながら飛び起きた。

 呆然と辺りを見渡すと、木造の部屋、質素ながら荒い肌触りの布団、小さな手のひらと視界に映り込む蒼銀の髪の毛。


「夢……だったの?」


 セシリアは寂寥感の様な、胸に穴が開いた様な感覚の中呆然と直前の事を思い出そうとする。

 だが夢だと思った事は思い出す事が出来ず、セシリアは自分が涙を流している事にはたと気付く。

 右手は固く握りしめられ、開くと中からはマリアから貰ったネックレスが収まっている。


 思い出せることは殆どない。だけれど、セシリアは誰かの優しさだけを思い出していた。


「あ、あ~。セシリアちゃん……なんだよな?」

「? 当たり前じゃないですか、何を言ってるんですか」


 声に反応して顔を横に向けるとここ少しで見慣れた顔、アルが困惑に右手を彷徨わせながら話しかけている。

 セシリアは何を分かり切った事を。と片眉を上げて答える。


 アルはセシリアの変化に何と伝えたら良いのかと逡巡しながらも、上手い言い回しが思い浮かばず諦めた様に手鏡をセシリアに差し出す。


「な!」


 そこに映っていたのは10年間で見慣れたセシリアの顔。

 だがセシリアはマリアとお揃いだったのを誇っていたその双眸が空色では無く、鮮血の様な真っ赤な瞳に代わっている事に悲鳴にも似た声を上げる。


「その、先生にも聞いたんだが知らないって一蹴されてね。ただ問題は無いって言ってたけど……大丈夫かい?」

「え……あ、あ~……ハイ」


 呆然としつつも、視界は良好。寧ろ以前より目が良くなった? とも思うセシリアはアルに問題ないと答える。

 そんなセシリアにアルは安堵するも、言い難そうに顔を顰める。


「その……だな。落ち着いて聞いてほしいんだ」

「何です? さっきから」


 セシリアは今すぐアイアスの元へ行き、魔法がどうなったのか、この胸に居座る違和感は何なのか聞きに行きたくて、少々不機嫌に促す。


 アルはどう伝えればショックを和らげられるか考えるが、結局素直に伝える事に決める。


「君があの手術をしてから……二日経ってるんだ」

「……は?」


 セシリアは呼吸を束の間忘れる。

 二日? あの日も含めたら三日は最低でも経過している事になるでは無いか。マリアの完治の為の猶予は数日しかないというのに、そんな時間が経過していて間に合うのか?

 慄きながら立ち上がる。


「帰ります」

「! 分かった、今先生を呼んでくる!」


 慌てて逃げる様に立ち去ったアルの背を見送りながら、セシリアははやる気持ちを抑えて支度を整える。

 焦りはあるが、セシリアは心のどこかで確信があった。

 今なら母を救えると。


(何か、今なら何でも出来そうな気がする)


 謎の万能感に浸りながら、待つ事の出来ないセシリアは廊下に出ると丁度アイアスと鉢合わす。


「帰るのかい」

「はい、今すぐに帰ります」


 アイアスはそうかい。とため息を吐くと踵を返して外へと案内する。

 外に出たセシリア達を、空高くに揚がる満月と闇夜の森が迎える。

 以前のセシリアなら恐怖するだけだったろうが、今のセシリアには怖さをねじ伏せる興奮があった。


「もうわかってると思うけど、あんたは魔法を使えるようになったよ」


 アイアスのその言葉にセシリアは喜色を浮かべる。

 身体に満ちる不思議な感覚に筋肉痛の様な違和感を感じつつも、マリアを助ける方法を手にして居ても立っても居られなくなり落ち着きが無くなってしまう。


「それとこれを持っていきな」

「これは?」


 アイアスから投げ渡されたのは小さな鈴だった。試しに振っても鳴る筈の音は鳴らない。壊れてるのか? と首を傾げるセシリアにアイアスのしわがれた声が届く。


「もう一度私の場所に来れる様にする道具さ。母親を治したら直ぐに泊まり込みの用意をして森の前でそれを使いな」

「え、いや―」

「受けた恩を踏み倒すつもりかい?」

「―ぅぐ……分かりました」


 マリアが治ったなら、片時も傍を離れたくないセシリアは盛大に顔を顰めつつも、射抜くような視線で良心を刺激されれば渋々と従う。

 その答えに満足するとアイアスは鼻を鳴らして、アルに顎で指す。


「帰りはそれに従って帰りな。魔獣に遭遇しないようにしたから直ぐに街に着くはずだよ」

「それじゃ先生、諸々よろしくお願いします」

「お世話になりました」


 深々と頭を下げる二人に、アイアスはふんっと鼻をならしておざなりに手を払う。

 だが二人が見えなくなるまで、その場に居たことにアルだけは気付き、天邪鬼なアイアスに苦笑を浮かべる。


「それじゃ、帰るか」


 セシリアは、行きとは全く逆の心持で街を目指す。


「待っててお母さん。今帰るから」


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