混ぜるな危険。安全装置は壊れてます
「はははははっ!! あはははははっ!! 等々だ! 1000年経って漸く帰って来たぞ!! はははははっ!!」
男の腹の底から湧き上がる笑い声が、半壊して風通しの良くなった魔王城の玉座の間に響き渡る。
今まで一度も誰の耳にも入らなかった声。その声を出すのは、玉座の前に立って腹を抱えて笑う男。
「アダムー♡ おめでとー♡」
「あはは、はぁ。あぁ、良くやったぞ」
「むふー♡ 前の姿も悪くなかったけど、その魔王の姿もかっこいいよー♡」
ティアに持ち上げられるアダムの身体は、今まで使っていたエリザベスの異母弟の身体ではない。その異母弟の身体はナターシャの毒によって、骨一つ残っていない。
ナターシャ達が必死になって取り返そうとしていた、300年前に人類と存亡を賭けて争った悪魔の王である魔王ファウストの身体。
長い黒髪の美丈夫。しかし悪魔の王であるというが、ナターシャ達とは違い肌の色は白く、その目も白目と真紅の瞳である。
その姿は、悪魔の血を半分だけ受け継いだセシリアと同じだ。そう思ってみれば、何処となくセシリアと似通った顔立ちをしていて、彼がセシリアの父親なのだと思わずにはいられない。
そんな彼は今や、本来の持ち主を名乗るアダムによって元の美麗な顔を愉悦に歪められている。
だがその嘲笑も、黒龍のブレスが過ぎ去った場所を見て納まる。
「げほっ……っはぁ、はぁっ……!」
「な……! 何故、何故我らを庇った!」
「何で、って言われってもねぇ」
黒龍のブレスは地面を融解させる程の熱を放ち、ある一点を除いて彼方まで全てを塵と化している。
ある一点。満身創痍と言った様子で肩で息をするナターシャと、そんな彼女の後ろで守られながらシスターズ達を抱きしめるエリザベスの姿。
エリザベスは傍にスーリアが居るのに気付き、シスターズ達を抱きしめたままの態勢でナターシャの背中を信じられないと見上げている。
何故ナターシャがエリザベス達を守っているのか、避けられない訳では無かった筈だ。黒龍のブレスを受ける必要は無い所か、その所為で片膝を着いて荒く息をする程に疲弊してしまっている。
何故と問われれば、ナターシャは地面を見つめながら荒い息を整えながら首を傾げる。呆れを交えながら軽い調子で。
「子供と、病人じゃねぇ……お姉さんは騎士なのよぉ? まぁ、流石に呆れて笑っちゃうけどぉ」
自らの矜持に基づいて、守ったのだと呆れながら言い放つ。事実、ナターシャが守らなければ気絶しているスーリアも諸共エリザベス達は殺されていただろう。
だが敵対していて、ナターシャからすれば主の遺体を暴こうとする大罪人だ。矜持だけで助けるというのは、甘いというべきかなんというべきか。
「はぁ、全く。悪魔というのは揃いも揃って鬱陶しい。さっさと死ねばいい物を。やれ、ファフニール」
だがそんな騎士としての高尚な矜持を見せたナターシャを、アダムは吐き捨てる様に詰ると黒龍に命令を下す。
黒龍はその太く鋭い尻尾を払い、ナターシャを壁に叩きつける。
疲弊し避けきれなかったナターシャは、受け身も取れずに壁に叩きつけられて瓦礫の中に埋もれた。瓦礫からはナターシャの肉付きの良い青い足が生えるが、動かない。
「くくくっ、無様だな。主の遺体すらも守り切れず、何一つ成しえず死ぬなんて」
「貴様っ」
「おっと、そういえばまだ生きていたな。脆弱な人間に相応しく、地面に這いつくばって滑稽ですよ。姉上?」
エリザベスの元まで歩いてきたアダムはへたり込むエリザベスを蹴り飛ばすと、その頭をぐりぐりと踏み躙った。
薄い嘲笑を張り付けながら、心底馬鹿にして頭を踏み躙り続ける。それを振り払う力も無いエリザベスは、ただされるがままで苦し気に呻く。
「何やらこの俺を出し抜く皮算でもしていた様子だが、滑稽だなぁ。所詮ただの人間が、女風情が何が出来るって言うんだか」
「ぐ、ぐうぅ……ごほっごほっ!」
「病に侵されて? 過ぎたる力を求めても道半ばで掠め取られる……?」
