ガリ勉(2)
そんなわけで放課後、愛男は今日提出の宿題に取り組んでいた。田上田先生があんなことを言わなければ今頃帰宅しているのだが、それを言ってはいけない。それでも愛男は真面目な方だ。クラスのほとんどがその宿題をやっていないにもかかわらず、今教室に残っているのは愛男ただ一人。瓶谷も、例のクイズの答えも聞かず早々に教室を出て行った。『クイズの制限時間は明日まで!』というメモを残して。
「あーあ、俺もサボればよかったなぁ」
「小那古くん、あんた調子乗ってるの?」
「なっ!?」
ハッシュタグ一人だと思ってでかい独り言言ったら人がいた件。しかし愛男は一人を極めた男、人の気配を察知する能力には長けている。そんな愛男の認知機能をも超越する存在とはこれいかに。覚悟を決めて振り返ると、そこにいたのはなんとあの知識さんであった。
「もう一度聞くけど、あんた調子乗ってるの?」
「乗ってない」
「じゃあ、私がなんで教室に残ってるか分かる?」
「分からん」
「国語の係だからよ」
「おおう、どおりで」
国語の係の主な仕事は時間割の連絡と宿題の配布、それから宿題の回収だ。
「すまん、もう少しで終わると思うんだが……。俺は自分で持って行くから、集まった分はもう持って行ってくれて構わないぞ」
「集まった分って、あれのこと?」
知識は教卓の上を指さす。本来ならばそこには宿題のテキストが積み重なっているはずだが、今愛男の目に映っているのは二冊だけ重ねておかれたテキスト。もはや回収された宿題というより忘れ物の様に見える。
「俺が言うのも何だが、こりゃひどいな」
「全くよ……二冊と三冊じゃ全然違うから、急いで終わらせて」
そう言うと知識は自分の席に戻……りかけて立ち止まる。どうやら愛男の机に貼ってあった瓶谷のメモが気になったようだ。
「クイズの答え……?」
「ああ、瓶谷の奴が俺にクイズを出してきてな。悔しいことに全く分からず、ただ分からないのも悔しいのでもう少し考えさせてくれと言ったらこうなったというわけだ」
「へぇ?小那古くんにも悔しいとかいう感情があったのね」
「お前は俺をなんだと思ってたんだ?」
「ごめんごめん、そういうことじゃなくて。なんか競争心があまりないように感じてたから」
知識は少し笑って言った。まあ競争心があまりないというのは当たっている。
「で、どんな問題なの?」
「どんなと言うと?」
「クイズの内容よ。そんなに悩む問題なら私も気になるじゃない」
そういう知識の目がいつになく輝いて見えたので愛男は少し驚いた。というのも、普段の彼女は無表情で、誰がどんな話をしても興味を示さず、ひたすら教科書やノートと向き合っているような人間なので、こういう風に他人の話に食いついてくるのが意外に思えたのだ。しかし考えようによってはクイズに興味を示すのも勉強が好きなことと繋がる。彼女は勉強しか好きなものがないのではなく、勉強が好きな女の子だったのだ。
と、妙に納得しつつ愛男は瓶谷から出題された問題をそっくりそのまま知識に話した。
「なまこ」
「え?」
「答えは『なまこ』ね」
「嘘だろ!?もう分かったのか!?」
知識は頷くと自分の席から英語の辞書を持ってきた。
「まず、大豆とかアボカドとか意味ありげなこと言ってるけどその部分は全く関係ない。注目すべきなのは最後の一文だけで…………あった、これ見て」
知識は辞書の一ページを愛男に見せる。
「なまこ、シー……キュー……カンバー?」
「そう、なまこは英語でsea cucumber、cucumberはキュウリだから、海のキュウリはなまこ」
「てことは、最初の部分は完全なミスリードだったってわけか……」
「私は知ってたからすぐに解けたけど、知らない人には難しいでしょうね」
「あいつは英語が出来ないくせに変な単語にはやたら詳しいんだ。さしずめ、俺がこの単語を知らないとふんでこの問題を仕掛けたんだろう。してやられた」
「まだよ」
悔しがる愛男に知識はそう言った。
