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羨望ノックアウト

 


 対戦車ライフルの空間を歪める衝撃と轟音が戦火を切る。元のアイアスの設計なら一発ごとに排莢と装填をしなければいけないが、両手に持って戦う事を想定したセシリアは耐久性と取り回しを大いに犠牲にする事で、リボルバー形式に改造を施した。

 と言っても兵器にも等しい対戦車ライフルの衝撃はすさまじく、両手で撃っても身体の骨が幾つも外れてもおかしくない。それを二丁。人外染みた膂力を誇るセシリアだからこその、バカげた武器だ。


 人間相手に撃つには過剰すぎる。それこそ、鋼鉄の戦艦を相手にするような対戦車ライフルの威力は凄まじく、それが断続的に何発も撃ち出される。

 人間の身体に当たれば肉片すら残さず消し飛ぶだろう。


「見た事ない武器だ。だが、狙いが分かり易すぎる」


 だがアレックスは羽根の様に軽やかに弾丸を躱した。掠るだけでもダメージを与える衝撃だと言うのに、何より音速を超える弾丸をたった数メートルの間合いで何発も撃たれているのに。

 初撃で銃と言う物を理解し、並外れた身体能力と動体視力で弾丸と言う弾丸全てを避け、受け流し、躱し尽くした。

 背後の壁が粉微塵に砕け、外壁が崩れ天井が割れた。にもかかわらず、アレックスに傷一つ冷や汗一滴すら搔かせなかった。


「化け物が」

「良く言われたよ」


 逆に冷や汗をかいたセシリアが、空になった弾倉を乱雑に吐き出して再装填しようとすれば、選手交代とアレックスが勢いよく飛び出す。

 数メートルはある間合いが瞬きの内に詰められ、再装填しようとしていたセシリアの懐に入り込んだ。


 目の前で大上段から振りかざされようとしている剣を前に、選択を迫られる。両腕に抱えている柱の様な対戦車ライフルを捨てて避けるか、受け止めるか。

 ここでアレックスの攻撃に対して、瞬時に判断を下せないのがセシリアの弱み。戦闘経験の少なさだった。自分より強大な魔獣と戦った経験はあるが、人間との戦いは片手で数えられる程に少なかった。

 何より、格上との戦いとなれば尚更。だから咄嗟の判断が遅れる。


「させません!」


 だがアレックスの剣がセシリアを切り裂く事は無く、間に飛び込んだイングリットが構えた盾に阻まれ金属の不快な音と火花を散らせた。

 咄嗟に動いて受け止めたのだろう。不安定な態勢で大上段からの一撃を受け止めたイングリットの身体は盾に潰されるように押されている。


「ありがとう!」


 だが一瞬の隙がセシリアに反撃の機会を与えた。懐からリボルバーを取り出し、銃撃する。ゼロ距離での50口径炸薬徹甲弾。避ける事は流石に難しい。

 辛うじてアレックスは左腕で受け止め大きく後退した。


「気を付けて下さい。アレックス殿は最強と言う言葉を使うのも憚られる程、強いです」

「うん。今ので理解した。凄いね、私は全然反応できなかったよ」

「僕の戦いの師ですから。目だけは慣れています」


 再び間合いが出来、かつ一撃を喰らわせることが出来た。一人では無理でも、二人なら何とかなるのではないかと希望が乱れる呼吸を整えさせる。

 即席の連携だが、何とかなるかも知れない。


「久しぶりだよ。傷を負ったのは」


 そんな風に希望を見出してる二人に、アレックスは凪いだ声で称賛とも取れる言葉を送った。

 50口径炸薬徹甲弾は確実にアレックスの左腕に着弾した。だがそのダメージは左腕を包む鎧を壊しただけで、身軽になった左腕をぶらぶらさせると先ほどと変わらぬ様子で剣を握る。

 ささやかな衝撃だけで、大したダメージは与えていなかった。ゼロ距離での50口径炸薬徹甲弾を受け止める鎧など反則が過ぎる。しかもそれが、まだ上半身の殆どを覆っているとなればため息が出た。


 矢鱈滅多に銃を撃った所で意味のない相手に、重量で碌に動けないこの状態でさてどうやって戦うべきかと眉間に皺を寄せていると息を整えたイングリットが盾を構えながら耳打ちしてきた。

