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気付けば背中を預けていた




「とうっちゃ~く!」


 エリザベス達が魔王城へ踏み入った10数分後、ナターシャ達もまた森の前へ到着した。

 馬の綱を外し、労うヴィオレットの横でナターシャは凝り固まった身体を解しながら先に到着している筈のエロメロイへ、指笛を拭いて到着を伝える。

 事前の手はずなら、予定通り到着したナターシャ達に魔王城の有無を伝えるべく彼も直ぐに現れる筈だが、その姿は見せない。


「……」

「エロメロイさんは現れませんね。何かあったのでしょうか」

「そう簡単にやられる程軟じゃないけどぉ、多分先を越されたんでしょおねぇ」


 ヴィオレットが不安そうに尋ねるが、ナターシャは心配ないと一蹴する。死んだとは思っていないが、少なからず直ぐには来れない程度に戦闘は起こったのだろうとナターシャの勘が働いた。

 待つか、先へ進むかと思案する二人を追って、馬車からヤヤも降りてくる。


「うぅ……尻尾と耳がべとべとするデス」


 シスターズ達の抱き枕兼するめ代わりになっていたヤヤは、身体の凝りとべたべたにしなった毛並みの灰狼の特徴を拭きながらしかめっ面で傍による。

 乱れた服を整え、弓やナイフなどの装備もしっかりとあるのを確認すると森へ顔を上げると魔王城の気配を感じたのだろうか、表情を引き締める。


「ここに、魔王城があるデス?」

「そうよぉ。地形は変わってるけどぉ、目の当りにしたら確信したわぁ」

「彼女たちは?」

「今装備を整えてるデス」


 丁度いいタイミングで、馬車の中からフランも降りてきた。

 肩から関節までを覆う、密着率の高い黒い布地。暗殺者が纏うような、静音性と闇に潜んだ時の隠密性が高い衣装だ。

 そんな衣装に身を包んだフランは、鋼鉄製の義手義足の調子を確かめている。


「オリジナル、調子はどう?」

「問題ない」

「それで装備は最後だから~壊したらダメですよ~」

「善処する」

「そ、それと……【賢者の石】の調整も寝てる間にしておきました……ただ、出力は60%が限界、です……そ、それ以上は、過剰暴走……します」

「留意する」


 口々にシスターズ達からの忠告を能面で受け取りながら、戦闘準備が完了したフランもヤヤの隣に立つ。

 あくまで後方支援要員として存在しているシスターズ達は、戦闘能力が無いためここで待機する様だ。頑張ってと声援を送るシスターズ達を置いておく。

 まるで出来る彼氏の様に、フランはヤヤの尻尾を義手の【魔道ブラスター】をドライヤーの様に低出力で熱を出して乾かしてあげる。


「あ、ありがとうデス」

「……先に水で洗えば良かった。臭い」

「んなっ!! デリカシー無さすぎデス!」


 唾液で濡れた尻尾を乾かしたものだから、元々の獣臭さと相まって何とも言葉に困る匂いにフランは能面を僅かに顰めて言うとヤヤはカッと顔を赤らめて怒る。

 だがまぁナターシャとヴィオレットも同じなのだろう。言葉にこそださないが苦笑して頷いている。

 恥ずかしさで頭を抱えたヤヤは、森の中から何かが近づいてくる音を聞いて耳をピンと立てて警戒を呼び掛けた。


「敵ですか?」

「……いやぁ、敵じゃないわねぇ」


 武器を構える三人を手で制し、ナターシャが音のした方向へ歩みだした。

 一行も警戒しつつ、それに従って茂みをかき分けるナターシャの先を肩越しに覗き込むと、そこには黒い影の様な人型の塊が木に凭れ掛っている。

 それはヤヤとナターシャには見覚えのある姿だった。