「まだってどういうことだ?」
「まだ諦めるには早いってこと」
どうやら何か考えがあるようだ。知識は面白そうに笑うと続けた。
「瓶谷くんは私と小那古くんが今こうして話していることを知らない。と、いうことは、小那古くんがその
メモ書きの余白に答えを書いて瓶谷くんの机に貼っておけば……」
「あいつは俺が答えを思いついたと思うわけか」
「そういうこと」
知識はそう言うといたずらっぽく笑った。それを見て愛男はまた少し驚いた。彼女はそういう表情をしたり、いわゆる『見てなければいい』みたいなことを言ったりしないと思っていたからだ。しかしそれは愛男の偏見であり、実際の彼女は普段のイメージを含む今目の前にいる彼女。女を愛でる男として、女性をイメージだけで判断していたことは大きな反省点だ。
「すまん」
「何が?」
「いや、こっちの話だ」
愛男はメモの余白に『なまこ』と書いて瓶谷の机に貼り付けた。が、ふと思いついてメモを裏返すと、そこにもう一度ペンを走らせる。
『国語の宿題を出せ』
「いやぁ、知識さんの手助けがあることは予想外だったなぁ~。まさに居残りは三文の得」
愛男の前の席、国語のテキストを埋めていた瓶谷が振り返る。
「それにしても……どうしてわざわざ『国語の宿題を出せ』なんて書いたんだい?」
「そりゃお前に国語の宿題を出させるためだ」
「でもこんなこと書かなければ僕は愛男が自力で答えを出したと思っただろう。そうすれば、君の完全勝利だ」
やけに挑戦的な顔で瓶谷は言った。ムッとして愛男はそれに答える。
「お前は俺が答えを出せないとふんであの問題を出したんだろ?つまり、お前の目的は俺に負けを認めさせることだ。なら自力で解こうが手助けを得ようが、答えを出した時点で俺の完全勝利だ」
「いや、それは違うね」
「何が違うんだよ」
「愛男、君はズルするのが嫌だったんだろ?そう思われるのが、かな。僕は愛男が答えを出せないと思っていた。ということは、たとえ愛男が自力で出したと言っても僕は疑っただろう。でも、ついさっき言ったように、自力で解かなくても愛男の勝利だ。そこであのメッセージ。僕は愛男が残って宿題をしていたことを知っていたし、ああ書いておけば国語の係である知識さんが隣にいたことは何となく察しが付く。そうなると自力ではなく、知識さんの手助けがあったことも想像できる。かくして君は僕に勝利し、かつ、ズルはしたくないという自分の信条も守ることが出来たというわけだ」
「まあ、好きに想像してもらって構わん」
あながち間違いではないため多少は動揺した愛男だが、瓶谷がこういうことを言うのはいつものことなので愛男はスッと視線を外して流す。が、今日の瓶谷は少しばかりしつこかった。
「後もう一つ」
「まだあるのか……」
「ずばり、感謝だね」
「感謝?」
愛男は方眉を上げて瓶谷を見る。そういう愛男の顔を見て瓶谷は如何にも満足そうに頷く。
「そう、つまり、宿題の提出を待ってくれて、クイズの答えも教えてくれた知識さんへの感謝だ。手柄が彼
女にあることを示したという点ではスタッフロールとも言えるね。まさに女を愛でる男、些細なことでも感謝の気持ちを忘れない。まあ、その気持ちがちゃんと伝わっているかは別だけど」
「瓶谷、お前は俺のことを馬鹿にしてるのか?」
「まさか!正直あの一文はファインプレーだと思ってるよ。ここまでしてやられるとは思ってなかったからね。まさに一文は三文の得、と言うべきか」
すまし顔で言う瓶谷に愛男はため息をつく。
「なんか勝った気がしないな……」
「勝利とは虚しいものさ」
ああ!なんてことだ!
愛男くんと女の子達の交流を描くはずが、愛男くんと瓶谷くんの仲睦まじい日常を描いてしまっているではないか!!!
男同士!!!
これからはもっと女の子達との心躍るトークも書いていけたらなぁと思っています。ちなみに筆者の頭の中には既にあらゆるタイプの女の子がおりますぞ!ひゃっほい




