死に戻るほど愛して
俺は何の変哲もない大学生だ。院に進んで就職も決めた。恵まれている人生かもしれない。でもそんなことは吹き飛んでしまうほど、俺は幸運で幸福な男だ。なぜなら、1年前にうちの研究室に入ってきた、たった一人の後輩の女の子がそれはもうかわいくて、賢くて、俺のドンぴしゃタイプで、話が合ったからだ。しかもうちの研究室は、学生は男が俺一人だった。
女の子の名前は葵月愛子。ボブカットの小柄な女の子だが、それはもうかわいらしい。その上賢くて、成績も良く、受け答えもすばらしい。どうしてこんな天使がこの世に、俺の目の前に舞い降りたのかと毎日自問自答しているほどだ。
俺もそんなに勤勉なタイプじゃないし、正直研究室に入って、自分が研究者とかなるタイプじゃないのはよく分かった。1年目は普通に過ごしていたのだが、2年目からは大学へ行くのが楽しくて仕方がない。勉学にも身が入り、俺の評価も自然上がったさ。
そうして卒業式の後の打ち上げの後、俺は葵月さんを誘って二人きりで会っている。俺の一世一代のイベント、葵月さんに告白するんだ。
「ごめんなさい」
・・・よく考えればわかり切っていたことかもしれない。俺はもうそれはおかしな様子で街を歩いていたのだろう。どこを歩いているかも気にしてないし、さっきじいさんにぶつかって注意された。ちょっと怒っていたけど、俺の様子を見て引いたのかな。トラブルにもならない。悲しみと苦痛が押し寄せている。今日食べたものをすべて戻したいほど気持ち悪い。
そりゃ当然そうだろ。彼氏もいるだろうし、男友達なんて何人いたかわからない。俺なんて彼女の恋愛対象のリストに入っていたのかな。もし入っていたとしてNo.いくつだったんだろうな。
俺は雑居ビルのルーフに登ってきていた。錆びた手すりにつかまって夜の街を見ている。高いところは平気だ。今は特に。別に自殺したりはしないさ。ただ、ここに飛び込む振りをして、止めて貰いたいだけだ。そりゃできたらあの子に。
結構風が吹いている。俺の目からも綺麗に水滴を振り払ってくれるほど。俺の叫びがかすれてしまうほどに。
「あんた、まさか自殺するつもりじゃないでしょうね」
良く通る、澄んだ女の子の声に心臓が止まるかと思った。俺は振り向いて、よろけて、腐っていた手すりにもたれてしまい、危うくあの世へ行くところだった。その女の子は俺の手を引いて助けてくれた。小柄でスレンダーなのに意外とパワフルだ。俺は礼を言った。
どう致しまして、と女の子は言った。俺はアルコールは入っているし、頭ももちろんおかしくなっていても不思議はないけれど、その女の子は自分のことを天使だと言った。いよいよヤバイな。葵月さんに振られたショックで、俺も狂ってしまったか。冷たいものが背中を流れる。
・・・そして屋上で談議が始まった。夜明け前まで話をしたよ。俺を助けてくれた女の子の名前はスカーレッドと言った。自称天使。俺も頭はおかしくなったかもしれないが、そうそうそんなこと信じられるか。スカーレッドと俺のやり取りは省略する。俺はスカーレッドを信じたわけじゃない。熱意とその捨て身さに、嘘でもわかったと言わされたのさ。
スカーレッドの話を要約すると、つまり俺が葵月さんと結ばれないことが、スカーレッドには都合が悪いということだ。葵月さんと俺の子孫の23代目に人類にとって重大な人物が生まれる。彼と同等の人物を生み出すためには、他のルート、やり方も考えられるが、よりめんどくさいらしい。
「だからあなたにチャンスをあげる。あなたにもう一度やりなおす気があるなら、彼女に出会った日からやり直させてあげる。もちろんあなたの気力の続く限り何度でも」
そんなの是非のあるはずがない。俺は死ぬほど彼女のことが好きだ。1%でも可能性があるなら、何度だってやり直してやる。その時はそう思った。
