周囲を見た
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株式会社白石機構より。
実は少し残念な事を伝えなければならない。本当に悲しい事だけども、この作品の主人公たちはまだ登場しない。
本来ならば僕らと一緒に打ち上げられる筈だった三機の主人公、自立式無人戦闘機XSR達は直前で初歩的な不具合が発見され、打ち上げは延期となったそうだ。けども人員の交代というのは遅らせられない。僕らと入れ替わりになる二人は、もう一年以上宇宙に滞在していたからだ。身体能力の低下が深刻だったそうで、彼らの健康上の判断により打ち上げは人員だけ打ち上げられることになった。
つまり小説であるならば格好良くカーゴベイに収まったロボットが登場する場面であるのにも拘わらず、実際に僕らが見たのはコンテナだけだ。
勿論コンテナの中身も任務を遂行する為に重要な物資たちが詰まっている。食料や水。あとは各種部品の予備なんかがたんまりと。
だが、それらは僕らには関係ない。僕らの本職の仕事ではない。
二週間だ。僕らの本来の任務を遂行できるようになるまで二週間。二週間後にもう一度往復船に詰められた機体は打ち上げられる。
それまではただ飯喰らいの生活を余儀なくされた。だからこの本のメインの話題に入るのはもう少し遅くなる。それまで申し訳ないが我慢してもらいたい。
船外で作業が進められている中、僕らは施設の案内を受けていた。基本的なルールやら設備の使用方法は事前に聞いていたからその復習という訳だ。ここはトイレ。ここは物置。ここはトレーニングルーム。ここは食堂。ギャレーと呼ばれる機械が置いてあり、その隣に食料が入った棚があるだけの物だったけども。ここが寝室。日本クルーは私一人だけだったけども前はあと一人居て、そいつが寝てる様はミノムシの様だったと、笑いながら斎藤さんは言う。
冗談好きか、喋るのが好きなのだろう。そしてここが君たちの専用棟と、基地の端の端。真新しい区画へ案内された。
この区画は砲塔区画と同じく独自の大型太陽光パネルを持っている。その電力の大半は月へ向かって伸びた長いカタパルト。これを稼働させる為に使用される。
区画の内部情報は詳しく書けないけども、管制室とオートメーション化の極致とも呼べる程に自動化された格納庫の二つに分かれているとだけ記載する。
管制室内部は綺麗なものだった。真新しいコンソール。最新の機材が揃っていた。誇らしい気持ちが湧いてくる。恥ずかしながら、子供の様な万能感すら感じた。新しいおもちゃを手にした子供の様だったと思う。
一通り僕等に関連する施設の案内が終わる。丁度良く艦内放送のブザーがなった。一同押し黙り、スピーカーに注目する。たしかウラノワ女史の声だった。彼女が言うには船外作業は全て終了したとの事で、次の補給は一月後だそうだ。
離れていくSRTSを見ようと、この区画にも一つだけ取り付けられている筈のキューボラを探す。見つけたは良いが、角度が悪かった。カタパルトが指し示す月の方向を向いていたからだ。施設が邪魔でSRTSは見えない。
「外部カメラのテストを前倒ししましょう」
山野君が唐突に提案した。実にいい案だと思った。つまり、カメラでSRTSを見ようという事だ。船はゆっくりと離れていくが、そう長い時間は要さない。という事で手早く機材を起動し、撮影に一番適していると思われる番号のカメラにアクセスした。
船体上部のカーゴベイドアは閉じられていた。基地との接続は解除され、ゆっくりと離れていくSRTSの姿が映っていた。これから彼らは次の基地に補給しに赴くのだ。
これから二百日。帰りたくても帰れない日々が始まったと実感する。いや、帰ろうと思えば確かに帰れる。緊急脱出用のポッドを使えば地球のどこかには落ちるだろうし、軍が回収しに来るだろう。その先はきっとどこかの牢屋だろうけど。
つまり僕はこの段階になって、ようやく地上と物理的に隔てられたのだと実感した。
斎藤さんが自身の仕事を行うと去っていく。荷ほどきを終える頃に戻って来るとの事だった。隣では山野君が黙々と作業をしていた。全くの沈黙であった。
