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第1話 俺氏、殺され転生する

俺がホームヘルパーになったのは別に介護系の大学に通っていたからでも、介護が必要な両親がいるわけでもなんでもない。

ただ、就職活動をあまり真剣にやってこなかったから人手が少ない介護の業界しか内定を取ってくれる所が無かったというだけの話だ。正直クズ野郎と思ってくれて構わない。

顔も特に特徴は無く、普通の家庭で、普通に義務教育で育って、普通に高校と大学に通っていた。

特に目的もなく通っていた大学では、将来についてなぞこれっぽっちも考えていなかった。

まあ大学生活楽しめればそれでいいやっていう感じで、全く。

ただ、大学四年になると少しは正社員になって自由に使えるお金が欲しいなと思い始めた。

自分の時間はかなり削れてくるがこれも自由とお金のためと思えば。

精神力は人一倍強いと思っているし、何かとポジティブ思考だしそこそこ器用ではあるし、どんな仕事でもやってけるだろうと。


ーーとか、気楽に思っていた時期が俺にもあったんだ……。





「正直、もう死にたい」

空になった缶コーヒー片手に事務椅子に深く座り込み、大きな溜息を吐くのは同期である山野川チサだ。

金髪でガン黒で化粧が濃い彼女は一見すると一昔前のスケバンに見えなくもない。

よくもまぁこんなケバケバしい女を採用したものだと思うが、仕事は完璧にこなしているのだ。

子ギャルが来たということで地味におじさんウケがいい。

中卒だが、根はしっかりしている子だ。

ここにでっかいぬいぐるみが大量にぶら下がったガラケーがあれば完璧だなという言葉を飲み込むと、俺は頼まれていた事務作業を終わらせ腕を大きく伸ばし背もたれにもたれ掛かった。


「どうしたんだ? 珍しく弱気じゃないか」

「聞いてくださいよ先輩!」


山野川は勢いよく立ち上がると俺は身構えた。

こういう時のチサは話が長くなるのだ。

山野川は身振り手振りを踏まえながらペラペラと語り始めた。


「ついさっき行ってきたお宅なんですけど、いつも通りお掃除をしていたら急に扉が開いて知らないおばあさんが入ってきて『あんたかね!?うちのトモさんをたぶらかしたのは!!』ってすごい剣幕で近づいてきたんですよぉ!ご利用者さんの名前にトモなんて読み仮名一つもないし、お互い首傾げてたんですけどそのおばあさん、もうカンカンで今にもうちに上がってきそうな勢いで。そんな時にその人の息子さんかな? が現れてすみませんって何度も謝られたんですぅ。どうやらそのおばあさん認知症が酷かったみたいで、よくご近所さんのうちに上がりこんでは喚き散らかす事で有名だったみたいなんですよぉ」

「そ、そうだったんだ」


つまりは認知症のバアさんが上がりこんできて怖かったってことだろ?

