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救いを齎すは愛か神か

 


 激しい戦闘音に、沈みかけていた意識が浮上する。

 聞こえるのは幼い少女の怒声と咆哮、固い地面越しに伝わるのは鳴り止まない巨人の振動。

 倦怠感に包まれたフランは、まだ重たい瞼をゆっくりと開き薄らと霧がかる視界に光を差し込ませる。


(……? ボク……そうか、身体が耐えられなかったんだ)


 身体を動かそうとしても、瓦礫に凭れ掛った身体はピクリともしない。それ以前に、両手の義手である魔道ブラスターが壊れていて動かす腕も無い。

 右目が焼け付く感触はあるが、痛みも熱も感じる事は無くただ気持ち悪さを覚えるだけ。最早死にかける直前なのだろうと、ぼんやりと自分の状態を理解する。


「バーストアローデス!!」

「BURRRRRRAAAAAAAA!!!!」


(……は?)


 だが耳に届いた友達(ヤヤ)の荒々しい声と、生理的に拒絶したくなる巨人の咆哮が脳に理解を拒ませた。

 虚ろな目を前へ、緩慢に顔を上げれば視界の先には巨大で醜悪な肉の身体を持つ二つ頭の巨人と必死で戦うヤヤの姿を捉える。

 何故決死の覚悟で、全てを出し尽くして倒した筈の巨人がなんら変わらぬ姿で立っていて、何故勝てる筈も無い相手にヤヤが戦っているのか。

 しばしフランは混乱してしまう。


「ムカつくデス! ムカつくデス!! さっさと死ぬデス!!」

「BAAAAAAAAAA!!!!」

「デェェ!?」


 ヤヤは小さな体躯で必死で駆けて、憤怒に溢れて全力の矢を巨人の頭に撃ち込む。その威力は今まで見てきたよりも遙かに強力。

 螺旋の風を纏わせた矢は、見上げる程に大きい巨人の頭を抉り弾き飛ばす。何処にそんな力があるのか、怒りが魔力を増やしたとでも言うのか人間が食らえば即死する威力だ。

 だが頭の片方を吹き飛ばされた巨人は意に介した様子も無く、剛腕を振りかざすと地面に叩きつけ、衝撃がヤヤを襲う。


(頭が!? 再生能力持ちか……ドクター、何てめんどくさいのを)


 フランは自分がなぜ巨人を殺せなかったのかを、見て理解する。

 弾き飛ばされた巨人の頭が、肉が蠢くとまた新しい頭を作って元の形に戻った。原型無く吹き飛ばされたというのに、頭程度なら数秒の間に再生してしまうのか。

 なら尚更だ、尚更ヤヤに勝ち目などない。何をして強くなったのかは知らないが、ヤヤに勝てる見込みなんて無い。


「っぐ……! まだ、まだヤヤは戦えるデス!」


(何で!? 何で立つの! 逃げて!)


 それでもヤヤは歯を食いしばって立ち上がると、荒い息を吐きながら次の矢を番えた。そのまま、全力の魔力を籠めて矢を放つ。

 飛来する矢を掴もうとして伸ばした手に刺さると、矢に纏わせた風が巨人の腕を内側から食い破り散らす。

 だが当然、その程度の傷瞬く間に再生されて無かった事にされる。


「絶対! 絶対諦めてやるもんかデス!」


 だがヤヤは止まらない。諦めない。

 すぐさま地面を蹴って走りながら次々と矢を放つ。

 その青みがかった灰色の目は、決して折れない強い意志に煌めき続けている。


(危ない!)

