お隣に女子中学生が引っ越してまいりましたぁ 01
お隣に女子中学生が引っ越してまいりましたぁ 01
今日は1月1日。
全国的にお正月である。
「少しぐらいは息抜きしてもいいよね。今日は元旦だし」
僕は誰かに言い訳するかのように独り言をつぶやいてから、勉強道具を片付けて着替え、いつものジャケットとコートを羽織ると、マフラーを巻いて自分の部屋を出た。
目立たない色合いのものばかりである。
外は寒いが晴れやかな日に相応しい上天気だった。
元日の午前という時間帯だからか、人影はまばらだった。
晴れ着姿の女の子を僅かに見かけるくらいである。
僕は、人目を避けるように裏道に入り、最寄り駅方面を目指した。
しかし、外に出るだけで、大分気分が重たくなった。
浪人生に共通する症状である。
この部屋に住み始めて、もう1年近くになる。
一応、名目上は、志望の大学通うために借りたのだ。
新学期が始まっては空室がなくなると思って、少し前から借りたのだった。
勿論、そのほかにも理由はあったが、今はまだ勘弁して欲しい。
色々とやらかしてしまったつらい過去がああるのだ。
悲しい男の子の秘密である。
それでぇ。
この辺りは、幾つかの大学に近いせいか学生が住むにはいいところだった。
僕の実家は中途半端に田舎であり、地元大学に進学しても自宅からは通えない。
どうせひとり暮らしをするなら、思い切って都会に出てしまう方が、大学も色々と選択できるから合理的である。
まあ、クラスメートたちも多くが同じ選択をする。
幾つかの大都市と幾つかの大学に分散するけど、この辺りも多く選ばれていると思う。
しかし、早めに準備したというのに、肝心の受験に失敗するなどとは考えもしなかった。
今は浪人生として住んでいるのだが、かなり笑える話である。
勿論、笑えるのは本人以外である。
ここでも、やらかした過去があるのだった。
男の子の黒歴史とも言う。
そんでぇ、だ。
ここは大学に近く、とてもいい環境ではあるが、浪人の立場では逆にもの凄いプレッシャーになる場所だった。
何しろ志望大学にとても近いのである。
他にも複数の大学のキャンパスがあったりする。
関係ないが、ついでに名門のお嬢様学校があったりする。
あまり生徒は見かけないけど……
都市伝説かもしれない。
つまり、この辺りは、自然と現役合格組の顔見知りに出逢う確率が高くなってしまうのだ。
やらかさなくても気まずいだろう。
こう言う立場になると、受験に失敗するなんて考えていなかった過去の自分の愚かさを呪いたくなる。
(今でも愚かだけど)
『恥ずかしくて表通りを歩けない』
などと言う、普通は比喩的表現でしか使われない慣用句を、現実に体験することになるとは思わなかった。
顔見知りに出逢うのも、現役生(今度、先輩になる)に顔を見られて覚えられるのも恥ずかしかった。
ちなみに、僕は別に恥ずかしい顔をしている訳ではない。
ソコソコの容姿はしている。
生活はコソコソしてるが、顔は酷くはなく、ソコソコだろうと思う。
『美少年に近い顔ね』
『近いだけよ』
母と妹はそう言ってくれた。
思いっきり身贔屓であるかもしれないが、僕は嬉しかったから別にいいだろう?
褒めてない?
確かに、近いと言うのは限りなく遠いような気もする。
泣きたい。
でも、ソコソコには立派な顔なのだ。
今は、顔見知りに、顔を見られるのが恥ずかしいだけである。
恥ずかしい顔ではないのだ。
言うなれば、本当は恥ずかしくない場所なのに、人に見られると恥ずかしいのと同じだろうか?
立派でも人に見られるのは恥ずかしい部分とかあるではないか?
いや、立派なら恥ずかしくないのかな?
でも、例えばだけど……
女の子は立派なモノを持っていても、人に見られるのは恥ずかしがるよね?
何故だろう?
ごほん、いや、それと一緒である。
しかし、本当に何故だろう?
『この度は、うちの娘が立派に育ちましたので、皆様にお披露目いたしたいと存じます』
『それはそれは……』
『何よりですな』
『実に楽しみです』
『眼福眼福』
『ありがたや、ありがたや』
『なんまいだぶなんまいだぶ』
『おかあさん、これっておかしいよ~!』
確かにおかしい。
ああっ、裏道を歩いていた晴れ着姿の女性たちが、気味悪そうに逃げていく!
僕は声に出すだけでなく、振り付けもしていただろうか?
また、やらかしたのか?
