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真の治癒術士《ヒーラー》2

 「茶髪の女司祭」




 僕は、魔王城の東宮で何不自由なく過ごしていた。

 金髪の王女(プリンセス)銀髪の王女(プリンセス)も、最近はとても甘えてくるようになった。

 普通でも可愛いのだが、更に可愛いのである。

 これは所謂「のろけ」なのだろうか?

 経験したことがないことは、良くわからないものである。

 経験中でもわからないのだろう。

 何しろ、人は青春が終わってから、あれが青春だったのだと気付くらしいからだ。

 気付かない時は青春なのだろう。


 しかし、である

 嘲笑される青春とか?

 野宿させられる青春とか?

 喝上げされる青春とか?

 そうしたことも、青春なのかもしれない。

 良いことばかりが青春ではない。


 ああ、そして、青春とは治癒ヒールできないものだろうと思うのだ。

 それなら、王女プリンセスたちと楽しい時間を持つのはいいことではないだろうか? 


 世界は、所謂『復興期』に入っていて、魔王に進言して税を半分にしてもらってから景気は上り調子になり、税収も上がっていくばかりだった。

 最初に何かと反対ばかりしていた魔族の長たちも、今では好景気を実感して事業の拡大を行い、更に儲けて、近頃は年頃の娘を連れて僕のところにまでご機嫌伺いにやって来るほどである。

 しかし、これから金銀の王女(プリンセスたち)との結婚を控えている僕の身としては、少しは空気を読んで欲しかった。

 東宮の謁見の間にある僕の少し大きな椅子には、左右に王女プリンセスが一緒に座っているのである。

 それでも、魔族はあまりそっち方面は気にしないらしい。

 お陰で、赤髪の足置きのことも気にしなかった。

(気を遣っているのかも?)

 人間族なら『うちの娘の方が上だ』とか何とか言いそうだったが、魔族の長たちは各魔族から2、3人ずつ嫁をもらって欲しいとのことである。


「駄目ぇ、ですぅ!」


 涙目で文句を言うのは金髪の王女(プリンセス)ぐらいで、銀髪の王女(プリンセス)の方は、何も気にしなかった。


「何故じゃ? 魔王ちちうえにも沢山の愛妾あいしょうがおるぞ」

「ふぇ、私は愛妾なのですか?」

「勿論、わらわだけがきさきじゃな」

「そ、そんな、ふぇぇぇん」

「困った奴じゃな。もう14歳になったと言うのに泣き虫じゃ子供みたいじゃぞ」

「あなたなんか、まだ13歳じゃない! 私の方がお姉さんなんだからね!」

「たった2ヶ月しか変わらぬではないか!」

「それでも、お姉さんはお姉さんですぅ! ふぇぇ」

「まったく難儀な奴じゃな。泣くのか怒るのかどっちかにせい。おぉ、そうじゃ、わらわに良い考えがあるぞ」

「なぁに?」

「そなたは第1夫人と名乗るのじゃ。偉そうで良いじゃろう」

「そう?」

「ああ、とっても偉そうじゃ」

「そう?」


 金髪の王女(プリンセス)は説得されそうだった。


 その間に、僕は腰の悪い族長を治癒ヒールし、最近老眼が進んでいると言う族長も治癒ヒールした。

 族長たちは感謝して、今日のところは満足し、ご機嫌で引き下がったが、娘たちは目を輝かせていたから、また来るかもしれない。


「ふん! そっち方面も魔王の後継者だな!」


 いつもうるさいのは、赤髪の足置きである。


「ああぁ、いやん、左側ばっかり踏みつけないでぇ、ああん、右側もお願いぃぃ」


 そこへ、青髪の女魔法使いが現れた。

 彼女の首輪は既に外れている。

 逃げようと思えば逃げられるけど、彼女は逃げたりはしない。

 逃げてもやることがないのだし、ここが居心地良いので逃げようとは思っていないらしい。

 世界が平和になるとやることがないと言うのも、困ったものである。

 軍需産業とか兵器ブローカーとかか?

