正義の悪役
エリザベス・ウィルヘルム・ローテリアが初めて人を殺したのは、10歳の時だった。相手は実の母。その時の全てを20年以上経った今でもよく覚えている。
一人寂しく眠っていたエリザベスの首に手を掛ける、母の幽鬼の様な顔。止めてと懇願しても首に食い込む折れそうな指の感覚。人の頭蓋を殴った鈍い感覚。
死に際に呟かれた『生まれなければ良かった』の呪詛。
そのどれも、鮮明に思い出せるほどに記憶にこびりついている。感覚で覚えている。今でも夜になれば首を絞められる息苦しさに襲われる。
何故? 何故母は我が子を手にかけようとした?
疑問の答えはすぐに見つかる。父と国のせいだ。
多数の部族や民族によって成り立つローテリア帝国の成り立ちは、戦争によるものだった。
戦争から生まれ、戦争で発展した国は力こそが全てと染み付いている。血の濃さも絆の固さも関係なく、ただ力だけが求められる。
その国の長に立つ者がまさしく力の絶対的な頂点であり、誰も異を唱えることも出来ない。
「……で、余の寝所に忍び込んで何をするつもりだ?」
「母の仇を」
「はっ」
エリザベスの父、当時の皇帝は己こそが真実という思想が人の形をしたような男だった。そして絶対の力を以って覇を唱え、その力を残すべく多くの女を抱いた。
エリザベスの母である皇妃だけではなく、健康で見目麗しければ誰でも。それを止められる者はいない。そして国もまた、それを許した。寧ろ同調した。
愛する者がいようと構わず。性を知らぬ子どもであろうと構わず。
苦悶や苦痛に歪む顔を楽しみ、泣き叫び慈悲を請われても嗤い、憎しみと母性本能で気が狂って腹を裂く女を簡単に捨てる。
王やそれに与する男たちは享楽に狂って、地獄を作り上げた。
「こんな小さなナイフで余を殺すと?」
「離せ! 離せ!!」
「何故母の仇と? 貴様を殺そうとしたのは紛れもなく貴様の母であろう」
「母が狂ったのはお前のせいだ!」
「ははっ、それは少し違う。お前の母を狂わせたのはこの国であり、貴様そのものだ。憎い男の子を孕んだ女の憎悪が、本能を上回ったのだ」
どれだけ耳を塞いでも嘲笑が聞こえ続ける。この身体に流れる忌まわしき血を憎んでも終わる事は許されなかった。
憎悪と憤怒に塗れた幼き少女は、世界を憎むことしか出来なかった。
力が足りない。
「余は王だ。王は国そのものであり、国とは王そのものだ。憎いか? 国が、世界が」
「殺してやる! お前もこの国も!!」
「くくっ、良い顔だ。お前は余に良く似ている。なればお前が王となれ、世界を滅ぼすこの国に相応しい王になれ」
力が欲しい。
例え世界中から理解されなくても、全てを捨てても構わなかった。既に血に染まった手を更に血に染めようと、全てを支配する力を欲した。
怨嗟の声の中で成長した彼女は、全てを滅ぼす力を望み続けた。
「スーリア・ベルファスト・ローテリア。貴様は何のために剣を持つ」
「己の信ずる正義の為。無辜の民の安寧の為であります」
「……正義か」
エリザベスの元には、多くの人が集まった。国を憂う者、愛する者を奪われた者、自らの誇りを取り戻そうとする者。
スーリアも同じだった。比較的マシな家に生まれた彼女は、国と国民を憂いてエリザベスの戦列に加わった。
エリザベスの行動が、国を変える為の正義だと信じて。
そんな時だった。皇室が秘密裏に封印している黒龍と、魔道歴の遺物【アダム】を見つけたのは。
それは紛れもない、エリザベスが求めた力だった。破滅を呼ぶ手を出してはいけない力。
