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揺り籠列車  作者: 葡萄鼠
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紳士と車掌

「――これを、待っていたのですか」

 彼女が下車し、それを見送った今は閉まっている扉を見続けているといつの間にか車掌が傍にきていた。

「ええ、まあ。彼女はきっと、ここにくるだろうとわかっていましたからね。迷わないように、ちゃんと帰れるように、標を置いて、ここで待ち続け。――けれど、時が流れれば流れるほど。もしかしたらこないんじゃないかと、迷うことがないように願う様にもなりましたけれど」

 相反する想い。それは、叶わなくとも願わずにはいられなかった思い。

「では、その願いが届き叶い。彼女がずっとここにこなければ、貴方はどうするつもりだったのですか?」

「彼女を最後まで見届けた後。私がいるべき場所で下車するだけです。それか、ここにいた時間が長くなりすぎた為に、彷徨うことしかできなくなったとしたら。それはそれで良いとも、思っていましたよ。一番の願いが成就したのですから」

 あの時、堪えきれずに抱きしめた彼女の身体はここでは感じるはずのない懐かしい温もりが伝わってきた。

「でも、それはあくまで「もしも」という希望が見せる幻でしかないことはわかっていましたから。私の居場所が彼女の傍であり続ける限り、彼女がこちらに来ることは定められたものですから。今はまだ、離れているしかなくとも、いつかまた、彼女の傍にいられる日がくる。私はただ、待ち続けるだけです」

 待つことさえも、幸せなのだと。その眼差しをみれば一目瞭然。それを見てしまえば、もう何も言葉がでてこなくなった車掌。

「彼女は最後、なんといったのでしょうね」

 それだけを言い残し、車掌は去って行った。

〝あ――――〟

 彼女が涙を流し謝罪ばかりを繰り返す中で、最後言いかけた「あ―――」。

「何だったんでしょうね」

 ――ありがとう。

 もし、そうなら。それは君が言う必要などなかったのに。

 いつも助けられていたのは、私の方。感謝してもしきれない。

「私の方こそ、ありがとう」


 ――いつまでも、愛しているよ、おまえ。


 私もよ、あなた。


 生前何度も聞いた、彼女の声を聞いた気がした。


 いつまた逢えるかわからない。逢えないかもしれない。それでも私はここで最愛の妻の最期を見とどけるまで、この列車に揺られて待っていよう。

 色んな想いを乗せ、心の平穏を守ってくれるこの列車で。

 標は私の妻への想い。そこに妻の私への想いが合わされば、きっと再び私たちは出逢える。


 

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