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サンタの贈り物

前回までのあらすじ。 

 魔王城にてアダム達を退けた一行だったが、オフィーリア率いる化け物の軍勢によって魔王城は落城の危機に瀕していた。中に居るナターシャとスーリア、エリザベスは決死の抵抗を重ね、クリスティーヌは己の視力を犠牲に虹色の宝杖の力で敵を退けたかに思えた。

 しかし敵は今だ健在で、再びの絶体絶命の状況に陥る。

 そして地上階にて、ヤヤとフラン、エロメロイとヴィオレットの治療にあたっていた神官達は外へ出ること叶わず、部屋の中に籠城していた。

 



 時は少し遡って、クリスティーヌの宝石魔法が発動する少し前。

 魔王城の階下では、四人の負傷者を治療中だった神官達が部屋に立て籠もっている。

 が、金属製の扉は化け物達のノックで歪み続け、背後の窓から出ようにも閉じた鎧戸の向こうには虫が嵐の様に叩きつけられている。つまり、絶体絶命の状況に追い込まれていた。

 そんな中でも神官達は、生命維持装置に繋げられていないと眠る事すら出来ない負傷者を背に囲み、何とかしてこの状況を打開しようと恐怖に震えながら話し合っていた。


「びやぁぁぁ!!」

「どうした!?」


 そうして話し合いをしている最中、一番年若い少女の神官が悲鳴を上げて緊張が走る。

 悲鳴を上げた少女の神官は、傍に居た壮年の神官に抱き着いて泣きじゃくり続けて何も言わない。

 他の神官達も何があったのか分からず腰を浮かせて警戒していたが、叫び出した原因に気づいて息を呑んだ。


「もう……時間切れなのか」


 金属製の重たい扉だから大丈夫だと思っていたが、気づけばその扉が歪んで出来た隙間から大量の目が自分達を見ている。

 人間の眼球が、獣の眼球が、魚の眼球が。あらゆる生物の眼球が蠢きひしめき合って自分達を一斉に見つめていた。それだけ沢山いるのか、はたまた眼球だらけの化け物の一体なのか。それを確かめる勇気は誰にも無い。

 ただ、骨に響く重たい衝撃が扉を更に歪ませ、少しずつ隙間が広がっていくのだけは確かだ。


 ゴゥンッ!!


 一際大きな音が扉から響いた。重たくて、巨大で、恐ろしい何かだ。今までのとは明らかに違う、金属製の扉を破壊できる何かがその向こうに居るのだ。

 たった一撃で大量の化け物の牙と爪を阻んでいた扉が、ひしゃげる。


 ゴォンッ! ゴンッ!


「ひぃ!? 扉が! もう限界なんだ!」

「武器を手に取れ! 戦うぞ!」


 瞬く間に扉の限界が迫る。金属の悲鳴を上げながら壊れだした扉を見て、恐慌と不安が広がる。

 なけなしの勇気を振り絞って立ち上がる面々だが、その身体の震えは隠しきれない。


「ィァ“ァ”ア“ア”ア“ア”ア“!!!!」


 一際けたたましい轟音と共に、今まで頼もしく無くも守ってくれていた扉が叩き壊されてしまう。壁すら壊して現れたソレは、背筋を凍らせる悲鳴の様な咆哮を上げて部屋に侵入を果たした。

 その化け物は水膨れ異臭を放つ腐り落ちた肉の塊の巨大な姿で、青白く変色した半透明の身体の下の骸骨が見える。扉から見えた大量の目は、子宮でも模しているのか腹の辺りに蠢いている。

 嘗ては人魚族の美しい女で、その美貌と歌声で多くの船乗りに夢を与え命を頂いていた亜人だ。

 今やその栄光は見る影もなく、世界全てを呪うかのように怨嗟の怒号を放つ。


 誰もが、悪意と怨嗟の塊を前にただ茫然と立ち尽くした。折角芽生えた勇気の新芽が、枯れてしまった。たった一度の咆哮で、誰も彼も指先一つ動かす事も出来ない。

 石になってしまったかのように、呼吸すらも忘れて目を見開いて固まる。すぐそこに死が迫っていると言うのに、何をする事も出来ない。

 頭が真っ白になって、一足先にあの世へ踏み出してしまった。


「ィァ“ァ”ア“ア”ア“ア”ア“!!!!」


 醜い人魚だった化け物は、固まって見上げる事しか出来ない彼ら彼女らを憎しみの籠った眼で見下ろして殺そうと決めたらしい。

 触手が纏わりつく腕を振り上げる。


「あ」


 自分達が死ぬ。と分かった時には、何も出来なかった。ただ「あぁこれは死ぬな」なんて思いながら間抜けな声を漏らしただけ。振り上げられる腕を目で追いながら、その場に立ち尽くすばかりで、数分前までの盾となってでも患者を守り抜くと決めた覚悟すらも思い出さない。