 どうやら考えがあるらしい。


「僕に策があります。えっと……」

「セシリアだよ」

「セシリアさん。僕に合わせて貰えますか」


 どっちにしろ悩んで何も思いつかなかったんだ。肯定の代わりにライフルの装填を済ませ構えた。

 盾に身体を隠し、二人は作戦を立てた。

 話し合いを済ませたイングリットは、盾を正面に構える。基本に忠実、教えられた事をきちんと守った実直な姿勢だ。


「アレックス殿。貴方の蛮行、ここで止めさせていただきます」

「……」


 それに対しアレックスも、無駄な装飾の無いシンプルな剣を正面、中段に構える。こちらも剣士の基本的な姿勢。まず初めに教わる事をそのままに、己の癖など混ざる事のない教科書通りの構え。

 だからこそ恐ろしいのだ。

 最も基本の型で、どんな攻撃にも対応でき応用できる。隙が無く合理的。構えられただけで、攻め手が挫かれるのだ。


「行きます!」


 それでも、イングリットは正面から盾を武器に飛び出す。

 背後からセシリアの援護を受けつつ、間合いを詰めたイングリットは盾を全力で殴りつけた。アレックスの剣と打ち合わさり火花が走る。それでも、イングリットは攻撃の手を止めない。

 必死に、自分の身体の小ささを理解した上での細やかな立ち回りによる攻撃。盾と剣の打ち合わさる火花や金属音と相まって、芸術的なワルツを踊っている様な。


 だが、力量差は歴然だった。必死で食らい付くイングリットを見下ろすアレックスは、文字通り子供を相手取る様にその場から一歩も動いていないのだから。

 定期的にイングリットの援護に打ち込まれるセシリアの弾丸も、とうとう片手間に剣で受け流されるまで慣れた始末。


「何か策があるのではないのですか」

「えいっ! やぁ!!」


 アレックスが殺そうと思えば直ぐに殺せる。そうしないのはイングリットが言った策への警戒が僅かと、浅くない付き合いが故の躊躇いだろう。

 だからと言って見逃すつもりは無いのは、セシリアが来なければイングリットが死んでいた事が証明している。彼はただ、足掻くイングリットの様子を見ているだけだ。何時でも殺せると言う余裕があるから。


 そして、その余裕をイングリットは理解している。


「でりゃぁぁ!!」


 息も上がって来たイングリットは奮い立たせる為に腹の底から声を張り出しながら、大きく飛び上がって渾身の力を籠めて盾を叩き落した。

 アレックスの態勢を崩したわけでも隙を突いた訳でも無い、傍から見れば拮抗状態に耐えられなくて捨て身の攻撃をした。様に見える。


 愚行を前にアレックスはため息をついて、叩き下ろされる盾を掬い上げ打ち払った。呆れから視線を外したアレックスは、イングリットがそれをこそを狙っていて笑ったのを気づかない。


「その癖、無意識なんですよね。稽古で僕が変な事をした時、絶対に呆れたって感じで目を逸らすんです」

「!?」


 アレックスが気付いて振り返った時には、空中で弾き飛ばされた姿勢のイングリットが銃を構えていた。

 セシリアの純白のリボルバーを。


「セシリアさん!」

「分かってる!!」


 セシリアが全弾打ち切る勢いで両手に抱えた対戦車ライフルを撃ち放つ。それはアレックスを狙った物ではあるが、防御と回避をさせない為の銃撃。つまり、ゼロ距離で確実にイングリットがアレックスの急所を撃ち抜くための作戦。

 アレックスと師弟関係にあり、戦いを教わり、アレックスと言う人の癖を熟知したイングリットだから立てられた物。


 四方を包む網の様に対戦車ライフルの拳大の弾丸が走る。逃げられない、剣を動かせない。

 硬直し、目を見張るアレックスの視界はやがて自分に突き付けられるリボルバーが火を噴いたのを追っていた。

 ゼロ距離で放たれた50口径炸薬徹甲弾は、ゆっくりと身体を晒すアレックスの胸に吸い込まれた。


「……アレックス殿?」


 確かにセシリアの銃撃によって剣で受け止める事も、避けることも出来ない。だとしても、アレックスは焦りも避けるそぶりも見せなかった。

 自分を殺す弾丸を受け入れる姿勢を見せる。安堵する様に、漸く眠りにつけると言うように目を伏せた。


 イングリットの声が届くとき、アレックスの胸は弾丸に貫かれた。


 余りにも呆気なく、世界最強の勇者の称号を持つ男は地面に倒れた。心の底から安堵した表情で眠りにつくように。

 鎧には大穴が開き、胸から血が溢れ出ている。完全に死んだ。


「やったんだね?」

「……僕は」


 膝を着いて呆然とアレックスの遺体を見つめるイングリットに近づいた。人を殺した反動と、師を手に掛けたショックからイングリットは放心してしまっている。

 その手から自分のリボルバーを回収し、膝を着いて肩に手を添えた。震えるイングリットを慰める不器用な優しさだった。


「必死だったんです。アレックス殿がこの国を襲って、ふざけるなって怒りがあって、殺されかけて生きなきゃって」


 今のセシリアに出来る事は、イングリットの懺悔の様な独白に耳を傾ける事だけ。急いで生存者を探して避難させようとは、言えなかった。

 イングリットの顔色は青を通り越して白く、血が通っていない様に冷たく、小さく震えて瞳が虚ろだった。無理させてしまえば、放っておけば死んでしまいそうに酷い様子だから。


