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私のお母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました  作者: れんキュン
1章 お母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました
21/146

森の魔女



 バチッという薪が爆ぜる音でセシリアの意識が覚醒する。


「知らない天井……」


 まさかこのセリフを言う事になるとは思わなかった、そして10年たっているのに意外と覚えている物だな。とセシリアは前世のヲタクが染みついていた事に苦笑する。

 そして頭が完全に晴れると共に、自分がベットに横たわっている事に気づき、何故自分がここに?ここは何処?と尽きない疑問が降って湧いてくる。


 大量の本に囲まれた木造の部屋。

 暖炉と質素ながら寝心地の良いベットに丸机だけが置かれた部屋は、ゆりかご椅子でも置けば童話にあるような如何にもと言った部屋に見える。


 セシリアには、この部屋がつい先日まで誰かが住んでいた様に思える。


 名残惜しさを覚えつつ、ベットから這い出ると立ち眩みを起こしてしまい呻き声を上げて辛そうに目を瞑った。


「起きたのかい」

「……?」


 ギィと蝶番の音と共に、少し皺がれた女性のぶっきらぼうな声が響く。

 視界の暗転が収まり顔を上げたセシリアが見たのは、ゆったりとした黒いローブに編み込まれたショーツを肩にかけた不愛想に眉を寄せる初老の女性が立っていた。


 顔に刻まれた小じわや白髪混じりの暗い茶髪から50代から60代であろう事を推察できるが、その背筋はピンと伸びていて容姿に反して若々しさを感じられる。

 そしてその視線は鋭く、セシリアは近所の小難しい事で有名な老婆を連想する。


「あの……ここは」

「病傷人は寝ときな」


 セシリアの質問を遮る様に、女性は少し皺がれた声でベットを顎で指す。

 言葉使いは荒いが、セシリアは女性の分かりにくい気遣いを感じ、何故か素直に言葉に従いベットに腰かける。


 セシリアの素直な様子に反応を見せることも無く、女性はマグカップを乗せた盆を手に品を感じさせる足並みで近づく。


「起きたんならこれを飲みな」

「……これは?」


 手作りであろう、少し歪んではいるが肌触りは滑らかなコップを手にしながら、湯気立つ緑色の液体に頬を引く攣らせる。


「薬湯だよ、死にかけてたんだから飲んどきな」


 セシリアはその言葉を信じ、口を付ける。


「……美味しい」


 苦そうな見た目に反し、味自体はそこまで悪いモノでは無かった。

 薬草の苦みは確かにあるがそれほど強いものでは無く、身体に良いものが入ってるのだろう身体の奥の方からぽかぽかと温まってる来るのを感じる。

 それほど苦労せず薬湯を飲み干した。


「飲んだらさっさと寝な」

「いやあの、此処は何処で貴女は誰ですか? あ、一緒に居た筈のお兄さんは無事ですか?」


 セシリアが薬湯を呑んだのを確認すると、そそくさと立ち去ろうとする女性にセシリアは遠慮がちに質問する。

 直前まで眠っていたのだ、眠気なんて無い上現状を理解できないのは恐怖である筈。なのにセシリアはそこまで目の前の女性に警戒心は抱いていなかった。


「そんないっぺんに質問するんじゃないよ」


 女性は鬱陶しそうに振り返り、コップを乗せた盆を丸机に置くと腕を組む。


「川を流されているあんた達を私が拾ったんだよ。ここはあたしの家で一緒に居た男は無事さ、まだ目は覚ましてないけど」

「良かった……」


 セシリアは青年が無事だった事に安堵のため息を零し、はたと気付く。


(いやいや、私の目的のために死なれたら困るだけで、別に死んだらそれはそれでいいし)