エリザベスの頭を踏み躙るアダムの足に、シスターズ達がしがみつく。止めてと言いたげに、暴力を振るわれる母親を幼い子供が身を挺して守る様に。
非力な彼女たちが出来るのは、ただ足にしがみついて不快感を与えるだけ。当然、アダムは鼻で笑って足を払うと、シスターズ達は大げさに見える位倒れた。
「ぁう」
「はっ、まぁ同じ被造物のよしみで情け位かけてやるか」
倒れるシスターズ達を傲岸に見下ろしながら驕り高ぶった発言をするアダムに、頭を踏み躙られていたエリザベスは地面に倒れながら笑い出した。
「くっ……くっく……」
「? 自棄にでもなったか」
「いや、我は至って正常さ。ただ余りにも小物過ぎてな」
小物と言うのが、アダムを指して言っているのを察するとアダムの眉間が不快気に潜められた。
激しく咳込み、血を吐くエリザベスはそれでも皮肉気な低い笑い声を響かせる。
「あぁ確かに我は失敗した。貴様を出し抜こうとしていたが、あの小娘の能力や悪魔の力量を見誤っていたさ。だがそれを差し置いても、力を手にして口調まで変わって、これで貴様を小物以外になんと評すれば良い?」
痛い所を突かれたのか、アダムの顔が歪む。
確かにアダムは目的を達成し、エリザベスも足蹴にしナターシャも排除した。それでも力を手にした途端のこの態度の変わりようを見てしまっては、エリザベスに笑いを堪えるのは無理な様だ。
「ほざくなよ人間。お前に何が出来るんだ? 傍仕えの騎士は倒れ、守ってくれた悪魔も居ない。残ったのは無力な残りカスのガキと、病に侵され立ち上がる事も出来ない女一人。もうお前はただ俺に殺されるだけなんだぞ」
「ぐっ……」
苛立たし気にアダムはエリザベスの腹を蹴りつけ、長く美しい紫がかった銀髪をわし掴むと目線を合わさせた。
エリザベスのつま先は浮き、何本も髪の毛が千切れ痛みに顔を顰める。アダムのもう片方の手がその命を奪おうと魔力が集まっても、エリザベスは皮肉気で嘲笑いを浮かべ続ける。
「だからそれが小物だというのだ、殺すならさっさと殺せば良いのに。余裕ぶって脅せば、我が膝まずき命乞いするとでも?」
「お望みなら服をひん剥いて、獣に犯させてやろうか?」
「ははっ、その矮小な脳みそが羨ましい。なら敢えて言ってやろう、貴様は人間を舐めすぎだ」
挑発的な様子を崩さず、煽り続けるエリザベスに飽きたのかアダムはうんざりした様子で右手を掲げる。その手の内に空間の揺らぎが起こり、食らえばいともたやすくエリザベスの身体は壊れるだろう。
それを冷たく一瞥したエリザベスは、今度はその冷たい相貌に似合った冷笑を浮かべた。
「ふっ、言っただろう。人間を舐めすぎだと」
「? がっ!?」
何かするつもりなのかと訝しんだアダムの首に、何処から取り出したのか黒い液が入った注射器が突き刺さった。
それは淀みなくアダムの身体に注入され、彼の身体に染み広がると激しい激痛に顔が顰められる。何が起こったのか分からないアダムは、エリザベスから手を離すと首を抑えながらフラフラと後ずさる。
「なっ、何を!! 何を刺した!!」
「その矮小な頭で考える事は出来ないのか? まぁ、分からないだろうな」
アダムは全身が引き裂かれたような痛みと、言いようのない剥離感に襲われ続けて苦しみ悶えている。
苦しそうに胸を抑えて片膝を突くアダムに、エリザベスは冷ややかに嘲笑いながら放り捨てられた空の注射器を拾う。
「貴様についてはあの傭兵から情報を得た。それも、その産物だ」
「ふざっけるな……!」
イライジャから受け取った、ある古びた紙。それはアダムについての研究資料だった。その全貌は記されていない物の、エリザベスにとっては充分に役に立つ資料。
それを元にオルランドに作らせた物が、今まさにアダムに激痛と困惑を齎した。
「貴様はその胸のコアを他者の身体に寄生させる事でその肉体を、その肉体が使う魔法すら行使出来るんだろう。なら簡単だ、その肉体とコアの繋がりを断たせれば良い」
「人間っ風情が! だがこの程度では俺の接続は断てないぞ!!」
