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空を見上げた

 これは人類が発展させてきた機械化の成せる技である。

 まずは僕が宇宙へ上がった時の話をしよう。


 アメリカ合衆国フロリダ州フレアード群メリット島。北緯二十八度三十一分二十六、六十一秒。西経八十度三十九分三、零六秒。

 メリット島というなにやら良いことがありそうな名前の島から僕は打ち上げられた。この島の特徴と言えば、豊かな自然と最先端科学が同時に見れるという事だろう。南北に細長く、赤道に近い為温暖。住宅地が広がり、自然保護区もある。海もきれいで食べ物もアメリカにしては比較的美味しい。僕も休日にはビーチに遊びに行ったものだ。


 自然と来れば次は先端技術だ。この島にある先端技術。その一つがNASAの持つ最大級の施設として世界に名高い、かつて暗殺された大統領の名前を持つ宇宙センターだ。宇宙基地としては世界有数の歴史の長さを持つ由緒正しいところだ。アメリカのメリット島に行く機会が有ったら是非とも見学して行って欲しい。観光地の一つと自覚しているため、色々と面白い施設が目白押しだ。きっと楽しめると思う。

 隣には空軍基地。それも普通の空軍基地じゃない。主な仕事は無人ロケットを打ち上げる事だ。

 それならケネディ宇宙センターは何を打ち上げるかと言うと、人が乗ったロケット。今では往復船を打ち上げている。




 ここで少し往復船。SRTSについて軽く解説しようと思う。

 Space Round-trip ship、宇宙往復船。英語をそのまま直訳しただけの名前だ。

 かつてのスペースシャトル計画は期待されたコストカットが出来なくなったために頓挫した。その夢よ再び、今度こそはと専門家が汗と涙と、膨大な国家予算を垂れ流した結果開発された船だ。

 さっきから船と呼んでいるけども、実際の見た目は飛行機に近い。というよりは翼が短い太った飛行機だ。旅客機と戦闘機と輸送機をごちゃまぜにしたような、痩せているのに太っているという何とも言葉にし難い形状だ。僕も最初見た時、なんだこいつって思いもした。

 まあ、じっと眺めればなんとなく愛嬌がある気がして可愛いと言えなくもない。気がしてくると思う。




 打ち上げは昔懐かしの方法だった。大出力のロケットブースターを腹に括り付け、一気に加速させ随時放棄していく方式だ。




「スペースシャトルの野望が捨てきれなかったんですよ。かつての亡霊たちが四十年近く経っているのにまだ彷徨ってる」


 科学者にしてはやけに詩的な事を、訓練中に知り合ったヴェルナー博士は言っていた。なんでも幼少期にスペースシャトルの打ち上げ映像を見て、それから技術者を志したそうだった。船とロボット。畑は違えど技術者畑の人間同士、実に気が合う友人だ。

 少し小太りで、真面目な男だけども面白いところが一つ。

 実に酒癖が悪いという事だ。ビール缶三本開けただけで顔は真っ赤になり、所かまわず脱ぎ始める。挙句の果てに近くに居た男を脱がせ始めるというはた迷惑な行動まで始める始末だ。

 しかも脱がせるのは決まって男。なんで君は女の子を脱がせないだと聞いてみたことが有る。するとけろりとした顔で、なんで脱がせるのかは私自身分からない。けども、女の子脱がせたら確実に訴えられる自信がある。おそらくはなけなしの理性が押しとどめているのだろう。

 と返した。

 恐る恐る君はゲイかいと訊ねれば、笑顔でまさか、私は昔から女好きですよと返されて、なんだかほっとした。


 実は僕も一回バーベキューパーティーに誘われ、事件現場に遭遇した。やけに俊敏な動きで隣に居た宇宙飛行士候補の一人を脱がせ始めたんだ。その男というのが実に強そうな男で、なんでもアメリカ空軍の大尉だそうだ。そんな訓練された軍人ですら対処に困る動きだった。


 彼は真面目で酒癖が悪い。そんな面白い男だ。




 僕が宇宙へ上がるまでの訓練中に遭遇した悲喜こもごもも語りたいところだけど、それではいつまでたっても宇宙へは上がらず、本題にも入れない。という事で省略をさせてもらう。


