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悪霊祓いの少女の話  作者: つまみー
第二章
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冬の怪談 その1

「ごめんなさいっ………ごめんなさいっ………ひっくっ………ごめんなさいっ」

 ――そう言って、彼女は泣きじゃくっていた。

 お気に入りのコートの裾を涙と鼻水で汚し、白く染まった地面に膝を落とし、ただひたすらに謝罪の言葉を口にしながら泣きじゃくっていた。

 それ以外に償う術を、その時の彼女は知らなかった。

 音もなく白い欠片だけがそっと降り注ぐ。

 その時、僕は思ったんだ。

 この娘を、守らなきゃ、と。


「………んっ」

 新城秋人が目を覚ますと、そこには見慣れない天井があった。

 板張りの日本家屋の天井。その天井に既視感を覚えた所で、そこが何処かを思い出す。

 ここは月子の家だ。身を起こして周囲を見渡すとそこは思い至った通り、和装の客間だった。

 身体を支える為に着いた掌の感触で自分が布団の上に寝かされていた事に気付く。少なくとも秋人に布団を敷いた覚えはない。どうやら誰かが敷いて寝かせてくれた様だ。

 大きく溜息を吐くと同時、ズキンッ、とこめかみの辺りに鈍い痛みを感じた。不意の事に思わず舌打ちを零し、痛みのした辺りを指先で押さえる。

 どうやら頭痛の様だった。ここ暫く縁がなかった偏頭痛だったが久し振りに姿を現す。一旦、痛みを感じ始めると中々痛みが引かず、身を起こした姿勢で暫くそのまま俯いていた。

 ――随分と懐かしい夢を見ていた気がする。

 痛みに耐えながら思う事は夢の光景。泣きじゃくる少女の姿。

 今から九年前の、月子の姿だった。

「…………」

 冬になると稀に夢に見る。懐かしくもあるが、今でも足元に重い枷の様に纏わりつく、過去の記憶。

 昨晩起こった事を思い返すと、何となくだがその時の事を思い出してしまう。少し考えると、確かにあの時の自分と月子の状況と似ている様に思う。

 月子はどう思っているのだろうか。思考するが、よく分からない。

 頭の痛みもその空回りする思考に拍車を掛けていた。溜息を一つ零す。と、不意に、すっ、と音を立てて襖が開く音がし、そちらに目を向けた。

「あら、起きてたのね。おはよう、秋人くん」

 そこにいたのは朗らかに笑う女性の姿だった。秋人もよく知っている人物である。彼女の手元には手ごろなサイズの土鍋の載ったお盆があり、長い髪を編み結い上げている。服装はシックなセーターにロングスカート、その上にエプロンといった感じで、月子と同じ俄かに赤い瞳が印象的だ。

「陽子さん………。おはようございます」

「うん。あ、これ朝ご飯ね」

 そう言って彼女は、部屋の隅に寄せられていた四角い小さな卓袱台の上に土鍋を置いた。お盆をそのまま小脇に抱え、自身も腰を下ろす。

 彼女は御陵陽子。月子の姉である。秋人の記憶が正しければ今年で二五歳で、月子とは八歳も歳が離れている。性格はその笑顔に表れている様に明るく人懐っこい性質で、丁度、月子とは正反対だ。

「気分は大丈夫? 昨日は色々とあったみたいだけど」

「大丈夫です。少し頭が痛む程度で、他は特には………」

「そう。じゃ、月子ちゃんのいう通りね」

 そう言って陽子が楽しげに笑う。その意味と何故月子の名前が出てきたのか分からず眉根を顰めると、彼女が口を開く。

「あの子がね、きっと今朝辺りは頭痛だろうからお粥とか食べ易い物の方が良い、って言ってね。私がお台所に入る前にもう作ってくれてたのよ。あ、そうそうこれ、頭痛薬ね」

 そう言ってエプロンのポケットから包装されたままの二錠の薬を取り出し、卓袱台の上に置いた。

「ありがとうございます」

「いえいえ。ちなみに月子ちゃんは今お風呂よ。昨日は入り損ねちゃったからって」

 なぜそれを楽しげに笑いながら言ったのだろうか。ともかく何か話があるのだろう。彼女が必要もないのにこの場に留まる理由が他に思いつかなかった。彼女の前に居直ると、陽子さんの顔が曇る。

「………ごめんなさいね。また月子ちゃんに付き合わせちゃって」

「あ………。いえいえそんな事は」

「でも、またおかしな事に巻き込まれちゃったの、あの子の所為でしょ?」

「だとしても、関わると決めたのは僕です」

 真っ直ぐに曇った顔を見詰める。暫く沈黙し彼女はそっと苦笑した。

「そう言う所は冬香そっくりね。………また、あの子の事、お願いします」

「あ、え、そんな頭を下げなくても」

 両手を着いて頭を下げた陽子に思わず慌ててそう言う。と、彼女はおもむろに頭を上げた。

「本当に頼りにしてるわ、秋人くん。………私だけじゃなく、お父さんも。そしてきっと………あの子自身も」

「…………」

 なんと言っていいのかわからず口篭る。そんな姿に陽子は再び楽しげに微笑むと、そっと立ち上がり戸口に立った。

「あ、食器は後であの子を取りに来させるからそのままでね。………感想とか言ってあげると、きっとあの子も喜ぶんじゃないかなぁ。それじゃ、また後でね」

 そう言い残し、彼女はそのまま部屋を立ち去る。それを見送り布団を畳んで部屋の隅に戻すと、卓袱台を部屋の中央に引き寄せ、土鍋の蓋を開いた。

 もわっ、っと湯気が立ち上り中を覗き込む。万能ネギを振った卵粥だ。ややネギのサイズが不揃いなのを見るときっと四苦八苦しつつ作ったのだろう。月子の料理の腕はまだまだ未熟だ。ぎこちなく包丁を手に取る様を思うと、微笑ましい思いが過ぎる。

 風呂に行ったばかりなら、彼女が来るまで少し時間があるだろう。なら少しゆっくりと味わう事にし、一緒にあったレンゲを手に取った。

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