真の治癒術士《ヒーラー》3
「赤髪の魔王」
魔王に呼び出されて、東宮から出て中庭を横切っていると、例のウエイトレスたちが中庭の芝刈りをやらされていた。
また何かやらかして罰を与えられているのだろう。
季節は夏になりかけていて日射しが強いから、木陰のないところでの屋外作業は大変である。
十分に罰と言えるだろう。
言い忘れていたが、こいつらは先日の「全世界同時治癒事件」で、とばっちりを受けて17歳ぐらいに若返っている。
あの時は先生も17歳ぐらいになってしまったから、先生の願望みたいなものが合体治癒術に投影されていたのかもしれない。
けれども、他に若返った者はいないようだった。
まあ、良くわからない現象なのだが、そんなことを言えば『この世界』だって『転生』だって『魔法』も『治癒術』もわからないことだらけなのだから、気にしたら負けだと思う。
「あっ、教皇だ」
「おーい、教皇」
「無視しないでよ、教皇様」
あまり罰は効果がないようだった。
体罰も、ケガをすると治癒できてしまうから、効果は期待できそうにないだろう。
旧帝国海軍の『精神注入棒』でも陸軍の『長靴』や『木刀』でも、こいつらには効きそうにない。
「教皇、疲れたよ」
「教皇、暑いよ」
「教皇、手伝ってよ」
まったく、何て連中だ。
「罰を受けてんだろう?」
「でもさ、今回は私たち悪くないよ」
「そうなの、原因は若くなったせいだって」
「酷いよね。処女に戻ったからって怒ることないじゃない」
「何だって?」
「いや、だからさ」
「そう、教皇のせいなの」
「いやあ、処女って気分いいねえ」
「本当なの?」
「う、うん」
「ま、まあね」
「おかしいかな?」
そりゃあ、散々男と遊んできておいて、若返った上に処女だなんて、多くの女性は怒るだろう。
男はどうだかわからないけど。
いや、ちょっと可愛いとか思ってしまった。
「ヒール!」
「はうん」
「ふあん」
「きゃん」
これ以上は面倒なので、暑さでバテているウエイトレスたちを回復して、皇宮に向かった。
「サンキュウ」
「助かったよ」
「また、よろしくね~」
厚かましい連中である。
僕の暗黒の日々を地獄にしていた主犯格のくせして、まったく悪いことをしたと思ってない。
見た目だけは良いから、手などを振られると、ちょっぴりとだがドキッとしてしまうではないか!
「きゃはぁ」
「うふぅん」
「あはぁん」
ちくしょう!
何となく納得できないまま魔王城(皇宮)に入った。
魔王城(皇宮)は天井が高くて涼しかったが、古くてカビ臭かった。
手入れはされているのだが、大きすぎて手が回らないところもあるのだろう。
それに古すぎると思う。
見た目はモン・サン=ミッシェル城に似ているが、規模がデカくて増築を繰り返した感じだった。
東宮の方が新しく、デザインも総理官邸みたいにモダンな感じだったから維持するのも楽である。
メンテナンスフリーの技術である。
魔王の謁見の間に向かう途中で、廊下に侍女たちが集まって騒いでいるのに出くわした。
「どうしたの?」
「ああ、教皇様。実はこの侍女が高価な花瓶を割ってしまって……」
25歳ぐらいの綺麗なメイド長(妄想)が説明してくれる。
「どうしましょう! 魔王様は骨董品の蒐集がご趣味なのに…… きっと酷いお仕置きか、それとも弁償でしょうか?」
16歳ぐらいの妖精? と言うか、魔族の侍女が涙目で訴えてきた。
いや、どちらかと言うなら魔族臭くなく『妖精』の方である。
「ちなみに、それって幾らぐらいするの?」
「確か、時価7千5百万円とかでした」
「それは随分と高いね~」
「何でも古代青鬼族の青磁とかです」
「パチモンじゃないの?」
「教皇様! ここではそれは禁句ですよ」
でも、周りを見ると錆びた剣とか、ヘコんだ甲冑とか、良くわからない絵画とか掛け軸が沢山飾ってあった。
『友情努力勝利リア充』とか『修身斉家治国平天下統一』は良いとしても、『怪力乱神』などと、一周まわって正しいのもある。
魔王は戦闘よりも鑑定スキルを上げるべきだろう。
「街を良く探せば、2万円ぐらいで似たようなものが見つかると思うよ」
「ですが、同じデザインは難しいかと思われます」
「確かになあ」
「あぁ、どうしましょう」
割ってしまった妖精の侍女が泣き崩れ、なんとかならないかと、他の侍女たちの視線が集まってきた。
僕が責任とるの?