スカーレッドは手にした剣で俺の胸を貫く。信じられないくらい血が噴き出したが、不思議と痛みは感じなかった。きっと今度はものにしてみせる。・・・そう思って死んだのだが・・・
「残念ながら、また会うことになってしまったわね」
1年前に死に戻ってやり直した俺だったが、また葵月さんに振られてしまった・・・ 俺はどうすればいいのかわかっていた。またあの雑居ビルの屋上で天使を待った。スカーレッドはやってきた。
俺はがんばったつもりだったのだが、スカーレッドに言わせればダメダメらしい。よっぼど途中で俺の元へ現れて殺してやろうかと思ったそうだ;
俺はスカーレッドの3ヶ月特別レッスンを受けることになった。マナーから女性心理、トークの練習、あげくに体まで鍛えさせられた。そんなの訓練なしに反映してくれればいいと思うが、そういう訳にはいかないらしい。なんか無駄にいくつかスキルが増えた気はするけど、これって本当に役に立つのかなぁ。
しかし、そんな努力も空しく、俺は2度目のやり直しも失敗した。あんなにがんばったのにな。スカーレッドのトレーニングは厳しかったが、少し楽しく感じていた。俺はスカーレッドも好きになっていた。そういうのもまずかったのかもしれない。スカーレッドの静かな怒りが恐ろしいが、それより俺の心も折れてしまいそうだ。
「スカーレッド、ごめん。俺無理かもしれない。・・・他のやり方っていうのも考えた方がいいんじゃないかな」
スカーレッドがゆっくりした動きから、とても恐ろしい怒気だか殺気だかオーラを発している。俺の本能が大きく振るえて、縮み上がっているのを感じる。
「・・・あのねえ。・・・できれば・・・もう少しがんばってみる気はない?」
とても否とは言えなかった。スカーレッドは鋭利な剣で、今度は俺の首を飛ばした。痛みはやはり感じなかったが、あまり気持ちの良いものではない。首を飛ばされても意識はあるんだ。今までは胸を貫いていたのに、首を飛ばしたところがスカーレッドの怒りを表現しているのかもしれないが、俺は天使や天界の文化は知らないからよくわからない。
3度目の死に戻りも失敗した。結局何度失敗したのか、俺はここに書く気もない。
結局スカーレッド、というか天界だか何だか知らないが、は俺の人生のシナリオというかストーリーに干渉する手段を選ばざるを得なかった。スカーレッドは上司たちにものすごく怒られて、かなりひどい罰というか処分を受けたらしい。スカーレッドには心から謝罪と感謝の念を捧げる。
最後に俺はようやく彼女の心をものにしたが、それはそれはドラマチックな人生になってしまった。例えば山へハイキングに出かけたら、わざとらしいぐらいトラブルが起こる。葵月さんに襲い掛かるスズメバチを素手で捕らえて潰したり、他にも人はいるのに、なぜか離れたところにいる葵月さんに敢えて向かっていく熊を追いかけて背負い投げしたり、飛び掛る毒蛇の攻撃を身代わりに受けて病院送りになったり。あげくにはテロリストに誘拐された葵月さんを単身飛び込んで助け出したりした。ほとんど映画のヒーローだよ俺;どうしてこうなった。
スカーレッドの努力だか、天界のチートだかインチキだか知らないが、おかげでようやく俺は死に戻りから解放された。だが、もしまた彼女の心を失ってしまったら、再びどこかからやり直しだ。ここからが本当の始まりなのかもしれない。でもそんなこと構わない。俺はもう彼女なくしては、もし生きる価値なんてものがあるなら、それがものすごく減って、なくなってしまうことを知ってる。今は彼女こそ俺の生きがいなんだ。スカーレッドから祝福と諌めの言葉をもらって、俺は新たな人生のステップへ進もうとしている。
人生でやり直しができるのなら、何回やれば自分の思う結果になるのかなあという思い付きからできた話です。
よくありそうなネタなので、オマージュみたいなものかもしれません。