『やァ、新しい時代の人々よ』
「なんだお前、球体が喋れるのか」
「姉上お気を付けください、これは魔道歴の遺物です。何があるかわかりません」
『そんなに怖がらなくても良いんじゃないか? どうせこっちは何もできないんだし』
「……なんだお前は、と聞いている」
『僕は人になるべく作られたモノさ。それよりどうだい? 僕のお願いを聞いてくれれば、君たちに魔道歴の兵器や知識を教えてあげられるんだけど』
「良いだろう」
『流石人間。そしたらとりあえず、君達どちらかの身体をくれないか?』
「!! 悪魔が……」
本当に、悪魔に出会ったのかと思う邂逅だった。種族としての悪魔ではない、人を誑かし堕落させる存在。
だがそれは余りに魅力的な提案だった。遥か昔に発展した魔道歴という時代の産物は現代まで残り、そのどれもがどうやって作られたのか分からないほどの高度な技術で作られていて、それを使えればどれだけの力になるのか計り知れない。
しかし信用できるのか、ソレと相対した二人は疑念と捨てきれない期待に言葉を悩ませたが。
「分かった、我のか——」
「俺の身体を」
「アルベルト!!」
「姉上、俺もあの忌まわしい男には復讐したいんですよ。それに、こういうのは男の矜持ですから」
異母弟であるアルベルトの協力で、スーリアは黒龍と賢者の石を手に入れることが出来た。少しずつ、水面下でスーリアは力を蓄えた。
全ては憎い男を殺すため、忌まわしい国を亡ぼすため。ただそれだけだった。その為に悪魔に魂を売り、人の道を踏み外してウソを重ねた。
例え倫理の道を踏み外してもそれは止まらない。止められない。
だが彼女にもまだ、幸せはあった。人並みの幸せが。
夫がいた。忌まわしき帝国人とは思えない、スーリアには眩しすぎる優しい夫が。
「お帰りエリー」
「あぁ、ただいま。今日も疲れた、癒してくれ」
「はいはい」
復讐に燃える女は、夫の前ではただの女になれた。
ごく普通に愛を育んで、ごく普通に笑って過ごす。そんな夢みたいな日々。
夫は知らない。エリザベスの狂気も、やっている事もやろうとしている事も。何も知らない夫を前に、普通の女として過ごす。歪だと理解している。
復讐心は微塵も静まらない。日々を過ごす毎に昏い炎は燃え盛っていく。それなのに、夫との日々は心に安らぎを齎す。狂うほどの復讐心と眠りたくなる安息感の二極端な感情を抱きながらエリザベスは日々を過ごした。
「今日も遅くなる」
「分かった。でも無理はしちゃだめだよ? お腹の子の為にも」
「……そうだな。全てが終わったらゆっくり旅でもしよう、三人で」
紛れもなく幸せな日々を。
「エリザベス・ウィルヘルム・ローテリア第一王女。聖杯を仰ぐよう王より使命です」
「なっ……!? 何故」
「何も。王よりは、『期待しているから』との事」
「…………はっ……ははっ。あははははっ! 我に自ら腹の子を殺せと!! あはははっ!」
何処までも馬鹿にしてくる。際限なく奪ってくる。
無邪気な子供の様に簡単に壊してくる。悪意も無く、殺意も無く人を狂わせる。自慰の為に人の人生を壊してくる。
何が悪かったのかを考える必要も無い。何も悪い事をしていない、望んだことも無い。ただ他人の狂気に呑まれただけ。
復讐と安らぎの相反する二つが、危うく保っていた均等は壊れた。
幸せとは、簡単に奪われる。壊される。
「今帰ったぞ……おい、いつもみたいな間抜けな顔を見せろ。寝るにはまだ早いじゃないか」
血濡れた幸せだったものを抱きしめ、心だったモノが一つ、また一つと静かに流れ落ちていく。