「よぉ……げほっごほっ」

「エロメさんデス!」


 ヤヤ達の存在に気づき、影を解くとエロメロイの姿が現れる。

 だが負傷したその姿に、ヤヤは駆け寄って腰のポーチから包帯や薬を取り出して膝を着いた。幸いにして傷は深くない、致命傷の類も無く骨も折れていない。


「フランちゃん、周囲の警戒を。ヤヤちゃん変わります」

「デス」

「いっつ……」

「何があったのぉ」


 とは言えど戦闘による傷なのは明白。エロメロイ自身弱いわけではない、ただ正面戦闘に適していないだけで諜報員、暗殺者としての適性が高い彼が傷を負ったという事はやむを得ず戦闘したことに違いない。

 状況を把握するために、ナターシャが聞けばエロメロイは治療によって呼吸を正しつつ答える。


「敵に先を越されたっしょ。アダムのクソ野郎と、勇成国の勇者と戦闘してこのザマよ」

「アレックス様が? 何故……」

「さぁ、理由は知らねぇっしょ、興味もねぇ」


 信じられないと戦慄くヴィオレットに、エロメロイは吐き捨てる。実際理由はどうでも良いのだろう、大事なのは敵として立ち塞がるかどうかだけ。


「それでぇ、まだ戦えるぅ?」

「はっ! 魔王様の臣下舐めるなっしょ」


 そんな答えの決まりきった質問に、エロメロイは鼻で笑うと木に手を着きながらも重たく立ち上がる。

 辛そうではあるが、致命傷は避けたのが幸いし治療のお陰で問題はなさそうだ。まだまだ、彼の強い意志は折れない。


「大丈夫デスか?」

「おう、治療ありがとっしょ。さて姉貴、敵さんは10分前に来たばっかだわ、急げば追いつける」

「そぉ。魔王城はどうだったぁ?」

「変わりなし。中までは確認できなかったけど、まぁ問題ないっしょ」


 それだけで充分だった。目的の魔王城はある、そして先を越された敵にはまだ追いつける。

 エロメロイに休んでろとは言えない。戦えると言うならその意思は尊重するべきだ。少なくとも戦力的にもエロメロイには頑張ってもらわなければいけないから、悠長に話している時間は惜しいとナターシャは先を促す。


「勇者アレックスがエリザベス陛下の陣営に? 裏切り、勇成国に報告を……ダメ、下手な事をすればお嬢様の立場が悪くなる。それに今は人形の制御も外してるから直ぐには」


 勇者アレックスが裏切ったという報告に、ヴィオレットはぶつぶつと深く考え込んでいる。魔王の遺体を回収したら魔界に帰ればいい悪魔二人と違って、後の事も考えないといけないヴィオレットからしたらそっちの方が重要な情報だろう。

 そんなヴィオレットの袖を、フランが引いた。


「今は余計な事を考えない方が良い」


 相も変わらず感情の読めない能面で、窘めてるんだか慰めてるんだか分からない声音で淡々とヴィオレットを現実に戻す。

 元は敵、裏切り者。同じ帝国人ではあるが信用に足る要素なんて無い。だけれど、フランの目には混じりといった汚れは無い。ただ真っすぐにヴィオレットを見上げている。


「仮に敵だとしても増えただけ、それに勇者の称号を持つ者が謀反なんて起こせば教会勢力が始末する。そんな事を考えるよりも、今は目先の問題だけ考えた方が良い」

「……それもそうですね、ここ最近考える事が多くてそういうシンプルさを忘れてました」

「うん。そうでないと困る、ボクだけじゃ陛下を止められないから」


 子供らしからぬ性格だが、こういう物事を単純に捉えハッキリと喋る様は年相応に見える。そこには何の邪気も嘘も無いから、なんだか毒気が抜かれてしまったヴィオレットは力なく笑って面倒くさい事は頭から放り出した。


