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夢の終わらせ方

作者: 上州みかん

「はあ? 美里の子守して!? 馬鹿言わないでよ。てか、離婚して実家帰ってきたと思ったらすぐ地下アイドルの追っかけとか……!」

「うるさいなあ、アイツの実家にいるときはCDだってろくに聞けなかったのよ? やっと離婚できたんだから、ライブくらい行かせてよ。亜美、今日もアンタ休みでしょ? 美里のことよろしく」

 

 

 そう言って、姉の黒崎美帆は大ファンなのだという地下アイドルのライブに出かけていった。


 6歳になる、娘の美里を置いて。






 姉が離婚してまだ一週間。

 やっとの思いで勝ち取った美里の親権だって言うのに、この姉はその娘をほっぽって行ってしまった。

 そりゃあ、結婚して好きなものから隔離された生活を送ってきたのは可哀想だし辛かったと思うよ? ただでさえ旦那の実家に同居で家事、育児、嫁姑バトルでストレスも溜まったろうに。

 だけど、残される美里のこともちっとは考えろっつーの。あと休みを潰される私のことも。

 けれど美里は気にしていないのか、テレビのワイドショーを真剣に見ている。あ、ちょっとテレビ近すぎ。離れな。

 美里の脇に手を突っ込んで抱きかかえ、後ろに下げる。その重みに動揺した。


 ……大きくなったなぁ、美里。

 姉の元旦那の実家は我が家からは離れていて、年に一度帰ってこられるか、といった感じだった。それに加えて私も仕事に出ていて家にいられなかった事もあって美里とは片手で数えられる程度にしか面識がない。私の中の美里はまだはいはいもできず歯も生えそろっていない赤ん坊なのだ。


 それが、いっちょ前にテレビのコメンテーターの言葉に笑っている。

 まず言葉を理解しているところから感動ものである。


 しばらく観察していると、いきなり立ち上がりテレビに駆け寄った。だから近い、目ぇ悪くす――


「シェリールだ!!」


 嬉しくてたまらない、といったような声を上げた。

 けれど私はその場に固まった。そして、キャッキャと喜んでいる美里からリモコンを取り上げてテレビを切った。

 「なーにーすーるーのー!」と抗議の声をあげる美里。私は黙ってリモコンを美里の手の届かない場所に置いた。


「みさとがシェリールみてたのに! あみちゃんひどい! みさとにいじわるしないで」


 今にも泣き出しそうなほどにぐずっていた。

 私を非難し、暴れる美里に私は聞いた。


「ねえ、美里。アンタシェリール好きなの?」

「うん! みさとね、おおきくなったらアイドルになって、シェリールにはいるの!」


 シェリール……美里の好きな女性アイドルグループだ。

 無邪気な笑顔で夢を語る美里を見ていたら、なんだか腹が立って、意地悪く言った。


「いい? 美里。アンタはアイドルになんかなれない。なれたとしても地下アイドルが限界。シェリールなんて諦めな。そもそも、アンタが成長したときにシェリールなんかもう消えてなくなちゃってるよ」


 我ながら大人げない。

 美里には地下アイドルという言葉がわからないらしくそれについてはノーコメントだが、「シェリールはなくならないもん」と叫んだ。

 ああ、うるさいな。


「あみちゃんなんでそんなにいじわるなの。あみちゃんだってアイドルだったんでしょ。ママがいってたもん」


 その言葉を聞いた瞬間プチリと何かが切れた。

 それは美里に対してだけではない。その話をしてきたという姉に対してもだ。


 私はキッと美里を睨み付けた。


「アイドルなんてね、ただ笑ってりゃあいいんじゃない。夢売るのが商売なんだよ。そのために我慢して努力して必死こいて、青春全部費やして、何もかも捨ててやってやったのにさ、年取ったらみんな私たちなんて興味なくなて他の若いアイドルに流れてった。その程度のものなの」


 美里の澄んだ汚れのない瞳に見つめられると、なぜだか嘘がつけなかった。

 これからいくらでも未来の選択肢のある存在が憎たらしくて、当てつけのようにわめいた。


「三流アイドルの何十人もいるメンバーの中の端っこにいた奴なんてすぐに忘れられるんだ。あんなに「好きだ」って、「ずっと応援してるよ」なんて言ったって、どうせ……どうせ…………! 有名になって成功したメンバーだって、いっそ落ちぶれた私みたいのを笑ってくれれば恨んで、悪口だって言ってやれたのに……でも、あいつらは私なんて眼中にないんだ。落ちてく奴らなんて興味ないって顔して上しか見てない……ああ本当に、文句の一つでも言えたら良かったのにさ。これじゃ私、本物の負け犬だ……」



 私は姉の影響でアイドルに憧れた。高校生の時、姉のすすめでアイドルのオーディションに応募することになる。幸か不幸か、私の顔立ちは悪くはなく、歌もほどほど、ダンスも生まれ持っての運動神経で難なくこなせた。だからきっと受かるだろうと、自分の実力を過信した。友だちは「亜美ならなれるよ! 私たちの中で一番可愛いもの」「絶対受かるよ~」ともてはやして。それに煽られて、私はどんどん自信を持つようになった。私のことを暇つぶしとしか思っていない名ばかりの友人達のせいで、根拠のない自信と自尊心だけがむくむくと大きくなっていった。

 過信して、周りの言葉に踊らされて、天狗になって……。


 オーディションは失格だった。


 二次審査を合格した私はすっかり舞い上がっていて、まさか落ちるなんて夢にも思ってなかた。


 それからはプライドをずたずたに引き裂かれた。

 友だちは手のひら返して「アイツオーディション落ちたんだって」「本気でアイドルなんてなれると思ってたわけ? あの顔で?」「マジウケるんだけど」と笑う姿を見た。それに加えて、そいつらは私の話をSNSを使って学校中にばらまいた。