 当然だ。だって戦士では無いのだから。普通の人間にそれを求めるのは酷だろう。


 ——フィーリウス・クリスタライズ!!


 しかしまだ死ぬ定めではない。腕が振り下ろされる瞬間に、眩い光が全てを覆った。人間も化け物も纏めて全て。それはクリスティーヌの【宝石魔法】による物。知る由は無いが、その光は確かにここにまで届いた。

 眩しくて目も開けられない光が充満し、全てを消し飛ばす。


「え……?」


 次に神官達が見たのは、美しく透き通った宝石に変質した化け物の姿だ。自分達の頭のほんのあと数センチ上で手が止まっている状態で、宝石に変わっている。

 何故かをしる術はない。それを考える余裕も無い。分かったのは、生き残ったと言う事。


「……なんなの?」


 安堵して喜ぶよりも、常人に過ぎない面々は呆ける事しか出来なかった。

 醜く恐ろしかった化け物が美しい宝石の彫像に変わったのを、ただ見上げてへたり込む。

 そうやって誰も何も言えず出来ずにいると、ドアの方から音がした。


「あぁ邪魔だね! 無駄に硬いしなんて思い遣りの無いガラクタなんだい!」


 荒い息遣いと、恐らく宝石に変わった化け物の彫像を壊しながら近づいて来る女のややしわがれた声。

 その声は、扉の前で止まるとため息に変わる。


「なぁ! 中に誰かいるのかい!? 居るなら物陰に隠れな! 居ないなら勝手にやるよ!」


 待つ気の一切ない呼びかけに、慌てて神官たちの意識が戻って来たタイミングで扉を塞ぐ化け物の彫像が爆発した。

 咄嗟に女が患者を守る様に覆いかぶさり、その上から男が更に覆いかぶさって患者に被害が及ぶ事は無かったが、男たちの身体にパラパラと宝石の破片が降り注ぐ。

 砕けた宝石の残骸を踏み越えて、土ぼこりの中から人が現れた。


「無事だったみたいだね」

「おばぁち“ゃ“ぁ“ぁ”ぁ“ぁ”ん“!!」

「黙りな! アンタみたいな孫を持った覚えはないよ!」


 少女神官の滝涙の歓喜を一蹴したのは、アイアス。

 白髪交じりの茶髪を撫でつけ、不機嫌さしか感じさせない仏頂面をした初老の女性だ。緩い黒のローブを身に纏う姿は魔女その物で、実際に彼女は森の中に住む魔女その物である。

 セシリアの魔法を覚醒させた張本人であり、戦いの術や自らの知識を授けた師匠でもある。そして、セシリアが使う純白のリボルバーも彼女が作り与えた。


 その手には両手で支える長さの銃を持ち、身体や腰に巻いたベルトには何やら見た事も無い様々な装備が取り付けられている。

 完全武装をしていると言うのだけは、神官達にも分かった。


 仏頂面を緩ませる事は無く、一喝したアイアスは全員無事な事を確認すると鼻を鳴らして顎を掬って後ろを指す。


「ぼさっとしてんじゃないよ。脱出の準備をしな」

「ほぇ? でも化け物達は今の光で居なくなったんじゃないの?」


 目の前の巨大な化け物は宝石に変わった。扉の向こうには小さい化け物の宝石の彫像もある。窓の外に居た筈の虫の化け物の音もしない。

 さっきの光で全て倒されたと思ってしまうのも、無理からぬ話では合った。

 が、アイアスは眉間の皺を更に深めてじっと神官達を見つめる。


「だと良いんだけどね」

「ほぇ?」

「良いから! 黙ってすぐ動きな!!」

「ぴぃっ!」


 とはいえど、ここから逃げ出せるならそれが一番良い。それは神官達も分かっているから、怒鳴られると同時に急いで患者を運び出す。

 元々、直ぐに外へ運び出せる準備はしていた。ベットの足に車輪を付け、生命維持装置をベットに取り付けている。こうする事で、生命維持装置が無いと延命出来ない患者を動かせるようにしたのだ。