「デ!!」


 走りながら巨人へ矢を放つも、敵はそれだけでは無くガーゴイル型のゴーレムも居る。走り続ける先に現れたガーゴイルに気づかず、そのガーゴイルが腕を振りかざした時になって気づいたヤヤは、足を止める事無く股下を滑り抜けて背後からトドメの一撃を放つ。

 その姿にフランは驚いてしまう。荒々しいが、今のヤヤは確実に強くなっている。恐らく頭で何か考えている訳ではないのだろう、それでもヤヤの足は止まる事無くただひたすらに巨人を倒すという目的の為、最適解に走り続ける。


「再生するなら! 出来なくなるまで削るデス!!」


 明確な弱点が分からない以上、ヤヤに出来ることは攻撃しつづける事だけ。

 走りながら狙いをつけようと足を止めたヤヤに巨人が腕を払うが、その腕に飛び乗ると腕の上を走って眉間に矢を突きつける。


「そんな攻撃食らうもんかデス! バーストアロー!!」


 反動と共に迫る腕から間一髪で飛び退いたヤヤの代わりに、弓が折れそうな程引かれて放たれた矢は巨人の眉間に食い込み、そのまま脳みそまで食らい暴れる。

 ここで初めて、巨人が仰け反った。


「BUuuuuu……!」

「やったデス! 効いてるデッッス!?」


 巨人が唸り声を上げてヤヤを睨みつける。明確な敵意を感じ、それが余裕を崩したのだとヤヤが喜ぶつかの間、巨人が地面を払うと大量の瓦礫が弾丸の様にヤヤに襲い掛かる。

 慌てて跳んで避けたヤヤの後ろで、ガーゴイル達が粉々に砕けた。

 しかし避けきれなかった瓦礫があったのか、地面に血が垂れる。


「ぅう……!」

(足が! ダメだヤヤ、逃げて!!)


 瓦礫で足が抉れたヤヤが、痛みに顔を顰めながらも急いで止血する。

 しかしこの状況で足の負傷は致命的だ、今のヤヤから機動力を失われたら瞬く間に殺される。

 フランは口を開いて声を張り上げようとするも、出てくるのは粘ついた血と漏れる息だけ。

 声一つ掛けて上げる事も出来ず、ただ見守る事しか出来ない。無力感に喘ぎたくなくて、歯を食いしばった。


(動け! このポンコツ! 今ここで動けなくて、何の意味がある!!)

「ゥ“ゥ”ウ“……!」


 力むだけで血が噴き出る、真面に力なんて入らない身体は指先一つピクリとも動いてくれない。

 悔しさが、口から獣の様な呻き声を漏らした。

 視界の先では、巨人がヤヤへ向けて腕を振りかざしていた。


「BURAAA!!!」

「デッ……! きゃァ!!」


 足を怪我してるから走る事は出来ない。だから避けきれなくて、巨人の拳を真正面から食らってしまった。

 派手に吹き飛んで壁に叩きつけられて、地面に倒れる。

 小さな身体が、どんどんボロボロになる。


「まだ……デス……!」


 それでも立ち上がった。

 折れた弓を支えにして、粘ついた血を垂らしながらフラフラと立ち上がる。

 荒い息を吐きながら、傷だらけで、まともに歩く力すら無いのにそれでも決して立ち止まらない。


「BURuu」

「——!!」

(ヤヤ!!)


 コバエを這うように鬱陶しそうに巨人が腕を振るい、受け身も取れないヤヤの身体を吹き飛ばした。

 抵抗一つ出来ず、冗談の様に転がるヤヤの身体が、まるで投げ捨てられたゴミの様に倒れた。

 鬱陶しいコバエを排除しただろうと確信したのか、巨人は鼻息を鳴らすとフランに振り返る。巨人の中では、ヤヤよりもフランの方が優先順位が高い様だ。


「BURRR……」

(クソッ)


 悔しそうに顔を顰めるフランに、巨人はニヤつきながら腕を振りかざして。


 コツン……。


 巨人の後頭部に、小石がぶつかる。天井はもう無くて美しい夜空が一望できるのに、一体どこからこの小石は飛んできたのか。

 もう一つ、小石が飛んできた。


「……フ……ランちゃん……には……出させ……ない、デス」

(何で! 何でよヤヤ!! )


