プロローグ エンディングがおわらない
はぁはぁと息を荒しながら、ぽたぽたと汗を垂らしながら青年は叫ぶ。
「『突風』発動」
獣の唸り声が、とまらない。
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貿易都市アリアローズと王都コーファカリヤを結ぶ、ディクティオ山道。行商には欠かせないルートで、多くの商人がここを通る。
「アル、どんどん集まってきてるぜ! このままじゃじり貧だ!」
「分かってる、さ」
そして、その山道の近くの森に魔物が出たとして、政府に討伐の依頼が出された。出たという魔物はスポッツウルフというあまり強くない魔物であった為、二人の中級魔導士が派遣された。
だが。
報告と違って、森には優に100を超える魔物達がいた。低い獣の唸り声が合唱する。
いくら低級の魔物といえど、この数に中級魔導士2名は無謀だ。
囲まれているため、逃げるに逃げられない。
茶色と白の斑の狼達が緑色の目を爛々と輝かせながら、こちらをじっとみている。
よだれをだらだらと流しながら。
少し早めのデザートがやってきたとでも言いたそうな顔だ。
「これ、討伐の費用下げるために、あえて嘘の報告をしたでしょ」
「あははは、なんてことだ! アル!」
背中合わせで軽口を叩きあいながら、魔物を杖で打ち払いながら、二人は魔法を練り上げていく。橙色のくせ毛の青年をアルバート、薄い紫色の三つ編みの青年をリカルドと言った。
彼らは魔法学校に入学した時、出席番号順に組まされた、いわゆる「おためし」のチームであった。大概のチームは、この後解散し、自分にあったパートナーを探しに行く。
だが、彼らのチームは分かれなかった。あまりにも相性がぴったりだったからだ。
氷属性のリカルドが攻撃をし、風属性のアルバートが補助をする。無鉄砲のリカルドがチームを引っ張り、用心深いアルバートがこれを諫め、時に支える。
魔導省に入社しても、リカルドとアルバートは二人で行動をした。
特別強いというわけでないが、なかなかに纏まったチームとして好評だ。
「魔導方程式、完成。『氷弾』発動っ」
「魔導方程式、完成。『追風』、『氷弾』に付与っ」
リカルドとアルバートの叫び声に合わせて48もの氷の弾が空中に浮かび、風を纏いながら、まっすぐと前方に向かって放たれる。氷の弾は紅い液体をまき散らし、無数の魔物らの肉と皮を貫いた。逃げ道が出来たかのように思えたが。
「おいおい、まじかよ」
倒れた魔物らを踏みつけて、横から新たに魔物が躍り出る。
「これで無理とか。俺らの必殺技だぜ?」
「リク、魔力は?」
「二十分のいちー」
「僕より多いな。じゃ」
アルバートは後ろ手に、リカルドへ一つの石を渡した。青と赤が混じり合った、美しい魔石だ。表面に金色で魔法陣が彫ってある。
「なにこれ?」
「こんな時の為の、とっておき。さぁ、魔力を込めて投げるんだ」
リカルドは何も考えずに、その魔石に魔力を込めた。火でも出るのかなと思って、前方に投げた。
リカルドの体が、白い光で包まれる。
「え、あ、え? アル?」
リカルドは驚きながら、魔石に刻まれた魔法陣を記憶の中で振り返る。あれは。
もう一度、相方の名前を呼ぶ。
「アル!」
「そう、帰還石。すっごく高かったのだから」
アルバートは、魔法を放ちながら前髪を掻き上げて、微笑む。
「後で、揚げ菓子、奢ってよ」
かしゃん。投げた魔石が地面に落ち、割れる。
「アル!ア」
リカルドの姿が、光の粒となって消える。
「リク」
一人だけになった戦場で、アルバートは呟いた。もう魔力は殆どない。
一匹の魔物が躍りかかり、アルバートの肩に食らいついた。痛みで呻いた少しの隙に、魔物達が飛びかかっていく。
「『風刀』」
駄目押しで放った魔法にはちゃんと魔力が込められておらず、魔物の皮に少しだけ血をにじませただけだった。伸ばした腕が、持っていかれる。
あの時に似ているな。ふと、そんなことを思った。
「まだ、僕は無力だというのか」
アルバートは顔を少し歪ませて、呟いた。
そしてそのまま、魔物の群れに飲み込まれていく。
意識が、暗闇に飲み込まれていく。
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意識が戻ってまず感じたのは、自分を守っていた何かが消え去る、肌寒さだった。
意識が戻ってまず聞いたのは、獣のような自分の声と歓喜に震える、人々の声だった。
意識が戻ってまず見たのは、優しげに微笑む、女の顔だった。
明るい方に目を向けると、外の景色が見える。
真っ青な空に、立ち並ぶ銀色のビル。地面は灰色の何かで固められていて、その上を変なデザインの馬のない車が走っている。
「うぇぇぇぇぇ」
アルバートは、叫んだ。何が起こったのだと。
微笑む女の人は、思った。ミルクが欲しいのだと。
「んにゃ」
差し出されたそれに、驚きがとまらない。
アルバートは、見知らぬ大地で赤ん坊になっていた。
山崎有馬の一代記。
初めてですが、よろしくお願いいたします。