「でも、でも……アレックス殿は最後に笑ってたんです。安心した、良かったって。もう訳が分からないんです。何でアレックス殿がこんな事をしたのか、何に悩んでいたのか。知る機会は沢山あったのに、ずっと一緒に居たのに……」


 イングリットにとってアレックスは親よりも共に過ごした人物だった。こうありたいという道標であり、尊敬と敬愛を向ける相手だった。

 世界を救った勇者の子孫であるイングリットだが、それに足る力を持たなかった。だから、強く気高く見えたアレックスの背中を追い続け、共に並び立ちたいと心から思い、それだけが心の支えだったのだ。


 そんな相手をこの手で殺してしまった。

 故郷を裏切るまでに追いつめられたアレックスの苦悩を、誰よりも長く共に過ごして来たイングリットは何も知らなかった。

 そんな後悔と苦悩が、戦闘の興奮から冷めたイングリットを苦しめる。


「僕は……僕はアレックス殿とずっと一緒に……!」


 喉の奥から絞り出すような声を出し、涙を流すイングリット。

 その言葉に籠められた悲痛な願いは、マリアとずっと一緒にいたいと願うセシリアと同じだけの重さがあった。

 背中に手を当て慰めるセシリアは、落ちていく涙の雫が、地面に落ちる事無く紫電にかき消されたのを見た。


「!? 危ない!!」


 咄嗟にイングリットを抱えて大きく後ろへ飛んだ。その瞬間、さっきまで座り込んでいた場所に紫電の奔流が吹き荒れる。大自然の怒りの如き落雷がセシリアとイングリットに襲い掛かる。

 だが紫電は空から地へ落ちるのではなく、大口を開けて襲い掛かる大蛇の様に地を這って追いすがる。


「こっのぉ!」


 苦し紛れに二門の対戦車ライフルを蹴り飛ばし、紫電の大蛇に食わせれば派手な火花を上げて爆発した。中に入っていた弾丸がそこら中に飛び散り、破片と土煙が視界を遮る。

 勿体ないと僅かに思うが、咄嗟にライフルを犠牲にしなければ危なかった。そんな感情は理解しがたい現状と、産毛を逆撫でる危機感に吹き飛ばされる。


「嘘でしょ」

「何で……これはアレックス殿の魔法……」


 終わった筈だ。死んだはずだ。心臓を銃弾に貫かれそこに倒れている。

 なのに、なんでアレックスの【紫電魔法】が襲い掛かって来たんだ。何で、土煙の向こうにゆらりと立ち上がる人影が見えるんだ。

 どうして、破れた心臓が元の形に戻っていく。


 あり得ない。だってそれはセシリアだけの魔法なのだから。そして、セシリアの魔法を以てしても死者を蘇らせることはまず出来ない。魔王の力を使って初めて、死の淵から蘇る事が出来た奇跡。