僕には普通のおっさんでも、侍女たちにとっては、魔王は魔王なのだろうな。
「わかった。僕に任せて」
「どうするんですか?」
「こうするんだ。ヒール!」
僕は治癒術の復元を使った。
新品では、骨董品らしさが消えてしまうからである。
「わぁ~」
侍女たちから歓声があがった。
床で割れていた花瓶が元通りに戻っていた。
感触としては、『2万円』でも高いのでは? と言う感じだったが、言わないことにした。
「あ、ありがとうございました~」
侍女たちの声が背中を追いかけて来たが、僕は軽く片手をあげるだけで、魔王の謁見の間に向かった。
「よう、良く来たな」
魔王は手鏡を見ながら、生え際をブラシで叩いていた。
いつの時代のおっさんなのだろうか?
魔王の威厳もへったくれもないなあ。
流石に生え際叩きは、妻や侍女にやらせられないみたいだ。
「魔力で何とかならないのですか?」
「そうだなぁ、魔法でもできないことはあるなあ…… って言うか、これは治癒術で何とかできるんじゃないか?」
魔王は寂しくなり始めた頭頂部を差し出した。
バーコードのちょい手前と言う感じである。
「別に病気じゃないんですし、いざとなったら特殊な増毛法もあるんじゃないですか?」
「馬鹿野郎! 魔王がヅラかぶって魔王面ができるかってんだ! お前だって後20年もすれば、この悲しみを味わうんだぞ。その前に治癒術を完成させろや。何なら俺が実験台になってやる」
「いえ、その時はその時なので」
「いいから実験しろ! いや、してください。お願いだからさあ。教皇ぅ~」
「わ、わかりましたから、泣かないでくださいよ」
まったく、これが魔王軍を率いていた総大将なのか?
兵力が倍以上いて、勇者に負けそうになる訳だ。
しかし、これは甘い物を食べ過ぎて『ドレスがぁ』と泣いて訴えてきた王女たちのお腹を巻き戻すのとは種類が違うな。
王女たちの全身を1週間ほど戻しても、殆ど影響はない。
だが、ちゃんとした頭頂部に戻すために魔王の全身を20年も巻き戻ししたら、魔王がおっさんからお兄さんにジョブチェンジしてしまうだろう。
けど、病気やケガではないから、復元でも回復でもないよな。
蘇生は大袈裟だろうし、状態異常でもないからな。
年相応と言うのは、状態は正常である。
結構、難しいものだな。
魔王が解決できない訳だ。
そうか、あの時に先生は人間族に有効な治癒と一緒に巻き戻しまで引き出していたんだ。
などと、変なことを思い付いたけど。
そう言えば、「魔法は願望」などと、女魔法使いが言ってたっけな。
と言うことは、僕は頭髪で悩んでいないから、上手く想像できないのか?
ならば、頭髪には詳しい女性を呼べば良いのだ。
魔王は赤髪だから、同じ赤髪の女騎士か?
いや、あいつは散々笑い飛ばして魔王の怒りを買う結末になるだろうから駄目だ。
魔王は魔族だから先生(茶髪の女司祭)の手を借りる必要はない。
ここはやはり女魔法使いの防御魔法とかに期待しよう。
重ねがけとかなら、部分的な効力も期待できるのではないだろうか?
「どうだ、できそうか?」
魔王は絶対に期待している。
裏切ったら、嫉妬深そうな次女とかを押しつけられそうだ。
「女魔法使いを呼んでください」
魔王は魔王だから、治癒術以外なら何でもできる。
いや、何でもはできないから悩んでいるのか。
「ほい来た!」
ぽん!
そんな音がして振り向くと、そこにはパンツを穿いている途中の女魔法使いがいた。
目が合った。
「な、何故?」
「汗かいたから、着替えてる途中?」
女魔法使いは首を傾げていたが、思い出したかのようにパンツを引き上げると、僕を殴りつけてから衣服を召喚した。
「最初から召喚しろよ!」
「人間、身体を使わないと駄目になる。魔法を使わなくてもできることは、キチンと身体を使ってやるべき」
「確かに、そのとおりだ」
魔王が言うなよ!