 瓦礫を蹴飛ばしながら廊下に出るアイアスの後を急いで追う一行は、何故か正面入り口ではなく地下への道を進む。正面への道を通り過ぎて下へ下へ。

 地下は地上とは違い、無機質な通路が長く広がっている。


「なぁ魔女さんよ、何で地下へ来たんだ? 普通に外へ出るのじゃダメなのか?」

「足も無いのに、だだっ広い森の中で友達と愛の逃避行をしたいなら勝手にしな」


 ずかずかと先を進むアイアスに従う他ない一行は、何処に行くつもりなのかと不安に駆られながらも付き従うしかなかった。

 魔王城の防衛設備の一つである石造りのガーゴイル軍団の残骸と、化け物達の死骸を踏み越え戦闘の跡が夥しい地下の廊下を進み続けるとアイアスの目的地についた様だ。


「でけぇ扉……神話にある巨人族の為の扉みてぇだ」


 明らかに人間以外の何か巨大な物の出入りを想定して作られたであろう、金属製の落とし扉が目の前の鎮座している。分厚くて頑強、中がどうなっているのかは分からないが子の扉であればどんな化け物が来ようと打ち破られる事は無いだろう安心感がある。

 しかしアイアスは避難に来たのではなく、脱出の手段を求めてここへ来たのだ。すぐ傍の端末に手を翳し、数字と文字を入力する。


『ID認証完了。ようこそナターシャ様、足元にお気をつけてお進みください』


 そうすれば、巨大な落とし扉は地響きを上げて開放され始めた。

 魔王城での戦闘が終わった後、アイアスはナターシャにこの施設に残る設備や装備を使いたいと提案したのだ。今彼女が手に持つ銃もその内の一つ。セシリアのリボルバーを、地球の知識を昔教わった彼女からしてみれば、ここに残る装備や設備は必ず強力な武器になると、この先の戦いで必要になると想定した上での備え。

 そうして色々見ている内に、コレを見つけた。


「さぁ、とっとと乗り込みな。全員乗せて脱出するよ」

「なん……だコレ」

「ほへぇ、おっきい……」


 船がある。だが見慣れた木造の帆がある船でもなく、また見慣れた大きさですらない。

 何百と人を乗せられる程に巨大で、金属で作られた船は最早一つの要塞と言っても過言では無かった。明らかにこの世界の文明レベルでは作る事の叶わない、戦艦がそこに鎮座している。

 魔王城に来てから驚く事の多かった神官達だが、目の前の戦艦を前にして驚く以外に反応が無かった。アイアスがすたすたと乗り込むのを見て、慌てて乗り込む神官達だがおっかなびっくり過ぎて好奇心すら湧かない。


「ィァ“ァ”ア“ア”ア“ア”ア“!!!!」


 おっかなびっくりベットを乗り込ませた一行の背後から、化け物の絶叫が響いた。それだけではなく、こちらへ向かってくる大量の足音に地響きが迫ってくる。金属の床を爪が削る不快な音が、何十と重なって真っすぐにこちらへ向かってくる。

 アイアスの言う通り、第二波はすぐそこまで来ていたのだ。

 それに気づいて慌てて中へ逃げ込む一行とは逆に、アイアスは銃のスライドを力強く引きながら殿を務める。


「道なりに進んで奥の部屋へガキ共を運びな。戦える奴は時間を稼ぐよ」

「稼ぐって何を! この船だってまだ動かしてないのに!?」


 頑強な戦艦と言えど、動かなければただの鉄の塊だ。格納庫の扉が閉まるのは間に合わない。ここで籠城した所で、上の二の舞だ。

 掴みかからんばかりに詰め寄り神官に、アイアスは鼻で笑って手元の端末のボタンを押す。


「もう動かしたよ」


 地震と勘違いする程の強烈な振動が地面を揺らす。だが自分達が居るのは地面ではなく、戦艦の上だ。この振動は戦艦の目覚めの激動。長い長い眠りにつかされ、役目の一つも果たさせて貰えなかった鬱憤を漸く晴らせると言わんばかりに、戦艦は唸りを上げて震え出す。


