鍋底のオオカミ
かごめかごめ、後ろの正面だーあれ?
答えはいつも、山、山、山……。ぐるっとまわってぜんぶ山。
山々をくり抜いて作ったような不思議な町には、とてもふさわしい名前があった。
その名もナベゾコ、鍋底町。
夏はまさに、土鍋のように蒸し暑くなってしまう大変な町だ。
アア、アア! とカラスが鳴いて、空を次々すべっていく。夕方五時のアナウンスが始まった。
『五時になりました。鍋底小学校の良い子のみなさんは、急いでおうちに帰りましょう。五時になりました。良い子のみなさんは…』
とろけるようなオレンジ色が、町をきれいに塗りかえている。光が届かない場所には、墨のように黒い影が長く長くのびていた。
そのひとつ、電信柱の影の中に、ふたりのこどもがじっと隠れて夕日を見ている。
「……チヨちゃん、もう五時だよ。帰らなくていいの?」
「だめだよハネルくん! まだわたしたち見つかってないもん」
今日は夏休みのかくれんぼ大会。
鍋底町のこどもたちが、友だちの友だちまでさそって集まったので、もう誰が言い出しっぺなのかも分からない。
もちろん今日が「はじめまして」の子もたくさんだ。ハネルとチヨも、ぐうぜん同じ場所に隠れただけの知らない同士。できたてほやほやの友だちだった。
体育ずわりでひそひそ話をするうちに、おたがいおんなじ5年生だということがわかって、かんたんにうちとけてしまったのだ。
「ハネルくんはもう帰りたい? わたしはまだここにいるよ」
そう言いながら、 肩の上で切りそろえたふわふわの髪をゆらして、チヨがふりかえった。水色のスカジャンをかっこよくきこなした女の子だ。
「……帰らないと、お母さんが心配するよ」
髪の短い男の子、ハネルが遠慮がちに言うと、チヨは「そうかもね」とにこにこ笑った。
「うちのお母さんは心配性なの。ハネルくんのお母さんもそう?
帰らないと怒られちゃう?」
ハネルは少し太めの眉をよせて、
「あまりされないかな」とこたえた。
「妹が外に出ないから、僕が外に行くのが嬉しいみたいだ。
……早く帰ると悲しい顔をされる」
「ふーん、やっぱりおうちごとにちがうねえ」
チヨはのんびり笑って、まだ電信柱の影から出ようとしない。
すこし夕闇が深くなった。まぶしかった夕焼けもフィナーレに近いのだ。
そのときヒタ、とだれかの足音がした。
ヒタ、ヒタヒタヒタ。
ヒタ。
近づく足音は、電信柱のすぐ向こうで止まった。
思わず息をのんだふたりは、顔を見合わせてへんなかおをした。
「鬼ってはだしなの?」
チヨが小さい声で言うと、ハネルは顔を青くして頭を横にふった。
「鬼じゃない」
とうとう日が沈んだのか、急にあたりがすうっと暗くなった。空と電線が溶け合うような闇がおりてくる。
ハネルはチヨの頭の後ろを指差して、よろよろと立ち上がった。
「オオカミがきた」
驚いたチヨはゆっくり前を向いた。
夜色のオオカミが、とびきり近くでチヨを見ていた。






