卒業
青い空。
白い雲。
満開の桜が舞い散る。
外は快晴。
三寒四温とよく言うが、今日はまさしく春の陽気だ。
まるで俺たちの門出を祝ってるみたいだろ?
体育館で、卒業証書を片手に、学園長の長ったらしい話やら、理事長の退屈な話やら、在校生の決まりきった送辞やらを聞いてるなんて、馬鹿馬鹿しいにも程があるじゃないか。
だからさ。
卒業生代表、葛原美弥が壇上にあがる頃には、はっきり言って、ほとんどの生徒は、ウンザリしてた。
大体、卒業だとか言ったところで、ほとんどの生徒は内部進学。
トップクラスとビリッケツ、全体の一割くらいは外部の高校に進むけど、一般生徒にしてみれば、通う校舎が変わるだけ。
大した感慨に浸れなくても、仕方ない。
そういう空気がひたひたと流れる体育館に、美弥の声が響く。
「答辞」
すうっと息を吸い込む音が、マイク越しに聞こえる。
珍しく緊張でもしているのだろうか。
「私達、港南学園中等部三年生は、今日、この校舎を後にします。三年間お世話になった先生方、在校生のみなさん、それに、何よりも、私たちを育ててくれた両親に、感謝の気持ちでいっぱいです。私たちも、明日からは、それぞれの道を歩んでいきます。港南生としての誇りを忘れず、仲間たちと助け合い、共に成長してきた日々は、これからも私たちを、支えてくれるでしょう」
言い終え、美弥は、俺たちを見回す仕草をする。
「おい」
「ああ」
「うん」
ひそひそとささやき交わすのは、俺たち、特進クラスの生徒だ。
美弥が、頷く。
それを合図に、俺たちは一斉に立ち上がった。
端から順に、手をつないでいく。
出席番号順に並んでいるだけだから、隣のヤツが友達とは限らない。
けど、三年間クラス替えなしで一緒に学んできた仲間だ。
その半分は、外部進学組。
俺の両隣にいるヤツらとは、今日でお別れだ。
そう思うと、相手が男だとか、そんなことはどうでもよく、自然と、握る手に力が入る。
感慨に浸れない?
ああ、そんなの、馬鹿げた見栄ってヤツだ。
「吹き渡る潮風に揺れる伝統の旗」
誰からともなく、歌い出す。
港南学園中等部第二校歌。
俺たちの歌だ。
吹き渡る潮風に
揺れる伝統の旗
紺色にうねる
海原の波
港南の友よ
迷うなかれ
そは力強く気高く
我らの道
示している
勿論、こんな演出は、式次第には入っていないさ。
けど。
最初は戸惑ってた他のクラスの生徒も、ひとり、ふたり、俺たちの合唱に加わってくる。
歌い終わる頃には、体育館全部を巻き込んで、声が響いていた。
そは力強く気高く
我らの道
示している
我らの道示している……、
余韻の残る中、美弥が、再びマイクを手にして、頭を下げる。
「ありがとうございました!」
その声は、すぐに、拍手の渦の中にのみこまれていった。
青い空。
白い雲。
満開の桜が舞い散る。
外は快晴。
モップ片手に罰掃除なんて、馬鹿馬鹿しいにも程があるじゃないか。
そうだろ、親愛なる我が担任教師。
これ以上ないくらいに磨き上げた教室の、黒板いっぱいに、クラス全員で、俺たちの最後の言葉を刻み込む。
赤、白、黄色、
色とりどりのチョークで書かれた、それぞれの思い。
袖口についたチョークの粉が、俺たちの、鼻や目元を汚していく。
「うん」
満足げにうなずいた美弥の表情は、俺の目に、焼き付いていた。