 何となく肩が軽くなったのを感じた所で、ヴィオレットを呼ぶナターシャに従って後を追いかける。

 目的地までは直ぐとのエロメロイの言葉通り、数分も歩かないうちに小枝を踏んだのを起点に一行の視界は深い森から幻想的な湖畔に浮かぶ年代を感じさせる魔王城が出迎えた。


「ほ、ほぇ~デス」

「これが魔王城、お嬢様に連絡しなければ」

「……きれい」


 幻想的な古城を前に悪魔二人以外は皆揃って目を奪われた。ヴィオレットだけは直ぐにクリスティーヌに連絡を入れる為正気に戻ったが、ヤヤとフランは今だ口を呆然と開けて見惚れている。

 二人とも、これほど素晴らしい光景は人生初めてだから、このまま一生見惚れてられると言いたげにピクリともしない。

 そんな可愛らしい二人の背中をナターシャが叩く。


「ほぉら二人ともぉ、見惚れるのは分かるけど行くわよぉ」

「デッ!?」

「はっ!」


 慌てて正気に戻った二人は、既に湖面の上に立っているエロメロイとヴィオレットにまた驚きつつも手招きされるがままに湖面の上を歩いてまた感動する。

 ヤヤに至っては飛んで跳ねての大興奮だ。


「おぉぉ! フランちゃん見てデス! お水の上歩いてるデぎゃにゃぁ!?」

「ヤヤ!」

「えへへ、間一髪デス、ありがとデスフランちゃん」

「はぁ、犬じゃないんだから少しは落ち着いて」

「ヤヤは誇り高い灰狼デス! でも、反省はしてるデス……ごめんなさい」

「分かった」

「だから手を放すデス! ヤヤは子狼じゃないデス!」


 襟首を掴まれた状態でしょんぼりと耳を垂らすヤヤを、フランは掴んだまま先へ進む。うにゃうにゃ言って抵抗していたヤヤだが、湖面を渡り終え正門をくぐると尻尾を逆立てて空気が変わった事を察する。

 辺り一面、壊れたガーゴイル型のゴーレムが散乱しており、つい先ほどまで戦闘が起こっていたのだろう、まだ空気がざわついている。


「これ、魔道歴の研究施設? とかで見たゴーレムデス」

「見た事あるん犬耳っ子?」

「デスデス。前に依頼で洞窟行った時、これと同じゴーレムが人を襲ってるのを見たデス。しかもそれが沢山いて……人みたいだったデス」


 以前セシリア、クリスティーヌ達と共に坑道に現れた化け物の調査と言う仕事があった時に、会敵したゴーレムと酷似している。

 差異点と言えば真紅の目が無い事。あの時坑道で見たゴーレム達は作られた土人形の癖に人間の様に怯え戦っていた。

 あの時のゴーレムと同じかとヤヤが悲痛な表情を浮かべるが、それをエロメロイが否定する。


「多分それは別の魔道歴の研究組織のゴーレムっしょ。ここにあるゴーレムはただの防衛装置だから、犬耳っ子が思うような事はないな」


 ここに転がっているガーゴイル型のゴーレムは、ただの人形だと頭を手に安心させる。彼の言い方だと、他にもゴーレムが有ってその中の一つには忌諱する物もあると分かっているのだろう。