人を辞めれば楽になれると、悪魔が囁くように。
「お前は軽蔑するか? 我が子を殺す女を。剣で脅され我が身を優先した女を……ふふっ、所詮カエルの子はカエルだな」
心が空っぽになれば、待っていましたとばかりに際限なく濁った何かがなだれ込む。それは僅かに残っていた善性を塗りつぶし、人を捨てた鬼に変える。
夫だったモノを大事そうに抱きしめ、その血で濡れた手に剣を持ち、瞳に復讐の炎だけを灯してエリザベスは決断する。
もう良い、間違っていた。幸せを守るためには誰かが悪にならねばいけない。最後の悪として全てを支配する。
「待っていろ。もう誰も不幸にならない世界を、我が作るから」
◇◇◇◇
静謐な朝日の照らされた、開放的で神話的な雰囲気の沐浴場。蓮の花が浮かぶ水面に、こぽこぽと気泡が浮かび、次いで勢いよく一人の女が顔を出した。
その女はまさしくエリザベスであり、荒い息を吐きながら濡れ滴る紫がかった銀髪を乱雑に掻きあげた。
「寝ていたか」
僅かに焦点の定まっていない目を手で覆い、頭を抱える様に深くため息を吐く。酷く疲れが溜まっているのだろうと傍から見ても分かる。
充分な時間息を整えるのに使うと、エリザベスは立ち上がり美しい身体に一糸まとわぬまま水を滴らせ浴場から歩み出る。
だが一歩踏み出した瞬間、彼女の身体はぐらりと傾き受け身を取ることも叶わず大理石の床に倒れ伏した。
「っ……はぁっ、ふぅっ。く、薬を……」
その身体に水以外の、脂汗をはっきりと浮かばせながら息も絶え絶えに苦しそうに胸を掻きむしって這って目先の注射器へ手を伸ばす。
だが震えおぼつかない手は、注射器やタオルを載せた台を盛大に倒して舌打ちを鳴らした。
「ぜぇっ、はっ。かっ……」
とうとう顔を上げることも辛くなり、額に冷たさを感じながら手探りで注射器を探し、指先が注射器に触れたと思ったら目的のそれが離れたのを感じると共に誰もいない筈の沐浴場にエリザベス以外の声が響いた。
「ふーん、強心剤? あら、しかもこれ軍用のかなりキツイ奴じゃない、なーに? 女王様こんなの使ってるの?」
「はぁっふぅ、ダ、キナ貴様っ……!」
「あはっ! 辛そうだねー、ねぇねぇ女王様。もしかして、女王様って魔力欠乏症なの?」
顔を見なくても分かる。エリザベスのすぐ傍でダキナがあのチシャ猫の様な憎たらしい笑みを浮かべているのが。
悪態の一つでも突こうとしたエリザベスだが、胸を引き裂かんばかりに走る痛みは息をするのが精一杯と言った感じで答えられない。
「ごめんごめん、辛いよね? 今お注射打ちますからねー」
「うっ……」
存外、素直にダキナはエリザベスの首裏に注射を刺せば、すぐにその効果は表れる。
苦しそうなうめき声は止み、荒い息が少しずつ整えられる。顔色も健康な色に戻れば、エリザベスは腕を立てて身体を起こすと睨みつけた。
「ふぅ……野良犬が、首を刎ねられたいか」
「あはーっ。それよりも、魔力欠乏症になってから長いんじゃないん? こんな事してるのはそれが理由?」
「ほざくな。それより何の用だ」
エリザベスは立ち上がり、落ちたタオルを拾って鬱陶しく張り付く髪を拭きだす。隠すべき所を一切隠す気も無い。相手が同姓だからというよりは、単純に見られることを気にしていないのだろう。
恥ずかしい所が何一つない綺麗な身体を晒すエリザベスを前に、ダキナはんーと考える様に指を顎に置いた。
「端的に言えばー、お別れの挨拶?」