これでは、路地裏の不審者ではないだろうか?
ちょっと早歩きになって、最寄り駅近くの目的地に向かう。
最寄り駅では他の近隣大学の学生たちも混じり合い、顔見知りの確立が高くなるから、こんなところを見られる訳にはいかない。
こんなところ?
いや、今は拙い。
考えるな!
とにかく顔見知りに会ったら拙いのだ。
現役の大学生がうようよしている場所は、危険地帯であり、恐怖ですらある。
死に直結するかもしれない。
浪人生特有の症状である。
顔見知りに出逢うということは、そのまま僕の正体がバレて、他の人たちにも知られてしまうということなのだ。
特に女子が拙い。
高校での不名誉な『あだ名』(称号かな?)をバラされ、流され、アウトブレイクし、バイオハザードして、きっと直ぐに地元に流通してしまう。
ああ、今のなし!
忘れてください。
男の子の秘密なんですぅ!
ちなみに、僕は浪人生だが決して馬鹿ではない。
その証拠に、模試は高校時代からずっとA判定である。
物事はキチンと片付ける方だし、深く考えてから結論を出す方である。
ただ、ひとつのことに夢中になると、他が目に入らなくなる性格だった。
子供の頃からパズルとか『なぞなぞ』とかに入り込むと帰ってこない性格である。
しかし、実はこの性格が不名誉な称号を頂いてしまう原因なのではないかと、この頃少し不安になる。
例えば高校時代の友達だが……
(友達いたのか? と言う突っ込みはなしで)
奴等は、テレビドラマを観ながら携帯端末をいじり、ドラマを観ながらにしてラインやらツイッターやらを始める。
そして、ドラマの内容を、そこにいない誰かと意見交換したり、ツイートで感想を述べたり、笑い合ったり、設定の間違いを検索して調べたりするのだ。
テレビの大型画面の前で初放送のドラマを観ながらである。
まだ、放送途中の終わってもいない時点でだ。
ついでに、隣に僕がいてもである。
僕は映画などには入り込む方であり、終わりまでじっくりと集中して静かに観る。
読書も熟読で、途中で何かに時間をとられたり、何かの合間の時間つぶしに…… とかは苦手な方である。
途中で終わっている小説などもキモが煮える方だし、ましてや途中で感想を言えるほど器用ではない。
そう言えば、試験でも解ける問題から先に取りかかるとかは苦手な方だった。
上から順番に解いていかないと落ち着かない。
それに、友達と一緒にいるのに、小説やマンガを読んだり、ゲームとかで携帯端末をいじったりは、気になってできない方である。
以前は『マナーの問題だ』とか思っていたけれど、実はこれ、能力の問題なのかもしれないと思うと、少々不安なのである。
僕は比較的にアドリブに弱く、突然のスケジュール変更や予定していた計画の変更などにも弱い人間なのだ。
これは、現代社会では欠点かもしれない。
例えば、高校で文化祭実行委員長をしていた柏葉野王司は、次々にあがってくる苦情や見積もりミスに対して、瞬時に、そして簡潔に対応していた。
副委員長の広井允子も、舞台の司会・進行役として、アドリブで伸ばしたり、紹介や説明時間を切り詰めて、時間どおりに破綻なく舞台を終わらせていた。
あのふたりがお付き合いしていることは別にしても、僕には真似できない羨ましい能力を有するのは事実である。
あと、允子がDカップだったとかも羨ましい設定だから、わざわざ言わないで欲しい。
とは言え、ああした修羅場(文化祭)では、僕は『役立たず』であり『木偶の坊』である。
計画通りに物事が進まないと、僕は対応できないのだ。
しかし、これからの時代は、メインを処理しながらも次々に発生する問題をプロシージャに回して同時並行処理できなければ駄目人間と評価されてしまうのではないだろうか?
