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喜劇は道化を求めている

 



 エリザベス・ウィルヘルム・ローテリア。帝国人ならその女性を知らない者は居ない。

 年齢は32歳。紫がかった銀髪を無造作に流し、触れる事すら許されない絶対零度の雰囲気を纏わせている怜悧な女性だ。


 彼女の人生は壮絶の一言に尽きる。

 幼い頃、気がふれた母親に殺されかけるも逆に殺してしまい、産まなければ良かったと呪われた。父親からは狂気としか思えない期待を掛けられ、胎の子を自らの手で殺させられ愛した夫すらも殺された。

 帝国を憎み、世界を恨んだエリザベスはこのクソみたいな世界を滅ぼす事を決めた。しかしただ滅ぼすのではない、腐敗し絶望が渦巻くこの世界を作り直す。もう誰も殺されない、絶望しないで済む世界を作る為にエリザベスは最後の悪役として手段を選ばなかった。


 だった筈なのだが。


「これは……何とも微笑ましい内装ですわね」

「はぁ……言うな」


 場所は魔王城の上階の客室。クリスティーヌの指示で牢ではなく貴族的に丁寧に軟禁としていた。本人にも逃げ出す様子も無く、皇帝という立場が故の措置だ。

 しかし彼女は部屋の内情を見て思わずと呟く。

 一応、見張りとして5人も付けていたのだが、何故かその5人は遊び疲れた様子で満足げな表情で床に散らばっている。

 ソファに座るエリザベスは、疲れ切った様子で額を抑えていた。


「まだ子供だからぁしょうがないわよねぇ。よしよぉし」


 ナターシャがぐっすりと眠る5人の見張り役である子供達を抱えてベットへ移動させた。

 見張り役として起用したのは、シスターズと呼ばれるフランのクローン達だ。フランの【賢者の石】は適合者のクローンを燃料として作り出し、膨大な魔力を作りだす。本来なら装置に繋がれ死ぬまで生贄の役割を果たすのだが、中には魔力を絞り尽くした用済みが陽の目を浴びる事もある。

 エリザベスの指示で、そう言った用済みのシスターズ達は荷物の運搬や雑事をこなしていた。

 そしてクローンと言えど、人格はある。フランと同様、シスターズ達もまたエリザベスを止める為にクリスティーヌに協力した経緯があるからこそ今回見張り役を任せたのに、ナターシャの言う通り遊び疲れて眠ってしまったらしい。


「そうですわね。まだ子供なんですものね」


 クリスティーヌはそれを見て、怒る気持ちは一切なく慈愛の微笑みを浮かべる。

 それもまた、エリザベスを牢に入れなかった一因だ。

 フランはまだ12歳。シスターズ達に至っては精神的には一桁の年齢。そんな子供たちが、悪だと理解しているエリザベスを助けたいと、大切な人だからと訴えた。それは本当の悪人であるならば決して得られない信頼。

 子供に好かれる大人を、クリスティーヌは嫌いではない。

 結果的にエリザベスは逃げる事無く大人しくしていたので、後で軽くお説教だけに留めようと心の中で決めつつ、エリザベスの対面に座る。


「それで、今更何の用だ。我の処刑が決まったか?」


 疲弊感に鬱陶しそうな表情で額を抑えたまま、挑発する。そこには、諦観が滲んでいる。

 エリザベスの企ては全て水泡に帰し、その行いもクリスティーヌによって明るみに出てしまった。元々、エリザベスとアダムは間違っても仲間とは言えない関係だった。ただ利害が一致していたから、互いに利用し合っていただけ。その証拠に、先の戦いでアダムに撤退を強いられたのも、エリザベスが魔王の肉体を奪った彼に対して肉体との接続を断つ薬を打って邪魔をした。

 それが無かったら、最低でも一人は死人が出ていただろう。


 そんな彼女は最早、何のやる気も無くただ全てを諦めてしまっていた。殺したいなら殺せば良いとでも言いたげな様子だ。


「処分を決めるのはワタクシではなく法と規律ですわ」

「そうか」

「そも、ワタクシはこれの精査に来ただけですわ」


 クリスティーヌは極めて冷静に、貴族としての嗜みである微笑みを浮かべて感情を悟らせない。内心でどう思っているのかが一切分からない微笑みは、末恐ろしい程の無表情と変わりなかった。

