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真の治癒術士《ヒーラー》

 真の治癒術士ヒーラー




 異世界転生初日、冒険者ギルドの窓口のお姉さんに、僕はこう告げられた。


「こ、これは凄いです。あなたは大司教、枢機卿、いえ、教皇級の治癒術士ヒーラーですね」


「うおおおぉぉ」


 僕はギルドや冒険者たちや街の人々から歓迎され、祝福され、マスコミにも取り上げられて、言ってみれば『超有名人』になり、お近づきになりたい人たちから接待を受ける毎日が続いた。

 女の子からのお誘いや告白も毎日のイベントになり、自分でも満更ではないと信じ始めた頃、噂を聞きつけた『勇者』のパーティが現れた。


「初めまして、教皇様。僕たちはあなたを待っていました。心から歓迎します」


 勇者は、偉そうではなく怖そうでもなく、男の僕でも惚れちゃいそうなほどの美少年だった。


「こ、こちらこそ、お目にかかれて光栄ですぅ」


 勇者のパーティには、美人の女騎士(赤髪)、美少女の女魔法使い(青髪)、美少女の女剣士(黒髪)、美少女の王女プリンセス(金髪)に獣人の戦士(これだけは♂だった)が揃っていて、僕が入れば最高のパーティになると言う。

 治癒術ヒールだけは、魔法使いでも不可能らしい。

 勇者でも?

 本当に?


 獣人はともかく、カラフルな美女美少女に微笑まれてお断りできるほど、僕には経験値がなかった。

 と言うか、皆無ゼロである。


「申し訳ないが、テストと言うか、親睦を兼ねて、これから魔族狩りに行かないか?」

「は、はい、勿論です。よろしくお願いしまーす」


 勇者は街で最高級の「杖」(魔法使い用ではなく司教杖かな)を買ってくれて、僕がお礼を言う前にパーティ転移を行った。

 そこは如何にも魔族が出没しそうな禍々しい、おどろおどろしい場所で、何処か繁華街の裏通りような雰囲気があって、僕が女魔法使いにしがみついて震えている間に、すぐにヤンキー座りしてタバコを吸っていた数人の兄ちゃん、じゃなくて強大な魔族たちとの戦闘に突入した。

(異世界でも、同じように怖かった)


 そこでわかったことだが、僕には戦闘能力は皆無であり、「杖」を振るのも大変で、翌日は筋肉痛になるほどだった。

 これでは魔族どころか、コンビニにたむろしているチンピラ候補生にもボコボコにされてしまうだろうと言う予感デジャヴがした。

 幸いにも女魔法使いは優秀で、僕の方に寄ってくるヤンキー魔族はすべて撃退された。


 戦闘の山場が過ぎて、太股に怪我を負った女騎士が治癒ヒールを求めてきた。


「ヒール!」


 杖を振って唱えてみたが、何も起こらなかった。


「おかしいな、呪文が違うのかな?」

「早くして!」

「汝聖なる丘に降り立つ御使いの言霊によりて主の御慈悲を賜らん!」

「何してるのよ!」


 どうやら魔族たちは逃げ散ってしまったようだった。

 危険はもうないと思う。


「色即是空空即是色」

「ザオラルザオリクメガザル」

「ミザルイワザルキカザル」

「ネブカドネザルベルシャザルメネメネテケルウパルシン」

「あのくたらさんみゃくさんぼだい」

「エコエコアザラク」

「マハリークマハーリタ」

「ラミパスラミパスルルルルル」

「イタイノイタイノトンデイケー」


 女騎士の蔑むような視線が痛くなった。

 女魔法使いの哀れむような視線も加わった。

 女剣士の嘲笑するような視線も流れてきた。

 王女プリンセスの涙目も悲しかった。

(プリンセスって職業なのか?)


「ま、まあ、初心者だし、経験とかも足りないのかもしれないからさ。調子の悪い時もあるだろうし」


 勇者の優しさが一番痛かった。


「あの、もう一つだけ試してみたいことが……」


 僕は最後の賭に出た。

 身体の中の何かは、僅かにだが確かに消耗していく感覚があったからだ。

 これで駄目なら仕方がない。


 ペロペロ。


 僕は女騎士の太股にしゃぶりついた。

 好きでやった訳ではない。

 嫌いではないけど……


「きゃー、変態! エロ猿! オタンチン! ホンジナシ! バブレモン!」(女騎士)


(薬用入浴剤みたいな名前だな)


 僕は女騎士に蹴りつけられながら変なことを考えたが、あっち方面では変なことは考えていなかった。


「この詐欺師! 強姦魔!」(女剣士)

「けだもの! 女の敵!」(女魔法使い)

「えっち、ばか、だいきらい」(王女)

「クズ、ゴミ、カス、役立たず、不能、イケズ、ゴミムシ、早漏、童貞」(獣戦士)


(嬉しそうに蹴るなよ。本気で痛いよ!) 