つまりは『マルチタスク人間』でなければ新しい時代に役に立たないのだ。
僕のような、物事をひとつひとつしか片付けられない『シングルタスク人間』は、これからの時代に必要されないのである。
マルチタスク人間は、処理能力が高く、先読みもできるから、同時に幾つもの問題に対処できるのだ。
例えばマルチタスク人間は、小説冒頭の『つかみ』の部分を読めば、瞬時に幾つかの展開を予想し、個別の感想を述べられる。
評価点も入れられるかもしれない。
例えばマルチタスク人間は、ゲーム機2台を同時進行させながら、一方がデッドエンドしても、一方では回避して生き残れる。
また、新たに出現するモンスターと戦いながら、適合するアイテムやスキルを用意できる。
例えばマルチタスク人間は、映画のオープニング3分で泣ける。
例えばマルチタスク人間は、将棋の2手目でリザインできる。
例えばマルチタスク人間は、彼女と付き合いながら、別の彼女とも付き合える。
例えばマルチタスク人間は、ハンバーガーセットを食べる時に、ハンバーガー、コーラ、ポテトポテト、コーラ、ハンバーガー、コーラ、ポテト、ポテトにかけるだけで色々な味を楽しめる(あれっ、名前なんて言うんだっけな?)のバーベキュー味をひと舐めし、ポテトポテト、ハンバーガーと食べることができる。
カレーライスなら、肉、ライス、ジャガイモ、溶けかけた玉葱、ルウ、ライス、ニンジン、水、肉ライスジャガイモ玉葱にサラダのプチトマト、ライス、ニンジンと食べることができる……
いや、三角食べは、マルチタスク人間とは関係ないかな?
二またや三また、不倫や愛人も関係ないよな。
いや、必要な経験値だったりして?
しかし、僕には彼女をひとり作るのだって無理ゲーなのに、ふたりなんて絶対に無理だ!
(やはり三角食べするのだろうか?)
結婚も難しそうなのに、愛人なんて持てるだろうか?
どうすればいいんだぁ!
政治家か芸能人を目指すべきなのか!
ぜいぜい……
少し落ち着こう。
無理して持たなくてもいいのだ。
多分……
ここは裏道とは言え、やはり人目はあるのだった。
あぁ、晴れ着姿の女性が早足で逃げていくじゃないか!
待ち合わせに遅刻しそうなのかもしれないけど、ここで不審者と思われて通報されると、大学生になる前に人生が終わるので注意しよう。
まあ、顔見知りがいなければ、致命的欠陥は出現しないから大丈夫だろう。
特に、こうした厳冬の日には、女性の装備が充実しているから安全だと思う。
人通りの少ない裏道をブツブツ言いながら歩いていると、無事にビルに囲まれたところにある狭くて小さな神社に着いた。
鳥居の幅だけの参道が奥へと続いている。
今日の外出の目的は、ここでの初詣である。
発毛とは関係ない。
それにしても、人気のない寂しい神社だなあ。
僕の方も友達も女の子もいない寂しい初詣だから、神様には余計なお世話だろうな。
現役の頃はクラスの連中と賑やかに初詣に行けたのに、浪人生は顔見知りに神頼みしていることを見られるのも恥ずかしいものである。
これも、浪人生の特徴である。
だからこそ、こんなところを選び、人目を忍んでコソコソと神様に参拝するのである。
『神様、色々と失礼なことばかり申し上げて申し訳ありません。僕には最高の神社です』
一応、神様にお詫びしておく。
何だか悪いことをしている怪しい人物の雰囲気を醸し出していたけど、広くない参道の端っこをコソコソ歩いて行く。
殆どビルの壁際である。
生え際とは関係ない。
しかし、これは礼法とか作法にかなっていると思う。
参道の真ん中は神様の通り道だからだ。
もし神様に出逢ったりしたら恥ずかしいし、それで目立っては更に恥ずかしいではないか。
でも、ファンタジーじゃないから、神様が現れることはないだろう。
しかし、緊張する。
誰もいないはずなのに、神様がいるかと思うだけでとても緊張するのだった。
こんな時、マルチタスク人間なら、脳の一部が緊張しても別の部分が処理してくれるのだろうな。
マルチフリーズなんてことは起こらないよね。
緊張しすぎて、変なことを考えている。
小さな手水場を過ぎた。
もうすぐ拝殿である。
『浪人生が神頼みしてる』
うわぁ、緊張して幻聴まで聞こえてきた。
けれど、拝殿の前まで来ていたので、早速、拝礼である。
作法はどうするんだっけな。
一礼―賽銭―鈴―二礼―二拍手―一礼だっけ?
いや、賽銭が先だっけ?
こんな時も、マルチタスク人間なら何も気にせずに同時進行させ、一礼しながら賽銭を投げて鈴を鳴らしながらお辞儀して更に柏手を鳴らしながらって…… マルチタスク参拝とかだろうか?
こうか?
こうやるのか?
ガラガラン。
ひゅぃーん。
パンパン。
うーん、マルチタスクは難しいものだな。
お賽銭の500円玉が賽銭箱の奥に飛んで行ってしまった。
「だから、神様の前でなに変なことしてるのよ!」
「あべぇぉ!」
「このばちあたりが!」
「あべぇのみっくす~!」
白っぽい装束の人影がチラリと見えた。
つづく