 感心する程の微笑みの鉄仮面を浮かべたまま、クリスティーヌは腰の背嚢から紙の束を取り出して掲げる。

 それはこの場で最も価値のある宝物だ。


「陛下が記してくれた、全ての計画。そしてアダムとティアという古代遺物の詳細と目的。これが真実かどうかを確かめますわ」

「その年で審美眼を持ち合わせているとは驚きだ」

「可愛い皮肉ですわね。北壁の盾、コシュジェイ一族を参考にする事をお勧めしますわ」

「あれは品が無い、教科書には載せられん」

「その教科書は帝国語では書けませんわね」


 挨拶代わりのジャブを交わす。社交界ではこの程度の挨拶は日常茶飯事だが、横で聞いていたナターシャはくわばらくわばら。と零す。

 しかし挨拶もそこそこに、クリスティーヌは眼鏡を掛けて資料に目を落とした。目を細めて、諳んじられる程に目を通した資料を改めて一文字一文字読み上げる。


「アダムとティア。魔道歴にて作られた古代遺物。アダムの正式名称は【汎用型軍事魔道機関】かつて魔道歴にて魔界との決戦を想定して作られた、単一の決戦兵器」

「そうだ。奴の能力は死者の肉体を己が物とし、その肉体に残された魔法を使う事が出来る。遺体さえ残れば、英傑の力を永劫的に使う事が出来る兵器だ」


 アダム。それはエリザベスが己の復讐と大陸統一を果たす為に協力者としていた、魔道歴の遺物の一つだ。その本体は球体のコア。封印されていたのを見つけ、エリザベスの異母弟の肉体を乗っ取っていた後、先の戦いで魔王ファウストの肉体を奪った敵である。

 アダムの力は寄生する肉体の力を使う事が出来る。故に、魔王の肉体を奪った今は魔王が持つ力を己の物とした。


 アダムの目的は戦争だ。何を目的として戦争を起こすのかはエリザベスも知らないが、少なくとも魔界との門を開き再び人類と悪魔の全面戦争を引き起こすつもりなのだけは確かだ。その為に、鍵である魔王の肉体を奪取したのだから。

 それだけは共通認識として確信を以って答えられる。


「そしてティア。正式名称は【原初の母ティアマト】こちらは失われた英傑の肉体を再生、複製する事を目的とした生命製造装置」

「アダムの補助をしている金魚の糞だな。他にも胎の中を亜空間とする事で物を格納する能力も持っている。今確認しているのは、【黒龍ファフニール】と【天球儀】だ」


 ティア。見た目は10代ほどの幼い少女で、地面に着くほどに長い黒髪と簀巻きの如き全身拘束衣を纏うアダムの仲間だ。

 ティアも同じく魔道歴という古代文明の遺物の一つで、先の戦いでは倒した筈の黒龍を目の前で蘇生しナターシャ達を追いつめた。

 彼女の能力は胎が本質だ。同じ遺物なら胎に格納し、制御出来る。胎に収納した遺物なら、その情報を元に蘇生から複製まで出来る。我が子を産み直す、生み出す能力だ。


「【黒龍ファフニール】それは存じ上げていますわ。帝国に封印されていた魔道歴の遺物の龍ですわね。ですが【天球儀】とは?」

「それはそこの悪魔の方が詳しいだろう」

「【天球儀ぃ】? やばい代物よぉ」


 説明を委ねられたナターシャは思い出す様に虚空を見上げる。腕の中でナターシャの豊満な胸を枕に気持ちよさそうに眠るシスターズの一人を、慣れた様子であやしながら答えた。


「空の向こうの真実を明かす為に作られた遺物ぅ。でも星の真実よりぃ、戦争の為に使われたわぁ。あれはねぇ、どんな高度な封印や結界だろうとぉ丸裸に出来ちゃうのぉ。要はぁ超高高度な演算装置って所ねぇ。流石に魔界の門を魔王様の力無く開くのは無理だけどねぇ」

