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忘却  きっと最後の日常

「….れ….れ…起きてよ、垂!」


その叫び声で、保健室のベッドにて垂は目を覚ました。


「垂…?」


声の主、灯花がこちらを見つめている。

その心配そうな様子を見て、垂は自分が意識を失っていたことを思い出す。

垂が起き上がると、灯花はほっとした表情をした。

時計を見ると、現在の時刻は12時、つまり、垂は2時間ほど気を失っていたこともある。

先程の灯花の様子を見るに、多くの人に心配をかけてしまったのだろう。



心配かけて、ごめん。


そう、垂は灯花に謝罪の言葉を向けようとした。


そして、気付いた。

自分の口から言葉が発せられないことに。


さらに気付く、先程から垂は呼吸をしていなかった。気付けなかったのは、情報整理で頭が一杯で自分の体がどうなっているのかを考えなかったからか。


器官を何かが塞いでいる感覚があった。空気を求めて息を吸おうとしてもできなかった。

ぐおんぐおんと頭が酸素不足で悲鳴を上げている。

灯花も垂の体の異変に気付いた、しかしもう遅い、垂の意識は再び遠のいていき――――


ぎゅっ


誰かに抱きつかれる感覚があった。もちろん灯花だった。

すると、途端に喉をふさいでいた何かが消えていく。呼吸が再開される、

遠のいていた意識が戻って来る。3秒もしないうちに、声が出せるようになる。


「あ….れ….?」


垂は困惑する、自分はなぜ呼吸ができている?なぜ声を発することができる?

理由がわからない、器官に詰まっていた何かが取れたのだったら、なぜ、吐き出すでも

飲み込むでもなく、「消えた」感覚があったのだろうか。

分からないので、垂は考えるのをやめた。今はただ


「垂ぇ…..よかったぁ….」


自分の背中で泣きじゃくる幼馴染の相手をしてやりたかった。


――――ザ

――――ザザザ

ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ


結局、垂はいつも通りに最後まで授業を受け、いつものように下校した。

ガチャリ。家のドアを開けて「ただいま」と言う。

誰からも返事は来ない。そもそも今家には誰もいないのだから。


垂の両親は彼が幼いころに死亡しており、

遺されたこの家に中学一年生の妹と共に暮らしている。妹は現在、絶賛部活動中である。


「さて….」


リビングのソファに腰かけ、垂は一人思考を巡らせる。

まず、垂が気を失ったその後の話を、灯花から聞いた。


結論から言うと。あの出来事は、誰も覚えていなかった。


垂は授業中に突然貧血をおこし、気を失って保健室に運ばれた。

そういうことになっているらしい。

もちろん灯花も、垂は貧血で倒れていると思って話をしているので、

微妙に会話がかみ合わなかった。


あの、自分の足が消えてクラス中がパニックになった出来事を、誰も覚えていないのは

どういう事か、貧血で幻覚でも見ていたのだろうか、はたまた気を失って夢でも見ていたのだろうか。確かにそういうことにした方が筋は通っているように見える。


「だけど、たぶん違うんだろうなぁ….」


ぐおんぐおんと、意識が覚醒してからずっと悲鳴を上げ続けている頭を押さえ、

垂はそう呟いた。


最初は、酸欠によるものだろうと思っていた頭痛は、

垂が呼吸を取り戻しても一向に収まらなかった。

普段なら、風邪でも引いているのかと思っている所だが、垂は意識を失う前に、頭の中に響くような声を聞いていた。それがひどく気になった。


『これでやっと、貴方に…』


あの声は、間違いなく自分に向けられたものだった。

声の主は一体誰なのか、そもそもなぜ頭の中に響くように聞こえたのか、そして、

あの言葉の意味はいったいどういうものだったのか。


ガチャリ


ウンウンと頭を悩ませている間に、玄関が開けられる音がした。

妹の彩華が帰ってきたのだ。


「お兄ちゃん、ただいまー。」


「お帰り、彩k――

ザザザ

ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ







「――なぜ映像を止めた。」


『少女たち』の一人が驚いた様子で問う。


今のノイズは、『少女たち』の一人が意図的に映像を止めたことによっておきたことだった。


問いに、映像を止めた『少女たち』の一人は、


二宮彩華は、涙を流しながら答える。


「――私がここで気づいていれば、お兄ちゃんは壊れることは、なかっはず――――ッ」


そう、ここが、この日こそが、垂の崩壊が始まる分岐点だった。

この日、彩華と最後の平凡な日常を過ごした垂は、ひたすらに壊れていく。


「私が、お兄ちゃんを、お兄ちゃんを、壊した―――――――――――――――――」


「自分を責めるな彩華、お前は何も悪くない。」


「でも――――」


「でもじゃない。お前は何も悪くない。だから、この先を観るんだ。垂とお前が過ごした、

最後の平凡な日常を。」


――ザザザザザザザザザザザザザザザザ。


『少女たち』の一人がノイズを止める、再び垂の記憶が流れ始めた。



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