なんで女ってほんの数文字で済むような事をこう長々と語れるのだろうか。

確か、男と女では脳内構造が違うって聞いたことあるけど、不思議である。

だが俺はなにも言わず、肩をすくませ微笑んでみせた。


「まあ、なにも無くて良かったじゃないか」

「そうなんですけどぉ。ちょっとあそこのお家に行くの怖いんでぇ」


げ、コイツ。俺に押し付ける気かよ。


「今度代わりに行ってきて貰えませんかぁ?」


やっぱり。


「俺は別に構わないけど」

「やった! それじゃ主任には私から言っておきますので!」


主任のハゲもこの子には弱いから俺が色々と言っても聞かないことは分かっているからもう反抗しない事にした。





翌日。

俺は昨日、無理矢理押し付けられるような形で仕事を引き受けたわけだが。

インターホンを押し、笑顔で応対しつつ家に上がる。比較的綺麗ではあるのだが、やはりちょっとした汚れが目立つ。


「それじゃ掃除機お借りしますね〜」


こうしてまあごくごく何事もなく仕事が終わーーらなかった。

いや、仕事事態は平穏無事に終わったのだが、家を出た途端だった。

なんと、昨日山野川が言っていたおばあさんらしき人が目の前に現れたのだ。


「またあんたかね!? いい加減にしなよ!! この泥棒猫めっ!!!」


そして、おばあさんはなぜか手に包丁を持っていてそれを俺目掛けて突進してきて。

慌てて逃げようと思ったらうっかり足をつんのめらせてしまい、深々と包丁が刺さってしまった。

おばあさんはまだ血走った目をしている。

俺は前のめりのまま、しかし、胸元から血を滴らせながら、これはもう駄目だなと察した。

意識が薄れていく。

遠くから悲鳴が聴こえる。救急車の音が微かに聞こえていたような気がした。

そこで俺の意識は途切れ、死んでしまった。

実に呆気なかった。わずか25年に人生はこんな風に事件だか事故だか分からないままに終えてしまった。






それが何故、俺は今、光り輝く魔法陣の上に立っているのだろうか。

俺の魂が浮遊している間に何か質疑応答があった気がしたけどそれと関係あるのだろうか。

それを適当に答えたらこんなところに来てしまった。

周囲は見渡す限り、本、本、本。床の上にも分厚い本が散らばっている。

かろうじてこの魔法陣がある空間だけは空いているがそれ以外は本まみれ。

まるで図書館の書架のような所だ。

そして、目の前にいる俺を呼び出したらしいフードを被った怪しいヤツらは俺を見るなりわなわなと震えている。

そりゃそうだよな。なんか召喚したと思ったらごくごく平凡な一般市民だったなんてな。

えーと、一応自己紹介した方がいいのか?


「俺は」


ここまで言ってふと思った。ただの平民である俺の名前など聞いても仕方ないだろう。

だったら転生前の職業とか、好きな作家とか紹介しとけばいいかな。

本まみれだから有名どころ言っておけば何かしら分かってくれるだろうし。

そう思って、自己紹介をやり直した。堂々としておけばもしかしたら友好的になってくれるかなと思い、少し胸を張ってみた。


「俺はただのしがないホームヘルパーです。好きな作家は志賀直哉です。よろしくお願いします」


そう言った途端、わなわなと震えていたフードの連中がピタリとかたまり、そして、歓喜の声を上げた。

瞬く間に連中は居なくなり、一人ぽつねんと取り残された。

な、なんだなんだ?

どうしてそんなに盛り上がってんだ??

俺はただ自己紹介しただけなのに。

扉の向こうからはしゃぎ声が聴こえる。


「シガナ!シガナ!」

「シガナ、ムヘル オヤ スキ」


なんだなんだ? もしかして通じてないのか?

発音は理解できても意味がさっぱり理解できない。

シガナ? ムヘル? だれか通訳を!!!

そう懇願しつつふと後ろの方にあった鏡に目を向けた。

そこにいたのは、ごくごく平凡な一般市民の俺ーーではなく。

漆黒の翼を持ち、顔には大きな傷跡があり、頭部にはツノのようなものが二つニョキッと生えた、

悪魔がまさにそこにいた。

悲鳴を上げかかったその時、脳内から声が聞こえた。


『おい、おい! 聞こえてるか?』


なんだよ、一体何が起きてるんだよ!?


『よかった。聞こえてるみたいだな。だがな、いくら召喚に応じたとはいっても俺様も悪魔だからな。お前みたいな善良な魂も必要だったからお前を俺ん中に引き込んだわけであって』


ちょっと待て。

一体全体訳がわからないぞ?


『何って。分かっててお前ああ言ったんじゃないか? 俺様ーーシガナはまあ数万年前に死んじまった悪魔だけど、そんな俺様が弱体化して堕天使として生まれ落ちて、大天使と人類を守るって……』


何処をどう訳したらそんな風になるんだよ!!?!?


『お前、本当に分かってないの?仕方ねえな。しばらくの間はこの俺様がお前の手助けしてやるから感謝しろよな。ひとまず、お前の元いた世界の言語とか構造は大方理解してるから俺がこの世界の連中と会話できるように自動翻訳してやんよ』


そいつは助かる! やったぜ! 幸先良い!

というか、お前ほんとに悪魔かよ。天使にしか思えないんだけど。


『ハハ、悪魔つっても数万年前だしなぁ。ま、お前みたいな面白そうな奴と肉体共有しているってのも悪くないな。これからよろしく頼むぜ』


呑気すぎる悪魔に俺は途方にくれるしかなかった。

これからどうなっていくことやら。

シガナとして生きる生活はまだ始まったばかりである。




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