「なる程。魔王の遺体の封印は相当に高度な封印だったと聞いていたのに、暴かれた原因はそれですのね」


 クリスティーヌは几帳面にメモ書きを走らせる。どんな些細な情報だろうと聞き漏らさないと言う気概で、その他にも沢山質問を重ねた。

 しかし概ねのすり合わせ事項はこれだけだ。アダムとティアは何なのか、目的は、敵の手札は。大事なのはここだけ。


 アダム。魔王の肉体を持ち、【次元に干渉する魔法】を使う事が出来る。目的は二度目の人と悪魔の戦争。

 ティア。アダムに付き従い、数ある魔道歴の遺物の管理を行う。その能力の全貌は明らかになっていない。

 【黒龍ファフニール】。同じく魔道歴の遺物で、セシリアの故郷を襲った強大なドラゴンである。ティアによって蘇生された為、殺す事が出来ない。

 【天球儀】。魔道歴の遺物。超高度な演算遺物であり、これがある限りどんな強固な封印だろうと解き明かされてしまう。


「——少なくとも、現状こちらが把握しているのはこれだけですのね」

「あぁ。【賢者の石】に関しては我が今回の作戦に際し、場所を移してある。あの畜生に見つかる事はあるまい」


 敵の手札は少ないように思えるが、個々の能力が桁違いなのだ。特にティアの【原初の母——ティアマト】は複製を可能にする力があると聞く。単純な戦力としては優劣は図れない。

 戦争をするなら戦力を図るのは最も重要な事だ。情報を制する者が勝利を齎す、故に最も情報に近い場所に居るクリスティーヌは眉間に皺を寄せ熟考する。


 話し合いが終わったエリザベスは、懐を弄って葉巻を取り出す。萎びて湿気っている。大昔に吸っていた名残で懐に仕舞いこんでいた最後の一本だ、しょうがなく火をつけ紫煙を吐くが、久しぶりに吸う煙草は不味くて仕方ない。

 顔を顰めて窓の外へ放り捨てた。


「我は魔道歴の遺物の力を使い諸国を統一し言語を、宗教を、思想を統一するつもりだった。軍力を統制し、単一の物としあらゆる戦争行為の抑圧を図る。それが、世界を手に入れる意味だ。腹を割って話したわけではないが、あの贋物も手段自体は似たような物だろう。世界を得ると言うのはそういう事だ」


 エリザベスは、稀代の悪として世界を真面にしようと思った。最後の悪として役割を果たすと。例え断頭台に寝かされようと、後の歴史で蔑まれようとそうするべきだと。

 そうしないと、もう誰も悲しまない世界を作り出せないから。


「うにゅぅ……?」


 ベットに寝かされていたシスターズの一人が、目を覚ました。むくりと起き上がってきょとんとしながら、見知らぬ顔ぶれに不安そうな様子を浮かべた。そしてエリザベスの姿を見つけると他の二人から逃げる様にエリザベスの元にトコトコと近づいた。


「あっちへ行け」

「やぁ」


 向こうへ行けと手で払われても気にせず、足にしがみついた。

 迷子の子供が唯一信頼できる人に、頼るのだ。エリザベスの傍だけは安全だと信頼しきっている。つぶらで純粋な目で、エリザベスを見上げる。これだ、この目だ。エリザベスを悪だなんて一切思っていない。ただ純粋に、あっちに行けと言われて悲しそうに見上げる子供の目。母親に構って貰えなくて拗ねるような目。世の中の事を何にも知らない。優しくしてもらった事しか無い無垢な目だ。


「むぅ」

「ぐっ……」


 この目が、エリザベスは苦手だった。

 苦い声を漏らすエリザベスは、忍び笑いに気づいて顔を上げる。目の前で、クリスティーヌが口元を隠して笑っている。貴族の微笑みではない、予想外の面白い事に失礼だとは分かっていても笑うのを堪え切れない笑い方だ。


「ふふっ、陛下もそんな顔をするのですね」

「良い悪役だわぁ」


 そこにナターシャも交わって、笑い声を上げた。

 あはは! とナターシャが声を上げて笑い、クリスティーヌも腹の底から愉快そうに上品に笑った。

 いつの間にか、室内には笑い声が木霊する。


「わははは」


 笑い声はシスターズにも木霊し、なんだか分からないけど皆が笑っているから嬉しいのだろうか。拙いながらも笑いだした。

 笑われている原因が自分であるのが分かっているエリザベスは、居心地悪く足にしがみつくシスターズの頭をくしゃくしゃと撫でる。せめてそれ位はしてやらないと悪役としての立つ瀬が無かった。