接続を断つ薬を打ち込まれたアダムだが、その肉体との接続を断つまではいかない様子。だが確実に定着率は落ちているのか、動きがぎこちない。
それでも動く事の出来るアダムは、苛立ちに吠えながら腕を振るった。
ただの高密度の魔力の塊。しかし魔王の身体から放たれたそれは、それその物が簡単に命を奪える衝撃を生み出すのか、地面を抉りながらエリザベスに迫った。
「っち、ここまでか」
避けようにも、エリザベスの手足に力が入らない。シスターズも、スーリアも助けに来れる状態ではない。今彼女に出来る事は、腕の中で気絶するシスターズを最後まで離さない事だけ。
迫る魔力の塊から逃れる手段は無く、潔くエリザベスは死を受け入れる様に肩の力を抜いて目を閉じた。
(思えば、随分と呆気ない人生だったな。生まれに嘆き、愛した者を殺され復讐に身を窶してコレか。ふっ、所詮は我も俗物か)
瞼は閉じても、地面を削りながら迫る音は良く聞こえる。
死ぬと分かっているのにエリザベスの心は不思議と凪いでいて、走馬灯の様に今までの人生が振り返られた。
毎夜悪夢に魘され、ふとした時にも嫌な記憶がフラッシュバックする人生だったのに、走馬灯に流れるのは温かい記憶ばかり。
『エリー、今日は君の好きなお味噌汁って言うのを作ってみたよ。赤ちゃんにも良いって評判なんだって』
(……そうだな、お前の手料理がまた食べたいさ)
もう無い胎を撫でながら、春の日差しの様な穏やかな微笑みを浮かべたエリザベスは短くて淡い記憶に包まれながら温もりの中で全てを受け入れた。
「恋ゆえに触れること叶わずぅ、愛するが故に貴方をぉ拒絶する。『悲哀の聖女』」
魔力の塊が、眠たげな詠唱と共に現れた毒の壁に阻まれた。
死を覚悟していたエリザベスは、驚いて目を開くと視界一杯にナターシャの青い背中が映りこむ。
特徴的な癖ッ毛の黒髪を揺らしながら、ナターシャは血が流れる顔を肩越しに背後へ向けた。
「なぁに諦めちゃってるのぉ、似合わないわよぉ?」
「貴様は!?」
間一髪を凌いだナターシャがエリザベスの前に立ち、挑発的に目を細める。でもそこに悪意や害意は無く、悪戯っ子の様な茶目っ気のある雰囲気だ。
「こっの! 悪魔風情がぁ!! 邪魔ばかりしやがってぇ!!」
「はっ、まるで子供の癇癪ねぇ。ていうかその身体でソレ止めてくれなぁい? 死ぬほど不快よぉ」
駄々を捏ねる子供の様に吠えながらアダムは更に魔力の塊を放ち、それをナターシャが挑発しながら全て防ぐ。
ナターシャに至っては敬愛する魔王の解釈違いすぎる姿に、本気で苛立っている様だが。
一見してアダムが攻撃し続け、ナターシャが防ぎ続ける。そんな防戦一方に見える。しかしよく見ればナターシャの毒壁は徐々に壊れて行ってしまっている。
ポタリと、地面にナターシャの身体から血が滴った。
「ぐぅ、流石にきついわねぇ」
骨に届く肩の裂傷、黒龍のブレスと尻尾の薙ぎ払いによるダメージは致命傷に近い程なのだ。内臓のダメージは無視できず、吐息に混じって喉に血がせり上がる。僅かに身じろげば鋭い痛みがナターシャを襲う。
満身創痍のその身体は、立っていられるのが不思議な程のダメージ。
「ふざけるな貴様っ! そんな身体で何故我を守る! 情けでも掛けてるつもりか!」
「そういうの今いいからぁ、黙って大人しくしててぇ」
「鬱陶しい! 黒龍! こいつらを殺せ!!」
拮抗状態に苛立ったアダムは、ふらつきながら後ろに下がると待っていましたと言わんばかりに黒龍がブレスの準備を終えて前に出て来た。
大咢の中に漆黒の光を溜めて、今まさにあの街一つ半壊出来る威力のブレスを放とうとしている。
「逃げるわよぉ、玉座の間を崩したくないわぁ」
「なっ!? 我までか!?」
流石にもう一度は防げない。そう判断したナターシャは素早く身を翻ると、エリザベスを脇に抱え上げた。
僅かに顔を顰めながらエリザベスを抱え上げると、そのまま流れる様に倒れるスーリアとシスターズ達も毒で包み一度目のブレスで開いた穴へ向けて走り出す。
何をしようとしているのか察したエリザベスは、本気で慌てだしてしまう。
