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私のお母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました  作者: れんキュン
1章 お母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました
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冒険家組合




 辺境の町カルテル。


 その街の北区に位置する、いざと言う時には避難シェルターにもなるその建物は実用性だけを突き詰めた様な重厚さを醸し出している。

 朝方だからだろうか、周囲には武器を携えた老若男女、人種にハーフに純血問わずの亜人がこれから戦いに向かうのだろか、真剣な表情で話し合いながら歩いている。


 そんな只者ではない人々の間を、セシリアは縫うように歩き続ける。


 誰もが一瞥し、子供がこんな場所にと眉を顰めるが、冒険家を志す者は何も夢追い人だけでは無い。

 明日の糊口さえ確保できない者が、日銭を求めて訪れる事が日常茶飯事の光景。

 子供や大人が貧困に喘ぎ犯罪に手を染める位なら、と国は黙認しているのが現状。


 故に、明らかな子供のセシリアが居ようと誰も気に留めない。

 多少身ぎれいではあるが、冒険家組合に来るような人間には大なり小なり事情があるのだろうと勝手に推察する。


 騒々しい冒険家組合の中に踏み込むと、セシリアはその光景に思わず一歩後ずさってしまう。


「それは俺が取った依頼だろうが!」

「うるせぇ! C級のお前には無理な依頼だろうが!」

「んだと!? てめぇは仲間に恵まれてるだけだろうが!」


 依頼を張り出す掲示板の前で胸倉をつかみ合う男達。それすら日常の光景とでも言うように気にした素振りの一切ない周りの人々。


「それじゃ、今回は俺達とそっちのパーティーが協力して狩猟依頼を受けると」

「えぇ、分け前は依頼金が全額そっちで私達は希少素材を、という形で良いかしら」

「あぁ構わない。それじゃさっそく準備に取り掛かろうか」

「よろしくね」


 併設されている酒場の円卓でこれから取り掛かる依頼について話し合う2つのパーティー。冒険家達は必要とあれば他のパーティーと協力する事も多く、報酬の配分等も細かく話し合う。