 いや、単純に傭兵なのだろうなあ。

 勇者が平和になってからどうするつもりだったのか、ちょっと聞いてみたかった。


「練習の時間」

「そうだったね。じゃあ、ちょっと出かけてくるよ」

「はい、行ってらっしゃいませ」

「おう、頑張れよ~」


 王女プリンセスたちは、これから二人でケーキ作りをするらしい。

 金髪の王女プリンセスが教える方である。

 なんだかんだ言っても仲が良いのだった。


 東宮を出て、中庭を突っ切ると練兵場があり、そこでは黒髪の女剣士が魔族の兵を訓練していた。

 黒髪をポニーテールに結わえていて、よく似合っていた。

 僕が手を振ると、手を振り返してくる。

 ハードそうな訓練なのに、元気な奴だった。


「お待たせ」

「はい、どうもです」


 練兵場には僕の先生が待っていた。

 22歳の司祭クラスの治癒術士ヒーラーで、勿論、人間族である。


 魔族は平均的に自己治癒能力が高いせいか、治癒術士ヒーラーは希にしか現れないらしい。

 それに、魔族の殆どの者は戦闘能力が高いから、戦闘に関して無能力者である治癒術士ヒーラーになる素質がないのかもしれない。(嬉しくないだろうし)

 極めて希な存在と言うのも頷ける話だった。

 ひょっとしたら、無能力の転生者の方が適性はいいのではないだろうか?