 ふらふらと立ち上がったヤヤが、力なく石を投げた。最早欠片も力が入っていない、全身は擦り切れ傷だらけ、顔を上げる体力すら碌に残っていない。

 ただ立ち上がって、悪あがきには無駄すぎる抵抗をし続けている。

 痛いだろうに、苦しいだろうに。もう諦めて楽になりたいだろうに、なっていいのに。

 何故そこまで立ち上がれるのか、なぜそこまで戦えるのか。


「もう……誰も……死なせたくないデス!!」

「BURAAAAAAAAA!!!!!」


 悲痛なまでの願いを吠えるヤヤに、巨人は苛立ちを籠めて吠えながら確実に殺そうと走り出した。

 最早動くことも出来ない、ただ立って迫りくる巨人を睨みつけるしか出来ないヤヤはせめてもの悪あがきに父から受け継いだナイフを握りしめた。

 自分が死ぬと分かっていて、分かっていても最後まで諦めない。

 必死に、命尽きる最後の時まで生き汚く足掻く。


「BURUAAAAA……」

「ぎゅ!! ……っふぎぎ!」


 巨人の腕がヤヤの身体を握った。

 さんざん邪魔してきたのだ、このまま苦しみながら握り殺してやるとゆっくりと握りこむ。

 必死で抵抗し、ナイフを手に突き刺すが力が緩む事は無い。その間もどんどんヤヤの身体に掛かる圧力は強まり、ゆっくりと骨が軋む嫌な音が響いた。


 メキッ……。


「ッ! ……わぁぁぁぁ!!!」


 苦しむヤヤの姿に、フランの目に怒りの火が灯る。


(ダメ! ダメだダメだ!! やっと出来た友達なのに、やっと一緒に居たいと思った子なのに。ボクが守りたいのに、ボクが!!)


 動け! 動け! 頼むから動いてくれ!!

 ほんの少しで良い、ほんの一瞬で良い。

 ヤヤが死なない為なら、死んでも良い。頼むから動いてくれ!

 動かないと思っていたフランの身体が、血を噴き出して起き上がる。

 最後に残った両足を踏みしめて、壊れだす両足に魂を震わせて作り上げた全ての力を籠めて飛び出せた。


「フザケルナァァァァ!!!!」

「ふぎゃ!? フランちゃん!?」

「BRAAA!?」


 両足の魔道ブラスターからスラスターを噴出して、蹴りと言うには乱雑すぎる蹴りを巨人に叩き込む。

 持ちうる最後の力を振り絞って、全力でスラスターを吹かしながら放たれた蹴りは巨人の胸を貫通し拘束から抜けたヤヤと共に全身から落下する。

 血に紛れてフランの両足が壊れ、破片や部品が飛び散った。


 飛び込んで来たフランに驚くヤヤの腕に抱かれ、フランは死ぬ間際の様な虚ろな顔を胸に押し付ける。


「ひゅー……ひゅー……ヤヤ……」

「何で、何でデスかフランちゃん! 動いちゃダメなのに!」

「そんなの……決まってる……ヤヤだから……」


 最早意識を保つだけが限界のフランは、ヤヤの温もりに包まれながらどこか穏やかな表情を浮かべる。

 背後では巨人の再生が終わりかけている。だが二人に、逃げる体力はもう無い。

 もう身体の感覚が無いほど、疲れ果ててしまっていた。


(抱きしめる腕が無いのが、せめてもの心残りかな)