 彼らは必要な事を話し合うと手早く立ち上がり準備に移る。


 生きるために冒険家を続ける者もいるのだろう、夢を追いかける者も居るのだろう、戦う事が好きな者も居るのだろう。


 セシリアは受付で忙しなく手を動かしている人種の女性の前が空いているのを見つけ、彼女に近づく。


「あの」

「……? あら、いらっしゃい」


 女性は顔を上げると、メガネの向こうで人好きのする笑みを携えてセシリアを迎える。


「今日はどうしたのかな?依頼?それとも冒険家登録?」

「……その、情報が欲しいんですが」

「情報?」


 珍しい話を持ち込んだ小さなお客に受付嬢は首を傾げる。

 そんな受付嬢の反応を気にする素振りも無く、セシリアは淡々と口を開く。


「どんな毒でも治す、薬みたいな物に関する情報を頂きたいのですが」

「う~ん」


 受付嬢は筆を置いて頬に手を当てて考え込む。

 別段それについて秘匿すべき事は無い。そういった万病薬に関する情報は確かにある、だが教えた所で幼子に何が出来る。


 それにこういった話は多々ある。

 例えば親が病にかかってなりふり構っていられず無茶をする子供を何人も見て来た。辺境の町では無いが、故郷を魔物に襲われて助けを求める子も。


「無い事は無いけど、知ってどうするの?」

「それ、関係あるんですか?」

「勿論、変な事に使われたらお姉さん困っちゃうし」

「……助けたい人が居るんです」


 やはりと、ため息をついてしまう。

 冒険家組合に来る人間なんて、大なり小なり事情を抱えている者ばかりだ。そしてはやって命を落とす者達を、受付嬢は何度も見て来た。

 勿論、その中にはセシリアと同じような幼子も含まれている。

 受付嬢は再度ため息をついて、窘める様に言い聞かせる。


「良い? その気持ちは立派だけど、貴女が望んでいる物は貴女には到底手が出せないような物なの、辛いことだとは思うけど諦めて頂戴」

「っ!」


 その言葉に一瞬怒りで目を見開いたが、その通りだと消沈する。

 だがそれでも諦め切れず、弱弱しく口を開く。


「それでも……情報だけで良いんで教えて貰えませんか」


 受付嬢は悩む。

 情報を教えること自体は問題ではない、だがこういった手合いの者は必ず無茶をすると決まっている。

 そして問題なのが、その情報の在処が禁忌の森に由来する事。


 そもそも冒険家組合が作られたのは、禁忌の森に無暗矢鱈に立ち入る者を抑える為。

 禁忌の森は魔獣たちの生存圏が分かりやすく分かれており、奥深くに入るには認められた上級者しか入れず、冒険家でも無い者は禁忌の森の浅い場所にしか入る事が出来ない。


 そしてセシリアが求めている物は禁忌の森の奥にあるだろう。多分に罪悪感を滲ませながら首を横に振る。


「貴女が望んでいる物は、禁忌の森の奥に行けば恐らくは手に入るかもしれない」

「なら!」

「でもダメ」


 出し渋る受付嬢にセシリアは声を荒げる。

 片や死んでほしくはないと思い、片や助けられるなら死んでも良いと思い。


「禁忌の森の奥には一般人はおろか並みの冒険家ですら入れないの。勝手に入って悪戯に魔獣を刺激してこの街に攻めて来たら、貴女はその責任が取れる?」

「っ……」


 お前だけの問題では無いと言われてしまえば、セシリアは俯いてしまう。

 母を助けるためにこの身を犠牲にすることも厭わないが、無関係の街の人々を危険に晒すのを良いとも思わない。

 だがそれでも、諦め切れず縋りつこうとした所で、年若い男の声が割って入る。


「いいじゃないですか、教えてあげれば」


 受付嬢は少し眉を顰めるも、直ぐに皺を消す。

 セシリアが声に釣られて振り返ると、そこにはさぞ女性に人気があるであろう端麗な顔立ちに、柔和な笑顔を浮かべた好青年が立っていた。


 しかしそんな人好きのする笑顔を見たセシリアは、先日のロンを名乗った男を思い出して殺意すら伴うように肌が泡立つが、ロンでは無いと思い返し暫く目を瞑って心を落ち着かせる。


「無責任な事を言わないで下さい。それでこの子が禁忌の森に入ったらどうするんですか」

「って言っても子供一人で街の外には出れないじゃないですか、だったらいっそ教えて現実を教えるってのも優しさだと思いますよ。下手に隠して暴走されるよりはましだと思いますけど」


 青年の言葉に受付嬢は顔を顰める。

 言いたいことは分かるが、ここまであけすけに面と向かって言われると文句の一つも言いたくなる。

 が、それをぐっと抑える。


「……分かりました、少々お待ちください」


 そういって受付嬢は席を立つ。

 残されたセシリアは青年に礼を言うべきだとは思ったが、どうしてもトラウマがよぎり警戒が限界まで引き上げられてしまう。


「ん、あぁお礼とかは必要ないよ?」

「……それでも、一応ありがとうございます」


 青年は悪いとは一切思っていない笑顔を浮かべて先に断りを入れるが、お礼と謝罪はきちんとしなさいと教育されているセシリアは、多分に警戒しながらもぶっきらぼうに礼を言う。

 実際、彼が口を挟まなければ何の成果を得られずに門前払いを食らっていただろう、少なくとも感謝するべきだとは考える。


「おや、ちゃんとお礼言えるんだ。俺の事を恨んでるんじゃないかって位殺気向けてきたのに」


 気付かれてたとセシリアは顔を背け、言い訳がましく唇を尖らせる。


「……貴方みたいな人に良い思い出が無いだけです」

「そうかそうか、まぁ警戒心が強いってのは良いことだ。冒険家なんて大体が真面な職に就けないはぐれ者だからね、特に俺みたいな優しい人っぽい奴ってのは大体が悪人だから」


 セシリアはそれを痛い程痛感している。その言葉の一つ一つがセシリアを罵るっている様に感じられ居心地の悪さを覚える。


「お待たせしました、これが恐らく求めている情報です」


 冷淡な程感情を殺した受付嬢の声にセシリアは顔を弾かれたように上げる。

 受付嬢の手には一枚の古ぼけた紙。

 内心首を傾げつつも、希望に心掻き立てられながら差し出された紙を手に取る。


「……うそ……」


 しかしそこに記されていたのは希望では無かった。ある意味、理想という点では希望だが、セシリアにとっては絶望。残酷な現実そのもの。


 たった一枚の薄い紙。そこには花の特徴を書いた絵と注釈。そしてたった一言。


『万病に効くであろう奇跡の花。魔導歴以前に極僅かに作られたとされる奇跡の聖薬、現代では夢物語の一つ。禁忌の森の奥にて魔女が作られたと記録あり』


 紙を見開いた目で震えるセシリアを、悲し気に眉を下げながら受付嬢はため息を吐く。


「分かった? 万病薬なんて無いの、仮にあったとしても人類が立ち入れない森の奥深く。よしんば見つけても製薬技術も無い。ただの夢物語なの」

「ほ……他には……」

「こういった系の情報はこれだけ。後は特に望むものは無いわ」


 セシリアは震える手で紙を返すと、ふらふらと踵を返す。


 背後では受付嬢が呼び止める声が響くが、セシリアは反応を見せることも無く冒険家組合を後にした。


 ここは異世界だから。

 魔法だって亜人だっている世界だから、そういった物があると思った。ご都合主義の様な物があると思った。


 だけどここはどこまでも現実で、夢は夢でしかなかったと現実を突き付けられるだけ。


 生気を無くしたセシリアは、ふらふらと自分達が寝泊まりしている宿屋へ向かって行く。


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