 自他共に認める無能力者って、何処の世界でも少数派だからだ。

 自分が無能力者だと認めない者が多いからだろう。


 女魔法使いは魔法の研究者でもあるから、治癒術ヒールは使えなくても『コツ』みたいなものを良く知っていて、ずっと僕のコーチをしてくれていた。

 お陰で、魔族だけではなく、動物とか魚を治癒ヒールしたり、物とか武器などを復元レストアしたり、新品リワインドすることができるようになった。

 ちなみに、呪文は全部『ヒール』である。

 呪文にはトラウマがあって、他のは使わないことにしている。


「驚き!」

「キミがやってみろって言ったんだよね」

「でも、驚き!」


 そうした理由わけで、族長たちの持病も治癒ヒールできたのだった。

 とは言え、人間族を治癒ヒールするのは難易度が高く、何とか無能力者のケガを僅かに回復リフレッシュする程度だった。

 僕が伸び悩んだのを見た女魔法使いは、ひとっ飛びして人間族の治癒術士ヒーラーを攫って来たのだった。

 その人が、この先生である。


「首輪がないだけでも、天国です」


 先生は、奴隷解放されて、とても喜んだ。

 当然、それだけではなく、平和になって治癒術士ヒーラーの仕事がなくなっていたから、好きなだけ魔王城で暮らせるように保証してあげると、更に喜んだ。

 先生は魔族たちにも『先生』と崇められて、少し得意になっている。

 まあ、やる気のある先生は大歓迎である。


「今日の練習は、あの人たちです」


 先生は、芝生の上に転がされている奴隷たちを指さした。

 驚いたことに、例の居酒屋のウエイトレスたちだった。

 お仕置きされてケガしたのだろうが、相当あくどいことをしてきたのだろう。

 男たちは甘くても、管理している侍女たちは女だからと言って容赦はしない。


「教皇?」

「教皇だ」

「教皇、助けてよ!」


 奴隷にしてくれと懇願してから、そんなに日が経っていないと思うのだが、尊大な鼻持ちならない連中だった。

 恩とか義理とか、忘れること犬以下であり、最早、鳥レベルだった。

 性格の悪さは、僕でも治癒ヒールできないのである。


にわとりに変える魔法とかないの?」

「ある」


 女魔法使いは、人の悪そうな笑みを浮かべた。


「ひぇぇ」

「わわわっ」

「ご勘弁をー」


 ウエイトレスたちは顔を蒼くして後退るが、逃げられる訳ではない。


「ファイアーバード!」


 女魔法使いが杖を振ると、ウエイトレスのひとりが炎に包まれて消滅していき、炎が小さくなるとにわとり変化へんげした。


「きゃー」

「ひゃー」

「ここ、コケッコ」


 にわとり雌鳥めんどりで、足を引きずって上手く走れなかった。

 でも、人間ではないのだ。


「ヒール!」

「コケー!」


 雌鳥は元気になり、元気に走り回った。


「ファイアーバード!」


 再び女魔法使いが杖を振ると、雌鳥は人間大の炎に包まれてから、ウエイトレスに戻った。


「あれ? 痛くない?」

「ちょ、ちょっと」

「気づきなさいよ!」

「きゃわー!」


 ウエイトレスは治癒ヒールされていたが、全裸だった。

 あそこもあそこもバッチリと見えた。

 こいつら、外見だけはいいから困りものである。


「衣服は燃えた。失敗?」

「いいえ、お見事でした。コンビネーションで人間を治癒ヒールできるなんて思いませんでしたよ。凄いです、二人とも」


 先生が手放しで褒めてくれる。

 この人、人がいいからなあ。


「そうかなあ?」

「そう、かも。今度は豚に変える」

「ええっ!」


 文字どおり、メス豚かも?


「ひえー」

「いやー」

「うわん」

「やきぶっ、はい?」


 先生が女魔法使いを止めていた。

 呪文は『焼き豚』のような気がしたが、追求するのはやめておこう。

 しかし、それならば、最初の呪文も『焼き鳥』で良かったのではないだろうか?


「悪意がなくとも、人を動物に変える魔法を使ってはいけません。目を離した隙に逃げられて、殺されたり食べられたりしたら後味悪いでしょう?」


 ウエイトレスたちは、更に青ざめた。

 先生、見たことあるのかな?


「それに、それでは教皇様が治癒ヒールする練習になりませんよ」

「確かに」

「そう、かも」


 それで、僕は大人しくなったウエイトレス相手に治癒術ヒールの練習を繰り返した。

 けれども、結果はあまり芳しくなかった。


「何故なのでしょうね?」

「人間はやはり難しいのかな?」

「相性が悪いだけ」

「でも、何となくですが感じはありますから、もう少しこう、こんな風にできないでしょうか?」

「こうですか?」

「いえ、こうですね」

「そう言われても……」


 抽象的すぎて、良くわからない。


「もっと、えいやーと言う感じで。そうそう、もう少し手の振りをこうして……」


 先生の手が僕の手に触れた。

 何となくだが『バチッ!』とかなると思っていたが、ふんわりといい感じだった。


「あぁ、少しですがパワーは感じます。ただ、波動が僅かに異なるようですね。身体が揺さぶられるような変な感じです」

「思い付いた!」


 女魔法使いが手を上げた。

 ちょっと、年相応で可愛かった。


「いいアイデアかな?」

「いいアイデア」


 女魔法使いのアイデアは、簡単に言うとコンビネーションを応用した変換術だった。

 後押し(ブースター)と呼ぶべきかもしれない。

 僕のパワーを先生の波動に変換して使うのである。


「ううう、ひゃぅうんん」


 僕は女魔法使いに言われたとおりにした。

 先生に背中側から抱きついたのだ。

 いや、先生も実験のためOKしてくれたのだが、わかっていてもどうにもやり難いらしい。


「は、波動が、ああ、大きな、あぅ、違うものが身体の中に入ってきますぅ」

「変態?」

「キミのアイデアだろう!」

「あぁ、動いたら駄目ですぅ」

「すみません」

「さっさと、先生の中に注ぎ込む」

「こうかな?」

「あぅぅ、ひぃ、お、奥までぇ」

「ヒール!」

「ひぁん」

「まだまだ。もっと絞り出すように!」

「あぁんん、凄い、駄目なの、あぁぅ」

「そんなこと言ってもさ」

「ギュッと絞り出す感覚」


 イメージが上手くいかず、先生を絞ってしまった。

 それにしても、女魔法使いには波動とかパワーが見えるのだろうか?


