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悪霊祓いの少女の話  作者: つまみー
第一章
2/5

旧寮の幽霊 その1

ここから本編となりますので、主人公二名の紹介をさせて頂きます。


新城 秋人(あらき・あきひと) ・・・ 語り部。本編は基本的に彼の視点で進行する。飄々とした少年。


御陵 月子(みささぎ・つきこ) ・・・ 『悪霊祓い』の少女。秋人とは幼馴染で、基本的には大人しい優等生風の少女。


 ――話を始める前に、少しだけ僕と彼女について話しておこうと思う。

 僕こと新城秋人と彼女――このお話における『悪霊祓い』である少女、御陵月子とは幼馴染だ。

 幼稚園の頃に知り合い、同じ小学校に入学しそのまま同じ中学校を卒業。この春、地元にある同じ進学校へと入学した、生粋の幼馴染である。

 もっとも高校に関してはお互いに示し合わせた訳ではなく、二人が狙える地元で一番レベルが高い高校がそこであっただけで、同じ高校に進学したのは偶然である。少なくとも僕はそう思っているし、彼女もそう言っている。――正直、実際の所は彼女にしか分からない事だが、表向きはそう言う事になっている。

 そんなこんなで僕と彼女は今まで幼馴染の友人関係を続けて来て訳だが、これにはそれなりの理由がある。

 この理由が僕と彼女を結びつけ、彼女を『悪霊祓い』という稀有な行為に駆り立てているのだが、これに関してはお話の中で語る機会がある筈だ。その時に語る事にしよう。

 ともかく今回の事も事の起こりは彼女による『悪霊祓い』が切欠であった。

 季節は僕らが高校に入学した年の冬の事。僕らが遭遇した真冬の怪談から始まる。




「――学校の七不思議って、知ってる?」

 街頭に照らされた夜の道を歩きながら、月子はようやく口を開いた。

 赤いフレームの眼鏡に、その奥にあるやや赤みを帯びた瞳が印象的な少女だ。長い黒髪を首元で結んでおり、服装は白を基調に赤いアクセントで纏められている。見慣れた横顔は整っており、野暮ったい眼鏡がなければ中々の美人だが、眼鏡の印象が強い所為かやや地味に映る。

「聴いたことがある、程度には、まぁ、あるよ」

 簡単に思い返すと多少なり聴き覚えはあるが、明確に話せるかと問われればそうでもない程度の知識だ。僕の言葉に彼女は、そう、と返し、少し考えてから再び口を開いた。

「なら、旧寮の幽霊、に関して知ってる事は?」

「残念ながら、そもそもその話を聴いた事がない」

「なら最初から話しておかないとね。――事の起りは10年前にあった飛び降り自殺だそうよ」

「飛び降り?」

「そう。ちなみに実際にあった事件みたいよ。これがその時の新聞記事」

 そう言って月子は肩から提げていた小さいバックから使い古された手帳を取り出し、その間に挟まれていたコピー用紙を僕に差し出した。

「もう調べてあったんだ」

「そこそこ時間があったからね。できるだけ。正直、まだ調べ切れてはいないのだけど」

 彼女から受け取った記事を開くと、赤いマーカーで縁取られた記事が目に留まった。大きくも小さくもない記事で、どうやら地方紙からの一面の様だ。

「10年前の今頃か。飛び降りたのは、敷島晴香。飛び降りた場所は学校の寮の屋上から………あぁ、10年前だと今で言う旧寮の方の屋上か。当時、うちの高校の3年生で寮生………。この記事通りだと部屋に遺書が残っててそれで自殺だと断定された、と」

 そういえば旧寮が使われなくなったのも10年前だと姉から聴いた事があるのを思い出す。その時に何か事件があったらしい程度の事を聴いた事に今更思い至った。

「服や手の平にできた多数の有刺鉄線による傷跡もあって、早い段階でそう断定されたらしいわ。遺書も残っていた事で禄に捜査もされなかったみたい。その所為もあってニュースにもなる事はなかった様ね」

