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私のお母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました  作者: れんキュン
1章 お母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました
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心優しい親友

 


 翌日、愛衣は雀のさえずりと共に目が覚める。

 寝起きが良い方では無いが、心の底から熟睡した記憶がここ暫くない。


 最後に熟睡したのは……二か月前に友人宅に泊まって、一緒のベットで寝た時だった様な。

 まぁ良いかと被りを振って布団から身を起こし、クローゼットに手を掛ける。


 そのままピンクの可愛らしい下着を身に付け、真っ白なカッターシャツに袖を通して制服を……と言った所で昨日洗濯機に放り込んだのを思い出して、シャツ一枚のまま私室を後にする。


 途中で父親と会うかもとも思ったが、おそらく合わない確率の方が高いだろうなと考えて脱衣所まで向かう。

 その間にリビングを通るからもし誰かいれば気配を感じるのだが、何も感じない。

 特に落胆することも無く脱衣所に向かい、顔を洗い髪を整えると、洗濯機の中から制服を取り出し軽く手で払ってスカートを着ける。


 膝上位の長さになる様に根元をまくりその出来栄えに満足すると、ブレザーを片手にリビングに向かう。


 リビングで軽めの朝食を作り、手早く食事を済ませると私室へ向かう。

 その道中父親の部屋のドアをノックし、一瞬、躊躇った後ドアを開け中へ踏み込む。


「はぁ、結局帰ってこれなかったんだ」


 そのまま踵を返し私室へ戻ると、学校へ向かう準備を手早く済ませてスマホを手に玄関へ向かう。


 愛衣が今更、父親が帰ってこない事に心を患わされることは無い。

 それほどに、父親がこの家に帰ってくることは少なかったからだ。


 別にそれに対して心配こそすれ、文句をいうつもりは無かった。


 一流企業の要職に努める父親は、家に帰ってこない事を申し訳なさそうにいつも謝っていた上、その過労死を心配する程の仕事ぶりのお陰で愛衣は何不自由なく過ごせている。

 大学も奨学金を借りる必要も無い事が分かっている。


 明日再婚すると言われれば、諸手を振って祝えるくらい親子仲は悪くなかった。

 悪くないからこそ、最初の内は誰も居ないこの家に心煩わされていた。

 今でこそ慣れたが飽くまで慣れただけ、痛みを意図的に無視しているだけでない訳では無い。


 あまり家に居たくないからこそ愛衣の朝の支度は早い。いつもするナチュラルメイクですら学校で済ませる程に。

 ブレザーに袖を通し、第一ボタンは開けたままリボンをリュックに仕舞い玄関に手を掛ける。


「行ってきます」


 愛衣が朝早くに登校するのはもう二つ理由があった。

 朝早くなら親子の通勤通園を目にしなくて済むから。朝から気分を滅入りたくないと、足早に駅に向かい数駅先の高校に足を運ぶ。

 そして会いたい人が居るから。


「おっすー! 親友―!」

「おはよ、千夏ちゃん」


 愛衣の後ろから溢れんばかりの快活さを込めて抱き着いた挨拶に、愛衣は笑顔を浮かべて足を踏みこんで耐えながら答える。

 明らかに気心知れた関係、仲の良さが一目で分かるその光景にちらほらと集まった他の生徒たちもチラチラと視線を向ける。


 二人は、そんな周囲に気を向ける事も無く笑顔で向き合いながら学校へ向かう。


「千夏ちゃんは朝練?」

「おうぃえ~す。駅伝近いからねぇ」

「大変だねぇ、無理してない?」

「ぜーんぜん? 私そんな必死でやる気ないし? 何事もほどほどに全力を出すだけよ」

「なにそれ」


 適当な事を言っているが、毎日の朝練と放課後の練習はきっちりとこなしている千夏は決して適当な性格ではない。

 運動用のジャージで登校し、朝練にはきちんと顔をだしているのだから。


 息抜きが上手い性格なのだ。そしてそれが愛衣にはとても気楽で心地よかった。

 今もこうして、だらだらと益体の無い事を話しながら学校へ向かうこの時間は、寂しいと思うことは無い。

 自然と笑みを浮かべている。


「あっ! 昨日のグループメッセ! なんで爆弾落とすだけ落として抜けるのさ!」

「あ、へへ。いやぁまさかあんな事になるとは思わなかったよ」

「ホントあの後大変だったんだよ? 皐月先輩とメガネ先輩に巻き込まれた私の事を考えてよ」

「あははごめんごめん」


 眠そうに項垂れる友人に愛衣は苦笑を浮かべるも、表情は柔らかい。

 こうやって笑えるこの時間の為に早く家を出ているのだから、示し合わせた訳では無いが千夏と会えてよかったと思っている。