「待てっ! おい待て貴様!! まさか飛び降りるつもりか!? 地上までどれだけあると思ってる! 落ちたら一瞬で肉塊になる高さだぞ!!」
「大丈夫大丈夫よぉ、着地に失敗したら死ぬだけだからぁ」
「大丈夫ではないぞ! おい! 本当に待て!!」
一切の躊躇いなく、ちょっと散歩に行く様な気楽さでナターシャは最後の地面を蹴った。空へ広がるは満天の夜空、周囲一帯に広がる湖面が月明りを反射してまるで夜空の中へ飛び込むように錯覚してしまう。
だが実際は固い地面へまっしぐら。湖の中へ飛び込むには、地面が広すぎる。一瞬の浮遊感の後、髪が逆立つほどの風に襲われた。
「ふざけるな貴様ぁぁぁァァァ!!!」
「喋ると舌噛むわよぉ」
「何故平然としているんだぁぁぁァァァ!!」
夜空にエリザベスの悲鳴が響く。流石の彼女でも地面が遠く感じる程の高さから、なんの準備も無く飛び降りては平静を装えなかった様だ。
五月蠅いなぁと呟くナターシャは至って平静のまま、器用に城壁を足場に猫の様に少しづつ地面へ近づく。
だがふと何かに気づくと、徐にテラスに着地し大きく膝を折って貯める。明らかに跳躍の準備、半ば涙目になっているエリザベスはナターシャの腕の中で激しく暴れだした。
「あら?」
「おい待て何故貯める、そのまま真っすぐ降りろ。何故大きく飛ぶように貯める。いやまて本当に待て頼む待って待ってよねぇ!」
「あらまぁ可愛い反応ねぇ」
「もういやぁぁぁァァァ!!」
人生で初めてであろう、エリザベスは本気で泣き叫んでしまった。そんな姿すら楽しむ様なナターシャは、大きく跳躍して城門の元へ飛ぶ。
その先を良く見れば、人影の群れがある。白いテントが張られ、清廉な純白の修道服にを包んだ人たちが居る。
彼らの一人がふと頭上を見上げたタイミングで、ナターシャはまるで重力なんて無い様な軽やかさでふわりと着地した。
「え!? 亜人!? 人!? どっから!?」
遅れて気づいて目を見開く、聖職者らしき人々の視線の中でナターシャはゆっくりと全体を眺めて口を開く。
「こんにちはぁ人間さん達ぃ? 何でここに居て、ヤヤちゃん達を治療しているのか教えて貰っても良いかしらぁ?」
「もぉいやぁ……怖いよぉ……死ぬかと思ったよぉ」
「エ、エリザベス女帝!? ていうかアンタ報告の悪魔!? いやほんと何!?」
「あ、地面だぁ。わぁい飛んでないよぉ、シスターズ達も可愛いねぇ良く寝てるねぇ」
怖すぎて幼児退行するエリザベスを地面に下すと、彼女は女の子座りでへたり込んでしまった。周りの様子も見えない程に追い込まれていて、地面の有難みを噛みしめている。
余りの状況のカオスさに付いていけない聖職者は、ただ顔を横に振って口を開けては閉める機械と化す。
質問に答えられない聖職者を無視して、ナターシャは丁重に寝かされ治療を施されているヤヤとフラン、ヴィオレットとエロメロイへ近づく。
「むにゃ、ひゅにゃんちゃ~ん……へひりあひゃ~ん」
「すぅ、すぅ……」
「……」
「ひぃっ! ヘルベリア!? 違うっしょこれはっ、飲みニケーションっしょ! ちょっと女の子と呑むだけっしょ!」
4人とも全身包帯姿で痛々しい限りだが、確かに生きている。一番ひどいヴィオレットですら呼吸が浅くとも、治癒魔法を使わない外科手術によって完璧な治療で命を繋いでいる。
一体誰がこんな事を、そもそも何故ここに聖職者が居るのか。疑問は尽きないが、ナターシャは近づく足音に振り返った。
「初めまして、ナターシャ様」
振り返れば、ベルナデッタが穏やかにほほ笑んでいる。
「アンタねぇ、これをやったのは。場所が場所だけにぃ素直にお礼が言えないわぁ」
「全ては主の教えに従ったまで、普く全ての主の子を救うのが我ら信徒の役目ですから」
「うへぇ」
謙遜や他意の一切なく言い切りつつ聖印を切るベルナデッタに、ナターシャは生理的に受け入れがたいと顔を顰めてその隣を見た。
そこにはアイアスも対戦車ライフルを肩に下げて立っている。
「外部の人間を寄越すなら一言欲しかったわぁ」