 雑に頭を撫でられながら問題ないと言われるヤヤは、納得しきれないという面持ちのまま頷く。何となく嫌ではあるが、今はそんな事を考えている場合じゃないのだろう。

 ガーゴイルの残骸を気にしつつも、先を急ぐ。

 ヤヤより先、魔王城の広間にてナターシャが何やら黒い板の様な物を操作しているのにヤヤは興味を惹かれた。


「ナターシャさん何してるデス?」

「ん~? これはねぇ、魔王城のセキュリティ端末よぉ。これで敵が何処にいるか調べてるのよぉ、ほらぁ今敵はここに居るわよぉ」


 歩きながら見せられた黒い板を覗き込むが、魔王城の見取り地図の上に赤い点があるだけ。そして今自分たちが居るであろう正面玄関には赤の点が人数分密集している。

 パッと見せられてもヤヤには良く分からなかった様で小首を傾げている。


「う~ん? よくわからないデス、フランちゃんは分かるデス?」

「うん、陛下達は今上へ向かっているみたい。あ、二手に分かれた。一つは上へ、一つは下? 何故?」

「上は魔王様が最後まで戦っていた謁見の間ねぇ、下は多分この魔王城の動力部へ向かっているんだわぁ」


 フランは直ぐに理解したようで、食い入るように見つめて考え込む。手元へ戻したナターシャは再び黒い板を滑らかに指で操作し、なにやら作業している。

 なんだか一人だけ置いてけぼり感を食らったヤヤは、面白くなくて先頭を進むヴィオレットに小走りで駆け寄り警戒に混ざった。


「っち、駄目ねぇ。防衛設備の識別機能が働いてないわぁ」

「マジ?」

「おおマジよぉ。300年も経ってる弊害かしらねぇ、まさか自分達の城に敵と認識されるとはねぇ」


 黒い板をため息混じりに放り捨てたナターシャは、つまりこの先からは後ろで転がっているガーゴイルの様な防衛設備に襲われる事も考慮しなければいけないと伝える。

 上手く物事が運ばなかった苛立ちなのだろう、しかめっ面で乱雑に髪を掻きむしるナターシャはそれでも素早く次の手を考えているのか目を細める。

 自分たちの城に狼藉者が先に足を踏み込むだけでなく、自分達すらも敵と認識されたのだ。その胸中たるや計り知れない。


「どうする姉貴?」

「どうするってぇ、進むしかないでしょぉ? 敵は待ってくれないしねぇ」


 それでも進むしかないのが、歯がゆい所だ。

 歩く速度を速めて、先導するヴィオレットの前に出て先回りを促す。こちらのアドバンテージはこの城を知り尽くしている事だ、態々愚直に後を追う必要は無い。ショートカットすれば良い訳だからナターシャは秘密の通路を目指す。


「この先のぉ十字路を抜ければ昇降機があるからぁ、先回り出来る筈だわぁ」


 だからまだ余裕があったナターシャだが、往々にして物事は上手くいかないものだし、悪い事は重なるらしい。


「! 何か音がするデス」

「っ! 偵察用に放っておいた人形も何かに破壊されました。気を付けて下さい、敵です」


 ヤヤはその耳で何かが迫ってくる重たい足音を聞き、ヴィオレットは【傀儡魔法】で偵察に放っていた目が正体を見ることも出来ずに潰された事に歯噛みする。

 素早く全員が戦闘態勢を取り、十字路のど真ん中で全方位を警戒するために背中合わせになれば、二人の言葉を肯定する様に何かが近づいてくる音が重く響いてくる。


「ナターシャさん、この城の防衛設備には巨人がいるんですか?」

「まさかぁ、それにぃ殆ど300年前に壊れたからぁ残ってるのは雑兵扱いのゴーレムだけよぉ」


 まさに巨人が迫っているのかと思ってしまう程、だんだん大きくなってくる地響き交じりの足音は腹に響く。とうとうその足音が目の前にまで迫ってくると、闇の向こうにぬるりと輪郭が現れる。

 見上げる程の巨体、異常なほどに膨れ上がった体積の肉の身体、闇の中に蠢く4つの目と二つの頭。神話の中で語られる巨人なんて綺麗な物ではない、この世全ての悪意と狂気を籠めて作られた、醜悪な二つ頭の肥え太った巨人が今まさに一行の匂いを辿って来たのか来た道から現れた。


「おいおい、なんだこの化け物……こんな奴魔王城にはいなかった筈っしょ」

「き、気持ち悪いデス」

「これは……ドクターの」


 驚き戦慄く一行を、醜悪な二つ頭の巨人は漸く見つけたと濁った4つの目で見下ろし、遊び相手を見つけた喜びか目を細めると、早く遊ぼうと言いたげに唾を撒き散らして叫びながら駆けだした。