 僕の乗ったSRTS-04は各防衛ステーションへの物資輸送を主任務にしていた。巨体と大出力のロケットエンジンによって生み出されるペイロードをフルに活用し、貨物室に大量の物資を、主に水や食料や酸素。そしてロケットで打ち上げるには不安な精密機器の数々。それらを満載して各ステーションを巡る。僕はそんな機体に、いわば間借りさせてもらう形になった。

 おかげで本来なら一緒に乗り込むであろう作戦要員はたったの一人。一緒に行くのは僕の部下だけだった。


 彼女の名前は山野だ。僕の補佐が仕事だ。中々愉快な性格をしていて、正直な話少し苦手意識があった。


 彼女についてはおいおい話そうと思う。




 太陽は東から西へ。月も東から西へ。ランデブーするなら正面からすれ違う形ではなく追いかける様な形式で。でなければ相対速度で大変な難易度になる。という事で僕らが打ち上げるのは夕方の予定だった。

 恥を忍んで当時の日記を引用しようと思う。大して長い文章じゃない。打ち上げ前日の夜には震えた汚い文字でこう書かれていた。



『打ち上げが怖い』


 打ち上げの一連のシークエンスでは僕らの役目は何もない。本当に、ただベテラン飛行士達に任せるだけだ。それなのにこの言い草は流石に酷いと今なら思う。ただ当時の僕は大まじめに怯えていた。

 往復船の腹に取り付けられたロケットブースター。これが万が一爆発したらどうしようか、はたまた外装の一部が外れてそこから引火したらどうしようか。空中分解の危険性は……等々。

 不安の種を自分で探しては勝手に怯える。そんな風に打ち上げ前の夜を過ごした。





 僕の不安もつゆ知らず、予報官の言葉通り天気は快晴で、打ち上げられるには絶好の日和だった。傾きオレンジ色に染まる空を背景に、僕らが乗るSRTS-04は佇んでいた。

 そんな中、僕は一人脂汗を垂れ流しながら真正面の空を眺めていた。往復船が直立している以上、どうしても視界は空を向く。隣の山野君を見れば相変わらずいつものすまし顔で、この顔は何が有っても崩れる事が無いのだろうと、少し安心感を感じた。

 しかしその直後の僕は確かに見た。誰も信じてはくれないけど見たんだ。彼女の額から、汗が一滴垂れたのを。


 とんでもない不安に襲われた。




 船長のデイビス空軍少佐が安心させようと何やらつまらないジョークを言ったのを覚えている。アメリカンジョークで、少しも面白いとは思えなかったが無理に笑った。直前に管制官にも言われたからだ。緊張した時は無理にでも笑えと。そうすれば多少は体がほぐれると。

 効果は実感できなかった。



 タイマーは発射時刻へと近づいて行った。管制塔の一分前のカウントがやけに大きく聞こえた気がした。


 九、八、七、六、五、四、三、二、一。


 ゼロと聞こえた瞬間の振動ときたら、一生忘れられないだろう。耳栓をしていても爆音が伝わってきていた。そして座席に押し付けられる感覚。そこまで強くはない。精々旅客機が加速した時くらいの物だ。

 しかし振動は凄かった。かつてのスペースシャトル以上の巨体を無理やり飛ばしているんだ。相応の無茶をやっていると聞いていた。

 打ち上げで一番恐ろしかったポイントはここだ。絶賛噴出中の大型ロケットと比べ、この往復船の頼りなさときたら。ミサイルに華奢な蝶々を無理やり縛り付けて飛ばすような愚行をしているとその時はっきりと自覚した。空中分解の恐怖、爆発の恐怖。この感覚には慣れないだろうと悟った。なぜ他のクルーはこれほどまでにも落ち着け払っていられるのかとも思った。


 隣の新人仲間兼部下である山野君を再度見る。大粒の汗を流してるのが見えた。


 人間て不思議な生き物だと常々思う。同じものを見ても受ける感情が真逆なことが有るからだ。

 つまり僕は、同じようにビビっている人を見て安心したんだ。ああ、仲間がいると。あれよあれよという間に音速を突破。気が付けば経験した事のない高度に到達だ。機体に搭載されている三機のメインエンジンが既定の推力に到達したのを察知した補助ロケット。一番大型のロケットだ。それが切り離される。


 こうして僕らは宇宙へと旅立った。二百日にも及ぶ長い宇宙暮らしの始まりだった。

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