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私のお母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました  作者: れんキュン
1章 お母さんになってと告白したら異世界でお母さんが出来ました
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孤独な少女



 少女は孤独だった。


 別に天涯孤独でも、学校で孤立しているなど物理的な孤独という訳では無かった。


 学校に行けば趣味の合う友人と一日中談笑できるし、趣味の世界に没頭することも出来る。

 いじめとは無縁の世界だったし、16歳の少年少女達にしては珍しい位落ち着いたクラスだった。


 それでも少女は風邪を患った様な、のどに刺さったような、小さな違和感の様な渇きが絶えなかった。


 夕暮れの町を歩く少女はつまらなそうな、憂いを帯びた表情を浮かべてとぼとぼと、亀の様な足取りで自宅へ向かう。


 その途中のスーパーで買ったその日の晩ご飯である、総菜弁当と飲み物の入った袋を手に肌寒くなって来た秋空の中、少女は早く家に帰りたいとも帰りたくないとも言う感情が、ジレンマの様にせめぎ合いため息として零れてしまう。


 そんな彼女は、前方から聞こえる母と娘の朗らかな笑い声に思わず足が止まる。


「ママー!見て見て!!今日ようちえんで描いたの!」

「あらー!凄いねー!これはママとパパ?」

「うん!それでこれがママへの手紙!!」

「まぁ!今見ても良い?」

「だめ!おいちにかえってから!!」

「はーい、ならお家まで駆けっこよー!」

「きゃー!まってママー」


 母子は終始笑顔のまま足を止めて見つめる少女の視線に気づくことも無く、駆けて夕日の中に消えていった。

 そんな母子の背を見送り、少女は深いため息を吐くととぼとぼと歩みを再開する。


「……ただいま」


 少女の鈴の鳴る様な声が薄暗い玄関に響く。


 が、その声に対する返答が返ってくる事は無く、ただ寒さすら感じる闇だけが彼女を出迎える。

 その事に対して少女は何を反応すること事も無く、ただの習慣として身体に染みついた事をしただけだが、虚しさが胸を梳く。


 少女は靴を揃えることも無く脱ぎ捨ててリビングに向かうと、通学用にしているデザイン性が重視された小さめのリュックと晩御飯が入ったビニール袋を机の上に置き、制服を脱ぎながら脱衣所に向かい洗濯機の中に服を投げ入れて、生まれたままの姿になると浴室に入りシャワーを浴びる。


 女性にしては短い時間、カラスの行水の如く身体を清めると水を滴らせながら浴室から出てバスタオルを手に取ろうとするが、いつも置いてある場所に一枚も無い事に気づくと、ため息をつき水滴を足元に作りながら洗濯物を干しているリビングに向かい、洗濯ハンガーから乾いた一枚を手に取り手早く身体を拭く。


 そのまま髪から水を滴らせた状態で、少女は椅子を引いて総菜弁当を取り出して蓋を開ける。


「いただきます」


 若干温い弁当を特に反応を見せることも無く、ただ空腹を満たす為だけの食事を手早く済ませると空になった弁当をゴミ箱に捨て、リュックとジュースの入ったペットボトルを手に『愛衣』とくたびれたネームプレートが掛けられた部屋に入る。


 その部屋は、年頃の女の子の部屋にしては余りに殺風景すぎた。


 窓際に置かれた白いベットに申し訳程度のぬいぐるみ。

勉強机とその上に置かれたノートパソコン。後は本棚が一つと衣類を納めるクローゼットが一つ。


 つい先日引っ越して来たと言われても信じてしまう程に物の少ない部屋を、少女は勝手知ったる様子でリュックを壁際のフックに掛け、スマホをベットの上に放り投げるとペットボトルを手に、本棚から適当な本を取りベットに転がり天井を仰ぐ。