「BOGAAAAAAA!!!!!!」

「ナターシャさん!」

「全員こっちよぉ! 相手してる時間は無いわぁ!!」


 言葉なく殿をヴィオレットが務め、ナターシャが慌てて先を急ぐと呼びかける。

 一分一秒を争う現状で、直ぐに倒せる相手ではないと逃げの選択を決める。走り出す一行を追いかける醜悪な巨人は、壁や天井を破壊しながら追いかける。

 何もしなければ追いつかれる、ヴィオレットは魔力の糸を周囲に張り巡らして少しでも時間稼ぎを図るが、体積差故にクモの巣の様に張り巡らされた糸は決して柔らかいわけではないのに足止めにもならない。


「っちぃ! 大きすぎる!」

「デデデ! あんなのどうするデス!?」

「能面っこ、お前のビームでどうにか出来ないっしょ!?」

「無理。あれはドクターが作った実験体、高い再生能力を持つから戦うのは無駄だし、その火力も出せない」

「人間ってのは本当に悪趣味ねぇ! 処女の偏愛ぃ!」


 走り続けながら、ナターシャは【全てを溶かす激情の魔法】を背後へ向かって飛ばし、空中に走る火花が巨人の足に当たると劇物特有の爆発を起こして膝肉を溶かした。

 だがそれで巨人の態勢は多少崩れる物の、物の数秒で溶けた肉が再生されるとまたしても走り出す。

 フランの言葉通りだ、無理に戦うことも出来るがその分だけ時間と体力を消耗する。何とかして逃げるべきなのは明白。

 体積差故に距離が離れる所か刻一刻と巨大な手が迫る。もっと早く走れないのか、何か突破口は無いのかと焦る全員に反し、ヴィオレットが足を止めてナターシャ達に背を向けた。


「仕方ありません。マリオネットロマンス!!」


 巨人と向かい合ったヴィオレットは、魔法を起動すると目に見える程に魔力の糸を束ねて壁を築きだした。全力の魔力を籠めて作り上げた糸の壁は、巨人の突進を受けても簡単には破られない。だが常に壊されないように踏ん張るヴィオレットは、その場から動けないでいる。


「ヴィーさん!」

「足止めします! 先へ行ってください!」


 ヴィオレットは叫んで、思わず足を止めたヤヤを睨みつける。だれか一人が犠牲にならなければ、全員が追い付かれてしまうだろう。現実的に考えて最も正しい判断だ。ヴィオレットの犠牲に目を瞑れば。


「でも!」

「速く行ってください! そう長くは持ちません!」


 足を止めて数秒しか経っていないのに、ヴィオレットが全力で足止めの為築いた糸の壁は巨人の一つかみで千切れる。だがその度に新しく糸の壁を作り、一秒を作るためにヴィオレットの身体から血が噴き出る。

 ヴィオレットだけを置いて逃げるなんて出来ない、そう思って弓矢を構えようとしたヤヤの腹を鋼鉄の腕が抱き上げられる。


「フランちゃん!? 離すデス!」

「ヤヤ一人が加勢した所で意味は無い、あのメイドの言う通り先を急ぐべき」


 抱き上げられ、離せとジタバタ暴れるヤヤだがフランの腕は固くて離せない。仲間を置いて逃げる選択肢を簡単に選べるほど、ヤヤは大人ではない。だからヤヤは冷たく簡単に捨てる判断を下せるフランから激しく抵抗するが、フランはヤヤを睨みつける。


「ここで無駄に戦って、戦争が起こるのを黙って見過ごすの」

「ッ!?」

「勘違いしないで。ボク達がやらなくちゃいけない事は、陛下を止めて戦争を回避する事。必要ならボクも命を捨てる覚悟はある」


 脅しであり、フランの覚悟。それは紛れも無いフランの本音で現実そのものだ。無慈悲に甘さを切り捨てられたヤヤは悔しそうに項垂れて、フランの言葉に従ってヴィオレットへ背を向ける。

