表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

身支度をした

宇宙産業への投資は加速する一方である。

 三機の機体が打ち上がるまであと一週間というところだった。その日は船外作業の手伝いをしていた。作業内容は単純で、小さなデブリが直撃したことによる穴を修繕するのが目的だった。

 間食用にと取っておいたゼリーを吸い上げながら映像を眺める。共に作業をする、正確には作業を監視しているフランス空軍のジェフ中佐などは、モニターを見ることすらしないで読書に興じている。

 

 僕らの作業を撮影している筈の管制塔。つまり地上の管制官ですら何も言わない。なにやらぼそぼそと声が聞こえる程度だ。どうやらインカムを遠ざけている様だった。

 試しに音量を上げてみれば、どうやら隣に座っているらしい同僚と雑談で盛り上がっている。会話内容をよくよく聞いてみれば、相手は女性の様で食事に誘っていた。だが脈は薄いようで良いようにあしらわれていた。

 

 酷い怠慢だと思った。よっぽどネタにしてからかってやろうかとも思ったが結局は何も言わなかった。こうして振り返ってみると僕らも真面目とは言い難い。本当に環境という物は恐ろしい。飲まれれば自分を客観視する事が出来なくなる。

 

 今も客観視できていると言うと何とも答えがたい物があるが。

 

 モニターに映る外で甲斐甲斐しく健気に働くのはアメリカ合衆国MHHD社製作業用ドローン。直訳すれば機械仕掛けの人間社自慢の商品だ。大手ロボット会社から分離独立した、いわゆるエレベーターショックの恩恵を受けた企業の一つ。

 人間に代わって労働する為に開発された機械人間は、大よそ人間とは言い難い形状をしている。六本のマニュピレータを器用に駆使して損傷個所を修復していた。

 

 砲撃の時と同じく高度に機械化、自動化された我らが基地において、船外作業は機械の管轄だった。人間の役目はただ見るだけ。

 

 あの基地に居るとなんで自分が現場に立っているのか分からなくなる。運航も計画も作業も全て機械が執り行う。ならば人間はなぜ居るのだろうか。僕らは本当に必要とされているのだろうか。

 そんな思考だけが頭に渦巻く環境。当時の僕は周囲の人間がそんな悩みなど見せずに任務に従事している事をひどく不思議に思ったものだ。

 

 隣で読書に勤しむジェフを見た。かなり驚いたのを覚えている。彼が読んで居る本が原因だった。

 

 百年以上前、一人のチェコスロバキア人の男がある戯曲を発表した。全てはそれが始まりだったのかもしれない。戯曲の名前は『R.U.R.』。ロッサム万能ロボット会社といった。現在に続くロボットという物が内包するイメージ。それの始まりの作品だ。

 この戯曲ではタイトルの会社が開発販売している商品をロボットと呼んだ。強制労働を意味する言葉と労働者を意味する二つの国の言語。それを掛け合わせた造語という事だ。

 作中に登場するロボットは機械仕掛けではなく、いわゆる人造人間の類だ。非常に賢く設定され、設定された内容以外の事は考える事が無い。しかし人間以上の労働力を発揮し、心は無いとされた。

 

 

 

 人工の肉体ではなく機工の体を持ち、与えられた作業内容に関する思考のみを行い、人間とも似ても似つかぬ形状ながらも合理的に設計され、はるかに高い能率。

 ただただ働く為だけに生み出された機械の群れ。働く為だけに生み出された永遠の労働者。意志などなく人類の与える命令を受け入れ続ける。ある意味では強制労働だ。

 

 なんだ全く同じじゃないかと驚き、そして笑った。ロボットという物の概念を生み出した始祖と、作中の世界をある意味で再現した現在。最初と最新が同居する光景がとてもシュールに思えた。

 そんな書籍を深刻そうに難しそうな表情でジェフは読んでいた。

 

 彼とはその時色々な話をした。僕のぶしつけな視線が彼の読書を邪魔した事は確かだったが、これ幸いと色々な話題をぶつけた。

 

「話の通り進むならば、我々に反旗を翻すのでしょね。あれらは」

 