 稀代の悪役は、子供に弱い。



 ◇◇◇◇



 とある薄暗い部屋に、男が居る。円柱型の透明なガラス筒に大量の機材が取り付けられ、薄緑色の液体で満たされた中には黒髪の男が目を閉じて身を委ねている。

 男が人の気配を感じ目を開ければ、真紅が覗いた。


「ご機嫌如何ですか、魔王様」

「あぁ、順調だよ。それと魔王とは呼ぶな、それはこの身体の名称に過ぎない」

「失礼しました。アダム」


 アダム。

 それは前文明である魔道歴という超高度に発展し、滅亡した魔道歴にして作られた遺物の一体だ。今まではエリザベスの異母弟の肉体を奪い、エリザベスの計画に力を貸していたが、魔王城での戦いにてエリザベスを裏切って魔王の肉体を奪った。その証拠に、胸には真紅のコアが埋め込まれている。コアは我こそが本体だとでも言うように、心臓の鼓動の様に淡く明滅を繰り返す。


 先の戦いにてアダムは自身の目的を果たし、薄氷の協力関係は締結し改めて敵対関係となった。しかしエリザベスの抵抗によって肉体との定着率を低下させる薬を打たれ、あえなく撤退。今はこうして再び身体に馴染ませている所だ。


「それより、指示した筈の仕事はどうした」


 対面にいる研究者然とした眼鏡の男は、オルランド。

 魔道歴の遺物に精通し、化け物を生み出す技術を持っている。スペルディア王国での人の身体を繋げ合わせた化け物も、魔王城にてヴィオレットが戦った双頭の巨人やエロメロイが戦ったバッタ足の化け物も彼の作品だ。

 彼は価値観と倫理観が狂った研究者だけではなく、優秀な歴史学者でもある。故に、元々エリザベスの元に居たが今はアダムと共に居る。彼もアダム同様、エリザベスの高尚な意思には興味の無い人間だ。


「概ね問題ないかと」

「概ね?」

「まぁ、見て頂いた方が早いですね」


 オルランドは微妙そうな表情で、説明するより先に黒い板を彼の前に差し出した。画面を押すと明かりが点いて悲鳴が響きだした。

 別室の様子が映し出される。


『イヤァァァァ!!! 痛い! 痛いよおぉぉ!! アダムゥ! アダム! 助けてっ助けて!! ティア痛いの嫌だよぉぉぉ!!』


 いたいけな幼女の悲鳴が、余りにも悲痛な悲鳴が黒い板から響き続ける。今まさに、別室で行われている行いだ。常人なら気分が悪くなる様な音声と映像を前にしても、この二人は顔色一つ変えない。

 アダムは怪訝に眉を潜め、オルランドは呆れる様にため息を吐いて眼鏡を指で直す。


「流石に千年以上前の文明技術だからでしょうか、はたまた封印されている間にさび付いたか。まぁカタログスペック通りとはいかないようでして……少々荒治療とさせて頂きました」


 映像の悲鳴の主は、ティア。

 アダムと同様に魔道歴の遺物の一体で、生命の創造・複製・修復を想定して作られた兵器だ。

 見た目はヤヤより幼い幼女で、足元に広がるくらいの長い黒髪と全身を強固に覆い尽くす拘束衣が特徴的である。

 アダムを敬愛し親愛し盲信し、アダムと会話する時は恋する乙女の如く甘ったるい頭お花畑な性格をしている。


 映像の中では、ティアは頑強な鎖に繋がれ夥しい数の配線と機材に身体を繋げられている。そして目に見える程の電気で、さながら拷問でもされているかのように痛めつけられていた。拘束衣に包まれているせいで手足をばたつかせることも出来ず、全身を固定されている所為で身じろぐ事も出来ない。

 何故。と言うのはティアの能力を十全に使う為である。

 オルランドが述べた通り、年月によって能力を50パーセントも使えないティアは生存本能を刺激する形で無理やり能力の上振れを狙っていた。


 では能力とは。ティアの作られた目的は複製と修復。今回もとめられているのは複製の能力だ。

 よく見れば、ティアの身体に繋げられた配線は四方へ広がり、培養筒の中にある肉塊に繋げられている。それはティアが悲鳴を上げて血涙を上げる度に脈動し、何か生物の形を作り出している。それが数え切れない程に沢山あった。