 王女プリンセスだけは蹴らなかったけど、僕のデビュー戦は散々だった。

 その後、呆れて見ていた勇者は街まで送ってくれて、申し訳なさそうに振り返り、申し訳なさそうに去って行った。

 例の「杖」は既に返してある。

 イケメンは最後までイケメンだったが、もう二度と一緒になることはないだろうと言う顔をしていた。


 金もなく、力もなく、成績も優秀ではなく、特殊能力も戦闘技術もなく、友達もいないし、彼女もいない童貞野郎の僕には、冒険者が溢れる活気ある街ではできることなど殆どなかった。

 ギルドの依頼も、こなせるものは何もなかった。

 街の冒険者の蔑みや、少女たちの嘲笑を受けることは得意になったが。


 その後、僕は居酒屋の下働きに雇われた。

 居酒屋のウエイトレスたちは美人ばかりだが、能力が低く、冒険者のパーティに入っても、男のアクセサリーにしかならない連中だから、僕と境遇が似ていたのだ。


「ちゃんと働きな。教皇」

「何やってんのよ、クズ教皇」

なま二つよ、早くして教皇様!」


 勿論、下には下がいることを確認したいだけの嫌な女たちだった。

 彼女たちは、チップをもらえれば閉店後にデートするような奴等だった。


「教皇、ちゃんと働かないと客を取ってもらうよ」


 女主人も、女たちの上前をはねる極悪人の仲間だった。


 給料は安く、いじめ、体罰付きの職場だったが、街では他に雇ってくれるところはなかった。

 それでも、時々、給料を下級冒険者たちに喝上げされたりした。

 ちなみに『教皇』と言うのは嘲るためのあだ名である。


 宿など泊まれないので、散々野宿した挙げ句、毎晩お客を引っ張り込んで『あんあん』言う、娼婦の家の一間を借りられた。

 何でも、男がいないと娼婦は客になめられる、とか言う話だった。


(なめさせるのは、仕事じゃないのか?)