僕が山野君を苦手と書いた理由を説明しようと思う。勿論書いても良いかという許可は貰ってある。この本が読者の君たちの眼に触れたという事は、関係者達による二重三重の検閲を受けて問題が無いと判断されたという事だ。
山野君が苦手だった理由。それは単純だ。そもそも彼女はここに来る予定が無かった。本来別の人員が一緒に来る予定だったからだ。
彼女は僕の部下、書類上はそうなっている。実際は違う。無人戦闘機開発も大詰めを迎え、いざ宇宙での実地試験。さて誰を実験基地に送ろうかと言う段階でいきなりねじ込まれた人員。
それが山野君だった。初対面の印象と言うのはあまりよろしい物ではなかった。無表情、無愛想で無口ときた。まあ、男所帯であるロボット開発という業界。あまり女性らしくキャピキャピされても対応に困るという物だけど。
山野君がねじ込まれた理由は勿論上に問い合わせた。当初の人員を引きずり降ろして新人を入れるとは何事だ、と。
上からの回答を簡潔にまとめると、適性が本来の部下より高かったからと言う事らしい。
残念なことに僕は彼女がいきなり入ってきた理由について、明確な回答を持ち合わせていない。彼女に聞いても口を濁すだけだった。
ここから先、大半の謎や疑問に対する回答も持ち合わせていない。もっともらしい答え。それらしい情報。そして荒唐無稽な噂話。全ての答えは分からないままだ。
それらは僕がこの本を書こうと思った理由の一つでもある。つまり僕も知りたいわけだ。当事者だった。もしかしたらその場にいただけで、蚊帳の外だったかもしれない僕が遭遇した謎の数々。
それらの答えを知りたい。一人ではおそらく無理だろう。立場もある。多分、僕は天寿を全うするまでに、それらを知りえる確率は限りなく低いだろう。
と、陰謀論の様な事をぶち上げてはみたが、実際の物事はシンプル極まりないかもしれない。本当に彼女は高い適性が認められたから宇宙へ上がっただけなのかもしれない。口を濁すのは、自分が押しのけてしまった研究員に対する引け目か、それとも自分で適性が高かったからと言う事に対する照れなのかもしれない。
人間と言うのは想像の生き物と呼ぶ人も居るくらいだ。ドラゴンとか悪魔とか、そういう方面の想像ではない。妄想力もとい想像力たくましい生き物という意味だ。
さながら壁の染み一つ。写真で偶然出来た影を顔と認識して勝手に怯える動物だ。
僕がさっきぶち上げた陰謀論まがいの考えだってそれらと同じ。自分が変だと思ったシンプルな事柄を曲解し、大げさな意味を付与してやっているだけなのだろう。
つまり何を言いたいかというと、そこまで深刻に捉えないで欲しいということ。バカな男がまた適当な事言ってるよと、笑って流してほしい。僕もそういう風に読んでもらえると気が楽だ。
大幅に脱線した。話を戻そう。耐え難い沈黙に耐え、荷ほどきが終わりを迎える頃、本当に斎藤さんは戻ってきた。
そして彼はやけに眠そうな表情で、実際眠かったらしいが、なにか摘まんでから寝ようか。と言ってきた。
船内時刻は午前三時半。数十年以上前と同じグリニッジ標準時で定められた時刻だ。勝手に貴重な食料を食べても良いのだろうかと質問すれば、間食として摘まむ用の軽食は大体皆各自で備蓄しているとの事だった。
新たに補給が来たおかげで、彼の間食ストックは大いに充実していると、眠気に耐えつつも朗らかに言ってのける。職務に邁進する国防軍人としての顔から一転、地上で暮らす年若い青年の顔になった。
ぺちゃくちゃと会話する僕らを山野君は物静かに見つめていた。喋らない訳じゃない。とんでもなく物静かなだけだった。
寝る前の間食として斎藤さんが投げてよこす。滑るように直進してくるそれを受け取り、見てみれば自称完全食のパッケージ。なんでも前回の補給品。それの最後に残った三つらしい。食べ納めと言う事だった。
好意に甘え一口。地上で食べなれた味だったけど、なんとも感慨深かった。当然だろう。宇宙での最初の食事だ。
食べている最中、斎藤さんが何やら蘊蓄を語っていた。
曰く、これは宇宙飛行士にとって実になじみ深い食べ物で。歴史が云々。伝統がどうたらこうたら。だから我々が今こうして食べているというという事は、その歴史の最前線で――。
斎藤さんの言葉に二人して相槌を打ちつつも、考えていたのは喉が渇いたこと。彼には申し訳ないがそれだけだった。