 私はそんな現状で、泣いて辛い思いをしてただ時間が過ぎるのが許せなかった。


 どうしてもあいつ等を見返してやりたかった。


 アイドルになりたかった。



 

 ふくれあがった自尊心は、後に引くことを許さなかったのだ。



 みっともなく夢っていう不確かなものにしがみついていた。今ではもう、アレが夢なんて言うお綺麗なものではなかったような気がする。


 なりたくて、なるしかなくて、離せずになったもの。


 酷く醜い感情だった。







 やっとのことで所属が決まった事務所は小さな所だった。“シェリール”というグループが徐々に売れ出して、勢いづいてきたところだった。


 私の入ったグループは寄せ集めで、注目もされていなければ期待もされていなかった。


 だけど私は頑張って、努力して、笑顔振りまいて。


 こんなグループ踏み台に為てやるって、通過点でしかないって見下して。

 

 自分より上にいる奴らが羨ましくて嫉妬して。


 



 結局そのグループの中でもよく言ってバックダンサー、私的に言うなら背景だった。


 そんななかでもまだ夢は私の足を掴んで離さなかった。


 まるで夢が私を奈落へ引き込んで、首を絞めているようで捨てようとした。


 でも私は唯一つ残ったソレが、どんなに汚れていても、ボロボロでも、私にとって大切なような気がして。輝いていたもののような気がして手放しがたかったのだ。






 結局私は大成することなくアイドルを引退した。

 事務所には、仕事もないのに未だに未練がましく居座っている。そろそろ契約を切りたいって声をかけられる時期だろうな。


 気がついたら周りは就職して彼氏をつくって結婚して。それが普通になっていた。


 アイドルの掟として彼氏なんて作ろうとも思わなかった私は完全において行かれていたのだ。

 



 





「あみちゃん、泣かないで」


 気がつくと私は子どもの前でみっともなく泣いていた。

 涙やら鼻水やらで顔をぐちゃぐちゃにして、声をあげて泣いていた。


「あみちゃん、ごめんね、みさとがわるいこだったから。なかないで」

「うぐ……うえ……ちが……美里は悪い子なんかじゃないよ…………ごめんね……全部私が悪いんだ……全部私が私を許せなかったんだ……私が、夢を諦めるのも、努力をやめるのも、許せなかった……いっそのこと、全部投げて終わりにしてしまえばよかった。終わりにして、普通の女の子みたいに……どうせ全部無駄だったんだから」


 子どもの前で弱音を吐いた。そのせいで美里はあたふたと困り切っている。

 みっともない。本当に本当にみっともない。


 さらにあふれ出てくる涙が止まらなかった



「あみちゃん、めぇふいて」


 美里がお気に入りのうさちゃんのハンカチを差し出してきた。

 洗濯の時以外、めったに人に触らせないお気に入りのハンカチ。


「ねえ、あみちゃん。ママがね、あみちゃんはママのじまんなんだっていってた。はじめてあみちゃんがステージにたったのをみたときにね、ママうれしくてないちゃったんだって」


 ふと、涙が止まった。しゃくり上がりそうになるのを必死で堪えて、美里を見た。

 美里は一所懸命思い出しながら、姉の言葉を呟く。


「ママね、あみちゃんががんばってたの、ずっとみてたから。アイドルのこたちがどんなにがんばって、どりょくして、つらいおもいをしてたかわかるから、おうえんしてあげたいんだって」

 

 姉は自分がオーディションをすすめたくせに、私の仕事については何も関わろうとしなかったし、デビューの時のライブにも呼ばなかった。ということは、自分でチケットをとってこっそり見に来てくれたのでだろうか?

 隅っこの方で引きつった笑顔を貼り付けながら、話も振られないような私を見ていたのだろうか。メンバーの後ろで見えないながらも踊っていた私を見ていたのだろか。


 そんな私の姿を見て、それでも私の、汚れて醜い夢の叶った所をみて、涙を流してくれたのか。


 私はぐしゃりと顔をゆがめて、また泣き出した。美里のうさぎのハンカチにをすがりつくように握りしめて。










「ねえ、美里。やっぱり私さ、美里がアイドルになりたいって夢、応援できそうにないんだ」


「えー! あみちゃんひどい……ハンカチかえして!」


「あはは、これはちゃんと洗って綺麗にして返すよ。……でもね、美里がどうしてもなりたいっていうんだったら、誰が反対しても、笑っても、諦めが付くまでやってみな。それでだめだったら、今度は私が慰めてあげる」


「だめにならないもん。みさと、あみちゃんよりすごいアイドルになるよ。それで、あこがれのアイドルはだれですかー? ってきかれたら、あみちゃんっていうの」


「ええ、私?」


「うん! だって、みさとがアイドルすきなのは、ママがすきだったからでしょ? ママがアイドルすきでいたのは、あみちゃんのおかげだもん。だから、あこがれはずーっとあみちゃんだよ」








 私は、誰かの憧れになれるほどできた人間じゃない。




 でも美里がそう言ってくれたから、私の夢は美しいものだったのだと、ほんの少しだけ思えた。





 そこで私は、この夢に終止符を打つことができたのだ。






 


 

 

夢を追いかける人が、必ずしも自分の思い描いていた未来をつかめるわけではありません。けれど現実には自分が追い求めていた夢を叶える人がいて、そんな人を妬んで羨んでしまう。

そういう感情は誰にでもあるもので、だからこそ私はそれが人間くさくて酷く愛おしく感じてしまうときがあります。

夢を叶える人がいれば、夢を諦め終わらせなければいけない人もいる。

そんな事を表現できていたらいいなと思います。

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