「そうか」

「……どうしますか? 止めましょうか」

「いや、そもそもそういう目的で作られたんだ。機能を行使できるなら何の問題も無い」

「かしこまりました。はぁ、良心が痛みますねぇ」


 しかしティアの悲鳴を聞いてもアダムは心配する素振りも無く、寧ろ耳障りだと言いたげに映像を切った。

 オルランドも口だけで、欠片も良心を痛めた様子も無く黒い板を横に置く。

 少なくとも、アダムだけは気に掛けなければいけないのに。同じ魔道歴の遺物として、自分を慕う幼女に一抹の罪悪感だけでも抱くのが普通なのに、アダムはただただティアを道具としてしか見ていない。

 そういう反応だ。


 そして二人からこれ以上ティアの話題が上がる事も無く、頭からも排除される。


「しかし良いですね、貴方達は。魔道歴という超高度に発達し、発達しすぎたが故に滅んだ文明の生きたサンプルを目の当たりに出来るなんて。学者としても研究者としても冥利に尽きますよ」


 オルランドは紙の資料を手に、眼鏡を指で直して嬉しそうにほくそ笑む。その資料にはアダムとティアのデータが事細かく記されている。力強い筆圧で踊るような字体で、狂喜乱舞しながら書いていたんだと推察できる。

 今ここにないだけで、オルランドの部屋には山の様に資料が残っている。エリザベスが居た頃は彼女の目があってここまで派手にできなかっただけに、我慢する必要がない今は最高な様だ。


「良い研究データが沢山取れました。お陰で僕の芸術家としてのインスピレーションが刺激してやまないですよ!」


 話している内に興奮しだして、目を血走らせて狂気的な笑みを浮かべ高らかに笑いだす。その様はマッドサイエンティストと呼ぶにふさわしい姿だ。

 腕と知識は確かだが、品に欠けるオルランドにアダムはため息を吐く。


「おっと失礼しました。本人を前に失礼でしたね」

「気にするな」

「では、調整に戻りますね」


 スンとスイッチを切り替える様に、優しそうなお医者さん風の微笑みを浮かべてオルランドは踵を返す。

 だがふと、思い出したように振り返った。


「そうそう、新しく入った彼女は劣兵として魔王城へ向かわせましたがよろしかったんですか?」

「構わんよ。未来を視る事が出来ても所詮ただの小娘だ。適当に使って勝手に潰れても問題は無い」

「それはまたなんとも可哀想に。勇者と姫君は魔王城へ、まるで300年前の勇者の伝説ですね。まぁ今回は大所帯ですが」


 要件は本当にそれだけで、今回こそ本当にオルランドは部屋を後にした。

 踵を踏む音が消えると、アダムは眉間に皺を寄せて苛立ちを浮かべる。


「何が勇者だ。出来損ないの人間風情が」


 勇者と言う言葉に苛立ちを募らせるアダムの周りの空間が歪み、不可解な音が鳴る。空間が耐えきれずに割れ、衝撃が至る所に走る。

 まるで獣の爪の様な傷が深く、鋭く、速く四方八方へ。起点と終点は無く、文字通り空間が割れた傷だ。

 怨嗟の如き唸り声を、腹の底から滲ませてアダムは記憶の向こうに居る勇者を睨みつける。


「神の気まぐれで呼ばれた異世界人が。どいつもこいつも、不完全な人間如きが俺の邪魔をしおって……!」


 アダムの視界はガラスに阻まれている。その向こうで、過去の記憶が重なる。

 魔道歴が滅んだ時も、300年前に人類と悪魔との戦争が起こった時も。彼はずっとそれをガラスの中から見続けるしかなかった。

 ただずっと、いつかあの向こうに行けたらと手を伸ばしても叶う事が無い。人類を救うために、新たな人類として旗印となる為に作られた彼は、ついぞその願いを叶える機会を与えられなかった。


「今度こそ……今度こそ俺は俺の意味を果たす。俺こそが、人間に最も相応しい!!」


 悪魔との決戦を願って作られた兵器。最も完璧な人間として生まれる様に作られた道具は、果て亡き夢を追う。

 自らの存在意義を果たす為に。

 割れた空間の向こうに、赤い月が覗いた。


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