「ヤヤ……もう良い、逃げて」

「できッ出来ないデス! ヤヤはもう誰も死んでほしくないデス!!」

「ボクも……ヤヤに死んでほしくない」


 互いが互いに死んでほしくないという気持ちで、譲れないと主張する。

 二人とも思う事は同じなのだ、だがもう遅い。もう、動くことも出来ずに二人身を寄せ合う事しか出来ず再生を終えた巨人を見上げた。

 ヤヤのその顔に、絶望の色が僅かに浮かび上がる。


「ヤヤ……生きて……」


 最後の願いに、力なく首を振りながらヤヤは立ち上がろうとするが少し腰が浮いただけ。


「だめデス、フランちゃんも生きるデス……皆、みんな一緒に生きないといけないデ……っう!? うェェ……」

「……っ」


 もう限界なんて超えてたんだ。

 魔力切れで頭が割れそうな程の頭痛と吐き気に、ヤヤは思わず胃液を吐き出してしまった。苦しそうにむせる彼女はもう口を手で覆う力も残っておらず、ただフランの身体に抱きしめる様に添えている。


(あぁ……)


 もう無理だと悟ったフランは、脱力してしまった。


「何かっ何かあるデス……ヤヤも、フランちゃんも生き残れる何かが……」


 ヤヤだけはまだ諦め切っていない。だがもう希望は無いのだと頭の片隅では理解しているのか、その目に煌めいてた光が翳っている。

 だがそれも巨人の濁った眼を向けられ、愉悦の視線に貫かれぽきりと折れた。

 ペタンと座り込んで、せめてフランだけはと言いたげに弱弱しくもしっかりと抱きしめた。


「BURRRR……」


 見上げた先で、巨人が腕を振りかざす。

 確実に殺そうと、握りこぶしを作って高く掲げる。


「いや……いやデス。死にたくないデス……ヤヤは、ヤヤはまだパパとママに楽させてあげてないデス」


 涙を浮かべて、死への恐怖に怯える。

 まだ12歳の女の子、おしゃれも恋も知らない。美味しい物だって食べたりないし、やり残した事も沢山ある。

 死にたくないと零すだけで、もう現状に抵抗する力は欠片も残っていない。

 出来るのは、同じように絶望した友を抱きしめるだけ。


「ヤヤ……ごめんね、守れなくて」


 腕の中で、自分よりボロボロな友達が小さく謝る。

 心の底から、守り切れなかった事に嘆いてるのか、少し涙声だ。


「あっ……ひぐっ、ごめんなさいはヤヤデス。結局、ヤヤは何も、何も“できな”か“った”デス」


 気づけば二人で泣き続けた。

 どっちが悪いとか弱いとかない、ただ勝てなかっただけ。でも二人は身を寄せ合って死して尚離れないとする。

 フランは抱きしめる腕の代わりに、胸に顔を深く埋めて。

 ヤヤはせめて抱きしめるこの手だけは、死して尚離れない様に固く握り合わせて。


「ヤヤ、ヤヤ。嫌だよ死にたくないよ」

「ヤヤも、死にたくないデス」


 死にたくないと願う。


「もっとフランちゃんと色んな事したかったデス。綺麗なお服来て、美味しいご飯食べて、いっぱい思い出を作りたかったデス」


 もっと一緒に居たいと願う。


「ボクも……もっとヤヤを知りたい。どんな物が好きで、どんな風に生きて来たのか。それで、もっとボクを知ってほしかった」


 もっと知りたい。知って欲しいと願う。


「……ヤヤ、ヤヤどこ? あったかいのが、なくなっちゃう」


 温もりが感じられなくなっていく。

 命が尽きていく。


「居るデス。ヤヤはずっと一緒に居るデス。だから安心するデスよ、フランちゃん」


 優しく包み込んだ。

 蝋燭の火が消えない様に、寒さに震える友を安心させるために温もりを授ける。


「あったかい……ありがと」

「ヤヤも、あったかいデス……」


 震えが無くなった。

 それが何でかは分からない、だけど肌で感じる温もりだけは今までの人生で一番心地が良かった。


「BURAAAAAAAAAAA!!!!!!!!」


 巨人が腕を振り下ろす。

 絶対に死ぬ。万が一も無い。

 二人は固く目を閉じてせめて願う。


(神様……いるなら最後位、それらしい事してよ)

「神様、お願いしますデス。せめて、せめて」


 願いが重なる。

 影も重なる。

 心の底から、一切の混じりない願いを送る。


「ヤヤだけは、助けて」

「フランちゃんだけでも、助けてデス」


 二人心の底から、願った。

 神様がいるなら助けて、誰でもいいから助けてください。

 どうか、友達(大好きな人)だけでも。


 神は、人の願いに耳を傾けない。


 ドッゴォォォォォォン…………!


