上弦の月
上弦の月
ある日の夕刻、中央分離帯が中央に盛り上がる長大な一級国道を脇に入り、シャッター街とも呼ぶべき町工場や商店が軒を連ねる道路をトボトボと歩いていると、既に営業時間が過ぎて扉が閉じられたショウルームの前に、自転車に跨がった美しい少女が片足立ちで立っていた。
すべてを露出してしまいそうな際どいミニスカートから伸びた脚はスラリと長く、女になりかけた見事さを有しており、はにかんだような笑顔は学校で最優秀の美貌であると伝え聞いても信じてしまうことだろう。
それらのことを見て取れたのは、夕刻に差し掛かり辺りが薄暗くなってきているにも係わらず、商品を照らし出すショウルームの灯りが、程良く彼女の容姿を照らし出していたからである。
こうした時に、実は神は実在されるのではないかと思ってしまうのは、希に見る美少女に備えられた天性のものに触れてしまった哀れな男の性であろうか。
とは言え、この少女の存在自体が、この世に平等など存在しないことを二重に証明している。
男どもと、女どもにだ。
神を讃えるべきか、それとも呪うべきであろうか。
しかし、幸不幸どちらにせよ、角地であるショウルームの横には細い裏路地があり、そこには少女が瞳を輝かして懸命に話しかける、前髪を瞳よりも長く伸ばして容貌も表情も窺い知れないような、今時の男子が俯いて佇んでいたのである。
制服からすると中学生であろう。
幼馴染みか、それとも付き合い始めの彼氏だろうか。
今、この瞬間の美しい彼女を俯いて観ないのは何とも勿体ない話であるが、他人事ではあるし、お節介のしようもない。
それで、ただの通行人として通り過ぎようとしたその時に、少女が話しに夢中になったまま自転車を降りた。
仰天し、仰天した。
少女は自転車のサドルにミニスカートを引っ掛けたまま降りてしまったのだった。
万有引力の法則によって守られているスカートの裾がサドルによって阻まれてしまった。
そして、神は更なる悪戯を為されたのである。
凜とした純白の下着の半分が、この世のものとは思えない美しいお尻に巻き込まれていたのである。
所謂、半ケツである。
皆既日食の間に僅かに見られるようなコロナのように輝きに満ちた時間は、コロナと同じように儚く幕を閉じていった。
少女が自ら気づいて直してしまったのだ。
勿論、下着の方も直したかどうかについては、神以外には分からないであろう。
本人に確かめるわけにもいかないし……
神の御業は束の間ではあるが、万有引力を打ち消し、コロナに匹敵する輝きを見せた。
そして、不平等社会の底辺で喘ぐ独りの男にも、決して消えない強烈な記憶を植え付けた。
その後、上弦の月を見上げる度に、少女の美しい『半ケツ』を思い出すのであった。
「顔は? スラリと長い脚は思い出さないんかい!」
などと言う無粋な突っ込みは、神はなさらなかった。
菊茶ケツ作短編集より(抜粋)