「それで、何?」
「ああ、それは……」
僕は自分を治癒してから、できるだけ魔王の恥にならないように気を遣いながら女魔法使いに経緯を説明した。
「できるか? レジストとかあるんだろう?」
ちなみにレジストとは、保護膜のことである。
対抗魔法の一種だが、実は下位魔法である。
上位の対抗魔法である相殺は、魔法を同じ魔法で消すことで、例えば勇者が摂氏2000度の火炎魔法を使ってきたら、こちらも同じ温度の火炎魔法を放つ。
すると相殺されて、両方が消えてしまう。
温度が4000度になるとか、規模が倍になることはない。
これは自分の魔法を強制終了する時にも使われるが、敵の魔法を相殺する場合には同程度の魔法でないと相殺できないと言う欠点もある。
2000度に対して、1500度で対抗すると差し引き500度分だけ、こちらにダメージが来るのだ。
俗に『おつりが来る』と言う奴である。
つまり、魔法使いとして同格か、上でなければ相殺はできない。
当然、相手が使えない別種の魔法なら相殺はされないから、魔法使いは強度を上げるよりは色々な魔法を取得することを好む傾向にある。
一つの魔法を強化していくのは、普通は魔法使い以外の戦闘職である。
治癒術士は無能力者で、戦闘すら身につかない格下なのだが……
特に高ランクの魔法使いは、相手に魔法の種類を悟られないように混合魔法を使うが、3種混合までが限界で、4種ともなると黒い液体になって流れ出してしまうと言われている。
白い体液ではない。
でも、お互いの魔法を相殺しながら別の魔法を繰り出すのが魔法使い同士の戦いになるから、3種の混合魔法など、実際には使われない。
中位の対抗魔法である反射は大抵の魔法には有効とされるが、何処に反射するかわからないと言う欠点もある。
防いだは良いが、味方に跳ね返ったなどと言うことが多いので、一対一の決闘方式の時に使われることが多い。
下位の保護が一番使い勝手がいいが、精密な範囲指定が難しいと言う欠点もある。
範囲指定を誤って、うっかりと両脚がなくなっていたなどの事例も多い。
一度、身体を静止状態にしないと、きっちりと保護がかからない部分ができるからである。
ついでに言えば、盾または障壁と呼ばれる高位特別魔法も存在するが、これは文字どおり魔法の盾を展開するのだが、間に人が入っていたり、横から攻撃されたりすると弱く、近くに展開すると小さくて狭いから身体全体が守れないと言う欠点があるそうだ。
寄り道してしまったが、つまり僕の考えは、頭髪の部分以外は女魔法使いに保護膜で守ってもらい、頭髪の部分だけ治癒しようと言うことである。
これなら、頭髪部分以外は若返ったりはしない。
更に説明しておくと、復元は元通りになるのだが、あくまでも損傷したり、機能しなくなったりした部分を埋め合わせる治癒術である。
差分と言えばわかりやすいだろうか、大丈夫な部分はそのまま使用するのだ。
魔王の頭髪は、年齢相応に正常だし、損なわれていないから復元は使えないのである。
しかし、巻き戻しは指定したある時点まで遡ることが可能であるから、それを部分的に当てて、ハッキリと言えば魔王の頭髪部分だけを『二十歳』にしてしまえばいいのである。
その部分的、精密照準を女魔法使いに担ってもらおうと思っている。
「できる」
「そうか、良かった」
「でも、重ねがけではない」
「どう言うこと?」
「治癒術は魔法と異なる。それに人間族には効かない治癒術を人間の魔法では防げない」
「それじゃ、できないんじゃ?」
「理論的には2つの選択肢がある」
「何かな?」
「1つは、魔族の魔法使いと組んで練習する。但し、何年もかかる」
「うーん、それは嫌だなあ」
たかが『魔王の頭髪のために』とは言わないでおいた。
魔王が横で渋い顔をしているからである。
「2つ目は、私との合体魔法?」
何故、疑問形なんだ?
そして、何故、無表情のまま頬だけ赤らめる?
女魔法使いの説明は良くわからなかったが、とりあえず先生としたように合体すれば、後は女魔法使いが何とかできるようだった。
結局は女魔法使いクラスの精密照準スキルがないと範囲が上手く頭髪だけに絞り込めないらしい。
だから、魔族と組むなら同じような卓越した魔法使いが必要になるのだが、魔王に言わせると魔王以外は格下らしく、魔王が今回は使えないから、女魔法使いと組むしかないようだった。
まあ、僕としても魔王に抱きつくのはゾッとするので、自然とそう言うことになってしまう。
「動かない」
女魔法使いは何処から持ってきたのか、フェルトペン(赤太)を使って、魔王の額に境界線を引いていた。
正確な照準をするための境界線らしい。
「こんなもの」
「いや、違うぞ! もっと下まであったんだ」
「たいして違わない」
「違うんだよ! 大違いだ!」
魔王は女魔法使いからフェルトペン(赤太)を取り上げると、手鏡を見ながら自分の額に2本目の線を引いていた。
3センチぐらいは異なるだろうか?
セコい魔王である。
しかし、赤髪に合わせて赤のフェルトペンを使ったのだろうが、滑稽なのは滑稽である。
「ぷくくく」
「笑うな! 重要なことなんだ!」
女魔法使いを笑わせるとは、流石は魔王である。
いや、笑っちゃいけない。
本人は極めて真剣なのだ。
しかし、赤線はこちらから見ると、孫悟空が緊箍児を逆さまに装着したかのようだ。
いや、装着した(させた)のは孫悟空ではなく、三蔵法師だったかな?