 巨人の剛腕が打ちおろされ、激しい衝撃が轟く。土埃が舞い上がり、二人がどうなったかは見えない。

 だが、固く身を寄せ合ったヤヤとフランは何故かまだ互いの鼓動の音を感じられた。

 ヤヤは固く閉じた瞼を、ゆっくりと開いて目を向いた。


「…………?」

「デ……デデッ!?」


 大木の如き巨人の腕が、自分達の頭上で止められている。

 その止めるのは誰か。重厚な十字架を盾に、白を基調とした清廉な修道服を身に纏う、額に二本の鬼の角が生えた、焔の色の髪と瞳を持つ優し気な顔立ちの鬼種の長身の女性。

 見覚えがある、異端審問官ベルナデッタが巨人の腕を涼しい顔で受け止めている。


 彼女は、目を見開くヤヤに気づくと柔らかく微笑んだ。


「主は救いましょう」


 ただ短くそれだけ呟き、一つ意気込むと盾にした十字架を持ち上げだす。

 重量で言えば人間など一瞬足りとて耐える事など出来ない筈の巨人の腕が、力を籠めて押し付けようとする巨人ごと関係なく持ち上げる。


「BURRR!?」

「っ!! はぁっ!!」


 ベルナデッタの人外の膂力が、その腕を弾き飛ばした。

 巨人は腕を弾かれ尻もちを着いて、地面が震える。

 人間離れした怪力を見せたベルナデッタは、頭巾を整えながら汗一つかかずに涼しい顔で、巨人ではなく座り込みフランを抱きしめるヤヤの前にしゃがんだ。

 その視線の先には、ヤヤの腕の中でギリギリ生きているフランが。


「大丈夫……ではなさそうですね、少し見せて貰えますか?」

「へ……あ、デス」


 何が起こったのか理解が追い付かないヤヤは、ベルナデッタに言われるがままに腕の中のフランを見せる。

 離れたくないと身を強張らせるが、それももう力無くて目を開くことも出来ずにいる。唯一意識を失ったら死ぬ事が分かっているのか、何とか意識だけは保たせているがそれもいつまで持つか。


