サイボーぐぇ 06
06 細部に拘ろう
「君の改造費はすべて深溜院財閥のお嬢さんが出してくれている。彼女はそれは清楚で可憐な美少女で、とても義体人Aとは釣り合わんと思うが…… 君もなかなかやるではないか。死んでからも大切にされるなんて、そうそうあるものではないぞ。もっとも、お嬢さんなどと言う人種は変わってるのかもしれんがな」
深溜院?
僕が助けたのは例のドスンの三つ編み眼鏡女子だったから、清楚かもしれないが可憐とは呼べないかもしれない。
可憐と言うなら、断然、助けを求めていた美少女の方だが、友達とかだったのだろうか?
友達の『命の恩人』だから力になろうとしてくれているのだろうか?
それとも、彼女が助けを呼んだせいで僕がこんなことになり、責任を感じてしまったのだろうか?
いや、どうしても僕はあっちの美少女だと思いたいようだ。
気持ちが心から拭えない。
現実は、そんなに甘くないだろう。
死んでしまうぐらいなのだからなあ。
「それにしても、生きていれば私ではなく医者の管轄だったが、幸いにも完全に死んでいたから私に声が掛かり、まあ助かったよ」
完全に死んでいて助かったっておかしくないか?
少なくとも、僕は助かってない。
「お陰で、多少乱暴に扱ってもこれ以上死ぬことはないから、好き勝手にやらせてもらった。義体依存率は上がってしまったが、痛みや苦しみは感じないだろう?」
「確かに、そうした嫌なものは感じませんね」
「頭蓋骨も本当は強化プラスチックか炭素繊維(CFRP)で立体形成したかったが、準備もなくてデザインも間に合わないから、木彫りの彫刻家に依頼したんだ。普段は能面師とか呼ばれる重文(重要無形文化財)の方で、説得するのに骨は折れたが、これも深溜院のお嬢様が解決してくれた。かなり作品に拘泥がある方なので私も大変だったのだぞ。その顔の原型も16とか敦盛とか言ってたな」
それって、16で死んだと言うことだよね?
現実には15なんだけど、喜ぶべきことなの?
「まあ、サイボーグAは彼女の恩人だそうだが、今は彼女の方が遙かに恩人だから、サイボーグAは感謝するべきだな。君はもう人間じゃないのだから、恩人には戻れないし、今後は費用を負担している彼女がサイボーグAの所有者と言うことになるだろうから、ご主人様かな」
先生はしゃべりながら手鏡を渡してくれた。
結果を自分の目で確かめろ、と言うことだろう。
頭髪は人工頭髪で、顔面は能面を思わせたが、生前の僕の顔に少し似ていた。
能面なのに、生前よりもいい男っぽいのが、悲しかった。
「木彫りの能面に人工皮膚が貼り付けてある。口は結構自由に動かせるが、表情は訓練すれば喜怒哀楽のすべてが表現できるようになるらしい」
何となく表情は変化しない気がした。
喜怒哀楽など、一朝一夕に身につけられる技術なの?
細い目は瞳孔内が暗く時々光っているようだったが、白目の部分はぞんざいな感じだった。
「眼球は薄いガラス玉にカメラのレンズとCCDを仕込んだ。民生品の安い奴だが、割れやすいから取り替え易い方がいいだろう」
何だか『安い』を強調されている気がした。
叩き売りじゃないんだから、もう少し気を遣って欲しかった。
「白目は透明なままだと不気味なので、仕方なくリキテックスのチタニウムホワイトを塗っておいた」
「やはり、やっつけ仕事なんですね」
「そんなことはないぞ、サイボーグA。ガラスに塗れるのはアクリル絵の具だからだ。水溶性で撥水性なんて他にはないぞ。結構、拘っているのだからな。それとも、普通の塗料で良かったか?」
確かに油性のペンキだと匂いと刺激でつらくなりそうだった。
「しかも、眼球のコネクタにはユニバーサルデザインを採用したから、破損した時には携帯端末やデジカメ、ビデオや監視カメラと接続して、急場を凌ぐことができるから便利だぞ」
それって、本当に便利なのだろうか?
つづく