 ヤヤは優しい。それは仲間意識が顕著に高いヤヤだから出来て、フランには出来ない事。フランだったら迷い無くヴィオレットを見捨てるだろう。

 歯を食いしばって走り出すヤヤの背中を眺めるフランに、ヴィオレットが穏やかに笑いかけた。


「ありがとうございます」

「お礼を言うのはこっち……死なないでね」

「当然です。お嬢様との約束がありますので」


 言葉少なにフランもヤヤの後を追う。目的の為に誰を犠牲にする事になんの躊躇いも無い筈なのに、去り際に見せた横顔は人形にしては随分と人間味に溢れていた。

 それを偶々見る事が出来たヴィオレットは、自然と頬が緩んでしまう。


「全く、私はお嬢様一筋なのに。いけませんね、うちの女の子達が可愛すぎます」


 死ねない理由が一つ増えた所で、醜悪な巨人は糸の壁を乗り越えて来た。流石に力み過ぎて血管が浮き出た腕から血が噴き出るヴィオレットに、もうこれ以上の時間稼ぎは無理な様だ。

 ナイフを構え、思考を完全に切り替える。怜悧な目を更に鋭く、ナイフの様に神経を尖らせて巨人に立ち向かう。


「さて、皆さんが逃げ切るまでお相手して貰いましょうか。メイドの意地、通させて貰います」

「BUGAAAAAAAAAA!!」


 巨人の腕が、矮小な人間を叩き潰し限界を迎えた壁や天井が激しく崩れ落ちる。


「こっちよぉ! この昇降機に乗りなさぁい!」

「急ぐっしょ! 崩壊するぞ!」


 その崩壊の余波は、先を行くナターシャ達にも襲い掛かる。目的の昇降機までは来れた、しかし崩れゆく周囲は、遅れて走るヤヤとフランを飲み込もうとする。


「乗ったデス!」

「間に合った」


 必死で走るヤヤとフランは、飛び込む形で何とか昇降機に乗り込む事に成功する。崩壊する天井の瓦礫は目前に迫り、ナターシャもまた乗り込むと最後はエロメロイだと振り返ったが、何故か彼は同乗することなく扉を閉めた。


「エロメさん!?」

「なぁにしてるのよぉ! アンタも乗らないと!」


 ナターシャとヤヤが格子状の扉に張り付いて開けようとするが、エロメロイの影が張り付いて扉は開かない。

 崩れゆく廊下を前に、背を向けたままのエロメロイは基盤を操作して昇降機を起動する。初めから、こうするつもりだったと言いたげに迷い無く。

 格子越しに、エロメロイはにっとごく普通に挨拶する様に笑いかける。


「姉貴、ちびっ子二人。魔王様は任せたっしょ」

「何でデスか!?」

「敵は二手に別れてるんだ、誰かが魔王城の動力部を掌握されるのを阻止しないとっしょ」

「だからって一人で行くつもりぃ!? アンタ自分の身体分かってるのぉ!」

「もちのロンっしょ、こんな傷戦場じゃ当たり前だったっしょ」


 エロメロイの言う事は分かる。誰かが別れた方の敵に当たらないといけないだろう。だがそれを、エロメロイが請け負うには荷が重すぎる。ただでさえ彼は負傷した身なのに、今ですら走っただけでジワリと包帯に血が滲んでいる。