「そう、良くなった」

「ひぁぁんん、あの、もう堪忍し、ひぃ」

「ヒール!」

「ふぁんんんん」

「ちょびっと出た。もっとギュッとして!」


 これ以上、ギュッとなんかできるのか?

 先生の腰が細いから、僕の腕の方が余って先生の前でクロスするような感じだった。


「もっと、両肩まで固める感じで!」

「こうかい?」

「ひゃぁんん、そ、そこはぁ、にゃぁはん」


 僕の腕は肩まで届かず、結果として巨大なものを掴んでしまった。


「いま!」

「ヒール!」

「はぁぁぁぁんん、出てる、いっぱい出てるん!」


 その日、世界中でケガ人が治り、それを多くの人が目撃し、大騒ぎになった。


『神の奇跡だろうか?』

『いいや、これは教皇様のお力に違いない』

『確かに、こんなことができるのはあの方だけだ』

『けれど、教皇様は人間側まで治癒ヒールできないって話だったけど』

『単なる噂さ。現にこうして人間たちまで治っているじゃないか』

『そうだな。あのお方ならやるかもしれない』


 まあ、噂の半分は真実だった。


 結局、僕の能力では人間を治癒ヒールしきれないが、先生のブースターとして使えることはわかった。

 先生の波動は少し変化して、人間側も魔族側も治癒ヒールできるようになったが、先生だけの力では3人ぐらいがいいところだった。

 けれども問題なのはそこではなく、先生が17歳ぐらいに見えるようになったところだと思う。

 治癒術ヒールの後遺症か何かだろう。


「結局、人間側には二人の協力が必要」

「そうか、残念だよ」

「えへへへ、でも二人がいつも一緒にいれば大丈夫ですよねぇ」


 先生との親密度は大分上がったようだった。

 何となく離れてくれない。

 その後、先生は『茶髪の女司祭プリーステス』と呼ばれるようになった。

(若しくは、茶髪の巨乳えふカップだった)


「それで、第2夫人にするのですか!」


 謁見の間に先生を連れて行って、王女プリンセスたちにも簡単な経緯を説明した。

 金髪の王女(プリンセス)は大分お冠だったが、口の周りに生クリームをつけたままだったから、あんまり怖そうではなかった。

 銀髪の王女(プリンセス)の方は、ケーキにかぶりつくのに忙しそうだ。


「そ、そんなぁ~、どうしましょう?」


 先生は謁見の間の中央でモジモジしていた。

 嬉しそうである。

 しかし、すぐに裏切り者が現れた。


「私が第2夫人」(女魔法使い)

「じゃあ、私は第3でいいや」(女剣士)

「では、私は第4? になるのでしょうか?」(先生)

「いや、先生、こいつらの冗談ですから、真に受けないでくださいね。それに、こんな話に乗っからないでください。先生なんですから」


 僕は慌てて説得を試みたのだが、あんまり上手くいかなかった。


「本気」(女魔法使い)

「本気よ」(女剣士)

「では、私も第4ってことで……いいのかしら?」(先生)


 しかし、やはり赤髪こいつがいた。


「いやぁ、あなたは第5かも? って、あぁん、右側も、右側もいい、ふぁぁん」


 誰か、足置きを黙らせる魔法を考えて欲しい。

 しかし、こいつはこんなんでも、一応元勇者パーティの女騎士なんだよな。




 おしまい






 そうそう、予期せぬ治癒術ヒールにより、ケガが治って元気になった娼婦の間借り人のいい男は、本格的にヒモ稼業に勤しんでいるらしい。


なんと! 奇跡の続編!

本業は大丈夫なのか?

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