「それで今度、愛衣を連れてイベントでコスプレすることになったから」

「え?」

「んじゃ! あとの事は二人によろしくー!」

「ちょっとー!」


 言うが早いか、千夏は部活へ向かう為に駆けだしていく。その背を見送った愛衣はため息をついて教室へ向かう。

 まだ殆ど人のいない教室に着いた愛衣は、スマホで昨晩のグループのやり取りを見返す。


 するとそこには熱い議論を繰り広げた二人が、熱が冷めた後に一人先に眠った愛衣を連れてイベントでコスプレをする話が挙げられている。

 愛衣は自分の知らぬところで勝手に決められて苦笑を浮かべるが、楽しそうだから良いかと形ばかりの抗議を入れてなんのコスプレをするかに思いを馳せる。


 ぼうっとしていたからか、気づいたら教室が賑わい出していて始業時間が近づいている。

 辺りを見渡すも、千夏の姿は見当たらずため息をついてしまう。他の二人の友人については学年やクラスが違う為、余り朝に顔を会わせる事は無い。


 それに、クラスメイト達はあまり愛衣に話しかけない。

 入学して半年と経っているのに、愛衣はクラスメイトと親睦を深められずにいる。

 元々愛衣はそこまで社交性が高い訳では無い。友人である三人を除いたら話し相手が居ない程に。


 今だって、愛衣の事を遠巻きに見つめるクラスメイトが居るだけ、千夏が居ない今、針の筵の様に視線に晒されながら時間が過ぎるのを待つ。


(早く千夏ちゃんこないかなぁ)


「あ、あの高牧さん!」


 自分の傍で声が聞こえて思わず顔を向ける。

 そこには緊張による物だろうか。

 手を胸の前で握りこみ耳まで真っ赤に染めた少女、名前と顔が一致しないがクラスメイトだと記憶している。


 思わずまじまじと少女を見ていた愛衣だが、直ぐに微笑みながら「はい?」と答える。

 それに対して少女は「は、はひ」ともごもごと口籠る。


「お、おはようございます! これ! 良かったら食べてください!!」

「え? あ、はい」


 少女が勢いよく腰を折りながら手渡して来たのは可愛らしいリボンで封がされた、一目で手作りだと分かるクッキーだった。


 愛衣は戸惑いながらそれを受け取ると、少女は花咲いた様な笑顔を浮かべ何度もお辞儀しながら友達であろう子達の元へ駆け出していく。

 一人残された愛衣は戸惑いつつも、そのクッキーをリュックに仕舞った所で肩を叩かれる。それだけで笑顔が浮かぶ。


「相変わらずモテモテだねぇ親友は」

「遅いよ千夏ちゃん、遅刻ギリギリじゃん」


 にやにやと笑う友人に愛衣は唇を尖らせるも、直ぐに笑顔を浮かべる。


「にしても、今日は……手作りクッキーか、美味しそうじゃん」

「流石に上げないよ?」

「分かってるって、人様の貰い物に手を付ける程意地汚くないですー」


 千夏は愛衣の後ろの席に着く。

 二人が仲良くなったきっかけは席替えで近くなった事で、千夏が愛衣に話しかけた事だった。

 そんな二人は自然な空気で向かい合って話し合う。


「プレゼント貰うのはありがたいけど、なんか恭しい態度で居られるのは申し訳ないというか居心地が悪いんだよね」

「あぁ。今日も愛衣様は美しい……って感じは笑っちゃうよね」

「私からしたら笑えないけどね」


 愛衣が友達が少ない原因がそれだった。

 神がかった美しい容姿に当てられた周囲の人が、勝手に委縮して一歩引いてしまうのだ。

 そして社交性が高くない愛衣は、自分から一歩を踏み出すことが出来ずに、いつしか深窓の美少女と呼ばれ周囲からしてみれば孤高の、本人からすれば孤独な学校生活を送っていた。


 そんな愛衣に声を掛けたのが千夏で、今では彼女を通して二人の友人に出会い、そしてその二人の影響でコスプレイベントに出たり漫画やアニメに手を出すヲタクに成り変わった。


 だがそれでも、愛衣からしてみれば現状への憂いは変わらない。

 そもそも自分から積極的に声を掛ければもっと違ったはず、なんて声を掛けたら良いかわからず曖昧に微笑むだけでお茶を濁すようなことをしてしまっていたから、変に周りと壁を築いてしまったのだ。

 そしてそんな自分に好意を向けてくれることに対して、申し訳なさが先立ってしまう。


 自分なんてそんな大した人間では無いのに。

 変わりたいとは常日頃から思う。だがなかなか変われない、もし変われるとしたらそれこそ一度生まれ変わるでもない限り。と諦めてしまう。


「あ、そう言えばコスプレの件おっけー?」

「うん、特に用事無いし問題ないよ」

「よっし! じゃあ魔法少女合わせしよ?」


 話題が明るい物に変わった事で暗い思考は払拭され、愛衣は月末への思いを馳せた。


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