その言葉にエリザベスは手を止め、眉根を寄せて垂れる髪の隙間からダキナを睨みつける。嘘を疑うというよりは、何故このタイミングで、と聞きたいといった沈黙。
「面白そうだから女王様の元にいたけど、正直もう飽きちゃったし。それよりもっと大事な物を見つけたから」
「……勝手にしろ」
「えぇ? そんな簡単で良いの?」
余りにも自分勝手な物言いに対しての返答は、突き放すような肯定だった。これにはダキナも面食らい、半笑いで聞き返す。
普通、このタイミングで離れたいと言って生きて返してもらう事は難しいだろう。殺されたって可笑しくないし、態々馬鹿正直に挨拶に来るダキナだって馬鹿じゃない。直ぐに逃げられるように常に意識を外へ向けているのか、時折視線を出入り扉と逃げ道へ向けられる。
だがダキナの困惑を他所に、エリザベスはその言葉に信ぴょう性を持たせるが如くタオルを身体に巻くと、髪から水を滴らせながらダキナに背を向けて扉の方へ歩き出す。
「元々、貴様ら野良犬に大層な期待はしておらん。それにもう必要もない」
「隠す必要もって事?」
「……」
沈黙は肯定。
なーんだ。と拍子抜けしたと言いたげにダキナは天井を仰ぎ、つまらなそうに頭の後ろで手を組んだ。ひと悶着でも起こしたかったのか、どれだけ考えようとしてもこの手の人間の思考は理解できないだろう。
完膚なきまでに自己の欲求だけで生きて、その為ならどんな非道な事でも躊躇いなくするし自分の命だって簡単に捨てる。そういう人種なんだ。
「それじゃ、お許しも出たし。ばいばいご主人様、楽しかったよ?」
肩越しに振り向くエリザベスへ、笑顔のまま手を振るとその姿は揺らいで消えた。気配も何も残さず、一陣の寂しい風がエリザベスの肌を撫でる。
感傷に浸ることも無くエリザベスは、戸に手を掛けると彼女もまた先へ歩みだす。
そう、もう隠す必要も無い。止まる事は出来ない。
最後の悪となる破滅の道を、振り返ることなく。
◇◇◇◇
帝国貴族が纏う詰襟の軍服に着替えたエリザベスは、日の届かない地下の道を歩んでいた。
道を照らすのは松明などの原始的な灯りではなく、天井に張り付けられた棒状のガラスが眩く光を放っている。灯りに照らされた周囲も、原始的な石壁ではなく白い大理石とは違う滅菌的で人工的な白い壁が一面に並んでいる。
ここも魔道歴の遺物の一つ。現代では再現不可能な技術で作られた場所を歩いてると、エリザベスの前に真っ黒い扉が出迎えられ、傍の端末に手を当てると一人でに静かに開く。
「進捗はどうだ」
「これはエリザベス女王殿下、重畳です」
「であるか」
エリザベスを出迎えたのは、白衣と眼鏡の如何にもと言った格好の茶髪の男性——オルランド。徹夜で作業していたのだろう、目の下に隈を作りながらも疲れた様子は無く、達成感と高揚感で目を輝かせている。
そんな彼の目の前には、手術台の様な所へ寝転がされている12歳程の容姿のティアの姿がある。
凶悪犯罪者に着ける全身拘束衣に包まれ、長すぎる黒髪は地面に当たって尚余る。
「凄いですよコレ。素体構造自体は心臓部分のコアを除いて人間と変わりませんし、子宮の中には魔法空間があるのにその大きさは計測すら出来ません。異次元空間なのでしょう、この中に黒龍と天球儀が入ってる筈ですが、魔力反応しか確認できませんね」
「そうか。それで、貴様は何故ここにいる。傭兵王イライジャ」
だが、この場にそぐわない人物が一人いた。エリザベスが許したわけではない、勝手に入って来てのだろう。
綺麗な金髪を撫でつけ、翠の瞳を酒に蕩けさせ地肌の上に黒いジャケットを着た男、イライジャは二人のやり取りを酒の肴にしている。