「へぇ………。で、これがどうして七不思議に?」

 斜め読みした記事を彼女へと返しつつ問う。

「当時、噂があったそうよ。敷島晴香は………その………ぅう。なんて言えばいいかしら………ほら、なんていうか………乱暴というか………無理矢理というか………」

 そう言ってわずかに頬を赤らめ言いよどむ。普段冷静な彼女にしては珍しいもじもじした姿を可愛らしく思うが、おそらく言いたい事はあまりいい言葉ではないのだろうと察する。

「まぁ、所謂、暴行って奴か?」

「ん、まぁ、要は………そう言う事ね。少なくともお話の中ではそう言う事になってるわ」

「なるほど………。その事で警察は動かなかったのか?」

「そもそもこの話はあくまで噂だし、被害届も出ていないならそんな事なんて捜査さえしてないでしょうね。仮にしてたとしても被害者がいなくなったのなら、他に罪を犯していたなら別だけど、犯人の特定さえ難しいと思うわ。大体、信憑性のある話ならさっき見せた新聞で取り上げててもおかしくない筈よ」

「それもそうか。で、肝心の七不思議ってのは何処から繋がるんだ?」

「うん。実はこの事件の数日後に、彼女と知り合いだった生徒――男子か女子かは分からないけれど、その生徒が寮の屋上で、敷島さんを見た、と言い出したのよ」

「それで?」

「それだけなら良かったけど、その後、寮内で同じ様に屋上で敷島さんを見たという生徒が何人も現れてね。その内、精神を病んで入院する生徒まで現れたらしいわ。当時、既に完成していて春の新学期から入寮を始める筈の新しい寮………今使われてる寮への入寮が前倒しになった事もあってね。結果、旧寮には敷島さん――まぁ、実際の話で彼女の名前が出る事はないのだけど、彼女の幽霊が出る、って話が出来た様ね」

「なるほど。傍目には暴行の所為で自殺した敷島晴香の怨霊の所為で旧寮が使用禁止になった様に見える、と言う事か。まぁ、彼女の自殺が本当なら七不思議の元ネタとしてはありそうな話だな」

「そう言うこと。ちなみに当時からいる先生に確認したところ、計画の前倒しは本当にあった様よ。本当の所はわからないけど、実際に彼女の自殺の影響もあるんじゃないかしら。一応、何人かに声を掛けて聴いたのだけど、結局、お話としては今君の言った以上の事は聴けてない。暴行の話も話を面白くする為のでっち上げと言う事もありえるでしょうね」

「ふぅん。で、それが今回の『悪霊祓い』にどう繋がる?」

「その呼び方やめて」

 そう言って月子は僕を睨み付けた。それにぼくは苦笑しやや大袈裟に肩を竦める事で応えた。

「………話を続けるけど、今回は真希経由で来た相談なの」

「兵藤からか。その事は納得したが、その肝心の相談相手は誰?」

「隣のクラスの、綾瀬木葉さん。聴いた事ない? 陸上部のホープだって」

「………あぁ、そいや大上が言ってたな。陸上部に超可愛い同級生の女の子がいるって。確かそんな名前だった気がする」

「………ふぅん。確かに、可愛いと思うけどねぇ………」

 妙に低い声で月子が言う。心なし睨まれている気がするが、気付かなかった方向で話を進める事にした。

「それで、その相談の内容っていうのは?」

「………ん。実はね綾瀬さんがその敷島さんの幽霊に、憑かれた、って言うの」

「憑かれた?」

「そう。憑かれたって」

「………幽霊に付き纏われているって事か?」

「おそらくそういう解釈で良いと私も思う。今年の夏休みの最終日に寮に残った数人の陸上部や、地元出身の友達と一緒に旧寮で肝試しをしたのが切欠………と、言っていたわ。犯人が何処の誰かはこれから考えるとして、事実、彼女の周りでは妙な事が立て続けに起っている様ね」

「例えば?」

「夜中の9時から12時になると非通知で着信があって、くぐもった女性の声で脅す様な電話が掛かってくるそうよ。具体的には、許さない、とか、旧寮に入るな、とか」

「他は?」

「………ちょっと待って。………うん。三ヶ月前――幽霊の被害に会い始めた頃に一度だけ部屋を荒らされていた事があるそうよ。その時は寮内で問題になったんだけど、結局、盗まれた物もなくてそれっきりみたい。他にも教室の机の中に赤いインクで電話と同じ様な内容の手紙が入っていたり、陸上で使うユニフォームが血で汚されてたり。そんな感じかしら」