 疑問はあったが、当然、甘んじるしかなかった。

 最近では、『あんあん』の感じで本気度がわかるようにもなってきた。

 時々、下着姿の娼婦を目撃するが、美人だが年増過ぎて、とても童貞の僕にはそんな気は起こらなかった。


「これもただじゃないんだよ、教皇」

「わかってます」


 とは言え、彼女だけはそれほどひどい扱いはしてこなかった。

 蔑みはしたけれど……

 時々は簡単な食事を作ってくれたりした。


 一番可愛かったのは、勇者パーティの王女プリンセスだろうけどなあ。


 まあ、時々思い出すだけであり、僕には縁のない世界の人だった。

 何もないし、美化しているだけだが、美化するほどの思い出もなかった。




 そんな、世を呪うような日々を過ごしているうちに、勇者と魔王の最終決戦の日が来た。

 勿論、戦うのは勇者だけではなく人間側の冒険者たち全員であり、魔族側も魔王だけではなく魔族全部での総力戦だった。


 僕も戦力として出陣した。

 勿論、居酒屋の戦力である。

 誰も兵力にはならなかったが、女主人が戦場での売上げを見込んでのことだった。

 ウエイトレスも娼婦も稼ぎ時らしかった。

 今では、その両者は僕には同じ職業に見えた。


 魔王軍80万。

 勇者軍30万。

 決戦場は、魔王城の近傍らしかった。


 場所が広すぎ、数が多すぎて、戦場を俯瞰することは不可能だった。

 それでも、中央の勇者から戦端は開かれたようだった。

 あちこちで怒号や悲鳴が上がり、魔法が飛び交い、混戦だか乱戦みたいだった。

 毎日、10万ぐらいが死んでいき、そんな戦闘が1週間も続くと流石に規模が縮小されていった。

 休憩の度に、僕は食事ファストフードビールを売り歩いた。


 魔王軍3万弱。

 勇者軍7万強。


 犠牲は多かったが、勇者軍の勝ちだろう。

 しかし、こちらは食料が尽きてきたので、ここいらで終わらせないとどうなるかわからない。

 女主人も殆どを売り上げていて、まあ、機嫌が良かった。


 この規模になると、ちゃんと勇者の姿が目に入った。

 全軍の中央にいて、声も聞こえる。

 カラフルな女たちの姿も見えた。

 残った部隊もバラバラだったが、距離が詰まってきているので、勇者の指示が届くことだろう。


「よし、みんな。総攻撃前の最後の休憩だ。これで戦いは終わるぞ! 休憩後に治癒術士ヒーラーが全回復させたら突撃する」

「おおおぉ」

「うおー」

「ぎゃおー」


 みんな、気合いを入れる。

 僕は売り子で忙しく過ごした。


「ヒール」


 やがて僕の側にいた治癒術士ヒーラーのひとりが杖を持ち、そう呪文を唱えると、あちこちから同じ声があがった。

 やり方は間違っていなかったんだな。

 僕には能力がなかっただけか。


「ヒール」

「ヒール」

「ヒール」

「ヒール」


 僕は女主人に命じられて、残ってたビールを売っていたが、かけ声が似ているのでなかなか売れなくなった。

 しかし、へたり込んでいた冒険者たちが立ち上がり始めて、視界を埋めていった。

 最後の売り時かもしれない。

 明日はないかもしれないし、あっても売れ残りを売り歩くのは重たくてしんどいのだ。

 仕方がないので、大声を出した。


「ビール! あれ、力が……」


 その時、それは起こった。


 魔王軍80万が復活したのだ。




 ギルドでは適性や能力を判定するのだが、人間族側か魔族側かは、判定する基準が何もなかった。

 昔から、見た目だけで判断していたらしい。

 それでも問題は起こらなかったらしい。


 今は、もう改善されている。

 魔王の指示で、ギルドの職員も魔族の優秀なスタッフで固めてあった。

 人間族側の生き残りも、みんな能力を封じる首輪を嵌められて、大人しく奴隷をしている。

 皮肉なことに、能力のない非戦闘員は奴隷にはならないですんだ。

(一部を除いてだが)

 総体的に魔族の支配の方がおおらかで、人々の評判は良かった。

 魔族は特殊能力や戦闘能力のない一般人には優しかった。

 商人や農民も大事にされた。

 過酷な『戦争税』もなくなった。


 勇者は行方不明だったが、治癒を受けられずに死んだのではないかと噂されていた。

 いい人だったんだけどな。


 僕は魔王に気に入られ、娘婿として銀髪の長女プリンセスを娶る話が進んでいたから、今は魔王城の東宮で奴隷に囲まれて暮らしている。


「殺せ」


 そう主張した赤髪の女騎士は、僕の足置きになっている。


「うぁん、せ、せめて、パンツは許してくれ」

「態度が悪いから、駄目」

「あぁん、背中を上にしても、ああん」


 それでも、奴隷の首輪には逆らえないらしい。


 青髪の女魔法使いも、金髪の王女プリンセスも、まあ、無事で近くにいる。

 黒髪の女剣士は、僕の護衛役として奴隷から出世していた。


 ウエイトレスや女主人は良くわからない。

 本人たちの望みで奴隷にしたからだが、僕の身分からすると下っ端過ぎて顔を合わせることはなかったからである。

 どうせ、下っ端魔族から、チップをもらっていることだろう。


 獣戦士は、魔王城では安心してカミングアウトし、魔族の男たちと楽しく暮らしているらしい。

 人間族側では弾圧されるので、できなかったのだ。


「教皇様、ご結婚なさるのですか?」

「うーん、魔王には後継者が必要らしいんだよ」

「魔王になったら、私の国はどうなされます」

「勿論、キミを女王にして統治してもらうよ」

「いいのでしょうか?」

「平気だよ。キミは人間族で唯一、首輪をしないでもすんだ人だからね。王女プリンセス

「もう、お飾りじゃないんですね。嬉しいです」

「ずるい、私も国が欲しい」

「キミは首輪が外れてからだね、女魔法使い」

「頑張る」

「こら、パンツを脱ぐな!」

「あぁ、まだ昼間だから駄目ですぅ」

「頑張る」

「駄目ぇ」


 その後、人間族も獣人も魔族との混血が進み、世界は平和になった。


 僕は世界を癒やす、まこと治癒術士ヒーラーと呼ばれた。

 実は何にもしていないのだけどね。

 何にもってことはないか。


「あぁん、もっとヒールしてくださいぃ」

「待っててね。金髪の王女(プリンセス)

「こっちもぅ」

「今いくから、銀髪の王女(プリンセス)

「ふわぁん」




 おしまい






 そう言えば、娼婦の家には新しい間借り人がいて、とってもいい男であるらしい。

ひな祭り記念!


なんのこっちゃ、ですよね~。

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