伝説の美少女
初めまして。初投稿です。読んで感想など貰えましたら、嬉しいです。
宜しくお願いします。
「カラダに美味しい! 奇跡の1本」
かつてこの台詞で、一世を風靡した少女がいた。
如月リカ(きさらぎりか)。
28歳。元アイドル。
芸歴は、12年。
世に露出が無くなって、はや8年。
と言っても、引退した訳じゃない。
需要がなくなって、必然的に仕事がなくなっただけ。
リカは16歳の時に出た飲料水のCMで、一躍その人気に火がついた。
『彗星の如く現れた16歳』
そのキャッチフレーズは巷を駆け巡り、瞬く間にリカは人気アイドルにのしあがった。
時のスターに仕事のオファーは絶え間無く溢れ、CMは数十本、ドラマは常に主演かヒロイン役で、掛け持ち。合間をぬっての映画撮影。雑誌のインタビューに密着取材。
CDやアルバムも次々にリリースした。
つけっぱなしにしていた楽屋のテレビから、たまたまリカの『かつてのヒット曲』が流れてきた。
「……いまだにまともに歌えないわよ、『渚のディスコドール』」
リカは慣れた手付きで、タバコに火をつけながら、楽屋で準備中の、担当ヘアメイクに向かって自虐的に言った。
苦笑しながら、リカの髪に触れたヘアメイクの顔を鏡越しに見ながら、リカは無表情に続けた。
「あの頃は忙しかったからね。覚える暇なんてないのに歌まで出して…… カラオケ歌うより酷かったわ」
でもそれで通用した。
頼んでもいないのに、色んなレコード会社からCDリリースの話が持ちかけられたし、歌のいろはも知らないリカの素人のカラオケ以下の歌声は、時代の子守唄になった。
「今じゃ出したくても出せないもんね、CDなんて」
今日の担当メイクは、リカよりも一回り上の女性で、曖昧に笑いながら、無駄な話はせずに、素早い手付きで、リカを芸能人に変えていった。
いつの間にか、鏡の中には『伝説の美少女』の面影を残すリカがいた。
担当メイクが、軽く会釈をして、楽屋からそそくさと出ていく。
全盛期、リカは楽屋裏では「ワガママ」で有名だった。
担当のヘアメイクには、気に入らないと言って、なんどもやり直しをさせたし、年の変わらない付き人の女の子を、むしゃくしゃして後ろから蹴飛ばした事もあった。
マネージャーは顎で使っていたし、些細な理由で何人もスタッフを辞めさせた。
周りはチヤホヤするし、売れていたリカには怖いものがなかった。
それに加えて、睡眠時間が数時間という過酷なスケジュールの中で、時にはやりたくない仕事……、俗に言うスポンサーの接待等も、やらされた。
まだ10代の少女は、そういったイライラした気持ちの持って行き場を、身近にいるスタッフにぶつけた。
そんなリカを、周囲は「天狗」と呼んだ。
当時のリカの「武勇伝」は、尾ひれの付いた噂になって、芸能界を駆け巡り、そのせいで、十数年経った今でも、スタッフがリカに必要以上に話し掛けてくる事は無かった。
独りぼっちの楽屋で今日の台本に目を通した。
『あの人は今』
出演者欄には、時代を風靡した「昔のスター」の名前がズラリと並んでいる。
その中に、リカの名前もあった。
「伝説の美少女の今ね」
台本をザッと斜め読みする。
要するにみんな、面白がっているのだ。
かつての人気アイドルがどんな風に落ちぶれたかを見たいだけ。
伝説の美少女が劣化した姿を期待している。
それでも今のリカにとっては、この仕事が唯一テレビに露出出来るチャンスなのだった。
例え、意にそぐわない内容のオファーであっても、忘れられるよりはマシ。
この数年で、リカはそれを、身に染みて感じるようになっていた。
リカが二十歳を過ぎた頃、まるで申し合わせたかのように、バタッと仕事が減った。
あれ程、毎日流れていたCMは、次から次に契約を切られ、その殆どは更新される事が無かった。
常に「主演」か「ヒロイン役」だったドラマの仕事も、三番手、四番手になり、しまいには声すらかからなくなってしまった。
当然のようにCDもアルバムも新しいリリースはなくなり、気がついた時には、リカのメインの仕事は地方の営業周りと舞台の脇役にすり代わっていた。
世間は時代の美少女を求めていただけで、世代が代わり、年を重ねて「ただの美女」になったリカには興味が無かった。
楽屋のテレビに、かつてリカが務めていた清涼飲料水のCMが流れた。
最近よく見るアイドルが、商品を片手に、笑顔でパラグライダーをしている。 アップになったところで、決め台詞を言う。
リカはボーッとその画面を見つめていた。
その時楽屋がノックされ、ADがリカを呼びに来た。
その番組の収録は酷いものだった。
何度も繰り返し過去のリカの映像を流し、現在の顔をアップで映す。
昔リカが売れていた頃、平身低頭で擦り寄ってきたバラエティータレントが、リカをタメ口で煽ってきた。
「いやぁ、時代を風靡した伝説のアイドルも、時間が経てばおばちゃん……、なーんちゃってダハハ」
スタジオがどっと笑う。
「ミクちゃんなんて知らないでしょ? まだ生まれてなかったりして」
そう話をふられた最近売れている10代のアイドルは首を傾げながら答える。
「知ってますよぉ……、小学生の時見てましたぁ」
そこでADが合図をして、また脈略のない笑い声が起こる。
終始こんな感じで、リカは表情が引き攣ったまま、その公開処刑のような苦々しい現場をひたすらやりすごしていた。
(花を買って帰ろう)
そう思ったのはどうしてだろうか?