 アレックスは【紫電魔法】を持っている。魔法とは魂の形だ。生まれながらの魂の形、あるいは生存本能を限界まで刺激した事によって生まれる強い願い。

 死を受け入れたアレックスが、死を逆転させる願いを持つはずが無かった。


 驚愕と畏怖に固まるセシリアとイングリットに、傷口が塞がりつつあるアレックスは凪いだ声で答えた。


「……そうか。彼らは……」


 再び動き出した心臓に手を当てたアレックスは呆然と、されど全てを納得した声音で呟き、二人に手を差しだす。

 こちらへ来いと誘う様な手から、紫電が迸る。


「っがぁ!?」

「ひぎぃっ!」


 避ける暇すらなく、瞬きの間にセシリアとイングリットの身体を紫電が貫き地に伏せさせた。

 脳みそが焼け全身の血が沸騰する様な熱が身体を蝕み、二人の身体は動けなくなる。死ぬほどの痛みが走るが、死にはしない。手足がしびれ、視界が霞み、動けない。

 今までの戦いが児戯であると示される様な、絶対的な実力差がそこにはあった。


「人間ではなくなったらしい。だが、それが俺の願いを叶える為には必要なんだろうな」


 動けない二人を見下ろしながら、アレックスは静かに語る。

 今まで誰にも語る事の無かった、己の心の内を。明日家を出る子供を想って最後の親子の会話をする、父親の様に穏やかな声音だった。戦場には似つかわしくない、静かな声。


「普通になりたかった。君なら、分かるんじゃないか。セシリア」

「ぎ、がっ……!」


 矛先を向けられ憎まれ口を叩こうにも、舌がしびれて言葉が出せないセシリアは這いつくばった姿勢のまま睨み上げる。

 それがどんな内容だとしても、自分の故郷や友人を化け物の餌にする様なクズとだけは同じにされたくは無かった。


「俺は天才である事が苦痛だった。挫折し、努力し、苦悩したかった」


 アレックスと言う男は天賦の才を生まれながらに与えられた男だった。

 だがアレックスにとって、天からの祝福は呪いにしかならなかった。

 一を聞いて千を知る。一度剣を振れば達人の域に踏み込む。生まれ持った魔法も強く万能。裕福な家庭に生まれ食うにも寝るにも困らなかった。


「イングリット様、貴方の挫折と苦悩を乗り越えられる努力が羨ましかった。セシリア、君のひたむきな愛が羨ましかった」


 周りを見れば誰もが挫折し、苦悩していた。それでも尚、努力し乗り越える。そうして確固たる自信や経験を積み上げて、仲間と切磋琢磨し絆を深める。

 そういう、普通の経験がアレックスには無かった。


「俺は何でも持っていたが、誰もが得られた物を得られなかった。何時だって俺は努力する皆を外から見ているだけで、ずっと……空っぽだった」


 アレックスの世界には心からの喜び、充足感。そう言った物が無かった。天才が故に人の輪に入れず、対等な関係も築けず、凡人とは決して分かり合えない壁があった。

 アレックスの願いは、誰もが当たり前に得られる物。


「普通になりたい。あの化け物達はその願いを叶えてくれると言ってくれたんだ」


 普通を求めて、祖国と世界を裏切った。それ程までにアレックスの歪みは限界だった。

 狂気の喜びを滲ませる青い目を、セシリアに向ける。以前に愛の告白をしたのもあって好意はあるのだろうが、それとは別の意味の好意で手を差しだした。


「君だって同じだろう? 天使と魔王の血を引く異分子」

「そんな……理由で……」


 手を差し伸ばされたセシリアの代わりに、イングリットが苦悶の声を上げながら答えた。その返答にアレックスの眉間に皺が寄る。自分の裏切った理由を、存在証明をそんなと言われて不快感を感じたらしい。


「悩みが、あるなら……苦しいなら……言って欲しかった……」


 睨み、見下ろすアレックスを苦しみながらもしっかりと見据え言葉を紡ぐ。

 涙を滲ませ、願い請う様な細い声。それでも、徐々に気持ちが高ぶって力強く顔を上げた。


「僕は貴方の力になりたかった!!」

「ふざけるな!!」


 力強いイングリットの言葉を、アレックスは激情の拒絶を被せた。

 己の弟子に、友に、溢れんばかりの怒りと憎悪の籠った眼を向ける。虚ろだったアレックスの初めて見せた感情だった。


「お前のそれが一番嫌いなんだ! 努力できる癖に、悩める癖に、足掻ける癖に!! 常に真っすぐで純真、正しいお前が憎いんだ!!」


 アレックスにとって一番許せない存在こそ、イングリットだった。真っすぐに自分を見つめるイングリットを言葉で殴りつける。

 言葉を一つ重ねる度、イングリットの黒い目から涙が零れる。彼の信頼を、親愛を、敬愛を裏切り壊し続ける。

 最後まで信じてくれた人の気持ちを、思いを、駄々を捏ねる子供の様に頭を抱えて否定し続けた。


「分かる訳が無い! スタートに立った瞬間、もう目の前にゴールがあり続ける虚無感が。誰にも理解される事のないこの孤独が!」


 イングリットはそれ以上何も言う事が出来なかった。涙を溢れさせ、顔をくしゃくしゃに歪めながら手を伸ばした。

 どれだけ拒絶し、憎まれても、イングリットのアレックスへの気持ちだけは変わらない。

 頭を抱え、叫ぶアレックスに手を伸ばし続ける。その姿があまりに寂しそうで苦しそうだったから。誰かが傍に居てあげないといけないと這いずって手を伸ばすが、紫電によるダメージで血を吐いて顔を下げてしまった。