女魔法使い用の照準線を自ら描き終えた魔王は、謁見の間の椅子の一つに腰を落ち着けた。
魔王用の玉座?ではやりづらいから、普通の椅子を侍女に用意させたのだが、例の妖精の侍女は立派に堪えていたと思う。
しかし、廊下に滑るように出ていくと、笑い声を上げながらバタバタと遠ざかっていった。
「……」
「まあ、一時の恥ですよ」
「髪は長い友達だったな」
何だか、やはりと言うべきか、魔王も転生者のようだった。
この世界は、どうも転生者が多いような気がする。
それでも、知り合いに会わないのは、様々な時代から転生してくるからではないだろうか?
理由も様々なのだろうけどねえ。
しかし、生き直せと言うなら、態々戦乱があって、電気や水洗トイレがないような時代に放り込まなくてもいいのに、と無責任ながら思ってしまう。
疫病が蔓延し、医薬品がない。
電気が使えず、当然、テレビもパソコンもない。
人々が戦争に巻き込まれる。
そりゃ、魔法が自在に使える人は便利かもしれないが、僕みたいな無能力者には不便である。
皿洗いさせられると、もれなく井戸の水汲みまで付いてくるのだ。
僕はコンビニやスタバがある世界の方がいい。
チャリンコで出かけられる道路も重要かな。
パソコンを一日中眺めて暮らすのだ。
マンガやアニメも観たい。
あー、牛丼が食いたい。
のり弁も食べたい。
コーラとポテチも……
でも、それじゃ同じ人生を繰り返しているだけのような気がするな。
それで、ここなのかな?
向こうには、王女たちがいないしな。
あれ? こっちの方がいいんじゃない?
「来て」
僕は女魔法使いに呼ばれるまでボーとしていたようだった。
「よし、やるか!」
「やらない…… ここでは嫌」
「いや、そう言う意味じゃなくてさ」
「冗談」
「そうか」(別の場所ならいいとか?)
僕は女魔法使いを背中から抱きしめた。
「あふぅん」
「キャラが違う声を出さないでよ」
「無理」
「じゃ、始めるよ」
「あふぅ、来る、何か凄いのが、来るー」
僕は両手を絞り込んで、更に女魔法使いの胸に、胸に、胸に?
「失礼! ちゃんと掴むぐらいはある」
「そうかな?」
「そう、あぁぁぅぅ、もっと強くしてぇ」
「はい」
「ああん、ううんん、来て、来て、来て」
「ヒール!」
「ひぃゃぅんん、出る、出る、溢れて出るー」
何かが僕の中から女魔法使いの中に出ていった。
そして、それは見事に魔王の頭髪を治癒した。
正確な照準だった。
「うおー、俺の髪が、髪があ! そうなんだ。若い時はこんなだったんだよ!」
魔王ははしゃいでいたが、僕たちはポカンとしてみていた。
魔王の髪はフサフサの黒髪だった。
「何で黒髪?」
「そうだよ、魔王は赤髪じゃないの?」
魔王はサッと前髪をかき分け、横に流す感触を確かめている。
風も感じたいかもしれない。
風は寂しい方が感じられるのかな?
「魔王としてどうか、と言われてなあ。ブリーチしてから赤く染めていたんだ」
「それじゃ、頭髪にも頭皮にも悪い」
「それで寂しくなったのかもしれないな」
「そうか?」
「そうだよ。今度は黒髪のままでいた方がいいよ」
「でもなあ、威厳を損なわないか?」
「別に戦争中じゃないんだから、魔王が黒髪で文句を言う人はいないんじゃない?」
「そうか、そうだな」
魔王は手鏡を見ながら嬉しそうで、あまり真剣に聞いてはいないようだった。
すぐに侍女を呼びつけて、髪のカットなどをさせていた。
僕と女魔法使いは、諦めて東宮に帰ることにした。
「そう言えば」
「何?」
「キミの蒼い髪は地毛なのかい?」
「自毛と言う意味なら、そう」
「いや、色の話だよ」
「染めてはいない」
「ふーん、でも下の毛の色は……」
ばかーーーん!
「杖で殴るなよ」
「ばか!」
確かに、杖も同じことを(音を)言っていた。
でも、口で言われる方が、ずっと良かった。
おしまい
噂だが、『勇者が捕らえられた』そうである。
娼婦としている最中に後ろから嫉妬深い客に殴られたとか何とか。
侍女たちが噂をしているので、面白おかしく脚色されているのかもしれない。
男の弱点と言えば、そのとおりである。
しかし、今更だと思ったが、一応『戦犯』なのだそうだ。
おまけの3話です、