 そしてそれと同時に思い出す。

 自分が無警戒に他人を信用してマリアが死にかけた事を、セシリアはその時の事を思い出して甘い自分を叱責する。


「それで、貴女は誰なんですか」

「……命の恩人に随分な態度だね」


 突然警戒の色を浮かべたセシリアに、女性は少し固い声で見下ろす。

 いきなりどうしたのかと疑問に思うが、自分が住んでいる場所を思い起こし仕方ないかとため息をつく。


 女性のその言葉にセシリアは良心を刺激され怯んでしまうが、被りを振って右手を腰に沿えるがそこにナイフが無い事に気づくと顔を顰める。

 恐らく、川でおぼれた時に無くしたのだろう。


「すいません」

「……訳ありか」


 こんな子供が…と女性は忌々し気に呟くとセシリアと目を合わせる。


「そうさね、とりあえず自己紹介しようか。あたしはアイアス。この禁忌の森に住む魔女だよ」

「魔女?」


 セシリアは魔女と名乗るアイアスに首を傾げる。

 確かに黒いローブは魔女らしいと言えば魔女らしいが、禁忌の森に人が住んでいるなんて聞いたことが無い。そんな事はあの青年も言っていなかった。


「あ、私はセシリアです」


 長年染みついた慣習、名乗られたら名乗り返しましょうと言うマリアの教育によってセシリアは半ば無意識に自己紹介をする。


「それで、どうしてあんたみたいな子供が禁忌の森に居たんだい、見た所別に生活に困ってるって様子もないようだけど」


 セシリアは逡巡する。

 目の前の女性―アイアス―に話してもいいものか、笑われるだけなら良いのだが無理やり街に追い返されたら困る。

 だがセシリアは、アイアスが禁忌の森に住んでいるのなら何か情報が得られるのではとも考える。


「その……万病薬の元になる花を……探してたんです」

「万病……エリクシールの花か」

「知ってるんですか!?」


 口元を手で覆うアイアスの呟きを聞いたセシリアは、目を剥いて詰め寄る。一人暮らしが長かったアイアスは自分の失態に小さく舌打ちをする。

 ここからしらばっくれた所で無駄であろうと言う、面倒臭さと気後れで。


「あぁ、知っているよ」


 その言葉にセシリアは喜色を浮かべる。

 正確な情報なんて欠片も無かった。勝算の無い賭けであったのに、今こうしてその足掛かりを見つけた。

 それの名前すら分からなかったのに、アイアスは名前も知っている。更に禁忌の森に住んでるとなれば信憑性は高まる上、その在処も知っている可能性は高い。

 セシリアは興奮を抑えられぬ勢いで詰め寄る。


「それを! その場所を教えてください!! 必要なんです!」


 詰め寄るセシリアをアイアスは邪険にはしなかった、しないだけで言いにくそうに顔を横に背ける。


「……無いよ」

「……は?」


 セシリアはその言葉を理解できなかった。否、理解は出来たがそれを本能的に拒んだ。

 呆然と、アイアスの服の裾を掴む。その手は弱弱しく、震える声でセシリアは呟く。


「え? ……それって」

「昔はあったけど、今は一輪たりとて無い。少なくともあたしが知る限りはね」


 どういう事。と聞こうとしたセシリアの言葉を遮る様にアイアスは自身の知る現実を叩き付ける。


「う、うそ……」

「嘘じゃない。あたしはこの森に何十年も住んでるんだ。何処に何があってどうしてそうなったのかも知ってるんだよ」


 アイアスはセシリアの顔が絶望に彩られ、泣きそうに歪んでいくのを見続ける事は出来なかった。


 弱弱しく縋りつくセシリアの手を外し、盆を手にドアへ向かう。その足取りは来た時より僅かに重たく。


「……今は寝な」


 背を向けたまま蝶番の悲鳴を鳴らしアイアスは戸を閉じる。


 セシリアは、アイアスの言葉を信じたくなかった。

 だがアイアスは嘘をついている様には見えなかった上、セシリアですら知らない事を知っている人が言う事なら少なくとも信憑性があるのでは。とも思ってしまう。


 だが、だからといってはいそうですかと諦められるのか?

 アイアスの言葉を信じるならセシリアがこの場にいる意味はなくなる。

 もしかしたら、マリアの主治医が解毒に成功してマリアは死の淵から生還しているかもしれない。

 そんな事を考えて、希望的観測が過ぎると自虐の笑みを浮かべる。


 顔見知りである治癒士の彼の腕の良さはトリシャも手放しで褒める程だ、気弱な性格で職場の人間関係に悩んでいた所をマリアによって救われた。

 そんな彼が憔悴しきった顔でダメだと言っていたのだから、相当難しいのだろう。


 そもそも、一日かそこらで治療出来てるなら今ここにセシリアがいる事は無い。

 結局、セシリアはただ時間だけを無為に消費してるに過ぎない。


「……諦められないよね」


 アイアスは幻の花―エリクシールの花―は無いと言った。だがそれは本当に? 仮に本当だとしてもこの広い森の一部の話だろう、アイアスですら知らない場所ならあっても可笑しくない筈。