「俺はただ! 普通に」

「——もう良いよ」


 アレックスの言葉を、冷たく地を這う様な声が遮る。

 倒れるイングリットでも無い。この場に居ない誰かでも無い。アレックスに仲間意識を向けられた、セシリアの無機質な声。


 彼女は、ゆっくりと立ち上がって天を仰ぎながらため息を零す。酷く気怠げな様子だ。

 雰囲気がさっきまでと違うと、他の二人は肌に突き刺さる冷気の様な何かで感じた。冷たく、他者を拒絶する怒りの何か。


「どいつもこいつも、自分勝手な事ばっか言いやがって」


 呆れる様に息を吐き、剣呑に細めた目をアレックスに向けた。面倒くささが振り切れて苛立ち無関心に振り切れた目。何をしようと勝手にすれば良いが、それに私を巻き込んでくれんなとため息を零す。

 実際、セシリアの立場と心境はその通りだった。


「我儘押し通しきゃ勝手にやってろよ。私とママを巻き込む様な事するんじゃねぇよ」


 徹底して、セシリアは第三者で巻き込まれ続けていた。今この場に居る理由だって、自分達が巻き込まれた結果だ。

 エリザベスの計画で故郷を襲われ、ダキナの趣味で育ての祖父母と友人を奪われ、前世での親友の狂愛に襲われた。


「私はね、世界とか国とかどうでも良いの。今だってそこの王子サマが死のうが知ったこっちゃない。だからってね、お前らと一緒にはされたくないんだよ」


 世界全土の問題だから、逃げた所で後で火の粉を被る事になるからここに居る。そうでなければ、一つの国での問題程度であれば問答無用で無視するつもりだった。

 認めたくはないが、アレックスが向ける仲間意識も間違いではないだろう。

 ただそれでも、セシリアとアレックスでは決定的に違う所がある。


「私は、ママの為に生きてる。ママが幸せでいてくれるならそれで良い。今ここに居る理由も、ママと平和に過ごす為だから」


 自分の為に国を裏切ったアレックスに対し、セシリアの存在意義は常にマリアにあった。

 前世の頃に願い続けた優しい母親。セシリアとなって出会ったマリア。10歳の頃にマリアを守る為に力を手にし、その為だけに生きて来た。色々変わってしまったが、それだけは常に変わらなかった。

 誰かの為にではない。マリアの為に、マリアを好きな自分の為に。


「私の夢はそんな小さな物なの。あのまま故郷の街で、トリシャさんとガンドさんのお店で、ママと二人で静かに過ごす。なのに何度も誰かのクソみたいな欲に潰された」


 天使と魔王の混血児だからか。時代が悪いのか。普通に生きる事が出来ず、人の悪意と運命に歪まされ続けた。それでも良心を失わずに居られたのはマリアが居たからだ。

 だが今は、イライラしてしょうがなかった。

 ここまでやられっぱなしでフラストレーションが溜まっていた。


「何でも持ってるお坊ちゃまの癖に普通が欲しいだって? もう既に持ってるくせにそれに気づかない傲慢野郎が」


 ダキナは殺したいが、憎んでもなお残る愛嬌の様な物があった。オフィーリアは怒りよりも寂しさと悲しさがあった。エリザベスも悲しい人だと同情した。

 だがアレックスだけは、別だ。

 何も同情できない、何も理解出来ない。

 いい年してガキみたいな事を言って、自分達を巻き込んだ目の前の男へ怒りを募らせるだけだった。


「うちのお姉ちゃんならブちぎれだよ」


 この怒りはセシリアの分だけではない。生まれる事の出来なかった姉の怒りが、今この場で吠えたのだ。

 足元から黒い魔力が溢れ出し、セシリアの身体を作り替えていく。その怒りを肯定し、我儘ばかり垂れる子供を殴り飛ばす為の力を与えた。

 赤黒い線が走る漆黒の甲冑を身に纏う。荒々しい龍の如き爪と牙、大空を舞う羽根、太く鋭い尻尾。手足も肥大化し、大木の如き強靭さを生み出す。

 魔王の力と黒龍のトラウマで生み出された、黒い龍騎士の兜から真紅の光が強く輝いた。


「そうだな、君の言う通りだ。だが、それでも俺はもう止まれないんだ」

「ほざいてろ。てめえをぶん殴って、このクソみたいな戦争を終わらせてやる」


 最早対話は不要。アレックスは剣を構え、セシリアは深く腰を落として拳を握った。

 騎士としての証である剣を、師から教わった拳の振るい方を。それでしか証明できない物があるから。


「GAAAAA!!!」

「すまない」


 第二ラウンドは、勇者と魔王の一騎討ちにて始まった。かつての歴史の再現は、しかし立場が逆だった。


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