冬の怪談 その2
「………あぁ、ありがとう。助かったよ」
『いや、俺も暇だったしな。それじゃ、また」
そう言って携帯の通話が切れた。秋人はそれをポケットに戻すと、ふむ、と小さく唸った。
電話の相手は大上美樹だった。話の内容は学校からの事務連絡と、寮内の様子に関して。
学校は昨晩の事後処理が終わっておらず、その対応に追われている為に臨時休校。寮ではどうやら自殺した生徒が寮生だったらしく、ちょっとした騒ぎになっているそうだ。
詳しく話を聴けた訳ではないが、どうやら面倒な事になりつつある様だ。
できるならこれ以上この事件に関わりたくない。と言うのが秋人の本音だった。全て警察と学校に任せて自分達はなるべくただの目撃者でありたいと思う。
だが――きっと月子は違うのだろう。
彼女はそういう人間だ。それを秋人は痛いほど、そう痛いほどによく知っている。
不意に、スッ、と襖が開く音がした。そちらに視線を向ける。
「おはよう、秋人」
「――あぁ、おはよう」
一瞬、朝日を背にした彼女の姿に目を奪われるが、すぐに彼女に言葉を返した。
自宅で彼女の格好は少し違う。髪は一本に纏めておらず、そのまま流している。まだ湯から上がって時間が経ってない所為か少し湿っている。眼鏡もまた掛けておらず、薄っすらと赤い色の載った独特な色合いの瞳がこちらを見ていた。
彼女の視線が部屋の中央に移動された卓袱台へ向いた。
「食べたんだ」
「あぁ、うん。美味しかった」
「……そう」
月子の眦が少し下がった。少し機嫌が良いのかも知れない。そのまま襖を閉め、卓袱台の前に部屋の隅に積まれていた座布団を敷き、腰を下ろす。
「姉さんから学校が休みになった話聴いた?」
「いや。陽子さんからは聴いてないけど、さっき大上に聴いた」
「そう。全く姉さんは………。大上くんと連絡したなら、何か寮について話は聴けた?」
「昨日自殺したのが寮生だった事と、少し騒ぎになっている程度しか」
「そう」
月子は考え込む様に顎に手を添え俯く。それが彼女が考え事をする時の癖だ。
「………実は私もさっき真希と連絡したの」
「兵藤と?」
「うん。で、その話を聴いた限りだと、綾瀬さんが昨日の件で、その………相当、参っちゃってて」
月子が一つ溜息を零す。
「完全に裏目に出てしまったわ………。彼女の一件もあって、寮内じゃ『旧寮の幽霊の呪い』なんていわれ始めてるみたいだし………」
「呪い………ねぇ」
「そう。だからとりあえず、寮内の噂については真希が調べて置いてくれる様に頼んだわ。とりあえず午後に一度、綾瀬さんに会う為に学校に行こうと思ってる。………それで」
「僕にも付いて来て欲しい?」
「………正直、関わりたくないと思ってるだろうから、気が進まないのだけど………お願いできる? 他にもやっておきたい事があるし」
上目遣いに月子がこちらを見上げる。その彼女の表情に秋人は内心溜息を零し、
「分かってたよ。でも、とりあえず着替えておきたいから先に一旦、家に戻る。悪いけど、出かける時に一度連絡してくれるか?」
「それじゃ、お昼過ぎに一度電話するから、そしたら家まで来て」
「あぁ」
秋人が立ち上がった。元々、手持ちの荷物がない為、壁に掛けられていたコートを手に取り羽織り、そのまま月子に見送られ、御陵邸を後にする。
――これから起こる、本当の事件の事など、知る由もなく。