「主よ、どうか傷つき苦しむ愛しき子に、貴方の慈愛の御手を授け下さい」


 ベルナデッタの白くて嫋やかな指先が、フランの青白い頬を撫でる。柔らかな光が灯り、僅かにフランの顔色が良くなった様に見える。

 治癒魔法を使ったのだ、だが体力を消費して自然治癒力を増すだけの魔法をかける訳にもいかず、ほんの気休め程度。

 それでも、腕の中のフランの鼓動の音が少し強くなった事に、漸くヤヤの理解が追い付いた。


「デ……デ……!」

「今はこれしか出来ませんが、必ず救いましょう。お約束します」


 目じりに涙を溜め、少しずつ現実を理解したヤヤの頭が撫でられる。

 柔らかくて、優しくて、よく頑張ったね。と母親が褒めてくれるような感じ。

 目じりを垂らし、優し気に目を細め、穏やかに口角を上げて慈愛に満ちた眼差しが向けられる。ベルナデッタの姿はまさしく人を愛し人を導く、包容力に満ちた修道女そのもの。

 追い詰められ、死を覚悟したヤヤにとって、その姿は余りに輝いて見えた。


 大人が、頼って良い大人が助けに来てくれた。

 それが、ヤヤの気持ちを決壊させる。


「べ……ベルナ、デッタ……さん……!」

「良くぞ幼い身で、たった二人で頑張りましたね。もう大丈夫ですよ、後は任せてください」

「ひぐっ! ひっぐ! ヤヤ、ヤ“ヤ”は“!!」


 涙を溢れさせ息を詰まらせるヤヤを、ベルナデッタはフランごと優しく包み込む。

 絶対的な安心感が、抱擁と共にヤヤを襲い掛かった。

 大人が来てくれた。頼ってもいい相手が来てくれた。自分達二人とも、まだ生きていられる。

 言いたい事が沢山あるのに、出るのは涙と嗚咽ばかりで言葉が出ない。


「よしよし、泣きなさい。沢山泣いてしまいなさい、子供はたくさん泣いて成長する物です。弱さも、未熟さも、悔しさも何時の日かの糧になるでしょう」


 ヤヤを抱きしめるベルナデッタの背後で、巨人が再び腕を振りかざす。邪魔されて苛立たしいのか、荒い息を吐きながら血走った目で見下ろす。

 だがベルナデッタは今、膝をついてヤヤとフランを抱きしめ続けている。

 気づいている様子も、気にした様子も無い。


「BURRAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」

「よしよし」


 巨人の剛腕が振り下ろされて尚、ベルナデッタは背を向けたまま動かない。


 ドパンッ!!


「BUR!?」


 だが振り下ろした巨人の腕が、突如内側からはじけ飛ぶ。

 巨人は腕がはじけ飛ぶ直前、横合いから飛んできた何かが腕に突き刺さったのを見逃さなかった。

 顔を窓の方に向けると、遠くの方に光が見えた。鏡が、月明かりを反射したような光が。


 その光の元、岩の上で一人の初老の女性が岩の上に寝転がっている。

 全長2m、重量12kg。弾は掌以上のサイズと重量を持つ、弾頭が炸裂式の対物用狙撃銃。

 スコープ越しに巨人と目を合わせながら、機械仕掛けの右腕で力強くコッキングする。そのまま、スコープを横にずらしてベルナデッタを見ると、ため息を吐いた。


「全く、先に倒してから感動の再会をしろってんだよ」


 呆れ口調を零しつつも、ヤヤとフランの無事な姿を見て目尻を柔らげたのはセシリアの師匠であるアイアス。

 右腕は機械仕掛けの義手、左目も黒い眼帯に覆われていて顔に幾つもの傷を作っている。


「さて、さっさと化け物を殺すかね。悪いけど、情けは掛けてやらないよ」


 彼女はスコープ越しに巨人を睨みつけ、狙撃銃の引き金を引くと空気を殴った様な音と共に12.7㎜×99㎜弾は空気抵抗を無視して巨人に食い込み、いとも容易く頭を粉砕した。