だらしなくソファに寝転がっている彼は、目の前の女性が現皇帝であると分かっているのに崩した態度を直そうとしない。
「面白そうな事してるからよ、一口噛ませて貰おうと思ってな」
「ほざくな傭兵風情が、貴様の仕事はあの街での要撃だけだ。余計な事をするつもりなら野犬の餌にするぞ」
「おぉこわ。でもよ、俺だって手ぶらで来たわけじゃないぜ?」
挑発的にニヤつきながら、イライジャは懐から古びた薄い紙の束を放り渡す。
眉間に皺を寄せながら受け取ったエリザベスは、その紙の束が年代物だと肌触りで理解し、訝しみながら中を改めると眉間の皺を更に深くした。
明らかな疑念と警戒を浮かべ、腰の剣を抜くとイライジャへ向ける。
「貴様、これを何処で手に入れた」
「傭兵ってのは情報が命なんだ。これでも俺は顔が利くんだぜ? 玩具で遊ぶときは、説明書を手元に置いておきたい繊細な男なんだ」
「……オルランド」
「これはこれは、確かに有意義ですね。彼のアキレス健と言った所ですか」
そこに記されていたのは、エリザベス達にとって喉から手が出る程に欲しい情報だった。協力している相手を出し抜くための、致命の一撃。
その優位性と利用価値、信用に足るかどうかを素早く天秤に掛け、エリザベスは紙を懐にしまう。それがイライジャへの答え。
「丁度穴が出来たところだ。だが勘違いするな、必要ではあるが必須ではない、無能と判ずれば切り捨てる」
「おーけー、仲よくしような? 女王様」
立ち上がり、芝居がかった一礼を送るイライジャを無視してエリザベスは部屋の奥の扉へ向かう。
その向こうにある、弱弱しい複数の人の気配がある扉に手を掛ける。
そもそも、ここへ来たのはこれが目的だ。ここに居る彼女達を見る為に。
「……ふぅ、入るぞ」
気持ちを落ち着ける為に深呼吸し、重たく感じる扉を開く。入室の断りを入れるのは、中にいる彼女達へのせめてもの気遣いだ。最も、その必要は無いのだが。
扉が開かれた先は、薄暗い部屋だった。
さして広くない部屋で最初に目に入るのは、人一人が余裕で入れる培養筒と足元を這う電線。
「おいおい、流石にこれは予想外だわ。これも魔道歴の遺物か」
「えぇ、生命を冒とくしながら叡智を求めた先達の遺産ですね」
「ひゅー。歴史は繰り返すって奴だな」
異様なのはその培養筒の中に少女が浮かんでいた事。一つや二つではない、数十という数の培養筒全てに白髪の幼い少女が眠るように管に繋がれ揺蕩っている。
どれも同じ顔、同じ体型。複製された物の様に瓜二つだった。一つ違うのは、それは物ではなく、心臓が脈打つ生者である事。
そしてその姿は、ある少女に酷似している。
「生きている……やはりフランはまだ……」
色が抜け落ちた白髪、薄らと開かれた目から覗く青い瞳。フランに似ている。当たり前だろう、ここにいる少女たちは皆フランを元に作られたのだから。
「賢者の石との接続は生きてるな」
「はい、不安定ではありますが。まぁ賢者の石の適合者であるフラン君との接続が断たれば、彼女たちも生きることは出来ませんが」
「なぁ、賢者の石ってなんだ?」
「貴方、あの情報を持っていて賢者の石は知らないんですか」
呆れたとため息をつきつつ、オルランドは幾つかの書類を手渡して説明する。フランについて、賢者の石について。
「賢者の石、別名『国家運用用魔力炉心』。端的に言えば超高出力の魔力タンクですね」
「魔力ってのは生命力でもある、それが無尽蔵ってことはあり得ないし。この大量に作られているガキが供給源か?」
