プロローグ「転移」
この世には理不尽があふれていることは言うまでもない。
ただ、それに納得出来るかはまた別の問題だ。
例えば、だ。女子トイレに間違って男が入り、逮捕されるのは当然だ。わざとじゃないにしろ悪い事をしたのだから。しかし、男子トイレに間違って女がはいり、逮捕されないのはなぜか。プラスアルファで偶然たまたまそこで用を足していた男がその女に秘部を見られたとする。
ここで問題。今、完全悪なのはどちらか。
言わずもがな、女だ。
しかし、ここで行動をとったのは女だった。
すかさず彼女は悲鳴を上げたのだった。男はすぐさま秘部を隠し、自分に非はないがそこで謝った。
そして逮捕されたのは男だった。
これは事実であり、フィクションでもなんでもない。実際に起きた事件である。
とまあ前置きはさておいて、本編に移ろうか。
このように理不尽とは何かにつけて付きまとうものなのだ。
これも、理不尽の一つだと、俺は思う・・・。
「皆席について・・・」
「ぶっは!それな!」
「・・・」
声をかけても受講生はガン無視。それどころか注意を阻もうと寧ろ私語は加速するばかり。
「皆聞けよ・・・」
「それでさぁ」
俺の私語は死語となる。なんとまあ理不尽な。
国立神御影大学化学教授、水流誠司。現在進行形で授業中ですがなにか。
ほんと、思いやられるな・・・。
毎日がいやになるほど話を聞いてくれない受講生。
まだ若く、結婚もしていない為寄る辺もない。俺を癒してくれるのは化学という存在だけ。
大学生にもなって講義の一つも聞けないのか。と、毎度のことながら思う。
講義終了後、今日も今日とて化学の研究、検証を行い、(実験という)自慰行為に浸っている。
今日もまた講義があるのか。誰一人と聞かない講義に何の意味があるのだろうか。
「あ~、講義を始めます・・・。座ってないの、着席しなさい」
「よっしゃ!星5ゲットー!ってかこのキャラかわいくね!」
「・・・」
「もう何なんだろうな、ほんと」
講義終了後・・・というか、独り言終了後、別に尿意を催したわけではないが、なんとなくトイレに入る。
なんとなく一番端にする。そしてなんとなく辺りを見回す。まぁ・・・綺麗に掃除はされてるよな。
たいして出なかったが、小刻みに震えさせ、チャックを閉め、ベルトを締める。
手洗い場で手を洗いながら正面の鏡でやる気のなさそうな顔を見る。この顔が原因なのか・・・?
いや、そんなことはない。悪いのは受講生であり俺じゃない。というか社会が悪い。
そんな下らん戯言を考えながらトイレから出る。
いや、やっぱり悪いのはこの大学じゃなかろうか。受講生はくそだし給料は安いし。でも公務員だしそこはま、多少はね。ということで。だとしても受講生のあの存外な態度はさすがに目に余る。講義中に異性同士でわいわい話しやがって。許さんぞ。
判決。ギルティー。
これはもう最高裁で取り扱ってしかるべき案件ではなかろ・・・と、いかんいかん、また下らんことを。
さ、明日の講義の準備でもして今日は飲もうか。
もう酒がなきゃやってられないレベル。
今日の唯一の楽しみを考えながら職員室へと足を運
・・・なんだ?急にぐらっと・・・。
突然ブラックアウトし、意識が一瞬だが飛びかけた。
まあいい。治ったことだし気にせず職員室に戻ろう。
頭を振り、顔を上げる。
景色が暗転したかと思えば周りは土と化し、遮蔽物の一切もなく。
何より剣、弓、魔法、怒号が飛び交う殺伐とした戦場と変わり果てていた。