 そう言って彼女は目を通していた手帳を閉じる。

「一つ一つは些細な悪戯でも、三ヶ月も続いてるならちょっと異常だな」

「えぇ………。それに最近は陸上の成績も落ち始めて、ノイローゼ気味になちゃってね。その時に私の………不本意な呼び方だけど、『悪霊祓い』の事を何処かで聴いて、同じ陸上部の私と仲が良い真希に相談したみたい」

「まぁ、兵藤は人からの頼みを断るタイプじゃないからな」

「そうね。それに………彼女は本当にその幽霊を恐れてたし………」

「放っておけない、と。お人好しだね君は」

「………全部分かっててそう言うことを言う。君はやっぱり意地が悪いわ」

「………まぁ、そんな事はともかく。それで、校門前でその………綾瀬さんだったけ? と待ち合わせと思っていいの?」

 そう言って僕は今僕達の歩いている道――舗装され生徒の往来に困らない様、歩道の整備された通学路の先を見上げた。そこある木々が犇く中にあって異様な存在感を持ち佇むそれが、僕等の通う学校の姿だった。

 小高い山の麓に建つその建物――私立天津崎学園は、周りを林に囲まれた稀有な場所に位置している。その所為で通学組は毎朝それなりの距離の坂道を上らされるのだが、交通の便が悪い分、設備は非常に充実している。校舎だけで連絡通路で繋がれた川の字状に並んでいる三棟があり、更にその奥。校舎の左手側には立派な体育館が二つに、それと同等面積のグランド。さらに弓道場や剣道場等々多くの建物が並び建っている。そしてその右手側に建っているのが、今までの話にもあった現在使われている寮があり、更に校舎の裏手側にあるのが旧寮だ。

 今の今まで七不思議について話していた所為か、夜闇の中にあるその姿は酷く不気味な物の様に映った。何となく不安を駆り立てるその様子に、僕は思わず眉根を顰める。

「そう。………正直、かなり嫌がったのだけど、真希が彼女と一緒なのを条件にしてね。当時、どんな様子だったのかを確かめたいし、彼女に幽霊は存在しないと確かめさせることで、恐怖心を払拭できるんじゃないかと思ってたんだけど………」

 そう言った彼女の方を振り向くと、彼女もわずかに不安げな表情を浮かべていた。どうやら僕と似た事を思ったらしい。

 結局、彼女は「だけど」という言葉の先を告げず、そのまま何となく無言になり、気がつくと既に学校の校門が見える所まで来ていた。

「………なぁ、月子」

「………何?」

 やや俯き気味だった彼女が顔を上げ、こちらを向く。やはり彼女も不安なのだろうが、やや生気に欠けた表情をしていた。

「君は幽霊………いや、悪霊が本当にいると思うかい?」

 僕の問いに少し驚いたように僅かに目を見開き、立ち止まった。彼女より少し先で立ち止まり、彼女を振り向く。

 目を伏せていた彼女は、そのまま一つ深呼吸をする。再び目を開いた時、彼女の少し赤みを帯びた瞳にはいつもと同じ、強い意志を感じさせる生気を取り戻していた。

「いないわ。本物の悪霊なんて、この世に絶対に存在しない」

「そうか」

 調子を取り戻したらしい彼女に思わず微笑み、僕は坂道を再び上り始める。

「………ありがと」

 僕に聴かせるつもりのない呟き。不意に耳元に届いた微かなその言葉に、思わず悪戯心が芽生る。

「どういたしまして」

「!」

 彼女が声にならない声を上げたのが、振り向かずに分かった。その直後、彼女は僅かに肩を怒らせ早足で僕を追い抜き、さっさと先へと進んでいく。その後姿に思わず苦笑しつつ、僕もどんどん遠ざかる彼女の背中を小走りで追いかけた。

「少し待ってくれよ」

「知らないわよっ。もうっ」

 拗ねた様な彼女の声。それにますます苦笑しつつ、僕等は共に坂を上ってゆく。


 ――ここから始まる陰惨な事件の事など、想像さえする事もなく。

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