「はい。魔力を一々他人から絞るのは非効率的ですので、ならば魔力を作るだけの存在を作ればいい」
「それで複製って訳か」
「はい、僕は彼女たちを【シスターズ(フランのクローン)】と呼んでいます」
魔力とは生命全てに宿る。飯を食って、良く寝て回復する。体力ともいえるし気力とも言える。人によっては魂の残量と言う者もいる。
命持つ者だけが生み出すことの出来る神秘の力、どれだけ技術が発達しても魔力を人工的に作ることはかなわなかった。だから彼らは発想を変えた。魔力を作ることが無理なら、魔力を作るだけの存在を作ればいいのではないか。
自我も感情も無い、ただ魔力を供給するだけの生きた部品。倫理や道徳を挟まなければ確かに合理的だ。
【賢者の石】とは、その製造から供給まですべてを一手に担う魔道歴の遺物。その力を持つフランは自分の持つ力を理解した上で使っているのだろう。自分が戦えるのは彼女たちのお陰、戦うのは彼女らの所為、彼女たちの生命線。
話し合う二人に挟み込むように、一つの培養器からシスターズの一人が吐き出された。
まるで十分魔力を搾り取ったから、お役目御免とでも言うように雑に。
「ごほっ! げほっ!?」
「はぁ、これで10体目ですか。流石に天球儀起動で賢者の石を酷使しすぎたようですね。エリザベス陛下、彼女も後方部隊行きにしますか」
「あぁ、いつも通りだ」
「本当にお優しい」
オルランドの言葉は無視。
賢者の石で生まれたシスターズ達は魔力を吸い尽くされ、大抵は死ぬ。だが一部運よく死ななかった個体は、こうして吐き出されるが魔力全てを失っており、その全てが例外なく一年と持たず死ぬ。魔力という生命力を失った存在は今度は労働力として吐き出されるのだ。賢者の石は機械的に合理的判断を下す。
「おい、立てるか」
「……?」
膝を突いて手を差し出すエリザベスを、シスターズはきょとんとした顔でじっと見つめる。不安も緊張も警戒も無い。
さし伸ばされる手の意味も、言葉も分からないのだろう。本当にただの部品として生まれ生きる哀れな存在。
だがそんな存在に対し、エリザベスは手を指し伸ばし続ける。どこか優し気な、そう、母親の様な穏やかな色を瞳に浮かべて。
生まれたばかりで力の入らない手を伸ばし、エリザベスの手に触れるとその温もりが身体に染み広がる。同じ命を持つ者なのに、フランのクローンの身体は冷たい。復讐者なのに、その温もりは心地よい。
さながらお手とでも呼ぶべきか、ただ手を載せただけで次に何をする訳でもなくじっとエリザベスの顔を見上げるシスターズに、エリザベスはため息をつくと培養液で濡れた脇に手を回し抱き上げる。首の座らない赤子を抱き上げる様に、体重を自分に預けさせて落ちないようにしっかりと。
「オルランド、急ぎ【黒龍ファフニール】と【天球儀】の制御権を手中に収めろ」
「かしこまりました」
「明日までには終えろ、終わり次第次の作戦を始める」
エリザベスの温もりに触れ、シスターズは彼女の腕の中に静かに眠っている。その背を撫でながら、非情に命令を下す。
両極端でアンバランスな復讐者。人らしく歪な姿こそエリザベスの在り方。
「イライジャ、お前は装備を整えておけ。やるべき事は同じだ、主要な敵の要撃と混乱だ」
「喜んで。で、女王様は何をするつもりなんだ?」
復讐者は願う、全ての悪の殲滅を。
母になれなかった罪人は嗤う、子供を利用する悪を。
悪人は決断する、世界全ての平和の為に罪人の汚名を被る事を。
「戦争だ。世界で最後の戦争をするぞ」