 そのまま、息つく暇も無くすぐさまコッキングし弾をぶち込み続ける。

 弾が切れれば再装填し、再生しようとすれば更に破壊する。

 ただひたすらに重たい銃声と、巨人の肉体が粉砕される音が響き続ける。


 暫くして弾が切れたのか狙撃は止むも、肉片と化して尚再生する巨人はゆっくりと四肢を繋ぎ合わせて立ち上がろうとする。

 そこで漸く、ベルナデッタも重い腰を上げた。


「少し待っていて下さい、直ぐに片付けますからね」

「ぐすっ、ずびっ……デス」


 重厚な十字架を手に、地面を軽やかに蹴ると巨人の顎を叩き上げて再び尻もちを着かせる。

 言葉通り、さっさと終わらせようと胸の上に立つと、十字架を高く掲げて真下に突き刺す。

 肉の鎧を突き破り、先端が食い込んだ。


「BURUAA!?」

「高い再生能力をお持ちで、しかし浄罪の炎は主の敵を魂まで灰燼と化すでしょう」


 止めろ。と言いたげに手を伸ばした巨人に、容赦なくベルナデッタの指が十字架の引き金を引く。

 嘗てセシリアを追いつめた、業火を放つ十字架は今まさに罪の化身ともある巨人の体内から狂い暴れる。

 穴と言う穴から業火が噴き出た。


「——!!」

「主の愛を受け入れなさい、主は普く全てを愛しましょう。愛を受け入れるのです哀れな骸よ、さすれば救われましょう」


 更に引き金を引いて業火を叩き込む。

 炎は巨人に再生する間を与えず、刻一刻と焼き尽くしていく。


「——!! ——!!」


 暴れ悶える巨人に更に十字架を押し付け、巨人の再生力を炎が上回り倒せるかもと思った矢先、巨人の頭が裂け鋭い触手が飛び出した。


「っ!?」


 触手は鞭の様に鋭く、ベルナデッタの身体を傷つけ堪らず飛び退く。

 あと少しで消し炭に出来たかもしれないのに、巨人は下半身が炭と化しているが上半身は醜く触手蠢く肉の花に変身してベルナデッタに襲い掛かろうと腕を立てて這いずった。

 触手はベルナデッタの修道服を裂き、その下の包帯だらけの身体を晒す。まだセシリアとの傷が治りきってないのだ、それでも尚ベルナデッタはヤヤとフランを守る様に立ち塞がり、十字架を構えて祈りを捧げる。


「主よ、どうか無力な我らに御身の慈悲を授け下さい。我は主の敬虔な僕、主の教えを説き、主の愛を知らしめるべくこの罪深き下界に住まう貴方の信徒」

「——!!」


 十字架は狙いつける。

 重厚な十字架は、更なる火力を出す為外装を変形させ内部の銃身を露出させ、十字の交差点では動力である点火装置に魔力が充填され唸り声を上げた。


 巨人も最早なりふり構わないのか、夥しい数の触手を振り回しながら激しく這いずって来た。

 最早人の形すら捨てた化け物に、憐れみの表情を浮かべてベルナデッタの指先が引き金を引く。


「ォ“ァ”ア“ア”ア“!!!!!!」


 巨人が火に包まれ、激しく苦しむ。打ち上げられた魚の様に激しく暴れ、端から炭と化していく身体を直そうにも、更なる業火が再生力を上回って炭と化していく。

 やがて炎は、巨人の全てを焼き尽くして最後は鼻に染み付く嫌な匂いを上げる肉片へと変わった。

 ベルナデッタの炎が、何度殺しても再生する不死身に思えた巨人を殺しきったのだ。

 余りにも呆気なく、しかし確実に巨人は再生する肉片一つ残さずに塵と化して風に吹かれる。


「デ……デ!!」

「ふぅ、もう大丈夫ですよ。さぁ、治療しましょう」

「うわぁぁぁん!! ありがとうデェェェス!! わぁぁぁん!!」


 勝った。

 その確証が、ヤヤに感動を齎した。

 もう勝てないと思った、もう死んだと思った。もう駄目だと思った。

 だけど助けが来た、ヤヤもフランもまだ生きていられる。

 まだ生きている。ただそれだけが嬉し過ぎて、ヤヤはただ声を上げて泣き続けた。


「よしよし、泣いてても良いですが。せめて抱っこさせて下さいね」

「えぇぇん! まだ、ひぐっ、仲間がいるでぇす……ひっぐ!」

「はい、大丈夫ですよ。既にアイアス女史と同僚が助けにむかってますから」

「良かったデスよぉぉぉ!!」


 完璧なアフターサービスにまたしても泣いてしまう。

 ただひたすらに声を上げて泣きながら、フランと一緒にベルナデッタに抱っこされて安全な所へ移動する。

 何時までも、ただ何時までも感謝と安堵を籠めて涙を流し続けた。


 だがまだ戦いは終わっていない。

 魔王城がけたたましく震えだす。まるで、崩壊の兆しを見せたかの様に。その中心点は玉座の間。

 一体、ナターシャに何があったのか。

 それを知るのは、きっと良い事ではないだろう。



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