クラスのアイドル(2)
「先生あんまり怒ってなかったね」
「そうだな。まあ、柏餅さんがいたおかげだろうが」
「なんで?」
「そりゃ可愛いからじゃないか?」
「そんなこともないと思うけど……」
確かに担任はあまり怒っていなかった。『次は忘れるなよ』ぐらいの感じだった。しかし帰り際、愛男は担任にわりかし強めに睨まれた。それが『どうせお前が悪いんだろ』なのか、『結たんに迷惑掛けてんじゃねえよ』なのかは分からないが、何にせよ柏餅のおかげで説教を免れたことは明白だった。クラスのアイドルは教師陣にも人気があるのだ。おっさんに好かれる女子高生、大変だな。
しばらくは無言で床を掃く二人。こういう時に限っては瓶谷の適当さが役に立つのだが。ふと瓶谷の顔が浮かんだので愛男はブンブンと首を振ってそれをかき消す。
しかしなんだ、この状況、あの柏餅結と二人きりで空き教室を掃除しているではないか。他の男子が見たらハンカチを食いちぎって羨ましがるに違いない。愛男は、黙々と床を掃く柏餅を眺める。相変わらず可愛い。いや、そんなことがいいたいわけではない。何というのであろうか。女を愛でる男として、柏餅結という存在は非常に興味をそそられるのだ。
彼女は可愛いだけではない。勉強も出来るし、スポーツも出来る。おまけに性格も大変良い。それだけ兼ね備えていたらクラスの中心にいてもおかしくないはずだが、彼女はどちらかというとクラスの隅の方にいる。かといって排他的な態度を取るわけでもなく、ご存じの通り誰にでも気さくに話しかける。非常にとらえどころのないキャラクターだ。そう言う意味で愛男は柏餅に非常に興味があった。
「あの……言いたいことがあるなら言ってくれていいけど?なんかすごい……見てくるから」
「ああ、すまん」
「もしかして……」
「ん?」
「あたしのことが好き……とか?」
恋愛もの特有の時が止まったような空気が流れる。
「あ、いや、そういうのではない」
「あっそう?」
「そういうのは全然考えてなかった」
「あ、そっかそっか……なんかすごい恥ずかしくなってきた…………そうだよ、あたしの早とちりだったってことじゃん!?」
「そういうことになるな」
「そういうことになるな、じゃなくてさ。小那古くんが変な空気醸し出すから!」
「悪かった、ちょっと気になることがあってな」
「気になること?」
何が気になるんだと柏餅の目が尋ねてくる。いっそもう話してしまうか。そう思い愛男は先程考えていたことをそっくりそのまま柏餅に話した。
「う~ん、何となくいいたいことは分かるような……。っていうか小那古くん、変なところに目を付けるね~」
苦笑いを浮かべる柏餅。大丈夫だ、自覚はある。愛男は心の中で頷く。
「つまり、あたしの立ち位置が不思議だってことだよね?」
「そういうことだ」
「そうだね~。確かに、なろうと思えばなれるのかも知れないけど、何ていうか……柄じゃないんだよね、中心とか。あたしはどっちかっていうと隅っこが好きだから」
「分かります」
激しく同意する愛男。
「まあ、ここに至るまでにも色々あったんだけどね。昔は可愛いって言われても謙遜してて、それがいつしか自分でも認めるようになって、勉強も出来るしスポーツも出来る、自分は目立つ存在だなんだって気づき初めて。謙遜しても嫌みだし、しなくても嫌みだし。人気者っぽくしようかと思う時期もあったけど、やっぱり自分にとって一番過ごしやすい立ち位置でいようと、今ではそう思うようになりました」
「っていう答えで良いのかな…………いやいや、真剣に聞きすぎ!」
「あまりにも興味深くて」
「興味深いって……。それより、あたしばっか話してなんかずるくない?」
「ずるくはない」
「いや、ずるいよ。だってあたしも興味あるもん。小那古くんの立ち位置」
「俺の?」
「そうそう。何だろう、堅いのかなーって思ったら意外と話してくれるし。話してくれたと思ったら変なところに興味持つし」
変態だし、と言われなくて良かったと内心ほっとしながら愛男は、自分の立ち位置をどう説明したものかと頭を悩ませていた。いや、ここはもうはっきりと言ってしまうか。柏餅の言うとおり、彼女にだけ話させては申し訳ない。
「そうだな、俺の立ち位置を一言で言うなら……」
「言うなら?」
「女を愛でる男だ」
「あ、おかえり」
愛男が教室に戻ると瓶谷がにやにやと声を掛けてきた。
「お前まだいたのか」
「まだいたのかとは失礼な。愛男のことを待っててあげたんじゃないか」
「待ってなくていいから、早く帰れ」
「愛男くんは冷たいなぁ……」
しみじみと言う瓶谷。
「そんなことより!どうだった?」
「何が?」
「イベントだよ、イベント。クラスのアイドルと放課後に二人きりっていうラノベ顔負けのね。ちゃんと青春したかい?」
「はぁ?するわけないだろ」
愛男が呆れて言うと瓶谷「なんてことだ!」と大袈裟に頭を抱えてみせる。
「せっかくのチャンスを棒に振るなんて!」
「チャンスってお前なぁ…………待てよ?」
そこでふと愛男は考えた。そういえば、ほんの一瞬だけ青春っぽい空気が流れたような気がする。しかしそれをここで瓶谷に言ったらあることないこと妄想されて面倒くさいことになる。面倒くさいことは嫌いなので、愛男は黙っていることにした。
「何かあったの?」
「いや、やっぱり何にもなかったな」
「分かったぞ!君はまた柏餅さんが話しかけてくれたのにまごまごもごもごしてたんだろう!」
勘違いをする瓶谷。しかし愛男としてはありがたい。
「いいかい、愛男。青春時代に青春出来る人なんてそういないんだ。君はその数少ないチャンスを棒に振ってしまったわけだ。それがいかに罪深いことか、君には分かるかね。愛男、いや愛男くん。」
何か急に説教を始めた瓶谷をよそに、愛男は帰り支度をする。まあなんだ、青春どうこうはともかく、女性と話すというのは実に素晴らしいことだ。瓶谷のすべらない話を1時間聞くより女性と1分会話する方が断然よいのではないか。愛男はそんなことも思った。
「そもそも君は青春というものをだね……」
瓶谷は相変わらず説教を続けている。思えばこの男の立ち位置もよく分からない。まあ別に知りたくもない
が。
ありがとうございます。
この作品はこんな感じで、短い話をちょこちょこと書いていきたいと思います。息抜きのつもりなので、会話中心であまりこだわらずに書いていくつもりです。
さいごに
『雨音と晴太のワンダーランド』執筆中。投稿は滞っていますが一応書いてはいますよ、一応。