 だがナターシャの懸念は、そこだけではない様子。エロメロイを良く知るナターシャだからこそ、行かせないと止める。


「そうじゃないでしょぉ! アンタ()()()()()()()()()使()()()()()()、それ以上使ったらぁ!」

「姉貴」


 ナターシャの言葉を遮って、エロメロイは仕方ない事なんだと言いたげに弱く笑った。そう、本当にこれは仕方ない事だからと諦観にも似た笑い方だ。

 その顔を、ナターシャは何度も見た。戦場で、勝てる見込みがない戦いを前に、少しでも敵の戦力を削げれば良いと笑う戦士たちの顔とそっくりだ。

 死んでしまった仲間達と、全く同じ顔をしている。


「だめ——」

「それじゃ、魔王様は任せたっしょ」


 思わずナターシャが手を伸ばすが、それを拒むように昇降機は勢いよく上昇する。

 最後の最後まで、エロメロイは笑って見送った。ナターシャ達の勝利を信じて疑わず。


「ナターシャさん……」

「ヤヤ」


 上昇する昇降機の中で、残されたナターシャは呆然と膝を着いていた。思わずヤヤが何かしてあげようと手を伸ばすが、フランにそっとしておいてあげてと止められ、どうして良いか分からず気まずい空気が流れる。

 静止を振り払ってでも、慰める気力は今のヤヤにも無かった。ヤヤもまた、ヴィオレットを見捨てたという自責の念をただ前に進むという意地だけでここに立っているから。

 三人の呼吸音と昇降機の駆動音だけが響く気まずい時間が思うよりも長く過ぎ、昇降機は登れる最上階まで辿り着く。かなりの近道は出来ただろう。


「行こう、ヤヤ」

「でも、ナターシャさんが」


 項垂れるナターシャを無視し、フランは先を急ぐ。ヤヤも後ろを気にしながら手を引かれて先へ進むが、無理やり足を止める様子は無い。

 それでも後ろが気になる所為か、足は重い。そんなヤヤの気の重さを、フランはたった一言で否定する。


「大丈夫」

「? でも」

「あああああ“あ”あ“あ”!! ムカつくぅぅぅ!!!」


 突然響いた怒号に、ヤヤは敵襲と勘違いし尻尾を逆立てて牙を向いた。だがその怒号が、ナターシャによって齎された物だと悟ると今度はぺたんと耳が垂れた。

 何故なら、彼女は心底キレ散らかして辺り散らかしているのだから。


「なんなのよぉ弟の癖にぃ!! 生意気ぃ! カッコつけ! 折角心配してあげてるのに無視してぇ!! ムカつくムカつくわぁ!! あ“ァもうムカつくぅ!!!」


 壁を殴って石像を蹴り砕いて、高ぶる感情に影響されて漏れ出た魔法が周囲のボロボロの絨毯や壁掛け等を溶かす。

 般若の形相で暴れ狂うナターシャの様子に、ヤヤはビビッてフランの後ろに隠れ、フランですら無表情の鉄仮面を引き攣らせた。


「はぁ、はぁ……あぁ~、ほんっとぉ弟ってムカつくぅ」


 さんざん暴れまわってスッキリしたのか、煙草でも咥えそうな悪人面のまま癖ッ毛の黒髪を掻きながらフラン達の元へナターシャは歩いてくる。

 さっきの巨人が暴れた後とどっこいどっこいでは? と思えてしまう様な惨状を背に、近づいてくるナターシャはフラン達を前にするといつも通りの眠たげな妖艶なお姉さんの顔に戻って妖艶にほほ笑む。


「ごめんねぇ、ちょっとムカついちゃってぇ」

「デデデ……デデ……」


 なんて軽い口調で話すが、ヤヤはビビり散らして尻尾がフランの足に絡みついている。そんなヤヤの頭を撫でながら、動く気になったなら良いかとフランは踵を返した。

 早く先へ行こうと顎で促して。


「あぁダメ、やっぱりまだイライラするぅ」

「それは敵にぶつけて、余計な体力の消耗は愚策」

「はいはぁい」


 二人の犠牲を経て、三人は先へ進む。

 それぞれがそれぞれの思惑を胸に、戦いに臨む。

 三人が過ぎた闇の中で、何か沢山の影が蠢く。それに気づかないまま、三人は暢気に進んでいた。


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[良い点] 辛いのが続くなぁ頑張れ…
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