『起動指令を受諾。動力炉の点火確認。起動確認……起動開始。電力供給確認。火器制御システム確認。自動制御システム確認。発艦準備完了まで30分』


 無機質なアナウンスが鳴り渡り、戦艦に命が吹き込まれる。鳴り渡る轟音を上げながら照明が点き始め、地面が回転し、正面に長い上り坂が用意されその道を塞ぐ隔壁が次々と開かれる。その先には地上の光が差し込んだ。

 湖が裂け、高く空へ向かうスロープが伸びる。出来上がったのだ、空へ向かう道が。


「何だ一体! なんなんだこれは!」


 地面が揺れる経験の無い大陸の人間からすれば、それだけで恐怖すぎて皆してベットにしがみついてへたり込んだり壁を支えに怒鳴ったりしている。

 そんな情けない姿にため息をつきながら、揺れが収まってきた辺りでアイアスは次々と発破をかけて先へ進ませる。少なくとも、安全な場所へ早くいかなければならない。


「ほら、ぼさっとしてんじゃないよ。立つんだよ、立って抗いな」


 ぶっきらぼうで雑に背中を叩かれ、それだけで神官達の恐怖は不思議と薄れた。毅然と立つ姿もそうだが、触れた手から確かに優しさを感じたのだ。厳しくとも優しく励ましてくれた父の姿を。あるいは常に傍に居続けてくれた母の温もりを。

 孤児だった者すらも、それを感じた。人の温もりを。強さを。


「よし。それでいい、前を向きな。大丈夫さ、アンタらは一度は立ち上がれたんだ。もう一回やるなんて簡単な話さ」


 涙を拭って立ち上がる。背中を押し合って前へ進む。こんな所で立ち止まっている場合では無いのだ、早く、後ろから来る化け物共に追いつかれない様に、せめて動くことも出来ない患者だけでも安全な所へ運ばないといけない。

 その一心でひたすらに走り続けた。


「よしここだ。ここが一番頑丈だよ、鍵を掛けて絶対に出るんじゃないよ」

「はい。この子達は私達が絶対に守ります」

「ふぇぇ……ここって倉庫? 狭いしかび臭いよぉ」


 患者をベットごと部屋に押し込む。戦えない女子供も一緒に入れて、内側から鍵を掛けてついでにバリケードも築かせた。これで、少なくとも少しは時間は稼げる。

 それに、本命の壁はもう一枚だけある。頼りない薄い壁が。


「さて、覚悟は良いかいガキ共」

「覚悟は済ませてないが、ションベンは済ませたさ」

「あぁ……主よ、どうか貴方様の慈悲を授け下さいまし」


 男が壁になってここを守る。少なくとも、この戦艦がここを離れる準備が出来るまでは守らなければいけない。アイアスと、神官の男5人だけの決死隊だ。

 格納庫の隔壁が化け物の侵入を阻むために降りているが、ゆっくりと降りるそれが間に合う筈も無く次々となだれ込んでくる。


「ィァ“ァ”ア“ア”ア“ア”ア“!!!!」

「オゥッオゥッ!」

「縺ゅj縺後→縺?#縺悶>縺セ縺」


 その中には宝石になった筈の人魚だった化け物もいるし、魔王城でエロメロイが戦った下半身がバッタの様な足をした化け物に、スペルディア王国を襲った身体を様々な人間同士で繋ぎ合わされた姿をした化け物までいる。

 まさに化け物の博覧会だ。

 閉まり切る隔壁に何体か押しつぶされても、中に入った数は途轍もない。年寄り一人と素人5人でどうにか出来る数では無かった。

 瞬く間に戦艦に群がって頑強な装甲に牙と爪を突き立てる。その様は地面に落ちた砂糖菓子に群がる蟻の様だ。


「ははっ……どうすんだよばあさん。コレを相手に30分も時間を稼げんのか?」

「武器だって鉄パイプとか角材なんですよ。僕達、魔法だって使えない役立たずですし」


 戦うとは言ったが、どうやって? 