低俗な番組の収録で、惨めな思いをしたせいかもしれない。
ほんの慰めでも、癒しが欲しかった。
現在のリカのマネージャーは、同時に他のタレントを掛け持ちしていて、今日も現場に来る事は無かったが、仕事場への送迎には、一応「過去の事務所の功労者」として、運転手付きの車を出してもらっていた。
「中野さん、悪いけどそこでいいわ。ありがとう」
運転手にそう言って、家の近くの大通りの路地で車を止めてもらった。
確かこの路地の裏手に、小さな花屋さんがあった。
車から降りて、短い距離を歩きながら、ふと思い出す。
アイドルとして人気があった頃は、毎日毎日花を贈られない日はなかった。
出待ちと呼ばれるファンの子達が、いつも何かしら花束やプレゼントを持って待っていたし、それぞれの仕事場には、リカ宛の豪華な花輪で溢れていた。
「いつの間にか、花束からも遠ざかる生活になっちゃった」
リカは軽く首をすくめながら、その小さな花屋に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
女性店員の明るい声が、狭い店内に響く。
(どれにしようかな?)
考えてみれば、リカは貰うばかりで、自分で花を買った事がなかった。
(えっ? 薔薇ってこんなに高いの? 百合も胡蝶蘭も!)
いつも貰い馴れていた花の値段を確認して、改めて驚くリカだった。
(こんなに値段がするものを、私は簡単に放ってたんだ)
そう思うと、当たり前のように無駄に昇華してきてしまった過去の過ちを思い、今さらながらに、胸が痛んだ。
「何かお探しですか?」
店員がリカに話し掛けてきたかと思うと、ハッとして、手で口元を抑えた。
「……如月リカさん?」
リカはニッコリ微笑んで答えた。
「私の事知ってるなんて嬉しいわ」
以前はプライベートな時間に声をかけられる事がうっとうしくて堪らなかったが、今のリカには、自分の存在を、気付いて貰える有り難さの方が大きかった。
するとリカよりも5〜6歳年下であろう、その女性店員がみるみる内に涙目になって、リカの前で、ボロボロ涙を流しはじめた。
「……リカさんに会えるなんて信じられない。私子供の頃からリカさんの大ファンで、何度もライブを見に母に連れて行って貰ったんです。そこで出待ちして花束渡した事もあって……」
リカは目の前の彼女の突然の告白に驚きつつ黙って話を聞いていた。
「お小遣いで花束買って……。本当は薔薇とか蘭とか、そういう豪華な花束を贈りたかったんですけど、高くて買えないからガーベラの花束を……」
「ガーベラの花束……!?」
リカの中で、遠くうっすらとぼやけた記憶が蘇ってきた。
ライブ会場の前で、スタッフに囲まれて、車に乗り込むところに、飛び出してきた少女。
リカに差し出されたその手には、カスミ草に囲まれた真っ赤なガーベラの花束が握られていた。
「……覚えてるわ! あの時の女の子。私のファンは大抵男の子だったから、出待ちまでして、待っていてくれた、小学生の女の子は珍しくて目立ってたもの」
いつの間にか、リカの目にも涙が滲んでいた。
「私あの時ちゃんとお礼を言ったかな?」
すると彼女は、涙を拭いながら、笑顔で言った。
「もちろん! 今でも忘れません。“ありがとう”って。凄く嬉しかった。私その時に、リカさんに贈ったガーベラの花束がきっかけで、花屋さんで働きたいって思ったんです」
「そうだったの」
リカの目からも、大粒の涙がボロボロこぼれ落ちていた。
伝説の美少女はもういない。
しかしリカのしてきた事が、こうして生きている。
それは現在進行形で、確かな現実だった。
「どうもありがとう」
花に囲まれた店内で、微笑んだリカの表情には、まるで初夏の向日葵のように、明るく清々しい笑顔が咲き誇っていた。
完
読んで頂きまして、有難うございました。