 コンコンッ。と思考を遮る様にノックの音が部屋に響く。

 アイアス? とも思ったが、彼女は先ほど部屋を出て行った筈だ。セシリアは警戒から膝を寄せる。


「起きてるか?」


 聞こえてきたのは青年の声、セシリアは少なくとも赤の他人では無い事に安堵する。


「起きてます」

「そうか、入っても?」

「どうぞ」


 入室の許可を告げると青年が部屋に入ってくる。

 錆びついているのではない、何度も開閉されたが故の蝶番のきしむ音だ。


「無事だったんだ」

「そちらこそ、良く生きてましたね」

「一度死んでたらしいけどね、せんせ……魔女さんの腕が良かったみたいでしぶとく生き返ったよ」


 冗談めかして笑う青年は防具の類を一切身に着けておらず、肌着の向こうの身体には至る所に痛々しく包帯が巻かれている。

 青年はセシリアの視線に気づくと肩を竦める。


「左腕を除いたら殆ど軽傷だから心配しなくて良いよ?」

「……別に心配はしてません、ただ気になっただけです」


 顔を背け憎まれ口を叩くセシリアだが、その耳は羞恥にか赤く染まっており青年は苦笑する。

 いたたまれなくなったセシリアは鈍く痛む身体に鞭打ち、青年を押しのけ廊下に出て、魔女アイアスを探す。


「魔女さんでも探してるのかい?」

「はい、聞きたいことがあるので」

「ふーん。あ、折角お互い生き残ったんだし自己紹介しない? いつまでも名前を知らないんじゃ不便だし」


 セシリアは片眉を上げて後方に追従してくる青年を見上げる。

 相も変わらず柔和な笑みを携えている青年、やや躊躇いながらも名前ぐらいなら良いかと頷く。


「セシリアです」

「セシリアちゃんか。俺はアル。ただのアルだ、よろしく」


 野良猫の様に警戒するセシリアに握手を求めた所で無駄であろう、とアルは言葉だけで挨拶を交わす。

 広くない家だ、アイアスはすぐに見つかった。

 居間の様な部屋で魔女アイアスが洗い物をしてる。


「なんだい、二人して」


 アイアスは一瞥すらせず手を動かしている。

 そんなアイアスの背にセシリアは声を届かせる。


「エリクシールの花の情報を教えてください」

「はぁ、さっきも言ったがエリクシールの花はもう無いよ」

「それはアイアスさんの知りうる限りですよね、森のどこかにまだあるんじゃないんですか」


 丁度洗い物が終わったのか、アイアスは水を切りながら眉間に皺を寄せつつ振り返る。

 不機嫌さがありありと伝わってくるその表情にセシリアは思わずたじろいでしまう。

 アイアスは不機嫌そうにセシリアを睨みつけた後、取って付けた様に深々とため息を吐く。


「……確かに、私が知覚しない場所ならあるかもしれないね」

「それなら!」

「だとしても、それは絶対に教える訳にはいかないね」

「っ!?…どうしてですか!!危険は覚悟の上です、だから」

「セシリアちゃん、一旦落ち着きな」


 息を荒げて詰め寄ろうとしたセシリアをアルが抑える。

 悔しそうにセシリアは数歩下がり、セシリアの代わりにアルが台頭する。


「いっそのこと教えてあげれば良いのでは?」

「逆に聞きたいが、そこまでしてエリクシールの花を求める理由は何だい? 仮に手に入れても、今の世にあれを製薬できる技術なんてないだろう」


 その質問に答えようとしたセシリアをアルが手で止める。

 何故? と睨むセシリアにアルは相変わらずの笑顔を浮かべる。


「金の為。って言ったらどうします?」


 その言葉にセシリアは目を剥く。

 ふざけるな、そんな物どうでも良いし私はそんなんじゃない。お前の所為で追い出されたらどうするんだと詰ろうとセシリアはしたが、アイアスが値踏みする様に腕を組んだのを見て手を引く。


「……その薄ら寒い笑みを消しな、まずはそれからだね」

「あははすいません、染みついた物でして」

「ふんっ」


 アイアスはつまらなそうにテーブルに備え付けられた椅子にドカッと座り、顎で指す。

 そのやり取りに着いていけないセシリアは不安そうに、きょろきょろとしていたが、アルに促されてアイアスとはテーブルを挟んで座る。


 完全に毒気を抜かれたセシリアは借りて来た猫の様に、出された粗茶を呑みながら二人のやり取りを見守る。


「さて、聞かせて貰おうじゃないか。一体、どうして、ローテリア帝国の、皇子様がこんな辺鄙な所へ?」

「ぶっ!?」


 皇子と言ったアイアスの言葉に、セシリアは鯨の様に粗茶を噴き出す。

 激しく咳き込むセシリアが慄きながらアルをみると、少しだけ困った様に苦笑いで頬を掻いている。


「嘘偽りなく答えな、ローテリア帝国第二皇子のアルベルト・ウィルヘルム・ローテリア。この森に入った訳を」


 相も変わらず柔和な笑みを浮かべたまま、アルはゆっくりと口を開く。


「まずはお久しぶりです、先生」

「ふん、お家騒動だか何だか知らないけど、たった数回の講義で来なくなった生徒なんざあたしは知らないよ」

「あはは、すいません」


 セシリアは二人が顔見知りであった事に気づき、先ほどの言葉は彼なりの冗談だと分かると少なくとも肩の力が抜ける。

 アルは笑顔を止め、真剣な表情を浮かべる。


「今日こちらに伺ったのは、陛下からの勅命です」


 その言葉にアイアスの形の良い眉がピクリと撥ねる。


「黒龍ファフニールが目覚めました」


 セシリアを置き去りにしたまま、アイアスは厳しい表情を浮かべ自分の分のお茶で唇を潤した。


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