幸福な王女と王子
幸福な王女と王子
さる国の王女が、若くして天に召された。
父である王様はそれを嘆き、悲しみのあまり、王国の首都に王女の等身大ブロンズ像を作ってしまった。
現在なら、ドールと呼ぶべきものの原型のようなものである。
その身体は、隅々まで精密に再現されていた。
特徴ある美しい瞳には、ギルドがお薦めする最高級とうたわれたサファイアが使われていて、今だけお得な2個セットだった。
勿論、スレンダーだが貧乳も惜しみなく再現されていたし、下半身は年齢のとおりにつるりとしていた。
お尻が少し大きめに作られたのは、王様の趣味か記憶違いだろうか?
(合ってる? そう)
とは言え、そのまま飾れるわけもなく、王様は純金のコルセットやドレスを着せ、頭には豪華な宝石をちりばめたティアラまで飾りつけた。
その豪華な王女像が、中央通りに設えられた大理石の塔の上に飾られ、お披露目されると、王都は町中で祝賀会が連日のように催されて、それが原因となって王国経済は傾いていき、ついには隣の経済大国に飲み込まれてしまった。
飲み込んだ方の王国には、醜い童貞の王子がいて、王女像をひと目で気に入り、
『生きていれば、妻に迎えたかった』
と発言したため、旧王都の治安は守られ、王女像の貴金属宝石類にも、ちょっかいをかける者はいなかった。
街の人々は貧しくなったが、酷い扱いを受けることはなかったので、王女像に感謝していた。
そうした良い話を伝え聞いた神様は、王女を哀れに思い御使いを遣わされて、王女の魂を王女像に宿らせ、街を見守れるように取り計らった。
『コルセットがちょっときついわ。それにお尻はこんなに大きくなかったのよ』
(やっぱり記憶違いじゃ? 違うの? そう)
王女はそんなことを言っていたが、元々領民思いの優しい性格をしていたので、神様が設定した、街を見渡せるサファイアの目を喜んだ。
特に王女が好んだのは、マッチ売りの少女とリンゴ売りの少女と、花売りの少女だった。
3人とも貧乏だが美少女であり、世が世なら幸せに暮らせたのだろうが、こんな世の中である。
街で暮らす人々も自分の生活が目一杯であり、人様にとやかく言えるような状態ではなかった。
ただ、王女は少しだけ誤解していた。
マッチ売りの少女の売るマッチは1箱千円で、1本だけ試し擦りができた。
客はそのマッチが輝いている間だけ、少女の股間を覗き見ることができるのだった。
リンゴ売りの少女はリンゴを6分割したものを1つ2千円で売っていて、客がそれを食べている間だけ、客のものをお口で食べてくれるシステムだった。
当然、花売りの少女は1本のバラを5千円で売っていて、買ってくれた客にはショートタイムでサービスしてくれるのだった。
サファイアの目でも路地裏までは良く見えなかったのだろう。
まあ、すべて商品を売っているという建前であり、おまけは自由意志で行っているという建前になっているので、風営法には引っ掛からなかった。
彼女たちは同じ事務所に所属し、四畳半一間に詰め込まれるという劣悪な環境で暮らしていたが、もっとも劣悪だったのは、男たちが現れては売上げを取り上げてしまうところだった。
支度金とか、家賃とか、光熱費とか言って巻き上げているので、民事不介入の警察も見て見ぬフリをしていた。
(表向きは芸能プロダクション? 教科書代にレッスン料とかもかかるって? そう)
『今日もマッチは9箱しか売れなかったわ。売上げが悪いと叱られるのよね』
少女たちは、客に対する露出が足りないとか、アピール不足だとか難癖をつけられては、レッスン料を取られていた。
『リンゴは2個(12片)だわ。生活費も出ないじゃないの』
『花もやっと5本よね。元も取れないじゃないの』
王女が販売価格を知らないでヤキモキしていると、王女の足下に季節はずれのツバメがやってきた。
『まったく、あの魔法使いめ! 童貞の何処がキモいって言うんだよ。おまけにツバメなんかに変えやがって、仲間のメスはみんな南に渡った後じゃねえか! いや、渡りなんかしてる場合じゃねえけどな』
実はこのツバメは、美人で評判の魔法使いのところに押しかけた醜い王子であり、本当は童貞よりもヒキガエルみたいな容貌を嫌がられたのだった。
まあ、そんな理由で魔法をかけられていた。
魔法使いは、ツバメの方がイケメンで良かったじゃない、とか思っている。
しかも、女に抱かれると、その時だけ王子に戻れると言うオプション付きの魔法であった。
『ねえ、ツバメさん』
『ええっ、王女か! あんた生きてるのか?』
『銅像が生きてるかどうかは疑問よね。でも、今はそれは置いとくわ』
『いや、生きてるかどうかは一番重要だと思うぜ』
『いいから聞いてちょうだい!』
『こえーな。何だってんだよ』
『あそこに可哀想な少女たちがいるのよ。私のティアラには時価1千万円のダイヤが埋め込まれているわ。これで救ってあげてちょうだい』
『何で俺がそんなことを……』
そこでツバメは思い付いた。
ダイヤをプレゼントすれば、少女たちと一晩ぐらいは過ごせるのではないかと……
『おう、俺で良ければ手伝ってやるぜ』
『あなた、いい人、いいえ、いいツバメね』
『おう、これをほじって持っていけばいいんだな。軽いもんよ』
とは言え、ツバメの身体では、結構、大変だった。
まずは花売りの少女の所へ行った。
『何ですって、これが1千万? 本当なら一晩抱いてあげるわ』
花売りの少女はすぐに宝石商のところへ出かけていった。