 スマホで別段好きでも無いが嫌いでも無い音楽を掛けると、天井を仰いだまま本を広げつまらなそうに読み進める。


 その本は家族愛をテーマに描いた作品で、特殊な体質を抱えた娘を母親が必死で守り抜くと言うアクション作品。

 少女は別段、その作者の事を知っていた訳でもアクションが好きな訳でも無かった。


 ただ母親がメインで描かれているから手に取っただけ。

 母親が娘の為に奔走し、どんな苦境も乗り越える。

そんな無上の母性をいつも求めていたから、気づいたら本棚一杯がそういった系統で埋まっていた。


「……結構面白いじゃん」


 読み進めていくうちに作者の銃への強いこだわりと、絶対に娘を守ると言って血だらけになりながらも戦う母親の姿。

 娘の前でだけは見せる優しい笑顔と、そんな母親を一身に慕う娘のやり取り。

 読み終わる頃にはふぅと嘆息していた。


 そのままスマホを手に取ると、友人からメッセージを受信していた。

 開くと丁度今呼んだ漫画を友人も見終わっており、画面の向こうで友人が鼻息荒く文字を打っていたのが容易に予想できる熱量を感じる。


「面白かったよ、特にガンアクションが凄かったね。と」


 送ったメッセージに一瞬で返信が帰ってきて、ポンッポンッと流れる様に次々と感想が流れてくる。

 次第に、他のメンバーの既読もつき出して更に油が注がれる。


『そうなの! この作者銃大好きだからガンバトルめっちゃかっこいいの!!』

『分かる。お母さんがベレッタ片手に研究所強襲した所は濡れた』

『最後のリボルバーを撃つところ、最初の初めて銃を持った所の対比なの気付いた?』

『マ? それよりも私としては最後まで美しい親子愛で締めた所が高評価。こういうのって親子を飛び越えて恋愛感情を持ったりするから、私的には親子であり続けたのが最高だったね』


 それぞれの感想大会になった所で少女は笑みを浮かべながら、自分も指先を動かして会話に参加する。


「こんなお母さん居たら惚れそう」

『分かる。私なら結婚申し込んでる』

『私は弟子が良いな』

『は?』

『あ?』


 まさかここから喧嘩が始まるとは思ってなかった少女は、けたたましくなる通知を切ってスマホの画面を落とす。


「羨ましいなぁ」


 少女は酷く感情の籠った声で呟いた。

 身体を起こして次の本を読もうとした所で、携帯から電話がかかってきことを知らせる音楽が鳴り響き、少女は相手を確認すると少し頬を和らげて着信を取る。


『もしもし、愛衣?』

「もしもし、どうしたのお父さん」


 電話越しに聞こえる渋く、少し疲れが滲んではいるが優しさを感じられるその声に少女は少し明るい声で答える。

 良く耳を澄ませば、電話の向こうでは幾つもの電話の音やタイピング音など、忙しい仕事場の声が聞こえる。

 電話の向こうの人物、少女の父親は娘の明るい声を聞いて落ち着いた声で申し訳なさそうに言いよどむ。


『そのだな、すまんが今日も帰るのが遅くなりそうなんだ』


 その声を聞いた時、少女は分かっていたと言いたげにさして目立った変化を見せることも無く答える。


「そっか、大変だとは思うけど身体に気を付けてね? もう若くないんだから」

『はは、まだまだ父さんは現役だぞ?』

「っていってももう40過ぎてるんだから、あんまり無茶したら身体直ぐに壊すよ? この前も働きすぎて倒れかけたんだから気を付けてよ」

『うっ、それを言われたら弱いな。わかった、出来るだけ早くに切り上げて帰る事にするよ』

「気を付けてね、おやすみなさい」

『おやすみ、愛衣も実質一人暮らしで気楽だとは思うけど遊びすぎるなよ』


 苦笑を浮かべて電話を切る。だが直ぐにその顔から感情が抜け落ちる。


「……一人暮らしを気楽だなんて思った事ないよ」


 何もかも面倒くさくなって少女はスマホを手に布団に潜る。


 漫画を読んでも、小説を読んでも、アニメを見ても映画を見ても、暖かい家庭を描いたところが出ると見ていられなくなって思わず閉じてしまう。

 次第に考える事も疲れて少女は瞼を閉じる。


 近所の家から楽しそうな笑い声が聞こえた気がして、少女は布団を頭まで被って眠りにつく。


「……さむいな」


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