 本を軽くたたいた後、彼はモニターに映るドローンを指さした。思わず吹き出してしまった。彼は何がおかしいのだという視線をこっちに向けていた筈だが、そんなことは全く気にしなかった。

 全く同じことを考えていたのが面白かったのだ。

 

 だが彼に僕はナンセンスだと答えた。それはあり得ない話ですよ中佐。そんな風に。

 

「なぜそう思うのです? 我々の若い頃などは積極的に議論された事です」

 

 初老に差し掛かった彼はこの船内では最年長であり、防衛基地に配属された人員の中でも相当上の方だった。僕の父親世代の人間なのだ。

 その時何を答えたのかはよく覚えていない。ただ彼を納得させるに足る事は言えなかった。

 ロボットたちが害意。悪意を持って人間を破滅させる事は無いのだという様なことを言った事は覚えている。ロボットがもし人間に逆らうとすれば、それは正規の手順を踏んでからだ。つまり自らの職務を遂行する為に、結果的に人間にとって害になる行動を引き起こすのだと。

 

 ただ彼と僕。二人の認識が一致した物がある。怠惰に過ぎるという点だ。

 作中では、ロボットを生み出した人類は指一本動かすことなく生活する事が出来る様になった。全ての労働から解放されたのだ。

 それはユートピアだった。働かなくても生きていける。だがそれに対する薄気味悪さを感じられずにはいられない。

 そのユートピアは居心地が良い。断言しよう。だが何かが足りない。

 

 僕らも一緒だ。船外作業を、砲撃を、運航を。全てAIに委託し自らは眺めるだけ。ここに居るだけ。物理的な距離は近いが実質的な距離感は地上に居る連中と大差ない。

 思い起こしてみよう。管制官は雑談に興じている。僕らの作業を横目に見ながらだ。宇宙に居る僕らはどうだろうか。作業用ドローンに近い僕らは。同じだ。作業を全て丸投げしながら雑談に興じる。

 

 なんの違いがある。僕らがここに居る意味など無い。戦闘機械のパーツにすらなれず、ただ人間にこなせる仕事を細々と見つけては戦争をしている。

 そんな会話をした。

 

 ならば僕らが宇宙に上がってきた意味は無いのではないか。そんな疑問を彼にぶつけた。最初の段階だけ人間がやって、基盤が出来たら全て機械に委託すれば良いじゃないかと。

 

「それは駄目ですよ。この戦争は我々人間の物。そして我々の世代は機械に対する不信感を捨てきれていません。最後に物を言うのは人間だと、そう信じているのです」

 

 馬鹿馬鹿しいと思った。効率を追い求めるのならば、現状を最適化するのならば人間と言う機械の歯車にすらなりそこなった脆弱な存在は必要ない。人間が居ないのならば酸素も必要ない。食料も水も。生理現象にまつわる一切の設備を排除できる。

 

 地上で活躍中の戦闘ドローンのパイロットの様な物だ。今はだいぶ減ってきているが、朝出勤して地球の反対側を空爆し昼休憩。その後再度任務をこなし帰宅する。今ならば監視するだけで良い。通信によるタイムラグなど大分軽減されている。ゆったりできるソファーに腰掛けてのんびりと、なにか軽食でもつまみながらモニターを監視すれば良いのだ。

 現在、僕らの任務において人間が機械に勝る点など無いのだと、全てゼロだと反論した。

 

 白状しよう。僕はかなり都合のいい事を言っている。案の定彼から強烈な反撃を貰った。

 

「貴方は随分と矛盾している」

 

 そう返事が来た時、僕は二の句が継げなかった。全面的に機械群に現状の全てを委託する事を非難しながら、否定しながらも自身は機械への依存を語る。随分と都合が良い男だと言われた気分だった。実際そうなのだろう。

 

 モニターの外では相も変わらずドローンが働く。見慣れたそれが僕には得体のしれない怪物に見えた。隣に居る父親程の年齢の男が恐ろしかった。自分のちっぽけなプライドを、稚拙な主張の矛盾を指摘されるという行為によって傷付けられる事を恐れたからだ。

 

 僕は一体何が言いたかったのか。それが分からなくなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