ハイエナライオン5
望は『こすずめのぼうけん』のこすずめのことを考える。
迷子のこすずめは自分の親を探して歩くのだけれど、別の種類の鳥たちから邪険に扱われる。
絵本はこすずめと親の再会の感動を温かく描くとともに、他種の生き物に甘えることはできないのだ、という厳しさを物語っていた。
「聞きそびれちゃったけれど、その建築家何をした人なの?」
望は、この人ですか、と尋ねるように伝記を見つめた。
「うん、そう、その人」
「終戦後、の、時代に、活躍した人、です」
歯切れが悪いながらも望は答えた。
「やっとしゃべった」
奥村が隣から口を出す。望はまた少し顔を赤らめた。
「気にしなくていいんだよ」
望はときどき間合いを取りながら、時間をかけて話し始めた。一つ一つの言葉を、自分の手で確かめながら選び取っていく。まるで、スーパーで主婦が白菜の重さを目分量量りとっているように。その作業は望にとって死活問題なのかもしれなかった。
北上と奥村は悠々と彼を待った。
「イサム・ノグチは、日系アメリカ人、でした。当時、日本、の、製品ばかりが売れる、と、いう理由から、アメリカでは、ジャパンバッシング、の、運動が起きて、いました。彼は、アメリカに住んでいて、バッシングを受け、ました。日本に行けば、行ったで、日本を負かしたアメリカ人、の、血が流れている、と、いやな目で見られ、ました。
その時代は、まだ異国、と、いうことに、みんな慣れていなかった、の、です。イサム・ノグチは、ではいったい、自分を迎えてくれる国は、どこにあるのだろう、と、悩み、ます」
「なかなかいい説明だよ。落ち着いていれば話せるじゃない」
望は会釈をした。
「彼、の、その、境遇に共感した、の、です。自分も、その、遠くない、ので」
「遠くない?」
と北上が繰り返す。
「はい。遠くない、の、です」
ふうん、北上と奥村は声に出した。
タイミングが同じだったのでお互い顔を見合わせて笑った。
望も頬をくしゃくしゃにするくらい苦笑いをした。
「私らなんかはもっと軽い感じで書いてんだよ。こんなこといったら失礼になるかもしれないけどさ」
奥村が言った。望はリアクションに困ったように恐縮した。
「自分もそういう風に、書けたらいい、の、ですが。まずは、ここから、書かなくてはいけなかった、の、です。つまり、ハイエナライオンは、ただの、空想話、では、ないから」
北上と奥村は今度はわざと息を合わせて、ふうん、と声を出した。それから声を立てて笑いあう。望もさっきよりはまだましな微笑を浮かべる。
「空想話って現実に起きてはいない事実だから厄介だよね」
北上の共感に望は少しだけ、救われたような心地がした。