 武器を持ってるのはアイアスだけ。他の神官が持ってるのはそこら辺に落ちてるゴミばかり。戦う技術がある訳でも、特別な魔法がある訳でも無い。

 不安がる彼らに、アイアスは待ってましたと言わんばかりに悪い笑みを浮かべた。一緒に悪戯する友達を見つけた笑みだ。


「そう言うと思って、玩具を用意してやったよ」


 注目の的の中、アイアスは何かを覆い隠す布に近づき、勢いよく引っぺがす。

 男の子ならみんな大好き、新しい武器の山。セシリアの為に用意した、大量の銃だ。

 戦争でも始められそうな数の、大量の銃に爆薬をこれでもかと作っておいたんだ。戦いが終わった後にのんびり魔王城を観光していた訳ではない。


「使い方はこの紙に纏めてあるから、よく見ときな」

「おぉ……」

「カッコイイ!!」


 銃を知らない彼らでも、少年心から充分に理解出来た。皆して目を輝かして手に取り始める。使い方をまとめた紙を見せながら、その人に合わせた銃を見繕う。

 強面の男にはガトリングが似合う。重たくて取り回しは最悪だが、弾は沢山入るしデカい弾を大量に撃てる。

 なよっちい男にはショットガンが良いだろう。目を瞑ってても当たる良い銃だ。

 他の面々にもちゃんと見繕う。リボルバーにライフル。弾をたっぷり持たせて、重たいとひーひー言う情けないケツを蹴り上げて踏ん張らせた。


「あとはコレ。もっときな」

「何だコレ、箱?」


 そして最後に用意したのが、長方体の箱。手に持つとずしりと重く、妙に鼻につく匂いがする気がする。

 銃を見せた時の悪い笑みは失せ、その代わりに真剣な表情で全員の目を見る。それが、何か良い物でないのは表情が物語っている。


「爆弾だよ。身体に巻いて、死ぬ時はこれを使いな」


 浮いていた気持ちが冷水を浴びて一気に落ち着く。浮かれていたが、今はまさに生きるか死ぬかの状況にある。自分達は一騎当千の戦士ではない。凡庸で雑兵にも満たない一般人だ。

 そういう覚悟も必要だろう。というより、二度も奇跡が起きると本気で思える程、彼らも馬鹿ではない。

 生唾を呑んで狼狽えを必死に隠していた彼らは、やがて頷くと神妙な面持ちで爆弾を受け取った。使い方は簡単だ、もう死ぬと分かったら、爆弾に付いたピンを抜くだけ。それだけで、扉の向こうで震える女子供達と患者たちは生き残れるかもしれない。


「……分かった。お前らも、良いよな」


 強面の神官の言葉に、他の四人は逃げたいと言う内心を押し殺して頷いた。どっちにしろ、生きて帰れるとは思っていない。何より、さっきの地上での情けない姿をもう一度晒したいと思う程、情けなくは無かった。

 怖いが、恐怖はもう知った。次はそれに打ち勝つ事が出来るだろう。それは目が物語っている。恐怖に怯えていても、憤りが彼らに力を与える。


 酷な選択だが、それが却って彼らを戦士に変えた。


「準備は出来たね。やる事は単純だよ。30分ここで耐える。生きてりゃ御の字、死んでも後ろの女共を逃がせりゃ万々歳さ……中に居る女共に言いたい事があれば、言っときな」


 戦士の目をした彼らを認め、アイアスは一足先にその場を後にする。

 自分には遺言を残す相手がここに居ないから良いが、彼らは相手がいる。惚れた相手が中に居るなら今伝えとけと冗談交じりに言って先へ行った。


 残された面々は思い思い、少ない時間を噛みしめる。

 自らの信じる神に祈りを捧げる者。

 扉の向こうの恋人に別れを告げる者。

 入念に銃の使い方を復習し、生き残ろうとする者。

 禁欲的な生活を心掛けていたが、酒を呑んで心残りを無くす者。

 遺書をしたため、自分の生きた証を残す者。


「……行こうか」


 名残惜しさに後ろ髪を引かれながら、これ以上ここに居たら覚悟が鈍ると示し合わせた訳でも無くそれぞれがアイアスを追いかけた。

 たった6人で、数え切れない程の化け物と戦うのだ。正気の沙汰ではない。

 だが、男が一度やると決めたら引くわけにはいかなかった。誰かを守る為なら尚更。

 今度は、化け物を前にしても誰も立ち止まる事は無かった。


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