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放課後  この物語

垂は自分のクラスの教室の中心にポツンと独り立っていた。


今日は木曜日、現在の時刻は7時18分だ。空の色は赤から黒に変わろうとしていて、ほとんどの生徒は部活を終え帰宅している頃である。ましてや、垂は部活動に参加しておらず、学校と家の近さ、さらに友達の少なさもあってか、本来ならだれよりも早く自分の家の玄関をくぐる人物であった。


しかし今日は違った、垂はだれもいない教室を静かに見渡すと


「…来ないなぁ…」


とつぶやいた。

垂が教室に残っている理由はいたって単純、担任の先生に、

「今日は、垂君にお話があるのでー、垂君は放課後、教室に残ってくださーい。」

とホームルームで他のクラスメイトがいる前で堂々と言われたからである。


先生は女性で歳は30に近いとうわさされており、垂は18になったばかりである。

周りの視線が痛かった。


まぁ、結局言われた通りおとなしく残ることにしたのだが、

垂は窓から外の様子を見る。すでに日は沈み、歩道には誰も歩いてはいなかった。


「来ないなぁ、もう外も暗いし、今日は――――」


帰ろうかな。そう続けようとしたとき、ガラッ!という音と共に、黒板側の引き戸があいた。


「――っ、来た、せんせ―――――」


振り返りながら発していたその言葉は、教室に入ってきた本当の人物を見て、またしても続けられなくなってしまう。

そこにいたのは、呼び出しをもらった垂の担任の先生ではなく


「―――あなたか、校長先生」


「ここには誰もいないのだから先生と呼ぶ必要はないだろう、

昔みたいに姉さんと呼んでくれ。」


この学校の校長である、切枝咲(きりえださき)であった。

水色に染めた髪に、度の入っていないメガネをかけているのが特徴の、垂の姉だ。

苗字が垂と違うのは、成人して結婚したからである。


「―――わかった、姉さん。」


「よろしい。」


「僕は、担任の先生に呼び出されたと思ってたんだけど、なぜ姉さんがここに?」


「それはな、実の姉弟のほうが話しやすいお話だからだ。」


「話しやすいお話?説教かなにか?

俺、いじめでもしたかな。だとしたら誤解だと思うけど―――」


「違う、もっと当たり前の、ただの質問だ。」


咲は、そう前置きして、垂を正面から見つめた、そして、真剣な表情で、


「垂、お前さ、生きてて楽しいか?」

  

と言った。

その言葉を聞いて、垂は胸をなでおろした。


「なんだ、いつものあれか。」


垂の学校は、月に何回か、生徒に意識調査をしているのだ。

勉強はどうだ、とか、進路は決まったか、などなど。

今回は垂の番だったのだろう、ならあとは適当に答えるだけである。

しかしまだ何か引っかかるので、垂は聞いてみることにした。


 「楽しいよ、わざわざ放課後に、しかも担任の先生じゃなくて校長先生である姉さんが質問しているのか謎だけど。」


「そうか、楽しいのか、なら良かった。」


「はぐらかさないでくれよ姉さん。もう一回言うよ、「なぜ、わざわざ放課後に校長先生がいつもの意識調査をするのか」なにか理由があるんじゃないか。」


「お前は疑い深いな。」


「こんなの誰だって疑うよ。」


そう、いつもの意識調査だと分かったなら、問題はそこだった。

時計を見ると、時刻は7時30分。垂は高校3年生という事で受験も控えていて忙しいというのに。わざわざ放課後に行う理由が、垂にはわからなかった。

姉弟の方が話しやすい内容というのも良くわからない。


「流石にからかいすぎたな、そろそろ理由を話そうか。」


咲はそう応じると、息を大きく吸った。

どうやら、長い話のようだ。垂は意識を引き締めた。もしかしたら、自分が異常に思われるようなことをいつの間にか行っていたかもしれない。

・・

・・・

・・・・。

しかし、30秒ほど経っても、咲は声を出さなかった。


「姉さん?」


「・・・・・・・理由?なんだろう、しっかりとした理由が、あった筈なのに、おかしい、思い出せない。さっきの質問も、もっと深い意図があった筈なのに、思い出せない。すっぽり抜け落ちている…。」


どうやら咲は、自分をここに呼んだ理由を、忘れてしまったようだった。

どうしたのだろう、しっかり者の姉が、物忘れをしてしまうなんて。

垂は咲の体を心配し、これ以上の追及は避けることにした。


「姉さん。思い出せないのは、姉さんが疲れてるからだよ。とにかく、僕は生きてて辛いなんて思ってないよ。だから、今日はもう家に帰って寝よ?」


先程も言ったが咲はすでに結婚しており、家は別である。つまりこれは垂が咲と一緒に帰りたいとかそういうわけではなく、単に実の姉の体を心配しての発言だ。


「ああ、ありがとう。確かに疲れているのかもしれない。今度場を改めて話そう。

 すまないが、お言葉に甘えて今日はこれでお開きにさせてもらうよ。」


「わかった。じゃあね、姉さん。」


「ああ」


久しぶりに姉と二人に慣れたのだから、もう少しプライベートな話もしたかったのだが、垂は受験生であるため一刻も早く家に帰らなくてはならない。咲は「お言葉に甘えて」なんて言っていたが、まだ学校に残るのだろう。なにせ校長先生である。


「くれぐれも、無理しないでね。」


やっぱり心配な垂は去り際にそう言って、学校を出た。







―――ザ

―――ザザザ

ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ

ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ


『これが、全ての始まり….』


『こんな他愛もない会話から、全てが始まったなんて…』


映像がノイズに包まれると、「少女たち」はそう呟いた。


忘れている方も多いかもしれないが、この物語の主人公、二宮垂は、

最終的に人として壊れてしまうのだ。


故に、先程の光景は「少女たち」が観ている映像であり、

二宮垂が壊れる前の明るい記憶なのであった。


ここから垂は、少しずつ、だが確実に、人としておかしくなっていく。

つまり、この物語は、追憶の物語。何一つ救いなんてなかった、今に至る物語。


――ザザザザザザザザザザザザザザザザ。


しつこく鳴っていたノイズが消え、二宮垂の記憶が映し出された。




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