「言える状態じゃなかったからね。それよりどういう状況なんだい? これは」
「はっ!? 我は一体何を……」
ナターシャは、アイアスがベルナデッタ達を連れて来たんだろうと察し苦い顔で目礼する。アイアスも何故エリザベス達を連れているのか分からずとも、警戒したのかライフルに手を掛ける。
どちらも同じように口を開きかけた所で、警戒に当たっていた聖職者の声が響いた。
「ドラゴンだ! ドラゴンが来たぞ!!」
「GURAAAAAAAAA!!!!!!」
魔王城から黒龍がナターシャ達を追いかけて来た。頭上で広い翼をはためかせ、真紅の眼光で見下ろす。
慌てふためいたり慄く聖職者達の中で、三人だけは毅然と黒龍を見上げている。
「諸悪の根源とぉ、そのペットよぉ」
「なるほどね。つまりこのトカゲぶっ潰せば良い訳だ」
「理解しました。主の敵は我らの敵。赦しましょう」
黒龍の大気が震え骨まで響く咆哮を真に受けても、三人に怯んだ様子は無い。
寧ろ明確な敵を認識し、非情にガラ悪く雰囲気を剣呑にする。
「このトカゲには、お気に入りの酒屋を潰された恨みあるからね。臓物までぶちまけてやらないと気が済まないさ」
アイアスは指を組み、ボキボキと骨を鳴らす。右手の義手の調子を確かめ、片眉を上げてガンつける。
住んでいた街を襲われ、何人も殺された。知人も顔見知りも、老若男女問わず普く殺された。その借りもある以上、絶対殺す以外の考えは無かった。
「スペルディア王国での騒乱、あれを思い返すと胸が痛くなります。主の御許へ向かうには若すぎる方々が多く召されました、祈りを捧げる事しか出来ない自分に憤りもしました。故に主の敵を赦しましょう。罪火の中で冥府にその魂を捧げ、鎮魂の調と致しましょう」
ベルナデッタは2m近い背丈もある十字架型の火炎放射器を地面に突き立て、朗らかな微笑みを浮かべながら空気が重たくなるような静かな怒りを滲ませる。
スペルディア王国にて、多くの民が動く死体に食い殺された。信徒としてではなく、一個人として心を痛めてしまう程に凄惨な事件だった。
故に許さない。未来ある若者や心善き人々の人生を奪った敵を、一切の慈悲なく炎の中で赦そう。
「ヤヤちゃん、フランちゃん、ヴィオレット、馬鹿弟。皆お姉さんを信じて戦ってくれたわぁ、歯がゆいけど敗ける訳にはいかないのよねぇ。ていうかぁ、魔王様の解釈違いすぎる姿見て正直死ぬほどイラついてるからぁ、マジで秒で殺すわぁ」
ナターシャはガラ悪く地面にしゃがみながら、チンピラの様に睨みつける。
エロメロイ以外は会ってまだ数日だが、それなりに気を許していたのだろう。背を預ける時の躊躇いの無さからも伺える。
だがらこそ4人に託された重みを背負いつつ、それ以上に私情として敬愛する魔王のクソみたいな姿に沸点が限界を迎えている。
一息ついて、傷を忘れる位には戦意を高ぶらせる。
「GRuuuuu……」
眼前には滞空する巨大で恐ろしい黒い龍。人間が戦うには無謀すぎる、暴力という概念が形を成したような存在。
モブの聖職者達は慌てて逃げ出すも、三人だけは欠片も恐怖や躊躇い無くにらみ上げる。
それが黒龍ファフニールには不快なのか、唸り声を上げて翼を大きくはためかせた。
叩きつけるような強風が巻き起こり、地面にへたり込むエリザベスはシスターズと共に吹き飛ばされる程。
「重傷患者は動かせないね」
「問題はありません」
「秒で殺せば良いわぁ」
だがナターシャ達三人には関係ない。
風で重傷者が刺激されない様に各々遮り、無粋な事をするんじゃねぇと青筋を浮かべた。
矮小な人間達。黒龍からすれば取るに足らない雑魚だ。なのに黒龍は目が離せない、目を離したら最後死が訪れると確信してしまう、そんな圧が三人から放たれていた。
「G……! GAAAAAAAAAAAAA!!!!」
だから吠えた。恐怖を誤魔化す為に、委縮させるために。自分の方が強いんだと吠えた。
だがそれが戦いのゴングと成ってしまう。
一切の躊躇い無く迫りくる死を、黒龍は生まれて初めて感じたかもしれない。