『まったく、1千万なんて調子のいいこと言って騙したわね!』
ツバメは叩き出されたが、実は300万に値切られただけだった。
仕入れ値と売値が異なるのは、単価が高いものほど激しくなるのである。
しかし、それくらいで諦める王子なら、ツバメに変えられたりしていない。
再び王女のダイヤを持ってリンゴ売りの少女の所へ行った。
『ふーん、300万から1千万か。随分と差があるわねえ』
そう言いながらもリンゴ売りの少女は宝石商に行った。
『250万だったわ。私の部屋でショートで相手してあげる』
しかし、少女に抱かれた瞬間、ヒキガエルに戻って悲鳴を上げられ、グーで殴られ、部屋から蹴り出された。
『まったく、この世は性悪女ばかりだな』
(そのとおりだよねえ。違う? やっぱりそうなの)
だが、三度、ツバメは挑んだ。
童貞から解放されるかもしれないからだ。
(童貞って悪いこと? そうなの)
『200万円? やります! やらせます!』
『やっぱり、最初からロリにするべきだったな』
マッチ売りの少女は200万持って、事務所に戻ってきた。
『毛、生えてないけどいい?』
しかし、ツバメがヒキガエルに戻ると、ロリ少女でも悲鳴を上げた。
事務所の組員が聞きつけて、引きずり出されてボコボコにされた。
その間に、ロリ少女は金を持って、行方をくらませた。
(事務所の組員って、表現がおかしくない? 合ってる? そう)
『やったわ、ツバメさん。3人ともいなくなったのよ。きっと何処かで幸せに暮らすでしょうね』
『そうは思えねえけどな。俺は酷い目に会ったよ』
『いいことをしたのだから、胸を張りなさいよ』
『俺はいいことできなかった』
しかし、翌日には新たな3人がデビューしていた。
『世の中には可哀想な人が多いわね』
『原因を作ったのは前の王様だから、償いとしては間違ってはいねえんだが、釈然としねえな』
『それより、彼女たちを救えるのは、ドレスしか残ってないわ。金無垢だから少しは高く売れそうでしょ?』
『重たくて運べねえよ』
『根性出しなさいよ』
ツバメにも望みがあるので、結局は金を剥がして運ぶことにした。
ドレスの上部から始まり、下部に行き、中のコルセットなども運んだ。
待ち合わせ場所も、事務所ではなく、近くのラブホとかに変更したのだが、上手くはいかなかった。
『なあ、寒くなってきたから、もうやめようぜ』
『何言ってるの。次々に可哀想な少女が現れるのよ。休んでいる暇はないわ』
『けれどよ、もうドレスも残ってないぜ。後はそのズロースしかないぞ』
『ドロワースよ! 下品な言い方しないで!』
『おっぱい丸出しで威張るところか?』
『うるさいわね。いいことしてるんだから、いいでしょ別に』
『いいこと、したいなあ……』
『けれど、寒くなってきたのは確かだわ。それにお尻はちょっと自信ないしな』
『じゃあ、やめるか?』
『いいえ、意地でも国民は救ってみせる。このサファイアの両目を持っていってちょうだい!』
『おい、目が見えなくなるんじゃないのか?』
『あなたが代わりに見て、教えてちょうだい』
『物事には限度というものがあるんじゃないか?』
『いいから、やってちょうだい』
しかし、世に貧困の種は尽きまじであり、王女はサファイアの瞳どころか、ズロースまで失った。
儲かっているのは『国民が大事』とか曰う大臣ばかりだった。
(いつの時代でも大臣って悪だよね。どうして廃止しないんだろう? えっ、儲かるから? そう)
『ドロワースよ!』
『誰に言ってるんだ? それより、昨晩は雪まで降り出しやがった。王女はそんな格好で寒くないのか?』
『寒いわよ。それに夜中になるとホームレスたちが身体を触りに来て気持ち悪いわ』
『まあ、リアルに作られたからなあ。前の溝なんて芸術的だぞ』
『見ないで! 前なんて自分でも見たことないんだから』
『しかし、すっぽんぽんなんだ。もう、おしまいにしようぜ』
『ツバメさんは、これからどうするの?』
『さあなあ、身体も寒いが心も寒いから、少し寝ることにする』
『そうね、私も眠るわ。お休みなさい』
『おやすみ』
こうして、二人は冷たくなっていった。
翌日には、猥褻にあたるとして、大臣がマダムたちの人気取りのために撤去法案を可決させた。
児童ポルノではなかったのは、王女が二十歳過ぎにまで成長していたからだった。
台座が残ったので、新たにゆるキャラが飾られた。
『この馬鹿者ども!』
神様は折角の自分のアイデアが、こんな形で終わるのが耐えられず、御使いを遣わして、二人の魂を呼びつけて怒鳴りつけた。
『これだから、金持ちのボンボンどもは手に負えん。金は恐ろしいものじゃと教わらなかったのか!』
『でも、その恐ろしい金を考案なされたのも、神様ってことになってますよ』
『ううっ』
神様にも言い分はあっただろうが、賢明な方なので、暫く絶句なさったままだった。
『優遇税制、先物取引、ヘッジファンド、手形割引、株式分割……』
『うるさい! お前たちは神の国に入ることは許さん! 人間に戻すから、二度と来るな!』
こうして、人間に戻った王子と王女は結ばれて、幸せに暮らしました。
どうしてかって?
だって美しい王女は目が見えないままで、王子の顔を気にしないで済んだからです。
『あなた、随分と若いわね』
『16歳だよ』
『私より年下じゃないの』
『昔から、ツバメは若い男と相場が決まっているんだぞ』
菊茶ケツ作短編集より(抜粋)